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第一話 4

 

 

 


「――――すっかり毒気を抜かれちまったな」

「フフッ……そうですね。お望みなら、改めて立ち合いましょうか?」

「勘弁しろよ。アパートから追い出されちまうだろうが。それに、またこの娘に泣かれちゃお前も困るだろ?」

「ですね。一度泣きだすとあやすのに一苦労なんで」


 一触即発だった二人を見て大泣きし始めた沙耶をなだめるのにしばらくの時間を費やし、やっと落ち着いたところで改めて一成は望に問い始めた。

「とりあえず物騒な連中がこの娘を狙ってるのは理解した。で、それにうっかり巻き込まれちまって俺の仕事が無くなったのも、まあ納得はしねえけど理解したよ。それじゃあ、保科っつったな。お前はいったい何者だ? 普通の人間じゃねえってことは明らかなんだ。ここまで巻き込まれた以上俺にも知る権利は当然あるよな?」

 望は少し躊躇いながらも、静かに口を開いた。


「……ボクの一族は、『如水流』と云いまして。代々こういった事を生業とし、そのための技術を受け継ぎ、練り上げ続けています。そしてボクは、その血に連なるものとして現当主『日野鉄山』より、白石沙耶の才能を非合法の手段を以て奪おうとしている者から守るよう命を受けて、ここにいます。

 武田さんの身柄については、偶発的な出来事とはいえ無関係な人を巻き込んでしまったボクの落ち度ですので出来得る限りの安全の確保と、生活の補填をさせていただきます」

 望の説明を聞きながら、一成は申し訳なさげに口を出した。

「――――ええとだな、こっちから説明をさせておいてなんだが、あまりにも内容が斜め上で理解が追いつかん。ちょっと整理させてもらっていいか?」

「構いません」

「まず、お前さんの家が代々そういう仕事をしてるってのは、あれか? シークレットサービスとか、必殺仕事人的なもんだと理解していいか?」

「まあ、そういう理解でも問題は無いです」

「でだ。『日野鉄山』さんってのは、この『日野鉄山』のことか?」

 そう言って一成は自分の本棚から、格闘技雑誌を取り出し望に見せた。その雑誌には『現代の達人、日野鉄山』と大きな見出しが書かれていた。

「ええ……ウチの祖父さんですね。間違いないです」

「つーことは、お前さんはこの先生の直系か。なるほど合点がいった。この先生、古流武術の特集とかでよく見るんだわ。そういえばこの雑誌で流派も如水流って紹介されてるな。これでなんとなくお前さんの腕については納得できた」

「恐縮です」

「するってーと、如水流ってところは表向き古流武術としてそれなりに有名な流派みたいだな。俺はそこまで古流に興味無かったから流し見してたんだが、こうして雑誌に取り上げられるくらいには表立った活動もしてるし、名前だけの流派でもないってことだ。……表向きは」

「はい、表向きは」

「でも裏の仕事としてこういう仕事を、今でも請け負っていると……いや、成り立ちからしたらこっちの方が本業ってことになるのか? しかも、他人の人生を知らんウチに好きに出来るくらいにはヤバい力を持っている、と」

「そうですね。むしろこういう雑誌に積極的に出るのは、カモフラージュみたいなものです。今の日本でこういった術を実際に扱うというのは、御法度みたいなものですから」

 そこまで言った望の表情が、ほんの少しだけ曇った。一成もそれに気付きはしたが、それには触れなかった。

「……とりあえずお前さんが思った以上に危ねえヤツだってのは理解した。んで、この娘……白石っつったな。お前さん方がそこまでして守らなきゃならん、この娘の才能ってのは、なんだ?」

「それは……」

 望が言い淀む。すると――――

「えっとね、お父さんが、私は悪い人に捕まっちゃいけないんだって。捕まったら、私のやりたいことはできなくなって、そしたら、街の色んなものがメチャクチャになって、みんな困っちゃうんだって」

 泣き止んで一人遊びをしていた沙耶が、一成と望の会話に口を挿んだ。

「それは……つまり、どういうことだ?」

「――――今更、隠してもしょうがありませんかね」

 余計に混乱してしまう一成に、望は苦笑いをしながら補足を始めた。

「沙耶は生まれつき、計算ですとかプログラミング分野での才能がずば抜けていまして。そういう力は悪用されやすいってことです。今はどんなものでも、コンピュータ制御されていますから……後は言わなくとも分かりますよね」

「つまり、俺みたいに急に仕事先のデータが一切合財消されて路頭に迷う人間が続出するってことか?」

 一成の皮肉に望は困った顔を浮かべた。

「ええと、一成さんの会社のデータを改竄したのはボクです。さすがに沙耶にはそういうことをさせられないですから。でも、ボクでも一つの会社のデータを書き換えるくらいのことは出来るんですから、その分野の才能をもった沙耶なら……」

「会社一つどころの話じゃない、ってことか。なるほど、良からぬ考えを持った連中に狙われる訳だ」

 一成は目の前の無邪気な少女が秘めている才能を知り、畏怖した。自分はその分野に強くはない、というかはっきりと苦手な分野である自覚がある。だからこそ、この少女の能力は底が知れず、使い方を誤ることは許されないのだと理解できた。それにこの少女は、その年齢からは考えられないほど精神が幼い。もしも彼女の能力を欲する者たちの手に堕ちれば、抗えもせずいいように使われてしまうだろう。


「それで、お前さん方はこれからまた逃げるんだろうが、俺はどうしたらいい? 仕事が無くなりゃ俺もここにいられなくなるし、貯金で生きていくにも、正直そんな蓄えは俺にはねえぞ」

 一成が半ば開き直ったように望へ問う。

「それについては先ほど言った通り、武田さんを巻き込んでしまったのはボクの落ち度なんで生活費は補填させていただきます。金額は――――こんなところでいかがでしょう?」

 望は懐から、一枚の紙を取り出した。そこには数字が記されており――――

「小切手?」

「はい。ご納得いただける金額ではないでしょうけど」

「小切手とか初めて見たぜ……って、おい、0が多くないか? 書き間違いだろ?」

「いえ、間違っていませんよ。ご迷惑をかけている以上、これくらいは」

 小切手に記された金額は、一成が派遣の仕事を一年続けても稼ぐことは出来ないだろうという金額だった。

「……つくづく常識が通用しないのな。お前」

 顔を引き攣らせながら一成は言った。

「すみません。いわゆる一般社会っていうものから逸脱してるのは、自覚してます。それでもやっぱり今回みたいなケースですと日常生活に支障も出ますので。足りないようでしたら言ってください」

「……まあ、俺も金が無きゃ困るわけだし仕事がねえってんなら受け取るしかないんだがなあ……。というか、わざわざ俺の仕事まで無くす意味あったのか?」

「ボク個人ですら武田さんの個人情報を特定できたんですよ? あいつらだってあなたの情報を得ることは可能でしょう。あなたの身の安全を確保するには仕事を止めてもらって、事が解決するまでこちらが準備した安全な場所に移っていただきます。半ば軟禁みたいな形になってしまうので、武田さんには申し訳ないんですが――――」


 ここまで説明したところで、不意に玄関のチャイムが鳴り響いた。


「――――こんな時間にどちらさんですか?」

 苦笑しながら一成は玄関に出向く。ドアスコープを覗くと、警察官らしい服装の男が立っているのが見えた。一成と望は視線を合わせ、互いに頷いた。

『夜分遅く申し訳ありません。今日、この近所で暴行事件がありましたので、その聴き込みを行っています。ご協力いただけないでしょうか?』

 ドアの向こうから丁寧な口調で警察官らしい男が話しかけてきた。

「すみません、心当たり無いですねえ」

『ええと、犯人の似顔絵がありますので、ちょっとそちらを見ていただきたいのですが』

「明日じゃだめですか? 明日の朝早いんで、もう寝るところなんですよ」

『そこをなんとか。お時間はとらせませんので』

「困りますねえ……すぐ終わらせてくださいよ?」

 言いながら一成は靴を履きなおして、ゆっくりと玄関のドアを開く。

 警察官と思わしき男は、腰の低そうな態度でニコニコと一成に礼をする。

「すみません、ありがとうございます。それで、その暴行事件の犯人というのが――――あなた方のことでしてね」

 男が、ニコニコと笑顔を浮かべながら懐からサイレンサーの付いた拳銃を取り出し、構えた。

 しかし、男が拳銃を抜く前に一成はすでに動いていた。傘立てにあった長柄の傘を男に向かって振り上げ、拳銃を持っていた腕を撥ね上げる。

「フッッッッ!!!」

 腕を撥ね上げた瞬間、気合とともに男の胸元へ渾身の横蹴りを放つ。それを喰らった男は、玄関前の鉄柵とサンドイッチされる形となり、無力化された。


「保科! 白石! 準備は出来てるな!? 逃げるぞ!」

「もちろんですよ! 沙耶、行くぞ!!」

「はーい!」

 望と沙耶は、一成が玄関で会話している間に必要な荷物をまとめて靴まで履いていた。この辺りはさすがに逃げ慣れているのか、準備もスムーズだった。

 望が沙耶を護るようにアパートの通路を進む。一成は玄関のカギをかけ、後ろから撃たれないように男が持っていた拳銃を奪って二人の後を追った。


 アパートを出ると案の定、今朝がた望たちを追っていたような男たちが待ち構えていた。

 望はまず、アパートの出入口を塞いでいた二人の男にスルリと近寄る。同時に一人の男の顎を、もう一人の男の金的を打ち抜き、昏倒させた。

 ざっと周りを見渡し、残りは4人。全員倒している余裕は、無い。望と一成はとにかく先へ進むことを選び、行く手を邪魔する男たちへ仕掛けていった。


 一成は左手にいた体格の良い大男に向かい、強く踏み込んでジャブを放った。だがそれは大男の顔面に届く前に打ち払われる。大男はジャブへの反撃に拳を大きく振るった。が、その拳は一成の顔面の横を通り抜け目的を果たすことは無かった。

 ミシリ。

 鈍い音とともに、一成の右脛が大男の太腿に喰い込む。直前に大きなパンチを放ち、それを避けられた大男の足には全体重が乗っており、一成の蹴りの衝撃は全く逃げること無く、大男の脚を破壊した。

「こいつは、オマケだ」

 崩れ落ちる大男の顔面に、一成は肘を打ち上げた。強烈な肘の一撃を顎に受けた大男は、そのまま戦闘能力を失った。


 望の前に立ち塞がった男は、焦りながら懐に手を入れた。おそらくあのサイレンサー付きの拳銃を取り出すつもりなのだろう。しかし望がその懐へ向けて放った掌打の方が、一瞬早い。懐の異物ごと強烈な打撃を受けた男は、胸部の痛みで一瞬動きを止めた。その一瞬で、望は掌打をもう一発男の顎を横薙ぎに打ち払った。脳を大きく揺すられた男は意識を失いかける。そこへ望は男の懐に潜り込み、背負い投げの要領で他の男たちのいる方向へ、その体を放り投げた。


 進路を塞いでいた男たちが片付けられ、三人は全速力で走る。

「沙耶、大丈夫か!?」

「うん、平気だよ望!」

「駅まで行くぞ! この時間ならまだ電車も動いてるし、人もたくさんいる! こいつらもが手を出せなくなる場所まで、走れ!」



 

 

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