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第二話 淳之介達、東大視察に東京へ(二日目)

東京旅行二日目の朝、七時半頃。

「淳之介お兄ちゃん、起っきろーっ!」

「うぶぉ」

 淳之介は菜摘におウチにいる時と同じような起こされ方をされてしまった。

「おっはよう! 淳之介お兄ちゃん」

「おはよう菜摘、ここにまで来て、その起こし方は止めてくれよ」

 淳之介はかなり迷惑顔。まだ眠たそうだった。

「おはよー淳之介くーん、菜摘ちゃーん」

 さっきの音で、万由里も目を覚ました。むくりと起き上がって、寝惚け眼をこする。

「淳子お姉ちゃんはまだ起きてないね。起こさなきゃ。淳子お姉ちゃん、起っきろーっ!」

 菜摘がそう言った次の瞬間、パチンッと乾いた音が響く。

「きゃぅ!」

 淳子はすぐさま飛び起きた。

「大成功!」

 菜摘はにっこり微笑む。淳子のおでこ目掛けてパチンッと張り手を食らわしたのだ。

「もう、ひどいよ菜摘。お星様が見えるわ」

 淳子はムスッとふくれる。

「えへへ、ごめんね」

 菜摘はにこっと笑い、舌をぺろりと出した。

「仲良し姉妹だね」

 万由里は微笑ましく眺める。

「菜摘はもう着替えてたのね。うちも早く着替えなきゃ」

 淳子はそう言って、パジャマのボタンを外し始める。

「姉ちゃん、俺の目の前で堂々と着替えるなよ」

 淳之介は咄嗟に淳子から目を背け、リュックから普段着を取り出す。

「淳之介くんに悪いから、私はカーテンの中で着替えるね」

 万由里はこう伝え、普段着を取り出すと申し訳なさそうにカーテン裏へ隠れた。

「姉ちゃんも万由里ちゃんを見習えよ」

淳之介はトイレ兼洗面所で着替えようと思ったが、菜摘に使われていたため部屋隅っこに移動し、壁の方を向いて着替えたのであった。

 このあと四人は館内レストランでバイキング形式の朝食を取り、九時前に旅館をチェックアウト。

浅草から上野公園まで移動すると、まず西郷さんの銅像の前で記念撮影。そのあと上野動物園へ。入園してすぐに、

「あたし、動物さんのスケッチしようと思ってこれも持って来たんだ」

 菜摘はそう伝えて、リュックからB4サイズのスケッチブックを取り出した。

「菜摘ちゃん準備良いね。じつは私も持って来たの」

 万由里もスケッチブックを自分のリュックから取り出した。

「うちもよ。みんな考えることは同じね」

 淳子も取り出す。

「みんな上野動物園行く気満々だったんだな」

 淳之介は当然のように不持参だった。というわけで彼はデジカメ撮影係に。

「一番モデルに最適な、ハシビロコウを描こう!」

 菜摘の提案に、

「いいわよ。それにしましょう」 

「滅多に動かないからすごく描き易いよね。あの鳥さん、不思議な魅力があるよ。チョコボールのキ○ロちゃんみたいだし」

 淳子と万由里は快く賛成する。

そんなわけでジャイアントパンダ、アジアゾウ、スマトラトラ、ニシローランドゴリラなどなど園内他の動物達は観察と撮影だけに留めておいた。

 モノレールを乗り継いで西園のハシビロコウの檻の前に辿り着いた後、

「ハシビロコウさん、本当に動かないわね」

「鳴き声もあげないね。剥製みたいだよ」

「何があっても動じない、木鶏の精神だね。いいモデルになりそうじゃん」

 女の子三人は何羽かいるハシビロウを、彼女達もその鳥達のように動かないまましばらくじーっと眺めていた。

 その後、その三人は4B鉛筆でハシビロコウを写生していく。

 淳之介はその間、ハシビロコウをデジカメに収め、近くの檻で飼育されているベニイロフラミンゴ、エミュー、オオアリクイなどなど他の動物の観察もしていた。

 三人が描き始めてから五分ほどして、

「出来たぁーっ!」

 菜摘が最初に4B鉛筆を置く。

「なんか錦絵みたいね」

 淳子はちらり見て、くすっと笑ってしまった。

「淳子お姉ちゃんの描くハシビロコウはリアル過ぎてちょっと怖い」

 菜摘は淳子の描きかけの絵を眺め、にこにこ微笑む。

「万由ちゃんの絵は、メルヘンチックでとっても素晴らしいわ」

「そうかなぁ?」

 淳子に大絶賛され、万由里は少し照れてしまう。

「万由里お姉ちゃんの絵はそのまま絵本に出来そうだよ。淳之介お兄ちゃんも写生してみる?」

 菜摘は淳之介の側に近寄り、スケッチブックを渡そうとしてくる。

「いいよ。俺、絵は自信ないし」

 淳之介は丁重に断った。

「あーん、淳之介お兄ちゃんの絵、見たいよぅ。写生してしてぇ。お習字は小結級に上手いんだから」

「私も久し振りに見たいなぁ。淳之介くんの描いた絵」

「うちも見たいな。淳之介の几帳面な性格からして、細かい所まで丁寧に描いてくれそうだし」

三人は強く要求してくる。

「勘弁して。俺、本当に絵ぇ下手だから」

 淳之介は苦笑顔でお願いした。

「ごめんね淳之介、プレッシャー感じて余計に描けなくなっちゃうよね。この中では、どれが一番お気に入り?」

 淳子の質問に、

「うーん……どれも、お気に入りかな」

 淳之介は三人の絵をちらっと見渡し、五秒ほど考えてから答える。

「淳之介くん、平等に判断してくれてありがとう」

「淳之介、心優しいわね」

 万由里と淳子は嬉しそうに微笑む。

「引き分けかぁ。淳之介お兄ちゃん、あたしの顔色窺ったでしょう? 相撲の技掛けられると思って」

 菜摘に顔を近づけられにこやかな表情で問い詰められると、

「いや、そんな、ことは……」 

 淳之介はやや顔を引き攣らせ、若干緊張気味に正直に答える。

「もう、正直に答えてもあたし何もしないのにぃ」

 菜摘が爽やかな表情で言ったその時、

「あっ! ハシビロコウさん。ついに動いちゃったよ。まだ完成してないのに」

 万由里が残念そうな声を漏らした。何羽かいるハシビロウの一羽が、水飲み場へ移動してしまったのだ。

「ハシビロコウ未だ木鶏たりえずだね。万由里お姉ちゃん、ここにいるのを全部描こうとしたのかぁ」

 菜摘は万由里の描いた絵を覗き込んでみた。

「うん。だって一羽だけモデルにしたら、モデルにされなかった他のハシビロコウさんがかわいそうだもん」

 真剣な眼差しで答えた万由里に、

「万由里お姉ちゃん、心優しい」

 菜摘は深く感心する。

「うちもそうしようとは思ったけどね。またもう一羽動いちゃったし」

 淳子も万由里と同じように残念がっていた。別の一羽が羽をバサッと広げ飛び立ち、檻の隅の方へ移動してしまったのだ。

 こうして万由里と淳子はやむなくここで写生を中断。

四人は残りの動物達も足早に観察してお昼前に上野動物園を出て、続いて国立科学博物館へ立ち寄った。

「わあああああっ、クジラの横綱、シロナガスクジラだぁーっ!」

 屋外展示、シロナガスクジラのオブジェを目にすると、菜摘は興奮気味に叫びながら一目散にすぐ側まで駆け寄っていく。

「ものすごく大きいね。実物大なのかな?」

 万由里はふと疑問を抱く。

「そう、みたいだね」

「入口前からして存在感があるわね」

淳之介と淳子も思わず見入ってしまった。

 もう一つの屋外展示、蒸気機関車もついでに眺めていよいよ館内へ。

館内には親子連れ、家族連れの姿も大勢。常設展示室は日本館と地球館とに分かれており、四人はまず地球館から巡ることにした。

「この剥製、すごいね。この中で相撲取らせたら、横綱はきっとサイだね。ヒグマとトラとライオンは大関かな?」

 野生動物の剥製がガラス越しに多数展示されてある場所で、菜摘は目をきらきら輝かせながら大声ではしゃぐ。 

「菜摘、興奮し過ぎ。周りで騒いでる小学生と変わりないわよ。恐竜さんの展示を見たらさらに興奮しそうね」

 淳子は微笑む。けれども彼女自身も思わず叫びたくなりそうなほど剥製の迫力に興奮していた。

「淳之介くん、ここに展示されてる動物さん、今にも動き出しそうなくらいリアルだよ」

「うん。すごい再現技術だね。絶滅したニホンオオカミのもあるのか」

 万由里と淳之介もやや興奮気味に観察していた。

 四人は館内のレストランで昼食を取り、他の展示室も楽しみながら巡っていく。

「もうすぐ三時か。そろそろ帰らないと、夜遅くなるな」

 宇宙・物質・法則に関する展示がされてある場所で、淳之介は携帯電話の時計を気にしながら呟く。

「まだ全部の展示見てないから残念だけど、明日学校があるから早めにおウチへ帰らないといけないもんね」

 菜摘は月の石を眺めながら名残惜しそうにする。

「日本館もあるから、まだ半分も回れてないんだよね。すごく楽しい場所だけど私、歩き疲れちゃったよ」

「うちも。広過ぎるわ。ここは何回かに分けて行くような場所ね」

「ここは広さも面白さも日本の科学博物館の横綱だよ。知的好奇心もくすぐられるし、あたし、東京に住んでたら絶対毎週のように通っちゃうよ」

「私もそうしちゃいそう。高校生以下は無料だもんね」

 こうして四人は地球館をあとにする。

館内から出る前に、ミュージアムショップへも立ち寄ってみた。

「三葉虫のフィギュア、欲しいなぁ。宇宙食まで売ってる。乾燥キムチ買って帰ろう」

「私、あの恐竜さんのTシャツと、ダイオウイカさんのぬいぐるみが欲しいよう。あっ、あのペンケースも」

「菜摘、万由ちゃん、お気持ちはよく分かるけど、無駄遣いは程ほどにしましょうね。今までにもお土産けっこういっぱい買ってるでしょ。千円以内のものにしなさい」

「分かったよ淳子お姉ちゃん。お父さんのお金だもんね」

「淳子ちゃん、なんかおもちゃやお菓子売り場とかで幼い子どもに、これ買うんやったらあれは買わないよ、どっちか一つにしなさいってなだめるママみたいだね」

菜摘と万由里は淳子の忠告をきちんと守り、どうしても欲しいグッズを一つだけ選んで会計を済ませた。

「姉ちゃんも部屋のアクセサリーとか、けっこう無駄遣いしてるけどな」

淳之介は三人の後をついていっているという感じ。彼はとりあえず記念にアンモナイトを模った化石チョコを一個購入した。

これにて四人は館内から出てJR上野駅へ向かい、山手線内回りで東京駅へ。キャラクターストリートなどでお土産を買って、東海道新幹線に乗り換えるため改札口を抜け、新幹線乗車ホームへ移動した。

既に停車していた午後四時半頃に発車する新大阪行きのぞみ号、自由席となっている二号車に乗り込むと、進行方向右側の二列席を回転させ、

菜 万

 子 介 という配置で座った。

「特に大きなトラブルなく旅行終わって良かったね」

 菜摘は呟く。

「うちが財布なくしそうになったけど、すぐ見つかったからね」

 淳子は苦笑いした。

「あの時は少しひやっとしたけど、いろんな観光施設や電車に乗る時、あまり迷うことなくスムーズに行けたのは姉ちゃんのおかげでもあるな」

 淳之介は一応褒めてあげる。

「ありがとう淳之介」

 淳子は少し嬉しがった。

「私は東京観光、すごく楽しかったよ。また行きたぁい。特に上野動物園」

「あたしもーっ。三年生の修学旅行でも行くから楽しみ♪」

「菜摘の中学は修学旅行東京なのね。お台場とか皇居とか神保町とか東京タワーとかナン○ャタウンとかスカイツリーとか、テレビ局とか、他にも行きたい所いっぱいあったけど、やっぱり一泊二日じゃ回り切れないわね」

「東京は狭いけど観光施設は多いもんな。帰ったら八時頃か。今日は早めに寝て、疲れを取らないと」

 四人はしばらくの間、会話を弾ませながら過ごしていたが、やはり旅行の疲れからか、熱海駅を通過した辺りで万由里は眠り出してしまった。

「まっ、万由里ちゃん」

 淳之介はちょっぴり戸惑う。

 万由里の左肩が、淳之介の右肩に触れたのだ。

「淳之介、お顔赤くなってる」

 淳子は微笑みながら指摘する。

「照れてないって」

 淳之介はすぐに否定。

「万由里お姉ちゃん、寝顔すごくかわいいね」

 菜摘はカメラ付き携帯を近づけた。

「こら菜摘、隠し撮りはダメだぞ」

「そっとしておいてあげなさい」

「はーい」

 淳之介と淳子に注意されると、菜摘は素直に返事する。

 万由里はまもなく京都駅に到着するという車内アナウンスが流れると共に、目を覚ましてくれた。

午後七時過ぎ、のぞみ号は終点、新大阪駅に到着。

四人は在来線快速電車に乗り換え、自宅最寄りのJR西宮駅へ。

 清瀬宅前で万由里と別れを告げて、三人は自宅へ帰還。

「おかえりみんな、旅行楽しかった?」

 母は温かく迎え入れる。

「めっちゃ楽しかったぁーっ! お土産もいっぱい買って来たよ」

 菜摘は満面の笑みを浮かべて答えた。

「俺も、楽しかったよ」

「うちも」

 淳之介と淳子も満足そうな表情だった。

 午後八時頃、いつもより一時間ほど遅い香村家の団欒が始まる。

「そういえば菜摘、食べるペースがやけにゆっくりね。疲れちゃったのかな?」

 淳子は、普段とは様子が違う菜摘に疑問を抱いた。

「うん」

「菜摘、なんか顔が赤いぞ」

「お熱、あるんじゃない?」

 淳之介と淳子はふと感付く。

「なんかあたし、今、すごくしんどくって」

 菜摘はゆっくりとした口調で答えた。

「菜摘、本当にお熱があるわよ」

 母はおでこに手を当ててみた。

「大丈夫か? 菜摘」

 父も心配そうに問いかける。

「まあ、なんとか。今日は、ご飯、もういいや」

 菜摘はそう答えるも、ぐったりしていた。

「菜摘、お部屋までおんぶしてやろっか?」

 淳之介はふらふらした足取りで歩いていた菜摘に、優しく声をかけてあげる。

「ありがとう、淳之介お兄ちゃん」

 菜摘は礼を言うと、淳之介の両肩に手を掛けた。

「しっかり掴まって」

淳之介は優しい言葉をかけてあげ、おんぶしてあげる。

「淳之介、心優しい子ね」

「さすが淳之介。おれの息子だな」

 淳之介の気配りに、両親は感心する。

「菜摘、もう少しで部屋に着くからな」

「ありがとう、淳之介お兄ちゃん」

 淳之介は菜摘をおぶったまま、菜摘のお部屋へ向かって行く。

辿り着くと、淳之介は菜摘をベッドの上にそっと下ろしてあげた。

「おねんねする前に、パジャマに着替えなきゃ」

「うわっ!」

 淳之介はとっさに目を覆う。菜摘がいきなり立ち上がり、スカートを脱ぎ下ろしたのだ。みかん柄のショーツが、一瞬淳之介の目に映ってしまった。

「菜摘、俺が目の前にいるのに突然脱いじゃダメだろ」

「ごめんなさぁい、淳之介お兄ちゃん」

 淳之介に困惑顔で注意された菜摘は、ぺこりと頭を下げて謝る。

「菜摘、お熱のせいで子どもに少し戻ったみたいね」

 二人の後をついて来た淳子はくすっと微笑む。

 菜摘はパジャマのズボンを穿くと、続いて普段着の上着を脱いで、シャツ一枚姿となった。ブラジャーは、まだ付けていない。

 着替えている間、淳之介は壁の方を向いてやり過ごす。

「んっしょ」

菜摘はパジャマに着替え終えると、すぐさまお布団に潜り込んだ。淳之介に取ってもらった、ピグミーマーモセットのぬいぐるみを隣に置いて。

「菜摘、お熱計ろうね」

 ほどなくして母もお部屋に入って来て、菜摘に体温計を手渡す。

「うん」

 菜摘はパジャマの胸ボタンをはずし、わきに挟んだ。

 一分ほどして体温計がピピピっと鳴ると菜摘はそっと取り出し、自分で体温を確かめる。

「37.9分もある」

 菜摘はしんどそうに、不安そうに呟く。

「大丈夫よ菜摘、微熱だから今晩しっかり休めば朝には治ってるから」

 母が優しく慰めてあげると、

「よかったぁー」

 菜摘はホッとした表情を浮かべた。

「あっ、菜摘、鼻水が垂れてるわよ」

淳子は咄嗟に、学習机の上に置かれてあったボックスティッシュから何枚か取り出し、菜摘の鼻の下にそっと押し当ててあげた。

「ありがとう、淳子お姉ちゃん」

 お礼を言って、菜摘は鼻をかむ。

「菜摘、気分は悪くないかな?」

 母は優しい声で尋ねる。

「ちょっと悪いかも。でも、吐きそうなほどじゃない。あの、お母さん、固形物は食べる気がしないけど、あれが、食べたいな。前にあたしが風邪引いた時に、作ってくれたやつ」

 菜摘は、とてもゆっくりとした口調で希望を伝えた。

「あれね。丹精込めて作ってあげるわ」

 母はにこっと微笑みかけた。

「ありがとう、お母さん」

 菜摘はとても嬉しそうな表情を浮かべる。

 こうして母は、一階キッチンへと向かっていった。

 二分ほどのち、

「菜摘ちゃん、大丈夫?」

 万由里も菜摘のお部屋へ駆け付けて来てくれた。淳之介が電話で伝えたのだ。

「うん、まあ……なんとか」

 そう答えるも、菜摘はぐったりしていた。

それから十数分後、母が戻ってくる。

 あの間、万由里は苦しむ菜摘のために一冊の絵本、金太郎のお話を読んであげた。

「お待たせー」

 母が作って来たのは、生姜湯だった。

「ありがとう」

 菜摘は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「食べさせてあげるね。あーんして」

 母は小さじですくい取り、ふぅふぅして少し冷ましてから菜摘のお口に近づける。

「あー」

菜摘は口を小さく広げて、幸せそうに頬張っていく。

風邪引いてる時の菜摘って、より幼く見えるな。

 淳之介はそう思いながら眺めていた。

「風邪引いた時って、ママの手料理がいつも以上に美味しく感じられるよね」

 万由里はにこにこ顔で呟いた。

 菜摘は全部平らげて、

「美味しかったぁ。ごちそうさまぁ」

 満面の笑みを浮かべる。食べ終えた頃には、菜摘の全身から汗が大量に流れていた。

「汗べとべとだけど、お風呂入ってますますこじらせちゃうと大変だから、ママがタオルでお体拭いてあげるね」

「ありがとう、お母さん」

「どういたしまして。ちょっと待っててね」

母は機嫌良さそうにそう告げて、お部屋から出て行った。


「遅くなってごめんね菜摘」

 数分のち、母はお湯を張った洗面器と、二枚のバスタオルを手に持って戻って来る。そのセットを、菜摘の枕元にそっと置いた。

「待ってましたー」

菜摘は寝転んだまま、小さく拍手した。

「じゃあ俺は、これで」

 淳之介は気まずく感じ、お部屋から出て行った。

「淳之介お兄ちゃん、いなくなっちゃった」

 菜摘は寂しそうに、小さな声で呟く。

「菜摘の裸を見るのに罪悪感に駆られたのね」

 淳子は優しく微笑みかけた。

「淳之介ったら、彦市さんに似てシャイね。あっ、そういえば風邪薬切らしてたわ。コンビニへ買いに行ってくるから、淳子が菜摘のお体拭いてあげて」

 母はふと思い出す。

「分かったわ。任せといて」

 淳子は快く引き受けた。

「じゃあ、お願いするわね」

 母はそう伝えてお部屋から出て行く。

「菜摘、お体拭くからパジャマ脱いでね」

「うん」

 淳子に頼まれると、菜摘はゆっくりと上体を起こす。パジャマのボタンを外して上着を脱ぎ、次にシャツも脱いだ。きれいなピンク色をしたふくらみかけの小さな乳房が露になる。

「菜摘、お腹は痛くない?」

「うん、大丈夫」

「それじゃ、拭くね」

 淳子はお湯で絞ったタオルで菜摘の首、うなじ、背中、腕、わき、お腹の順に丁寧に拭いていく。その後に乾いたタオルで二度拭きしてあげた。

「ありがとう、淳子お姉ちゃん。汗が引いてすごく気持ちいい」

 菜摘は恍惚の表情を浮かべた。

「菜摘ちゃん、パジャマ着せるからバンザーイしてね」

 万由里に言われると、

「はーい」

 菜摘は素直に返事し、両腕をピッと上に伸ばす。

 万由里はシャツとパジャマの袖を通してあげ、ボタンも留めて着衣完了。

「次は下を拭くね」

 続いて淳子は菜摘のズボンとショーツを一緒に脱がし、下半身も拭いてあげる。

「んっ、気持ちいい」

 おへその下からおしりにかけてなでるように拭かれた時、菜摘は思わず甘い声を漏らす。

「きゃはっ!」

 足の裏を拭かれた時にはくすぐったがってかわいい笑い声を出した。

「はい、拭き終わったよ」

 淳子は同じように乾いたタオルで二度拭きし、ズボンとショーツを穿かせてあげた。

「淳子ちゃん、すごく手際良いね」

 万由里は感心する。

「そりゃぁ、菜摘のおむつを交換してあげたことも何度かあるからね」

 淳子は使ったタオルを絞りながら微笑み顔で言う。

「あたしが赤ちゃんの頃の話でしょ。淳子お姉ちゃん、恥ずかしいよぅ」

 菜摘は照れ笑いする。

「菜摘の体、拭き終わった?」

 それから少しして、淳之介はお部屋の外から問いかけた。

「うん、もう大丈夫だよ」

 万由里が答えると、淳之介は恐る恐るお部屋へ足を踏み入れた。

 母もほどなくして帰って来て、この部屋へ戻ってくる。 

「じゃあ菜摘、お薬飲みましょうね」

 母は、小児用の風邪薬を溶かした水を菜摘の口元へ近づけた。

「お母さん、これ、あたしの好きなやつじゃなぁい!」

 菜摘はぷいっと顔を横に向ける。

「菜摘、わがまま言わないの」

 母は笑顔でなだめる。

「だって、味が……ねえお母さん。いちご味のお薬は無いの?」

 菜摘は母の目を見つめながら訊いた。

「ごめんね、売り切れてたの」

 母は申し訳なさそうに言う。

「えーっ、じゃぁ、あたし飲まなーい」

 菜摘は頬を火照らせながらぷくっとふくれた。

「お薬飲まないのなら、坐薬を使おうかなぁ。それも買って来てるのよ」

 母がにこっと微笑みかけると、

「えっ! やっ、やだやだやーだぁ。お薬、飲むよ、飲むよ」

菜摘はびくーっと反応し勢いよく上体を起こし、お薬を受け取ってちびちび飲み干していく。 

「菜摘ちゃん、坐薬が怖いんだね。気持ち分かるなあ。お尻に入れるの、私もちっちゃい頃風邪引いた時お母さんにしてもらったことがあるけど、逃げ回ってたよ」

 万由里は深く同情する。

(坐薬というと、俺にも嫌な思い出があるな)

 淳之介は、幼い頃風邪を引いた時に、母に取り押さえられ淳子に坐薬を入れてもらった非常に恥ずかしい過去を思い出してしまった。

その場面は菜摘にもばっちり見られていた。

「うちは座薬を使った方が良いと思うけどなぁ。早く効いてくるし」

 淳子はにこにこ微笑みながら意見する。

「坐薬、怖い怖ぁい。それじゃあたし、もうおねんねするよ。おやすみ。ケホンッ」

菜摘は苦虫を噛み潰したような表情でこう告げて、お布団にしっかり潜り込んだ。

「菜摘ちゃん、お大事に。ぐっすり休んで早く良くなってね」

 万由里はそう伝えて菜摘の頭を優しく撫でてあげると、お部屋から出て自分のおウチへ帰っていった。

「菜摘、おやすみ」

「菜摘ちゃん、早く元気になってね」

「菜摘、明日までには治しなよ」

 あとの三人も静かにお部屋から出て行く。

「菜摘、旅行疲れで熱を出すなんて、まだまだ子どもっぽいな」

父、彦市もあのあと、ぐっすり眠る菜摘の様子を見に行ってあげたのであった。

「父さん、これ返しておくね」

「さすが淳之介。あまり使わずに済んでくれたんだな。父さんとは大違いだ」

 淳之介は余ったお金を彦市に全額きちんと返してから、風呂に入る。

「家の風呂、やっぱ狭く感じるな」

 湯船に浸かってくつろいでいたところ、

「やっほー淳之介」

 またも淳子に侵入された。

「……入ってくるなよ」

「いいじゃない。今日はちゃんとタオルで顔以外の全身隠してあげてるでしょ」

「そういう問題じゃない」

 淳之介は呆れ顔で言って、湯船から上がり脱衣場兼洗面所へ逃げる。

 パジャマに着替えて、淳子と同じになった自室へ。宿題と月曜にある授業の用意も金曜のうちに既に済ませていたため、すぐに布団に入ることが出来た。

けれども、

「ねえ淳之介、うちの机の上に置いてあったジェンダー論のレポート用紙知らない? 提出期限明日までなんだけど」

「知るわけないだろ」

 しばらくして、淳子に体を揺さぶられ邪魔された。

「どうしよう。困ったよ。また一から書き直しだよ」

「姉ちゃんの思い違いで机の引出の中とか、本の間に挟まってるかもしれないぞ」

「そうかな? 一応探してみるね」

 それからしばらく、ガサゴソと物音。

(うるさい)

 その間、淳之介は当然寝付けない。

「よかったぁ。英語のテキストの間で見つかったわ。サンキュ、淳之介」

「礼はいいから、早く電気消してくれ」

 淳之介が寝付けたのは、午前一時も回ってからであった。

       ☆

 翌朝、七時三五分頃。淳子&淳之介の自室。

「淳之介お兄ちゃん、起っきろーっ!」

 菜摘の元気な声が響き渡る。そして淳之介の腹の上にボスンッと乗っかって来た。

「菜摘ぇ、その起こし方はやめろって。風邪、治ったみたいだな」

 淳之介はすぐに目を覚まし、迷惑がるも優しく話しかける。

「うん、もうばっちり♪ さっき計ったら三六度五分まで下がってたよ」

「それは良かったな」

「みんなが優しく看病してくれたおかげだよ。じゃあ、行って来まーす!」

「菜摘、学校行くのか?」

「うん。すっかり治ったし」

「大事を取って休んだ方がいいと思うけど、もししんどくなったら無理せず早退しろよ」

「うん! 分かってる。心配してくれてありがとう、淳之介お兄ちゃん」

「いやいや」

 菜摘ににこっと微笑みかけられ、淳之介はほんの少し照れくさくなってしまった。

「おはよう菜摘、風邪治ってよかったね」

 淳之介の十数センチ先で寝ていた淳子も目を覚ました。

「うん!」

「姉ちゃん、月曜なのにまだいたのか」

 淳之介は少し驚く。

「今日はフランス語休講だからね」

「ああ、そういうことか」

「大学では先生がお休みだと自習になるんじゃなくて、講義自体もお休みになるんだね。それじゃ、淳子お姉ちゃん、淳之介お兄ちゃん、行って来ます」

 こう告げて、菜摘は学校へ。

 淳之介はそのまま起きて、淳子はもう一眠り。

 八時頃、

「おはよう、淳之介くん」

普段通りの時刻に万由里が迎えに来て、淳之介も普段通りの時刻に家を出た。


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