第三章
昨日の続きです。
誤字、脱字等々、有りましたら指摘してくださると嬉しいです。
「ソン、何故、僕らは力仕事ばかりやらされているんだろう?」
「力仕事ができるY型が他にいないからだよ。ミノル」
それから建設作業に移ろうとしたのだが、道具が無いからできないじゃないかと抗議し、面倒う事から逃げようとしたミノルは、ムーに道具なら、町の建設物から探し出しましたよと鋸を渡され、ソンと共に西門に向かい(中に入るとき、メンフェゴールの罠が張って合ったが、鋸で切って壊した)、そこからなるべく真っ直ぐで、長い木を切り倒し、枝打ち、辛うじて二人で持ち運べる重さだったので、そのままミノルを先頭に二人係で木を運んでいる最中だった。
「それにしてもこの木、見た目より軽いね。これなら僕たちに任せなくても良かったような気がするんだけど。ていうか、ムーは『ここ』に生える木は軽い、って分かってたんじゃないの?」
ミノルたちが持っている木の長さは子供四人分の長さはあるかないかで、本当は半分にする予定だったが、持ってみると見た目よりも余りにも軽過ぎてミノルとソンは驚いた。同時にこれならX型でもメンフェゴールでも引っ張れるじゃないか。だから運ぶ役目くらいならできるだろうと思った。二人で往復するよりはその方が作業効率は上がる。
ミノルの愚痴に近い疑問に答えるようにソンは言う。
「X型の力だけじゃ、切り倒せなかったから知らなかった、だけだと思うよ。Y型の国民が居なくなってから作り始めたらしいからねぇ」
「お、ムーの肩を持つね? 夫だから?」
ミノルはソンを茶化すようにからかった。ソンはその冗談に笑い言い返す。
「ははは。そうかもねぇ。そんな事をミノルこそどうなんだい?」
「見て気づかない? ソンは以外に鈍感なんだね。そんな気はスズランにはないよ。取引の為って言ってたしね」
ソンは急に持っていた木から手を離して腹を抱えて笑い始めた。ソンが持っていた方の木が地面にゴンッと落ちる。持っていた木が斜めになりミノルは驚いて立ち止まる。
ミノルが珍しく激昂する。
「急に離すなよっ!!」
「はははははははは! ご、ごめん!! いや、ミノルが、そんなこと言うなんて! 駄目だ、笑いがとま、と、とま、」
「……………………………………………………………………………………」
それからソンは笑い続けた。ミノルは自分の発言がおかしかったのか思い返していたがどこもおかしくない。いっそソンに訊こうかと思ったがまたぶり返して聞けないなと気になると諦めた。
「はぁ、はぁ、ミノルって意外と鈍感なんだねぇ」
笑いが収まったソンが言う。ミノルは、早く木を運ぼうよと言い、二人は再び木を運び始める。
ややあって北側の開けた土地、スズランやムー、他の国民のX型が建設物の土台作りの支柱を立てる為に穴を掘っている場所が見えてきた。
国民のX型の子供たちはせっせと穴を掘って―――――――――
「えー! スズランさんって赤い実を食べたい派なんですかっ!? 折角、お友達になれたと思ったのにっ!!」
「違うって。生まれたいと思うだけで、実行はしないから安心して。ミサト」
「そうだぜ、ミサっち。スズっちが赤い実を食べたいと思っていても実際に食べる訳ではないんだぞ?」
「うっ、もしかして、ユウカもなの? 赤い実、食べたいの? そうなの? そうなんでしょっ!?」
「…………………………面倒臭い妄想X型だなぁ。そう思いますよね? ムーさん?」
「ミサトさん。よく聞いてください」
「はいっ!! なんでしょうか!?」
「スズランさんは大丈夫です。赤い実を食べません。どうしてなのかと言いますと、スズランさんが番として選んだミノルさんを残して『世界』に生まるわけないでしょっ!!」
「「「っ!!」」」
「っ!? な、な、ななななにを」
「あ~、やっぱり、そうですね。わたしの早とちりでした」
「っ!? ミサトっ!! 納得するなっ!!」
「うんうん。そうだな」
「ユウカまでっ!?」
「それより、ミノルって誰?」「新しく入ったY型の子供ですよ。超かっこいいんですよ。こう、スズランさんをメンフェから守って、」「そこっ! な、にゃにを、いいいいいって…………」「む、ボクのソンさんの方が格好いいですよ」「これは、ムーのおのろけ発言だっ!! あれほど同じ型でもいい発言していたムーが軽々と言いやがったぞっ!!」「はあ、ワタシもそういう方が欲しいです…………」「明日、そのお相手を探す予定ですよっ!! みなさんっ!!」「本当ですかっ!?」「確かにスズランとミノル見ていると羨ましいよねっ!」「う~~~~~っ!!」
ミノルとソンはその場に立ち止まって聞こえてきた黄色い声に耳を傾けていた。
「…………すごい人気だね。ミノル」
「…………ソン、君だってムーにかなり好かれているんじゃない?」
その後、二人はさぼっていた集団の方に向かった。こちらに気づいた集団はいそいそと働き始めた。ミノルとソンはいつかサボってやると固く誓い会う。
ミノルはムーに意外に木が軽かった事を報告し、ソンと一緒に木を切り倒して枝打ちして運ぶのはX型の方が早くできると提案した。ムーはそうしましょう。早い方がいいですからね。それと、夢中になりすぎて門の中に閉じこめられないように気をつけてくださいねと言った。
再び穴を掘り始めた国民のX型はミノルとソンを見るや否や、頑張ってね、とか、頼りにしてるよ等の声援を投げかけられた。
「それにしても、なんでこんな事になったのかな?」
ミノルは呟き、ソンが言った。
「楽しいから、このままでも良いんじゃない?」
「そう?」
「少なくとも、子供を殺してEC奪うよりはねぇ。絶対良いと思う」
ミノルは周りを見渡した。
ムーが他の子供たちに指示を送っている。
それを聞いた子供たちが笑って返事をする。
スズランがまだ顔を真っ赤にして、先ほどのことを否定している。
それに笑って、スズランの反応を楽しんでいるミサトとユウカと呼ばれていた二人の子供。
そう、ここにいるすべての子供が笑顔だった。
町の方では今でも、悲鳴、怒号、阿鼻叫喚地獄絵図が繰り広げられている。一人も楽しそうに笑っている子供なんていない。残酷な現実を突きつけられて泣いて喚いて狂って抗って死んで逝く。そんな現実。その中を不自然に生き残っていたミノルはそんなくだらない生き方をしている子供たちを罵っていた。考えれば赤い実を採らずして永遠に生きること考えられるのにと嘲笑っていた。でも、ミノルは何故だか分からないが寂しかった。同じ様な子供、ソン、ジョージ、スズランに出会っても寂しかった。心にポッカリ空くようではなく、ちゃんと埋まっているのに噛み合っていない、ちぐはぐな感じ。無理矢理はめ込み、周りを押し退けている寂しい気持ち。
ミノルは今はそんな気持ちではない事に気づいた。
無理矢理でもなく、押し退けるわけでもなく、ただ、液体のようにそこに流し込まれ埋められていく。優しくて柔らかく暖かい、そして何よりも心地よかった。何も咎められることはない。そう思うからか? 何も恐れないようになったからか? それは違う。それは、それは――――――
こうして、笑いあえるからじゃないか?
「ミノル!! 早く、ミサトとユウカの誤解を解いてっ!!」
スズランがついに助けを求めた。ミノルは今、言うのは逆効果だと――――――
「おっ、ついに旦那様の登場だな」
言わんこっちゃ無い
「……………………、ぐずん」
「わぁっ!? いや、泣かないでよっ、からかってゴメンね」
遠くから見ていたのでよく分からないが、聞こえてきた会話から仲直りしたようだったので、ミノルはソンと手の空いたX型何人かに声をかけ、再び西門に向かう。
死ぬことばかり考えているよりは、こんな風に過ごすのも悪くはないよな。とミノルは思った。
「暗くて手元が見えずらいので、今日の作業は中断してまた今度にしましょう。急いで作って、欠陥だらけだった嫌ですから、ゆっくり頑丈に作りましょう。それから、明日はお待ちかねの新しいY型の国民を決めです。早めにここに集合してくださいね」
日が傾き、茜色の夕焼けが見えるころにムーが今日の作業終了と明日の予定を述べた。それを聞いた国民の子供たちは、手や服についた土を払い、また明日、と挨拶をしてそれぞれの部屋に帰って行く。
ミノルはスズランとソンにこれから一緒にいつもの小屋に行こうと声をかけた。
「これから、小屋に行かない?」
「私はもう帰りたい…………、疲れたから」
精神的に疲れはて、少しやつれ、目が虚ろで焦点が定まってないスズランはもう一刻も早く帰って寝たいようだった。
「ミノル、今日はやめて明日にしない? ジョージには悪いけど、僕も今日はすぐ帰って寝たい気分だし」
ソンもスズランと同じ提案。ミノルは先にジョージが来ているかもしれないが、ミノルもいつもとは違うことをして疲れがたまっているため、寝床の誘惑に負け、一様寄っては見よう。そしてジョージが居たら今日は色々あって疲れて帰って寝たいから、今日は飲まない。詳しいことは明日話すと言おう。
「そうしよう」
ミノルが折れた所を確認したソンはそのまま帰ろうと歩き出す。
「じゃあね。ミノルとスズラン」
「ちょっと、待ってください」
ソンの右腕はムーの両腕によって掴まれた。
「………………何か?」
ソンが何か規則に反する事をして、罰せられるかと思ったのだろうか。いつもより声が低かった。
「何にって、これから一緒の部屋に住むんですよ? ミノルさんとスズランさんと同じように」
「………………、それは国の規則に入っているのかい?」
「いいえ、これはボクの意志で、早くソンさんと仲良くなりたいからですよ。じゃあ、行きましょう! ミノルさん、スズランさん、さようなら! また明日も頑張っていきましょう! では、ソンさんの部屋は何処に――――――」
ムーがソンの右腕を引っ張って帰っていった。ミノルはムーが恋沙汰にも強引なのだと知った。
「…………、早く帰ろ」
隣にいたスズランがミノルの袖を引っ張りながら言った。
「ああ、帰るよ。それから小屋にジョージが来ているか確認したいから寄ってもいい?」
「うん、いいよ…………。ミノル、それからさ」
「ん?」
「今日は、心地よかったね」
「うん、そうだね」
スズランも同じ事を思ったのかとミノルは少し笑った。
ミノルとスズランは帰りに小屋に寄ったが、そこに誰もいなかったのは言うまでもない。
*
「ふぅ~」
部屋に帰るとボフッ、とスズランは寝床に顔から倒れた。
「そこ、僕の寝床なんだけど」
「番、対、組、夫婦か…………」
スズランはミノルのいつもの指摘を無視して呟いている。
ミノルはスズランが自分とは嫌なのだろう。昼も必死に否定しようとしていたし、それに、スズランは『世界』に生まれたいとて言っている。
確かに、他の国民のX型の子供に生まれる気はないと主張していたが、真っ赤な嘘だ。そうした方が今後、目を付けられず都合がいい。
それにしても、こうもあからさまにに嫌っている雰囲気を出されるとミノルも気分的に嫌になってくる。まあ、それよりもぐっすりと眠れる心地よい寝床を確保したい気持ちの方が上回っているのだが。
だから、ミノルは素っ気なく提案した。
「そんなに僕とが嫌なら、ムーに言えば変えて貰えるんじゃない?」
その台詞を聞いたスズランは埋めていた顔を上げて、ミノルの方を向き言った。
「違う。ミノルと一緒が嫌な訳じゃない。ただ、私は『世界』に生まれたいと思って『ここ』で生きてきた。でも――――――」
「ムーの話を聞いて、『世界』に生まれなくてもいい。と思ったの?」
ミノルがスズランの気持ちを代弁するように言い、続ける。
「僕はムーが言ったことは信じても良いと思う。ムーが裏をかいて何か企んでいるように見えなかったからね。もし、ムーが嘘ついているなら、もう僕らに勝ち目はないけど。あとは、ソンから聞き出すしかないね。…………、ソンは大丈夫かな…………」
ミノルは自ら言ってソンの安否が不安になった。そういえばムーはメンフェゴールを操れるのだからソンを脅して何かしら使うことだって可能だ。しかも、相部屋。洗脳だって出来るかもしれない。ソンの性格を分かっているミノルは、ソンがムーの脅しに素直に応じることは目に見えてたので、情報源が減った事に悔やむ。あのときに気づいて、一言くらい言っておけばよかったとため息が出そうになる。
スズランは不安そうな顔をした。
「違う。違うよ。全然違う」
駄々をこねるようないつもの口調ではなく冷静でスズランらしくない口調だった。ミノルは怒っているようではないので感情的にならずに平常を保ち尋ねる。
「何が違うの?」
スズランは語り始めた。
「私はムーの話の真偽を知りたいんじゃない。私にだってムーは嘘ついているように見えなかった。そうやないくて、私が今悩んでるのは『世界』に生まれたくない思っちゃったことなんだよ」
「それは、別に――――――」
「良くはない。私、『世界』に生まれたらさ、すごいものが沢山あって、とっても綺麗な景色が広がっているとても素晴らしい所なんだって、生まれたいって思えるほどなんだから、きっとそうだって思って頑張ろうって『ここ』で生きてきた。でもさ、ムーの話を聞いて気づいたんだ。『ここ』と殆ど変わらない。ただ、『ここ』にないから『世界』は物珍しいだけで、視点を変えれば『ここ』だって『世界』と同じようになる素晴らしい場所なんだ、って。『ここ』なら何度だってやり直せるし、寿命はないから、死ぬことを恐れることはない。私を助けてくれる子供だって沢山いる。『世界』に生まれたいなら、それらを全部、捨てないといけない。思い出も、友達も、必死に生きようとしたことも全て、捨てなきゃいけなくなるんだよ? 持っていけないんだよ!? 全部無くして、何にもないまま『世界』に生まれるなんて怖い。だって、『世界』に生まれたら誰かに殺される事だって、寿命より早く死ぬことだってあって、必ず幸せになれるとは限らない。それが怖い。もの凄く怖いの」
スズランの両腕は自らの体を抱きしめ震えている。
「それなら、もう『ここ』で幸せに生きて方がいいじゃないかって思ったんだ」
「それでいいじゃないか。スズランの生き方だから、僕には関係がないし、口を突っ込むことなんて出来ないよ」
「違うっ!! それじゃあ駄目なの!!」
スズランが泣きながら大声で否定した。ミノルもスズランが何が言いたいのか分からず、腹が立ってきて、激昂した。
「じゃあなんなんだよっ!?」
一瞬、スズランはビクッとミノルの怒鳴り声に驚き、黙って泣いていた。ミノルはバツの悪い感じになり、謝る。
「…………ゴメン」
「………………ミノルはさ、つ、冷たいよね」
涙声で語る。
「私とした、やっ、約束が、約束通り、じゃないなら、私をミノルの部屋にいれ、ってくれない、よね?」
片言で、
「約束、破ったら、ミノルは側に、いてくれない。これは約束、取引、だから,その、通りにしか、ミノルはしてくれない、よね?」
吐露するように
「私は、一緒、に居たいの」
全部はきだして、
「ミノルと出会って、こうやって、会話して、何でかは知らないけど、幸せを、感じたの」
すべてを見せて、
「その気持ちが、好きなんだって気付いたら、もう何だか分からなくなって、でも、好きになる、恋する、って、こんなにも幸せ、だって知らなかった」
ありったけの想いを、
「だから、崩したくない」
想いを、
「失くしたくないから、生まれたくない」
想い、を、
「でも、ミノルとは、離れたくない」
ミノルに、
「だから、わがままだけど、お願い、――――――
私を見捨てないで」
そう言ったスズランは寝床に顔を埋め、鳴き声を噛みしめるように泣いていた。
「僕、そんなに冷たかったんだ」
ミノルは寝床に腰掛ける。
「…………、確かに冷たかった、な」
取り引き。ミノルは一人の世界に生まれたい子供に百枚のECと赤い実を交換する。ムーは一個と一枚と言っていた。ミノルは別に赤い実が採れないから、そこまで価値を上げる訳ではない。三日に一度、ミノルは二個は必ず手に入るのだ。スズランに冷たい、冷酷と言われても仕方がない。どうしてそこまでするのかというと、これまた下らなく、死にたくないと言う自己中心的な理由。ミノルは怖かった。死ぬ事も、生まれることも。
いつの間にか体が震えている。寒い。そう思った。初めて体感したその寂しい感情はミノルはとても辛かった。両腕で体を抱きしめ、気休めの保温をはかろうとする。でも、体中震えだして止まらない。なんで、なんで、とミノルは呟き、かちかちと小刻みに歯が鳴る。気づいてしまった。自分がやっていたことの寂しさに、その愚かさに。分かっていたつもりだった。でも、それは所詮、つもり、ただの憶測で、本当を知らず、あたかも経験したように嘯いていたのだ。
それに気づいてしまった。寂しかった。でも、寂しくても生きていけるから今まで気づかなかった。最初からそうだったから、分からなかったのかもしれない。もしかしたら、寂しさを知ってその逆を知らなかったから、こんなことを感じず生きてこれたのか。そして、今日、それを知ってしまった。体験してしまった。暖かくて心地よい。その安らぎを。
ミノルはスズランと一緒に今立てている建設物で生活している様子が勝手に浮かんだ。ソンが居て、その隣にはムーがいて、他の国民の子供たちがいて、ジョージだって、そして、笑っている。みんなが笑顔で、憎しみなんてない。日溜まり、太陽がずっと照らし続けるような世界が――――――
「…………暖かい」
ミノルは泣いていた。何故泣いているのが分からない。その涙が冷たくなったミノルの頬を暖めたような気がした。でも、それだけでは足りなかった。
「約束なら、破ってもいい。それでも一緒にいてあげるから、だから――――――」
と途中で止まり、ミノルはこの次の言葉を探す。頭の中から出てくる言葉がすべて嘘のように思えくる。スズランに伝わるだろうか? 散々振り回したのに、それでいいのか? 冷たいって思われたくなくてただ場取り繕っていると思われるじゃないか? ミノルは惨めな気持ちになる。悲しくて、愛しくて、もう駄目になってしまうのではないか?
今、離れたら、僕は――――――
「ありがとう」
ミノルの背中からとても暖かい心が包み込んだ。
ミノルはその心地よさに一瞬で酔った。もう駄目になりそうで、このまま眠れたら、どれだけ良く眠れるだろうか? きっとこれなら、床で寝ても深く寝れそう。
ミノルの右手をスズランの右手が掴む。
「こんな気持ち、なんて言うんだろうね?」
「………………恥ずかしいから聞かないでよ」
ミノルが涙を隠して言ったら、ミノルの右肩に顎を乗せていたスズランは小さく笑った。
「きっと、これが幸せってことなんだね」
ミノルはその通りだと思った。そして、そう想い続けたかった。
嘘でも、取り繕っても、何でもいいから。
「ねぇ、スズラン」
「なに?」
「もうちょっとだけ、ここままでいてくれない?」
「なに言ってるの? バカじゃないの?」
スズランはそういつものように罵って、そして、
「もう、永遠に離さないよ」
ミノルの目から再び暖かい涙がこぼれた。
*
ミノルは目を覚ました。
「…………………………」
今日は良く眠れた様で心身共にとても良い。体を起こす。隣にはスズランが寝息を小さくたてながら寝ていた。その光景を見て昨日の出来事を思い返し、ミノルは少し恥ずかしくなる。違うこと考えようと今日の予定を思い返した。確か北の広野に一回集まって、それから子供たちが沢山いる町の中心に行き、国民になってくれるY型を探す。
ミノルの視野に寝ているスズランが入ってくる。気になってしょうがないのか何度も見て、最終的には見蕩れ、眺め続けていた。
整った顔立ち、眠っているからいつもはつり上がっている目は穏やかな印象を与え、唇は血色のいい桃色だった。
ミノルはその顔に触れたくなり、右手を伸ばしスズランの左の頬にふれる。柔らかく、温かい。その右手に伝わった刺激はミノルを陶然とさせる。
「――――――ん、ん?」
スズランが目覚めた。ミノルは驚いて即座に右手を引っ込めた。慌ていたミノルは挨拶した。
「お、おはよう。スズラン」
途中、声が裏返り音程がおかしくなっていたが、スズランは少し寝ぼけているせいか気にせずにおはよ、と目を擦りながら返した。
「なんで、なんだろう」
スズランが言った。
「世界に生まれた訳じゃないのに、こんなにも幸せなのは」
ミノルが答える。
「もう、それは叶ったから、じゃないかな?」
窓の外は今日もいつも通り、太陽が地面を照らし続けている。今日も空は青空で、子供たちの暗い絶望を嘲笑うかのように晴れ渡っているのだろう。それがミノルは嫌いだった。死んじゃうけど、明るくなれよと言わんばかり晴れているあの空がとても嫌いだった。でも今は違う。その空の下をミノルの隣にいるスズランと一緒に歩けたらいいなと思えるのは、きっと素晴らしいものになる。そう確信が持てるからだろう。
変わったことは何もないのに。変わったのは僕らなのに、何でこんなにも清々しく思えるのだろうか? こんなにも特別だと思えるのだろうか? きっと、そんなものなんだ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、信じることができれば、そこからだんだん良くなって、好きになって、そして、心地よくなる。そういう世界なんだ。
否、世界は何もしない。してくれない。だから、変わるのは僕らなんだ。
「うん、そうだね。きっとそうだ」
スズランが微笑んだ。ミノルも微笑む。
そして、二人は笑った。
今日から二人で歩く、新しい日々が始まる。
*
ミノルとスズランは部屋から出て、北の土地に向かう。ミノルが先に歩きだした。五歩目でスズランが着いてきているか確かめるため振り返ると、スズランはまだ着いてこないで、右手だけミノルの方に差し出して俯いている。ミノルは笑ってスズランに近づいた。
「そんなに恥ずかしいなら、やらなきゃいいでしょ」
ミノルがからかうとスズランは顔を真っ赤にして、むぅ~と唸りながら睨んだ。
その仕草に再び笑ったミノルは、左手でスズランの右手を掴んだ。スズランは一瞬だけ驚き、後は恥ずかしいのか再び俯いて地面を見ていた。
「じゃあ、行くよ」
嬉しそうな声でスズランはうん、と返事をした。
少しして二人は手を仲良く繋ぎながら、北の土地に着いた。
先にいた国民のX型の子供にラブラブだね~、うらやましい~、と感想を述べられ、ミノルは恥ずかしくなった。隣にいたスズランはあんたたちも大切な人ができたら、こうしたいって思って実行するんだからっ!! と経験者は怒鳴り声で熱弁していた。
「遅れてすいません」
最後にムーとソンがやってきた。ソンはなんだか眠そうで、目の下にクマもできている。ミノルがソンを手招きして呼び、集団から離れて尋ねる。
「ムーは何を企んでいるのかわかった?」
一応聞いてみたのだが、ムーが何か企んでいるとしたら、まず近くにいるというか、番として選ばれて一緒に行動しなければない(半ば強制だが)ソンに手が及び、一切合切、正しい情報なんて流れてこないのだが、体裁上、尋ねてこないのもおかしいので嘘でも承知で尋ねたのだ。
ソンが答える。
「特に悪巧みらしきことを考えていないようだったよ。昨日はお互いのことを知るために自己紹介してねぇ、夜遅くまで聞き合っていたんで寝不足なんだ」
ソンは言い終えるとふぁ~、とあくび一つした。
「ムーに付け込まれているわけじゃないよね?」
「そんな事言う君もそうなんじゃないか?」
「……………………、そうかも」
「だよね。もしなんか言われても、ミノルには嘘つかないよ。命にかけて」
「本当?」
「本当だよ」
「そう。ありがと」
その二人の光景を遠目で見ていたソンのお相手、兼、国の創立者は震えながら言った。
「ま、まさか、ソンさん。やっぱりボクじゃなくてミノルさんの方が番として、いいと思っているんですかっ!? 昨日、言ってくれた言葉は嘘だったんですかっ!?」
ミノルとソンから見て、ムーの後ろにいるスズランと、他の国民は厳しそうな顔をしている。ムーがおかしいんだと思っているに違いないと切に思いたい。そんな疑いを持たれてしまった二人はげんなりとしていた。
ムーはどうなんですかっ!? 答えてくださいよっ!! とソンを問いつめはじめた。ソンはぐったりとはははと力なく空笑いしていた。
ある程度経ったところで、ソンが愛しているよとムー抱きしめて暴走を食い止め、落ち着かせたあと。
「ごほん。お見苦しいところ見せてすみませんでした。では、皆さんお待ちかねの新しい国民を勧誘に行きますよ!!」
そう言った瞬間、相手がいる三人以外の国民の子供は、天高々に拳を挙げ、鬨の声を挙げる。
「「「おーっ!!」」」
取り残された三人のうちの一人、ソンがミノルとスズランに言った。
「そう、言うの忘れていたよ。ムーが言うにはジョージは生きているってさ」
「そうなの!? 良かった~。昨日は小屋にいなかったから、もしかしたらと思って…………」
「僕も安心したよ。で、ジョージは今どこにいるんだ?」
「ムーが言うには国民になりませんかって尋ねたら、断るって言われて急に襲ってきたらしくてねぇ。再度、確認しても断られて、何度も攻撃してくるもんだから、メンフェゴールに攻撃させたんだって。そしたら、東門の中に逃げたんだってさ」
*
何分か歩くと子供たちが生まれる場所、町の中心に着いた。一応、護身用としてムーがメンフェゴールを五匹連れて来た。
「よう、ミノル、ソン、スズラン」
何十人の子供たちの死体が散らばっている真ん中にジョージが立っていた。辺りは血に染まり、所々に飛び散った血肉がへばり付いて、血溜まりができていた。
その光景を見たミノル、ソン、スズラン、そして―――――― 敵対しているといっても過言ではないムーと国民の子供たちは戦慄を覚えた。
「ところで、」
ジョージの口が開いた。
「なんで、ミノルたちはそのX型側に着いているんだ?」
ミノルは答えられなかった。この冷えきった憎悪に近い低い脅すような声に恐怖を覚え、硬直してしまった。ソンとスズランも同じで動けずにいる。
ミノルはやっと開いた口で噛みながらもジョージに説明した。その説明を聞き終えたジョージにミノルは言う。
「ジョージも国民にならないか?」
ジョージは呆れきった顔で言い放つ。
「誰がなるか。そんなもの」
「何で……、」
ジョージは悲しい表情を浮かべた。そして、独り言のように言う。
「そんなことも、分かってくれないのか。ずっと前から一緒に友達やってきたのに」
はぁ、と大きなため息をわざとらしくついてジョージは言った。
「もういいや、今日からおまえ等とは絶交だ。赤の他人。もうお前等を守る義務も同情もない。だから――――――
お前等が持っているEC、全部よこせ。そうしないなら、ぶっ殺す」
ひぃ、と誰かがジョージの脅しに恐怖し悲鳴をあげた。
ミノルは最悪の事態だけはなんとしても防ぎたいと思いできるだけ時間稼ぎをしようと思い、先頭に出て言った。
「今、ECを持っていないんだ。だから渡せない」
「じゃあ今から全部持ってこい。それと全員に言ってんだぞ?」
「………………それは、できない」
そうミノルが言った瞬間、ジョージは一瞬でミノルとの距離を詰めた。
「え?」
ミノルは何をされるか分かっていた。だが反応して逃げれる速さではないことは見せつけられた。だから、ミノルは目を瞑るしかできなかった。
来るっ!!
一撃で子供を殺す。その拳が。
「友達だと思ったのに…………」
一瞬、間があった。ミノルはその悲しそうな声に釣られるように目を開けた。とても悲しそうなジョージの表情が目に映る。友達を殴りたくはない。殴りたくないんだ。と訴えかけるようなそんな表情でミノルを睨んでいる。
ゴツッ!!
鈍い音が自分の体で鳴らされたのが分かった。殴られた方に少しだけ飛ぶ。血に染まった地面の上を転がって止まった。
スズランが自分の名前を叫んでいるのが薄れる意識の中で聞こえる。
フィィィィィィィィィィッ!!
ムーがメンフェゴールを操る笛を力強く鳴らす。空気を裂き、響き渡る甲高い音。
国民の後ろにいたメンフェゴールが動き出した。ムーが叫ぶ。
「今、この五匹の他の近くにいるメンフェゴールを呼びました! あと少ししたらここには沢山のメンフェゴールが集まって来ます! 今日は皆さん、このまま部屋に逃げてください! 明日、例の場所に集まって今後の話をしましょう!」
ムーが指示し終えたあと、スズランが駆け出しミノルに近づいた。
今にも泣きそうなスズランをミノルは立ち上がって大丈夫といい宥めた。ミノルはあることを気付いた。
あの子供を殺すのには容赦がないジョージがミノルに手加減したということを。
「黙れ」
ジョージはムーに一瞬で近づき、初動が遅れ、逃げることも避けることできないムーに拳が振るわれる。ムーは反射的に目を瞑ってしまう。
「っ!?」
が、近くにいたソンがムーの腕を掴み、拳が振るわれる前に引っ張って避けさせた。そしてソンはムーを抱きかかえた。小柄なムーだからできることで、抱きかかえられたムーは目を丸くして驚いていた。
「ソン、お前もなのか?」
ジョージがソンに尋ねた。
「ゴメンね。この子、僕にとって大切な子なんだ。まだ出会ってから短いけど、傷つかせたくないから」
そういい残すと、ムーを抱きかかえたソンは俊足で、ジョージから離れ逃げる。他の国民の子供たちもジョージがムーに気に取られているうちに散らばって、部屋に戻っていったようだ。
「早くっ!!」
スズランに引っ張られながらミノルもジョージから逃げた。
周りには森から出て、町周辺にいたメンフェゴールたちがぞろぞろと集まってくる。
その中で、ジョージは泣いていた。叫びながら泣いていた。
「友達だと、信じていたのに!! なんで、裏切るんだよ!!」
ミノル、ソン、スズランは親友を見捨てて、
逃げた。
*
スズランがジョージに殴られた痕があるミノルの頬を手当していた。正確には、冷やすことも薬を塗ることできないから、ただ見つめて、どうすればいいのか分からずにおろおろしているのだが。
あの後、二人はまっすぐ部屋に戻った。外はいつもより騒がしい。きっと、子供たちが住む長屋付近までメンフェゴールが着たのだろう。ムー曰く、消化液で戸を溶かすことはできないため、部屋の中まで進入することはないらしい。それとこの部屋の子供ではないジョージも入ってこれない。壊すことも不可能と自らそういっていた。だから安全面では大丈夫のはずだ。
そんなことより問題なのはジョージが部屋の前に居座って出てくるとき襲われるという可能性。前にミノルはジョージに自分の部屋の番号を言ってしまったから、場所は特定されているし、確かソンもいっていた様な気がする。
まて、それだったら――――――
「イテッ」
スズランが急に腫れているミノルの頬に触れた。ミノルは我に返る。
「ゴメン。大丈夫?」
スズランが心配そうに訊いてきた。
「大丈夫。これぐらいだった明日には治るよ」
ECを持っていれば、これくらいの怪我は一日で治る。
「そうじゃなくて、なんか、ミノル帰ってきてからぼーっとしてるよ?」
「…………考え事していた」
ミノルはソンたちが危ない事に気づいたのだ。ジョージが狙うのは間違いなくムーであり、ミノルとスズランを襲うよりはムーを狙った方が手っとり早い。つまり、ソンの部屋に待ち伏せするだろう。
そのことをスズランに伝えた。スズランが言う。
「確かに心配だけど、大丈夫だよ。ムーはああ見えても賢いから、ソンの部屋に逃げないで、自分の部屋に逃げると思う」
「それもそうだな」
ミノルは納得する。ムーがそんな手違いをするとは思えない。
「それよりさ、ジョージはなんであんなに怒ったのかな?」
それには、ミノルは一つの回想が浮かんだ。
俺は殺すのが好きだ。あの気持ちがスカットするのがいい。
急に何言ってんだい? それと僕は理解できないなぁ。ねぇ、ミノル?
ソンに同感。
俺も理解されたいとは思ってないからな。
じゃあ何で言んだい?
まさか、止めてほしいから?
違う、違う、おまえ等はそれを知っても否定せずに俺と一緒にいてくれる。それの再確認だ。自己満足ってヤツ。
ふーん。ジョージは以外に臆病なのかもね。
知り合いがいないとダメってヤツ?
…………、お前等は――――――
「そうか、僕たちは否定したんだ。ジョージを」
「どう言うこと?」
「ジョージは昔、僕とソンに向かって子供を殺すのが好きって言った事があって、その時は僕ら二人は気にもしなかったんだ。でも、ムーが国民になったら子供を殺してまでECを奪うのは絶対にしないって言ってただろう? だから、ジョージは国民になろうとしなかったんだ」
「それなら、私たちに敵意なんて示さなくてもいいじゃない」
「ムーがほかの子供を意味も無く殺す子供には罰――――――つまり、『世界』に生まれてもらうって言っていた」
「でも、それでも、国民にならなくても友達でいることは――――――」
「だから、否定したんだ」
ジョージの『ここ』での生き方を。ジョージの生き甲斐を。『世界』に生まれたがらない唯一の理由を。
「国民になるってことは、ジョージにとっては子供を殺してはいけないと示していることになるから」
言葉ではない行動での否定。きっと、ジョージは国の規則で、してはいけない、快楽殺害やっている事を、否定されるのが嫌だったのだろう。だから、あんな事を聞いて、何も言わないミノルとソンを肯定していると思いこんでいた。自分を理解していてくれていると思っていた。だから、国民になったといわれ、裏切られたと感じたのだろう。
違うよ。僕とソンは最初から、自分に関わりなければ、他の子供がどうなろうとも、どう思おうとも、どうでも良かったんだ。
スズランが言う。
「最初ジョージを見たとき、この子供、物騒ですぐに手を出すそんな子供だと思ったけど、話してみると本当は友達思いの優しい子供だって思った。でも、『ここ』ではどんなに子供を殺していても、何にも罰はないからいいかもしれないけど、やっぱり、それはやっちゃいけないことだと思う」
強くはっきりと自分の意志を述べた。ミノルは反論する。
「僕たちも誰かのこと言えるような立場じゃないよ。ジョージよりはしてないけど、僕らだって子供たちを殺したことはあるから、ジョージを攻めることはできない」
ミノルはそう言って寝床に寝ころんだ。
「はぁ、何でこうなるんだよ」
スズランも一緒に横に寝ころんで言う。
「ムーも反省して、今後やらないと誓えばいいって言ってたじゃん。きっと、何回も話し合えば分かってくれる。改心してくれるよ」
ミノルを見ながら、スズランは簡単そうに言った。ミノルは、それまで、何回殴られるか分からないし、当たり所悪ければ死ぬかもしれないぞ、といい、スズランは大丈夫、絶対手加減してくれるよといった。
「殴られ続けるのも辛いんだぞ」
ミノルは苦笑しながら言った。
「私も一緒に殴られるから」
「…………、僕が殴られることは確定なんだ…………」
「はは、ジョージも変わってくれるよ。だって、だって…………」
スズランが急に頬を真っ赤にして、ベッドに顔を埋めた。ミノルはスズランの言葉の続きをいつもの様に予想して言った。
「誰かと一緒になれば変わるって?」
ミノルはスズランの頭をなでながら言う。
「僕もそうやって変われて、本当に良かったと思っているよ。スズランありがとね」
そういうと、スズランはミノルの胸に向かって抱きついてきた。ミノルは一瞬、鼓動が止まった。そして、動き始めると速くなっていく。少しだけ慌てたが、そっとスズランの背中に両手を回し、優しく抱きしめた。
僕はジョージのことを理解して挙げてはいなかった。ぞんざい扱っていたのだろう。当たり前に居てくれる。と、失くしそうになってから誤解していたことに気づいた。そして、今度は理解してあげるどころか、そのまま、自分たちの都合を押しつけて、無理矢理ジョージを変えようとしている。もし、ジョージを説得したとしても、その先に僕らはどんな関係なるのだろうか。それじゃあ絶対に友達じゃない、ぎくしゃくとした関係になって、そして、またあの小屋で四人で笑い合って話す事はなくなって、そして、そして、そうして、
失ってしまうんだ。
まて、僕はスズランを理解しているのだろうか。こうやって、抱き合って、お互いの体温を感じる事をスズランは嫌っていないのか。分からない。スズランは何をしたら、喜んでくれるのか。何が嫌いで、そして何が好きなのか。
ミノルはそれが知りたくなった。いや、早く知らなければいけないと思った。そうしなければ、また失くなりそうになってから気づいて、そう、悲しくなって、寂しくなって、死にたくなる。
『ここ』に来て初めて死にたいと思えてしまった。生きても辛いなら死んだ方がいいと思える。死が怖いと言っていた頃とは変わったのだろう。変わった。自分が変わったんだから、スズランだってそうだろう。赤い実を欲しがっていた頃とは感性も変わって、ミノルがこう、好きな子に抱きしめられることに心地よさを覚えたのは国民になってスズランと番となってスズランの想いを聞いてからで、それ以前は思いもしなかっただろう。スズランもミノルと同じなのか。同じように心地良いと感じてずっと続けてほしいと想えるのか。それが知りたかった。
絶対に失くしたくなかった。
スズランが急にミノルの胸から顔を上げミノルの顔を見て訊く。
「ミノル、どうしたの?」
「スズランこそ、急にどうしたの?」
「ミノルの鼓動が最初はバクバク鳴っていたのに急に静かになったから、寝ちゃったかと思った」
こんなに近くにいるからすぐに変化が分かるのか。ジョージを距離が離れ過ぎたから、こうなったのかもしれない。ミノルは訊いた。
「スズランはこうしていると嬉しい?」
こう言えば、スズランは肯定するなら恥ずかしがって、取り出すはずだとミノルは予想した。
でも、実際は違った。
「…………ミノル」
スズランはミノルと同じ目線になるように寝床を這って移動し、
同じ目線になったこと確かめ、笑顔で言った。
「ミノルが心配しなくても、私の事は理解してくれてるよ。私もミノルのこと理解しているつもりなんだけど、どうかな?」
それを聞いたミノルは嬉しくてたまらなくなりスズランを抱きしめた。ぎゅっと、背中に手を回してもう離したくないと言わんばかりに。
「私の事よりも、今はジョージと仲直りをする事を考えないといけないでしょ? でも、少しだけ嬉しい」
そうだ。言わなきゃ。行動だけでも十分だとは分かっていたけれど、言わなければいけない。言葉にしたい。とこみ上げてくるものが合った。
「スズラン」
「ん?」
ミノルはスズランの右耳に近くで囁くように言う。
こんなに近いのに、言いたいとも想うのはきっと、
「大好きだよ」
まだ足りないからで、
「私もだよ」
まだまだ空のようで、
「ミノルが大好き」
それすら失くした後の空虚が、死と同じくらい怖くて嫌だからなんだ。
*
再び朝になった。
ミノルとスズランは、おそるおそる部屋の戸を開けた。が、戸の前には誰もいなかった。ほっと胸をなで下ろし、二人は急いで北の土地に向かう。
そこに着くと、ムーとソン、それからほかの国民たちがいる。全員が眺めているのは、
「どうして…………」
その光景を見たスズランはそう声を漏らした。
建設中の支柱、切り揃えて使おうとした丸太、町から探し出した道具、その全てが、めちゃくちゃに壊されていた。
「な、んで、こんな、こんな、酷いこと、するんですか、」
ムーか悔しさに泣き崩れ、地面をたたきながら喚く。
「道具まで、なんで、なんで、どうして!? もう、造れないじゃないですかっ!? うぐっ、うぅ、うわぁぁぁぁ」
ムーは大声をあげ泣き出した。
「サキとの約束が、絶対、叶えますからって! 安心してくださいっていったのにっ! もう、もう、叶えられないなんて」
近くにいたソンが背中をさすりながら宥める。
「道具が無くたって約束は叶えられるよ。新しく造らなくても、町には使われていない建物あるんだから、そこを使えばいい」
「けど、けどっ!」
ムーが食い下がる。ミノルが言う。
「まずはそうしよう。道具がないんじゃ、どう頑張っても造れない。また探して見つけてからにあとで必ず造るろう。それに、みんなで造るのは建物じゃなくて、国なんだから。みんなもそれでいいよね?」
国民たちは笑顔でうなずく。
「ほら、ムーさん。折角のかわいい顔が台無しですよ?」
「ワタシたちはサキさんと約束は絶対に叶えますから」
「そうだぜ。だから安心して」
「…………、あんたが言うと不安になるよな」
「なんだとっ!」
笑いが起こった。ムーは泣きじゃくりながらも言う。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
他の国民に止められるまで言い続けた。
これを機に、ミノル、ソン、スズランは、もうジョージを想うことを止めてしまった。
そして、誰一人殺さずに自分の中にある怒りを抑えるために、物に当たり、それが単に『ここ』で唯一、壊わせるのがこの建設物だっただけで、ほかに意味がない事を三人は分からなかった。
それは、ジョージが、
友達だから、一生懸命、相手を理解しようと思っていることを表していたのに。
*
それから、国の中心となる建物は町の使われていない(ほとんどだが)建物から一番、部屋が広い建物にした。その後、道具を探しだし、メンフェゴール用の飼育小屋を元集会所の建設予定地、北の広い土地に造った。町から遠いのだが、もしメンフェゴールが暴れたときに、安全に対処できるようにあえて遠くに造った。
メンフェゴールを飼育していてECを食べることが分かった。最初は子供を溶かし、その液を啜っているという怪奇じみた噂があったのだが、メンフェゴールの飼育観察して、色々餌になる物(赤い実、甘い液体、門の中に生えている草花、木、葉、等)を与えて、どれを食べるのか試してみたところ一心不乱にECを食べ始めた。子供たちを溶かすのは、どこかに隠し持っているECを簡単に見つけだす為だと推測する。試しに、消化液を吐かせてそこにECを投げ込んでみたところ、ECは溶けず残っているところからそうなのだろう。
ついでに、国民の数が増えた。特にY型が増え、Y型とX型の比が等しくなり、夫婦(このころから、番という言葉は、卑猥だと言う意見があったので廃止された)となる国民も増えた。スズランは良いことだよねといって喜んでいた。たぶん、妬みを言われることがなくなったからではないかと密かに思う。
あとは国民が増えた為、国自体が保持しているECが底を尽き始めたりもした。僕が持っているECも貸したのだが、国民分とメンフェゴールの餌で一日、二百数十枚は飛び、この状況にムーは頭を抱え、赤い実一個とEC百枚で交換してもらうしかないのですかね、とぼやいたりしていた。僕が門の前に国民が待機して、通行料として一枚ECもらえばいいじゃないか? そうすればECも手にはいるし、子供たちにも一応チャンスはある。そして何より殺さずに済む、と提案したところ、すぐに採用され、毎日、五千枚近いECが手には入ることになった。ムーはこれ国民を増やすことができますと喜び、国民の数も今や約二百人、つまり、百組近い夫婦ができた。
最初、ムーが何か企んでいると疑っていたが、ソンとの熱々っぷりを見ているとそんなことを考えているようには絶対に見えない。あれが演技だったなら、もう騙されてもいいと思う。ちなみ、ムーとソンの会話は聴いているこっちが恥ずかしくなるので割愛。
それから、東門の木を通り過ぎ、その先をずっと行くと、大きな水たまり(ムーが言うには湖と言うらしい)があり、そこにはメンフェゴールも居なくてとても綺麗な場所だと国民の中にいた探検が好きな子供が言った。ムーはそこに国民全員で旅行に行きましょう! と口走り、ソン以外の近くにいた国民に全員でいける分けないでしょ、といわれしょんぼりしていたが、スズランが数人で分かれて行けばいいじゃないと珍しく主張した。スズランはきっと行きたかったんだろうなと思う。他の国民もそれに賛成した。結局みんな行きたかったらしい。まあ僕もスズランが喜んでくれればそれでいいということで賛成だった。その旅行をする順番は最初は、ソンとムー(この時、メンフェゴールを操れる笛がなかったので、メンフェゴールの世話が大変だった)、その次に僕とスズランだった。別に後の方でも良いと断ったのだが、ミノルはよく働いているから先に行っていいよ。でも、スズランはねぇ…………、と一悶着あったが、最終的に僕たちは二番目になった。
そして明日、東門が開き三日間の小さな旅行だ。楽しみでしょうがない。なぜなら――――――
「ミノル、何一生懸命書いてるの?」
「っ!? スズラン!? いや、その、ECの管理表を作っていたんだよ」
「怪しいな~、そんなに字っばかりの表なんてますます怪しい」
「…………、明日からの旅行楽しみだね」
「あからさまの話題転換だね。うん。とっても楽しみだよ。それは置いといて、何書いていたの?」
「…………わかったよ。日記みたいな記録を書いていたんだよ」
「なーんだ、つまんない」
「じゃあ、なんて書いててほしかった?」
「私には見せられないほど、恥ずかしいの私への愛の手紙とか」
「…………、そ、それくらい…………、僕の口から…………言うよ」
「…………、部屋に戻ってから言ってね。その、恥ずかしいから」
「うん、絶対に言う」
「嬉しい」
「そう言ってもらうと僕も嬉しい」
「ねぇ、ミノル」
「何、スズラン」
「もうちょっと近くに――――――」
「そこの惚気ている二人っ!! さっさと仕事しろよっ!! メンフェゴールが二匹逃げてどうするか考えてんだっ!! 明日の旅行は別なヤツに変わってもらってもいいんだぞっ!!」
「「…………すいません」」
なぜなら、
スズランが笑っている。それだけで僕は幸せなのだから。
*
「何で」
その子供の周りには首や腕がもぎ取られて絶命しているメンフェゴールが何十匹も転がっていた。
「何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で」
グチャッ。
その子供は近くに落ちているメンフェゴールの首を足で簡単に潰した。頭蓋骨と脳が潰れ、赤い実を潰したように脳漿が当たりに飛び散る。そこから発生する生臭い、臭い。
後ろから、一匹のメンフェゴールがゆっくりとその子供に近づいて来る。その子供は、接近しているメンフェゴールに気づいていないようだった。
そして無情にも、その子供とメンフェゴールとの距離があと少しというとこまでメンフェゴールは近づき、立ち上がる。パカッ、と口を開けた。
その瞬間。
その子供は振り返り、メンフェゴールの右前腕を掴んだ。メンフェゴールは急に掴まれたので驚き、口を閉じてしまった。
次の瞬間にはメンフェゴールの右前腕が捥ぎ取られていた。
メンフェゴールは、無理矢理右前腕を捥ぎ取られた激痛の為か後ろに下がり、残っている左前腕で四足歩行、ではなく三足歩行の状態になる。
「なんで、俺だけ裏切らないで、あいつ等だけ裏切ってもいいんだ?」
その子供が、メンフェゴールの首を腕でがっちりと掴み絞める、メンフェゴールはヒューヒューと呼吸音をならす。その音は許しを請うようにも聞こえる。
「そうか、殺せばいいのか」
ぎゅっとメンフェゴールの首が締められた。メンフェゴールは空気を求めてもがき始める。
「俺も、裏切って、ムーを殺してもいいよな? お互いに一回ずつなら、おあいこだよな?」
メンフェゴールがついに最後の力を振り絞り、その子供に残った左腕で切り裂こうとした。そんなことをすればメンフェゴールは重心が前に傾き倒れ込んでしまうが、そんなことを考えられるほどメンフェゴール後は賢くはない。ただ、殺さなければ殺される。多くの生物に染み着いている最後の抵抗をしたのだ。
「だから、裏切ってもっ!!」
グチュッ。
メンフェゴールの首が捻り切られる。
勢いが着いていたのか、手が滑って、首が遠くに飛んでいく。
「また、友達になってくれるよな」
ドチャッ。
また一つ、メンフェゴールの死体が増えた。
その子供は泣いていた。
辛過ぎて、辛過ぎて、
悲しくて、悲しくて、
寂しくて、寂しくて、
泣いていた。
「今から、行くからな!! ミノル! ソン! スズラン!」
その子供――――――ジョージは叫んだ。
一回の更新分が長くてすみません……
次回も一週間後になりますが、次回も飽きずに読んで頂けるととても嬉しいです。
では、次回をお楽しみに。