第一話 3
再会した三人は駅前のファーストフード店に入った。『公衆の面前でいちいちはしゃがれては堪らん』とは一成の言である。少年と少女もそれに同意した。
夕刻のファーストフード店はゲームに興じる子供たちや学校帰りの中高生で賑わっていた。これなら多少この少女が騒いでも目立つことはないだろうという一成の判断である。
「――――で、改めて、だ。お前らはどうしてまだここにいる? そもそも何故あんな物騒な連中に追われてたんだ? そのくせこんな所で呑気に俺の帰りを待ってるとか、意味がわからん」
オレンジジュースをストローで吸いながら一成が問う。
「ええと、助けてもらったお礼をするために名前も知らないあなたのことを、いじらしく待っていたっていう理由でどうでしょうかね? あ、今朝ボクらを追ってきたやつらはもう警察に連れていかれたみたいなんで当面は大丈夫です」
少年はニコニコと答えた。
「どうでしょうかね、じゃねーよ。あいつらの仲間とかがまた追ってきたらどうするんだ? だいたい何で追われてたのか、肝心なことに答えてねえじゃねえか」
「さすがにあいつらもこんな駅前の人目に付く場所で暴れたりはしないと思います。こんな場所でも有無を言わせずにボクらを無理やり連れ去るような人数を揃えるには、時間が必要だと思いますしね。
ボクらが追われてる理由は……まあ、おいおい順を追ってってことで」
少年の答えに納得のいかない表情を浮かべながら、一成は肉が二枚重ねされたハンバーガーを咀嚼した。
「……一成だ」
「……はい?」
頬張ったハンバーガーを飲み込み、何の前振りもなく発せられた言葉に少年は思わず聞き返す。
「俺の名前が知りたかったんだろ? 武田 一成だ。これで文句無いだろ。俺の名前は教えたんだから、次はお前らが何者なのか、俺に教える番だ」
一成がぶっきらぼうに言い放つ。それを受けて少年はクスリと微笑んでから息を整え、口を開いた。
「では、改めまして。 ボクは保科 望といいます。 そしてこの娘は――――」
「沙耶だよっ! 白石 沙耶! よろしくね一成さんっ♪」
沙耶と名乗った少女はとびきりの笑顔を浮かべる。それに一成は少し顔を赤くして視線を逸らした。
「あー……で、その保科くんと白石さんはどうしてここに来た? 何かここに用でもあったのかよ?」
表情を悟られないように話題を逸らすと、望と名乗る少年は困った表情になり――――
「ええと、特にここに用は無いんですよ。電車で動いていたら、あいつらに追われていることに気付きまして。それで途中下車して逃げてたら、あなたに偶然すれ違いまして。後は知っての通りです」
「つーことは、この先に目的地はこの先ってことか……っと、こんな所で聞くのは拙いか?」
「いえ、ここには追手の気配は無いので、大丈夫ですよ。協力者がいるので合流させてもらおうと思ったんですが、向こうに先手を打たれました」
「……協力者だのなんだの、随分と大袈裟だな。ただの家出じゃないってか。お前ら、高校生とかそれくらいだろう? 学校とかはどうなってるんだ?」
「心配していただけるんですか? フフッ、優しいんですね……学校は、まあ、特殊な事情なんで目を瞑ってもらってます」
望は少し苦い表情で笑いながら答えた。
「望は頭がいーから、少しくらい学校に行かなくてもダイジョーブなんだよ♪」
無邪気に沙耶が笑う。
「いや、そんなことはないんだけど……とにかく、しばらくはあいつらに捕まらないように逃げないといけないですね」
「――――それだ。そもそもお前ら、何であんな物騒な連中に追われてる?」
一成に問われ、望は今まで浮かべていた微笑を消した。
「それは……沙耶を、守るためです」
望の隣で無邪気に笑う少女。それがこの騒動の原因。一成はその言葉を真剣な表情で受け止めた。
「冗談、って訳じゃないんだろうな。この娘が追われる理由ってのは、聞いていいか?」
「それは……詳しく説明すると長くなりますが、彼女の才能が狙われている、ということです」
「才能……?」
「沙耶はいわゆる、『天才』ってヤツでして。それを悪用しようとしているヤツらに、ボクらは追われています」
「……まるっきりマンガだな」
「信じていただけませんか?」
あまりの突拍子もない話に思わず笑ってしまった一成に、望は再び微笑を向ける。
「まあ、あまりにブッ飛んだ話だからな。全部信じろって言われても、信じられねえよ。ただ、お前さん方が追われてるってのは事実だし、助けちまった義理もあるからな。悪いようにはしねえよ」
一成の言葉に、沙耶の表情が一層明るくなる。
「よかったね望っ! 一成さんがイイ人で良かったっ!!」
沙耶は今に踊り出すんじゃないかというくらい立ち上がって喜び、さすがに一成は慌てて彼女を制止した。止められた沙耶は唇を尖らせて不機嫌そうに望の隣の席に戻った。
「――――それで、お前らはこれからどうするんだ?」
話を仕切りなおして、一成は尋ねた。
「ええと、それがですね……武田さんがお仕事に行かれてる間に連絡を取ってみたんですが、どうやら協力者の所にもあいつらの手が回ってるらしくて、下手に動かないほうがいいだろうってことになったんです。でも、ここの近くにはボクらが泊まれそうな宿は無いようですし、ちょっと困ってたんです。一成さん、この近くにどこか良さそうなところ、ありませんかね?」
望が少しバツが悪そうに言う。
「そうか……さすがにラブホに泊まれって言う訳にもいかんしな。どうするか……今朝の連中は、もう警察に捕まったんだよな」
「もうこの辺りには追手はいません」
「じゃあ、俺の家にでも来るか?」
あっさりと言う一成に、思わず目を丸くする望。
「……良いんですか?」
「良いんですかもクソも、行先きが無いんだろ? この辺りにはビジネスホテルみたいな所も無いし、かといってマンガ喫茶じゃ可哀想だしまさかに屋根の無い所で寝ろとも言えないだろ。狭くてすまんが遠慮すんな」
「……武田さん、お人好しですね」
望がクスリと笑いながら言うと一成は顔を赤くした。
「……うるせえ。泊まりたくないんなら、どこへなりと行っちまえ」
「フフッ、すみません。じゃあご厚意に甘えさせてもらいます。沙耶も、それでいいよな?」
「うんっ! 一成さん、よろしくお願いしますっ♪」
二人の宿泊を、一成は顔を赤くしたまま不機嫌そうな顔で了承した。
三人は駅前のファーストフード店を出て、スーパーで食材を買い、一成の家に辿り着いた。ファーストフード店からスーパーの支払いまで、『迷惑をかけるのですから』と望が支払おうとしたが、『ガキに払わせるほどダメな大人じゃねえよ』と一成は断った。
一成の部屋は男の一人暮らしの割には小綺麗で、六畳一間ながらも三人が部屋に入って不都合はなかった。
「ま、狭いけど我慢してくれや」
「そんなことありませんよ。泊めてもらえるだけでありがたいですし、正直こんなに綺麗な部屋とは思ってませんでした。武田さん、結構マメなんですね」
望がクスリと笑う。
「誉めても大したもんは出てこねえぞ――――って、おいいきなり俺のベッドで遊ぶな!?」
「のっぞむートランポリンだよー♪」
部屋に入るなりマットレス付きのベッドにダイブして遊び始めた沙耶に一成は思わずツッコみ、望は呆れて顔で沙耶を窘めベッドで遊ぶのを止めさせた。
その後、『一人暮らしの野郎が作る料理だから、期待はするなよ』と前置きをしながら一成は夕食を二人に振る舞った。『こんなもん手抜きだ』と言いつつもそれなりに手の込んだ確かな味に、二人は舌鼓を打った。
そして、夕食を済ませ三人はすっかりくつろぎながら――――
「――――しかし、今日はいいとしてこれからどうするんだ? 俺は明日も仕事だから部屋を空ける。別にウチでゆっくりしていっても構わないんだが、連中も黙ってないだろうからいつまでも俺の家にいる訳にはいかんだろ」
「それなんですが……武田さん、冷静に聞いてくださいね?」
一成の問いに、望は真剣な顔で向き直った。
「な、なんだよ」
「あのですね……武田さん、明日からお仕事無いです」
望の言葉の後に続く、長い沈黙。
「
……は?」
望の言葉を、理解できないでいる一成。
「武田さん、あなたの派遣のお仕事のホームページに、アクセスしてみてください」
望の言葉を飲み込めないまま、一成は携帯を操作する。一成の現在の仕事は登録制の派遣作業員で、会員サイトに自分の会員番号を打ち込んで、ログインすれば明日の仕事の情報が――――
「――――どういうことだ」
出てこない。そもそも会員番号を打ち込んでもログインできない。他の様々な方法を試しても結果は変わらない。
「――――何をしやがった? そもそも、何で俺の仕事を知ってやがる?」
一成の怒気を望は澄ました顔で受け流しながら語る。
「すみません。今朝の別れ際にあなたの顔を撮影させてもらって、そこから個人情報を割り出しました。あなたが働いている会社の登録データも一時的に消させてもらってます」
淡々と状況を語る望に対し、一成は怒りを沸騰させていく。
「……つまり、俺が帰ってくるまでに個人情報はすっかり丸裸だったってわけか。人が悪いな。知ってやがったくせにわざわざ俺の名前を聞くなんて」
「念のための確認です。万が一顔が似ている赤の他人だったら大問題ですので」
望が苦笑しながら答える。
「どうやって……とか聞いたところで俺にはきっと分からんだろうから、それは置いといてやる。だが、どうしてこんなことしやがった。今朝偶然会って、お前さんたちを助けたら仕事が無くなってました、なんて笑い話にもなりやしねえ」
「……できることなら、ボクらと関わってもらいたくはなかったです。関わってしまった以上、武田さんにもあいつらの手が回ってもおかしくない。ましてボクらを助けるために手を出してしまってるんですから。ですので、あなたの身を守るために仕方なくこういう手段に出ました。お許しください」
「つまり、俺の仕事を勝手に奪っておいて、お前らと仲良く一緒に逃げろってか?」
「できることなら」
そして、再びの無言。
六畳間の空間に一成の闘気が膨れ上がる。対する望はそれを往なすかのように静かに佇む。
一触即発。
緊張は臨界へと達し――――
「ケンカ、ダメーーーーーーーー!!!!!!!!!」
六畳間に響き渡る、少女の声。
「もう、望も一成さんも、ケンカしちゃダメッ! せっかく、せっかく仲良しになったのに、ケンカしちゃ、ダメだよう」
沙耶は言葉を紡ぎながら、みるみる大粒の涙を瞳に溜めていく。このままではあっという間に決壊してしまうだろう。
「ああ、ええと、そのー、すまん嬢ちゃん。俺も本気じゃなかったんだ。その、雰囲気的に、ついつい盛り上がっちゃってな?」
「ええと、別にケンカする気なんか無かったんだよ? ただ、話には流れていうものがあってね?」
「もう、ケンカしない?」
「ああ、もちろんしないとも! つーか自分の部屋で大立ち回りしてたまるか!」
「ただでさえこうして家に泊めてくれてるんだ。これ以上武田さんに迷惑なんかかけないよ」
大の男二人が、半ベソの少女を全力でなだめにかかるという滑稽な一幕であった。