お爺さんのくれたもの
街中に降る真っ白な雪が大きな満月の月明かりで薄っすらと輝く夜。夜空には満月の他にシリウス・プロキオン・ベテルギウス、冬の大三角が煌いていた。今夜はクリスマス。多くの子供達がサンタクロースからの贈り物を心待ちにしながら布団の中で一夜を過ごす。しかし、世間一般の常識として『サンタクロース』などと言ったトナカイにそりを牽かせて宙に浮かぶような、非科学的な存在は居ないとされている。それでは一体誰が子供達に贈り物をするのか、それは子供の親であり決してサンタクロースではない。フィンランドにはサンタクロース村と言ったアミューズメント施設があるが、それだって子供の親が子供のほしい物を聞き出す為のものだ。大人達は子供の前ではサンタは居る、良い子にしてないとプレゼントが貰えない、などと言って子供を言い聞かせる為のもの程度にしか思っていない。しかし世の中には願いを叶えてくれる両親が居ない子供もいる。叶えてあげたくても叶えて上げられない親も居る。
――そんな貧しい子供や心に大きな傷を抱えた子供……両親では叶えられない願いを持つ子供の前にサンタクロースは現れるのだ。そして今年のクリスマスも恵まれない子供達の元に本物のサンタクロースは訪れる。
「わーい!! ありがとうサンタさん!」
プレゼントを貰った少年は満面の笑みで老人に言う。
「ほっほっほ、喜んでくれてなによりだよ。それじゃあ来年も、今年の様に良い子で居るんだよ?」
老人も、嬉しそうに返事を返す。
「うん!」
そして老人はこの家を後にした。外に待たせていたトナカイに合図をし、老人はそりに乗り、次の子供の家へと向かった。
「嬉しそうだね、サンタさん」
空を走るトナカイが老人に話しかける。老人は、嬉しそうに頭をかきながら返事をした。
「いやぁ、サンタクロースやっててよかったってしみじみ思ってね」
「貴方は本当に子供が好きだねぇ……まぁ、だから五十年も続けてこれたんだろうけどさ。でもそれも今日で最後でしょ? 何か思う所は無いのかい?」
老人は今日で丁度八十歳。一般の職業に定年があるようにサンタクロースにも定年があるのだ。サンタクロースは八十で定年。だから老人にとって今日はサンタクロースとして、最後の仕事なのだ。しかし、老人は悲しそうな顔は一切せずに笑った。
「サンタクロースは私一人じゃあない。そりゃあ寂しくない訳じゃないけど、別にこれで子供達の笑顔が見れなくなった訳じゃないんだ。なぁに、来年からは大人しく月でも見ながら酒でも飲むさ」
そう言って老人は笑った。それを見たトナカイも一緒になって笑った。そして老人達は最後の子供の元へと向かった。
「おや、最後の子は骨が折れそうだ」
老人は子供の家を見て呟いた。そして子供の家の窓の近くにトナカイとそりを止め、老人は子供部屋の窓を小さくノックした。すると、小学生くらいの少女が顔を覗かせ、ゆっくりと窓を開いた。
「……サンタさん?」
「あぁ、そうだよ。君にプレゼントを渡しにきたんだ」
老人がそう言うと少女は眉を顰めた。
「私、プレゼントなんていらない」
「ほっほっほ。私はサンタクロース。両親が叶えられない望みを叶えるのが仕事なんだ。だから言ってごらん? 何事もやってみなくちゃわからないよ」
老人は優しい顔でそう声をかける。すると何かを決心したような顔をして部屋の奥の方に歩いていった。
「……わかった。とりあえず入って? ずっと開いてると寒いから」
「あ、あぁ、こりゃ失敬。ごめんよ」
そう言って老人は少女の部屋に入る。そして、少女はゆっくりと口を開いた。
「私は…………お父さんに会いたい……二年前に交通事故で死んじゃったお父さんにもう一度会いたい」
少女の願いを聞いた老人は何も言わず、微笑んで少女の後ろを指差した。
「え……?」
老人が指した方向を見た少女は驚愕した。そこには、二年前に死んだはずの少女の父が立っていたからだ。
「ほっほっほ。お嬢ちゃんのお父さんはずうっと一緒だったんだよ、二年前からずうっとね」
少女の目には涙かたまっていた。そんな少女を、少女の父は黙って抱きしめた。すると少女の目にたまっていた涙が溢れ出す。老人は少女が泣き止むまで待った。最後の願いを最後まで見届けるために。老人が微笑んで待っていると、おもむろに少女が喋りだした。
「……わかってるの。お父さんがもう帰ってこないって……でも……でもね、私まだお父さんにお礼もお別れもしてない。お父さんにはいろんな事を教えてもらったから……だから……」
少女の言葉を聞いた老人はゆっくりと口を開いた。
「……お別れって言うのは少し違うね。お父さんは二年前からずうっとお嬢ちゃんの傍に居る。それはこれからもそうさ。お嬢ちゃんとお母さんをずっと見守ってるんだよ」
この言葉に少女は嬉しそうに笑った。老人は少女の父に目を配らせ、更に言葉を重ねた。
「安心していいよ。このまま直ぐ見えなくなるわけじゃないよ。しばらくはお父さんの姿が見える様にしておいてあげる。お嬢ちゃんがお父さんが居なくても大丈夫になるまでは……ね?」
「……うん!」
老人は少女と父の嬉しそうな笑顔を見て、満足そうに笑って窓の枠に手をかけた。
「ありがとう、サンタのお爺さん!」
嬉しそうに感謝する少女と、笑顔で頭を下げる少女の父。それを見た老人は大きく笑った。
「ほっほっほ! メリークリスマス!」
かくして老親はトナカイの牽くそりに乗って満月煌く夜空へと消えていった。
「終ったね、サンタさん」
ゆったりと夜空をドライブしながらトナカイは老人に話しかける。
「終ったねぇ……トナカイさん」
トナカイは、老人の方を見ず真っ直ぐ前だけを見ながら言葉を紡いだ。
「明日から、サンタさんは普通のお爺さんになってしまうけれど……僕はお爺さんがサンタさんだった事を忘れないよ。記憶力は自信があるんだ」
「そう……それはとてもありがたいね。私もトナカイさんの事は忘れないよ、どうせそう長くはないからね。きっと平気さ」
「長くないのはどうせ僕も同じだね。僕もサンタさんと同じくらいだからさ」
その言葉に老人は嬉しそうに笑い、トナカイもそれに釣られて笑った。老人とトナカイは、老人がサンタクロースと言う仕事を始めてからずっと一緒だ。もう老人にとってトナカイは家族も同然だった。
「僕、暇な時は遊びに行くよ。サンタさんも一人酒よりはましだろう?」
「ほっほっほ! それはそれで面白いかもしれないねぇ。是非お願いしたいよ」
再び老人とトナカイは笑った。それから老人の家に着くまでの間、老人とトナカイの間には笑いが絶える事はなかった。そしてこの日のクリスマスは後日、「サンタの笑い声が聞えた日」として一月ほど話題になった。
あの日から私は滅多に泣く事はなくなった。むしろ笑う事の方が増えた位だった。通っていた小学校の授業参観とか運動会の時だってそう、私はずっとお父さんと一緒だったから。お父さんと一緒だったからどんな事だって乗り越えられた。悲しい時も嬉しい時も私はお父さんと一緒だった。
そして私は高校生になった。高校の入学式、私の目に映るのはお母さんだけ。もうお父さんは見えない。
「3組12番――!」
私はあの日お爺さんに貰った、大切なものを心の奥に大事にしまって新たな一歩を踏み出した。新しい人生を、精一杯生きる為に。
「ほっほっほ、入学おめでとう」
「!…………はいっ」
――お父さん……私、頑張るから……見守っててね。