第四話 淳之介と万由里、ドキドキ人生初デート?
第四話 淳之介と万由里、ドキドキ人生初デート?
翌日土曜日の朝、午前十一時頃。香村宅玄関先。
「万由ちゃんの今日の衣装、とってもかわいいわね」
「ありがとうございます、淳子ちゃん」
万由里は鶯色の冬用ワンピースを身に着けて、淳之介を呼びに来ていた。
「淳之介、万由ちゃんとのデート、思いっきり楽しんで来なさいよ」
「姉ちゃん、デートじゃないって」
淳之介は照れくさそうに否定する。彼はデニムのジーパンに、ブルーとグレーの縞柄セーターという格好だった。
「じゃあ行こう、淳之介くん」
「うん。今日は晴れてよかったね」
東京旅行の時と同じくそれほど派手な服装ではないそんな二人は淳子に見送られ、最寄りのJR西宮駅へと向かって歩いていき、
「ここに淳之介くんと二人きりで来たのは初めてだね」
「確かに、そうなるね。今までは俺の母さんか姉ちゃんか、万由里ちゃんの母さんに連れられてたから」
快速電車を乗り継いで県庁所在地神戸の中心駅、三宮へ。
改札出口を抜けた二人はお昼ご飯を食べるため、地下街、通称さんちかへ向かった。
「あそこの喫茶店で食べよう」
「えっ、あそこ?」
「うん!」
「なんか、内装が可愛らし過ぎて、男の俺には入り辛い」
ガラス窓から店内を覗いてみて、淳之介はこんな面持ちになった。
「そんなこと言わずに。男の子にも人気のお店だよ」
「わっ、分かった」
しかし万由里に手を引っ張られ、淳之介は強引に入店させられてしまう。
「二名様ですね。こちらへどうぞ」
ウェイトレスに二人掛けテーブル席へと案内された。向かい合うように座ると、万由里がメニュー表を手に取り、
「淳之介くん、一緒にこれ食べよう。ここのお店の新作メニューだよ」
迷わず抹茶パスタを指差した。
「おっ、同じのにするの?」
「うん。カップル割引になってお得だもん」
「カップルって……」
淳之介は思わず顔を引き攣らせた。
万由里は嬉しそうにそのメニューを二つ、ウェイトレスに注文する。
「お待たせしました。抹茶パスタでございます。ではごゆっくりどうぞ」
それから五分ほどしてウェイトレスが運んで来てくれ、二人のランチタイムが始まる。
「淳之介くん、はい、あーん」
万由里は淳之介側の抹茶パスタの一片をフォークに巻き付け、淳之介の口元へ近づけた。
「いや、いいよ。自分で食べるから」
淳之介は左手を振りかざし、拒否する。彼は照れ隠しをするように、おまけで付いて来た紅茶に口を付けた。
「淳之介くん、かわいい」
万由里はにっこり微笑みながら、その様子を眺める。
傍から見ると、淳之介と万由里は本当のカップルのようだった。
二人はお昼ご飯を食べ終えると、すぐ近くの映画館へと向かっていく。
「やっほー淳之介、万由ちゃんとのデート、楽しんでる?」
「ねっ、姉ちゃん! なんで、ここに……?」
映画館入口前でばったり出会い、淳之介はかなり驚いた。
「あっ、淳子ちゃん、一時間振りくらいですね」
万由里はにこやかな表情で挨拶する。
「心配だったから、こっそりついて来ちゃった♪」
淳子はてへっと笑って舌をぺろりと出す。
「ついて来るなよ」
淳之介は呆れ顔だったが、
「それじゃ、三人一緒に見ましょう! 映画は三人で見るとより一層楽しめるもんね」
万由里はけっこう嬉しがっていた。
「うち、映画見るの久し振り。高校の頃は学校帰りに、特にテスト期間中で昼までで終わった時とか、映画館よく寄ってたよ」
淳子はにっこり微笑みながら打ち明けた。
「姉ちゃん、それはダメだろ」
淳之介はさらに呆れてしまう。
「過去のことなんだし、いいじゃない。万由ちゃんは、どの映画が見たいのかな?」
「あれです。淳子ちゃん」
淳子に尋ねられると、万由里はいくつか壁に貼られてあるポスターのうち対象のものを指差す。
「えっ! あっ、あれを見るの?」
淳之介は動揺した。
「菜摘が好きそうな極めて健全なアニメね」
淳子はにこっと微笑む。
「淳之介くんも、かわいい女の子が大活躍するアニメ大好きでしょう?」
「いや、俺は、べつに。敏光が好きなだけで……」
「私も大好きなの。でもさすがに私一人だと見に行きにくかったから、淳之介くんと淳子ちゃんと見れてちょうど良かったよ」
淳之介が伝えようとする前に、万由里はとても嬉しそうに主張する。
それは、本日公開されたばかりの女児向けアニメだった。
チケット売り場にて万由里と淳之介は持っていたペアチケットをかざす。万由里がお目当ての映画を伝えると、受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくるオマケのクリアファイルをプレゼントしてくれた。
淳子は学生証をかざし、学割料金で同じ入場券を購入。クリアファイルももちろん貰えた。
「二人とも映画が始まるまでに、おトイレ済ませておきましょうね」
「そうですね、淳子ちゃん。映画一時間以上あるし。お気遣いありがとうございます」
万由里は嬉しそうにそう言って、女子トイレへ。
「言われなくても分かってるよ、姉ちゃん」
淳之介はかなり迷惑がっていた。
「淳之介、小学生の頃、ド○えもんの映画一緒に見に行った時、途中でおしっこ行きたくなったのに我慢して漏らしたでしょ」
淳子はにっこり微笑みかける。
「あの、姉ちゃん、その話は、止めてくれ。俺、行って来るよ」
淳之介は頬を火照らせた。決まり悪そうに男子トイレへと向かっていく。
(淳之介ったら、かわいいなぁ)
淳子はその様子を見てにこにこ微笑んでいた。
二人ともトイレから戻ってくると、
「はいどうぞ。落とさないように気を付けてね」
「ありがとうございます。淳子ちゃん」
「……俺はべつに、いらなかったんだけど」
淳子はチケット売り場向かいにある売店でドリンク&ポップコーンを買ってあげた。
こうして三人、大型スクリーンのある劇場内へ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「万由里ちゃん。なんか周り、幼い女の子ばっかりだから、俺達は入らない方が」
「まあまあ淳之介くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」
淳之介は否応無く、万由里に右手をぐいぐい引っ張られていく。
「昔と一緒の光景ね」
淳子はその様子を微笑ましく眺めていた。
真ん中より少し前の列の席で、淳之介は淳子と万由里に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。
(視線を感じる)
淳之介は落ち着かない様子だった。
他に三十名くらいいた客の七割くらいは、小学校に入る前であろう女の子とその保護者であったからだ。
「とっても面白かった。クリアファイルも貰えたし。柚花ちゃんと賢子ちゃん誘ってまた見に行こう」
上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、万由里は大満足な様子で劇場内から出て来た。
「思ったよりも良質な映画だったわ。淳之介もそう思うでしょ?」
淳子もお気に召されたようだ。
「まっ、まあ、思ったよりは……子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」
「淳之介も昔はあんな感じだったのよ。万由ちゃんは大人しく見てたけど」
「そっ、そうだったかな?」
淳子に突っ込まれ、淳之介はちょっぴり照れた。
「私、子ども向けアニメ大好き。アン○ンマンとかド○えもんとかちび○る子ちゃん、今でも毎週欠かさず録画もして見てるもん」
「菜摘と同じね。うちもけっこう子ども向けアニメ好きよ。深夜アニメよりも健全だからね。そろそろ三時か。あそこの喫茶店でデザート奢ってあげるよ」
淳子は携帯電話の時計を眺め、二人を気遣ってあげる。
喫茶店へ入った三人。三人掛けの円形テーブル席に座り、万由里は抹茶パフェ、淳之介はわらび餅、淳子は餡蜜を注文した。
「淳之介くん、はい、あーん」
万由里は抹茶パフェに飾られていた白玉をスプーンで掬い、淳之介の口元へ近づけた。
「いや、いいって」
淳之介はお昼ご飯時にされた時と同じように左手を振りかざし、拒否した。またも照れ隠しをするように、おまけで付いて来たミルクコーヒーに口を付けた。
「淳之介くん、本当にかわいいよ」
万由里はにこっと微笑みかける。
「淳之介、そんなに照れなくても」
淳子も餡蜜を美味しそうに味わいつつ、淳之介をにっこり微笑みながら眺めていた。
「あのう、淳子ちゃん、大学生活は楽しいですか?」
万由里は唐突にこんな質問をする。
「うん。とっても楽しいわよ。高校の時と比べていろいろ自由だし。レポート課題はけっこう大変だけど、夏休みは二ヶ月くらいあるからね」
生き生きとした表情で答えた淳子を眺め、
「そうですか。私も楽しい大学生活が送れるよう、勉強しっかり頑張らなきゃ」
万由里は羨ましそうにしていた。
三人は喫茶店から出た後、万由里の希望により近くの大型書店を訪れた。高校生向け学習参考書コーナーへ。
「まさかまたこのコーナーへ立ち寄ることがあるとは思わなかったわ」
本棚を眺めて、淳子は懐かしさに浸る。
「俺、数学の参考書買おうかな? 学校で使ってるのはハイレベル過ぎて分かり辛いし」
淳之介は数学の参考書類がたくさん並べられてある場所で足を止め、一応眺めてみる。
「参考書って、同じ科目でも迷うくらいたくさんあるよね。淳子ちゃん、私、化学の参考書を買おうと思うのですが、何か、お勧めの参考書はありますか?」
困った表情で化学の参考書類を眺めていた万由里からされた質問に、
「ごめんね万由ちゃん。うち、典型的な文系だから受験で化学は一切使ってないの。どれがいいのかよく分からないわ。それに参考書どれがいいのかは、人によって違うから、パラッと立ち読みしてみて自分に合うものを選ぶのがベストよ」
淳子は申し訳なさそうに答えた。
「そうですか。大変ためになるアドバイスありがとうございました」
万由里はぺこんとお辞儀して礼を言う。
「いやぁ、どういたしまして。うちのアドバイスなんて頼りにならないよ。ところで万由ちゃんは、どうして京大を志望するようになったのかな?」
淳子は気になって尋ねてみた。
「賢子ちゃんが目指してるからです。幼稚園から今までずっと一緒だったし、大学も一緒がいいし。私が京大目指すようになってから、柚花ちゃんもじゃぁワタシも京大目指すって言い出したよ。三人一緒に合格したいな」
「そっか。友人付き合いは大事だもんね。まあ、うちも同じような理由で大学選んだよ」
「そうでしたか。私は、他にも理由あるよ。京都が大好きだからというのも理由の一つです。京都は抹茶も和菓子もすごく美味しいし、有名な観光名所がいっぱいあるし。それからもう一つの理由として、藤太郎お爺様の期待にも応えたいですし。私にも京大を受験して欲しいみたいなことをおっしゃってました」
万由里は満面の笑みを浮かべながら伝える。
「万由ちゃん、やっぱりお爺ちゃんにも影響受けたのね」
「藤太郎爺ちゃんは、京大のことしか眼中に無いもんな」
淳子と淳之介は苦笑いを浮かべた。
「万由ちゃんはお肌も白いし、京都って雰囲気の子ね。京美人って感じ」
「淳子ちゃん、なんか恥ずかしいです」
万由里は照れくささからちょっぴり俯いてしまう。そんな彼女は結局、自分の意思で気に入った化学の参考書を一冊選び、購入したのであった。
三人は本屋さんから出ると、あまり長居はせずにデパートから出て、暗くなる前にまっすぐおウチへと帰っていった。
香村宅。
「おっかえりー、淳之介お兄ちゃん、淳子お姉ちゃん」
帰宅すると、菜摘が玄関先へとことこ駆け寄ってくる。可愛らしいクマさんの刺繍が施されたパジャマ姿で、髪の毛がしっとりと濡れていた。
「ただいま菜摘、風呂上りなんだな」
「うん、今日の稽古でめっちゃ汗かいたからね」
「あの、菜摘、ごめんね、急にお友達と学祭見に行く予定入っちゃって、今年はお相撲大会見にいけないの」
淳子は申し訳なさそうに伝えた。
「淳子お姉ちゃんは見に来なくてもいいよ。負けるところ見られるのは、恥ずかしいし、緊張して勝てる相撲も勝てなくなっちゃいそうだから。それに、淳子お姉ちゃんいつも応援が熱心過ぎて、正直やめて欲しいなって思ってたもん」
菜摘は素の表情できっぱりと言う。
「あららっ、残念がって欲しかったのに」
淳子は苦笑い。
夕食団欒時。
「菜摘、明日のお相撲大会、今年もお母さんは見に行っちゃダメ?」
「おれも菜摘が相撲取るところ、ビデオに収めたいんだけど」
「絶対ダメだよ。緊張しちゃうもん」
菜摘は両親とこんな会話を弾ませる。両親にも、見に来て欲しくない様子であった。
夕食後。
「淳之介お兄ちゃん、明日に向けてもう少しだけ練習したいから、今からあたしと稽古付き合ってね」
「えー、今からぁ?」
「今年は本気で優勝狙ってるから、頼んだよ!」
「ちょっ、ちょっと待て菜摘」
菜摘は真剣な表情で言い、淳之介を背後から掴んでふわりと持ち上げ、大相撲の決まり手で言うと〝送り吊り出し〟のような形で応接間へと強引に連れて行く。
「いってぇー。菜摘、もう少し優しく倒してくれよ」
「優しく倒したよ。淳之介お兄ちゃんが受身取るのが下手なだけ。さあ、早く立って。次はのど輪で一気に押し込むから」
「そっ、それは勘弁。苦しいし」
「問答無用!」
「うぶぉぁっ」
そういうわけで淳之介は、午後九時頃まで菜摘の練習相手に無理やり付き合わされたのであった。トランクス一丁で。