「決められた結婚だから――」 と、学生が恋愛にすべてを委ねた結果
一部にセンシティブな表現があります。
「決められた結婚だから――」
そう言って、学生は恋愛にすべてを委ねる。
純潔なんて誰にもわからないから、と次第にエスカレートして。
妊娠した女子生徒が出れば、貴族学校が密かに堕胎薬で人工流産させて、今日も貴族学校の名を守っている。
でも、浮気されたほうも、それを見ていたほうも、忘れない。
◇◆◇
ある貴族の家で夫が妻に言った。
「離縁する。これは提案ではなく、両家の決定事項だ。心当たりはあるだろう?」
疑問の形になっているが、これは学生恋愛をしていたことを責めていた。
「誰でもすることじゃない」
決められた結婚だから学生恋愛をする。そんな免罪符は通用しない。
ましてや、決められた結婚だから多少の火遊びが許されているのが、大人の世界だ。学生のうちから火遊びをするなんて、後先、考えなさすぎる。
「実害が出ていなければ問題ないが、支障をきたしている。そなたの人を見る目のなさでな」
「人を見る目がない? 私が?」
「容姿が良かった? 好みだった? そんなもので目が眩んで、ゆすりたかりの品性下劣な男にこの家の情報を渡していただろう」
「彼を悪く言うのはやめてちょうだい! 彼はあなたよりずっと魅力があるし、ゆすりたかりなんて真似はしないわ!」
「あの男に貢いだ金品はどうでもいい。申したであろう? この家の情報を渡した、と」
「それくらいで、どうして、離縁になるのよ!」
「そなたがあの男に話した情報は貢いだ金品の何倍も価値があるものだった。使用人ですら家の内情は黙っているのに、それすらできなかった。それが離縁の理由だ」
「そんな漏れ聞こえたものが離婚理由になるって言うの?!」
「領の防衛や商業活動の核心部分は機密だ。漏れ聞こえた内容だけで、我が領地の未来を左右する。女はそれすらわからず、煽られて話してしまうから、仕事の話を聞かさないようにしているのだ。それが、使用人にもできることをできない貴族夫人がいるとは、そなたが馬鹿なのか、相手の男が狡猾なのか」
「いい加減なことを言わないで! 学生時代の恋人と結婚したいからって」
「おや。恋人がいたことを知っていたのか」
「誰だって、恋愛の一つや二つするものでしょ」
「そうだな。誰もが一度は恋愛をする。そして、一生、注目されて噂されるのだ。そなたのようにな」
「!! 誰かが面白おかしく吹聴したっていうの?!」
「学生恋愛なんて、同時期に通っていた全生徒に、大声で恋人が誰か叫んでいるようなものだ。保護者だって、人間関係把握の為に子どもから聞き出しているからな。社交界にまで広がっていてもおかしくない」
「んまあ!!」
秘めたる恋だと思っていた学生時代の恋愛が、夫だけでなく、社交界に知れ渡っていると知って、妻は卒倒した。
それを見た夫は決定事項を伝えたとばかりに、使用人に元妻となる女性の世話を任せて、部屋を出て行った。
余談だが、夫の元恋人は貴族学校を途中で辞め、跡取りの必要な男性の妻になって、既に跡取りを産んでいる。次の子はスペアとなる次男でも、縁を繋げられる長女でも良いと、子どもが元気に生まれてくること以外は求められていない。
というのも、軽い気持ちでの恋愛で妊娠してしまったからだ。
子どもを理由に責任を求めるほど、恋人への気持ちもなく、恋人の家で針の筵を耐える人生も送りたくない。
困った彼女は実家に戻って両親に相談した。
婚約は解消するしかないが、貴族学校に堕胎薬を勝手に使われては、その後の妊娠が難しくなるよりはマシだと、産むことになった。
子どもさえ生まれれば、子どもを産めるという実績が付く。それも、学生恋愛なのだから、妊娠しやすいこともアピールポイントになる。
子どもの父親が誰であろうと関係ない。貴族学校に通う同じ生徒(貴族)なのだから、実家で引き取って損はない。
そして、生まれたのが男の子だったのだから、妊娠しやすくて、男の子を産んだ未婚の令嬢となれば、跡取りの必要な家にとっては、喉から手が出るほど欲しい嫁だった。
同じ男児出産経験があっても、未亡人や離婚夫人であれば、余計な前の婚家との柵がある。
子どもの父親の家にしても、火遊びでできた子どもは妻と結婚しても子どもができなかったら思い出す程度の存在――それが、学生恋愛であった。
貴族学校を辞めて出産した彼女は、跡取りの必要な男性の妻になった。
学生恋愛のことをとやかく言う者もいたが、初子で男児を産んだ実績があるのだ。学生恋愛のことは、本人たちが卒業後も過ちにできない限り、口にしないことが暗黙の了解――礼儀となっている。
だから、妻は夫の元恋人と会うことがあっても、既に終わったことだと、安心していられた。
◇◇◆
夫が妻の元恋人を知っていても、妻が夫の元恋人を知っていても、何事もなかったように過ごしている社交界。
「決められた結婚だから――」
そんな根拠のない言葉や周りに流されて軽い気持ちで恋愛をしてしまう学生たち。
妊娠した女子生徒が出れば、密かに堕胎薬を盛る貴族学校。
そんな歪な均衡は、ある事件によって永遠に消え去る。
それはある女子生徒の自殺未遂から始まった。
女子生徒の恋人は男子学生たちに大怪我を負わせ、貴族学校では揉み消せない事態となった。
犯行動機は女子生徒への暴行であった。
女子生徒の恋人は二度と女子生徒への暴行ができないように、犯人たちを去勢したのである。
そして、事件は続いた。
外科手術が必要となり、病院に入院した被害者たちがまたもや襲撃されたのである。
犯人は、過去に同じ性犯罪を受けた令嬢だった。
新聞で被害者の入院を知った令嬢は、見舞客を装って病室まで案内を受け、その場で刺した。
令嬢が拘束された後も、他の被害者に雇われた暗殺者たちがご丁寧に死なないように一刺しする犯行が続き、性犯罪を受けた女子生徒の数が両手では足りない事態が発覚。
暴行事件が明らかにならなかったのは、貴族学校が妊娠したと思われる女子学生に秘密裏に堕胎薬を盛っていたからである。証拠となる子どもさえいなければ、性犯罪の立証はできない。だから、暴行事件も起きていない。
気軽な恋愛の空気は、性犯罪の隠れ蓑にされていたのである。
貴族学校は男女共学から男女別の学校になった。
学生恋愛も全面禁止。風紀を乱すようなことがあれば、容赦なく、停学、退学となった。
性犯罪が生まれてもおかしくない環境から、性犯罪が生まれにくい環境になった為、火遊びは大人だけのものとなった。
女子生徒の恋人は被害者たちの家から罰として、家を除籍され、平民となった。
被害者たちの家もそれ以上は要求することはできなかった。彼らは被害者ではあっても、危害を加えられた令嬢たちの家からの慰謝料と賠償金、社会の目から逃げることはできなかったからである。
自殺未遂を起こした女子学生は平民となった恋人と、女子学生の実家の離れで暮らしているそうだ。
そんな二人のことを、貴族学校に入る前の子どもたちは聞かされる。
「決められた結婚だから――」
と、気軽に恋愛する空気によって、自殺にまで追い込まれた女性と、彼女の為に貴族の地位を失った男性が作られたことを。
彼女は幸運にも、恋人とは真実の愛で結ばれていたことを。
自分で刺しに行った令嬢――事件ファイル2番は、新しく創設された男子修道院の初代院長に任命されたそうです。性犯罪を犯した貴族にそこで罰を与え続けたそうです。
事件ファイル2番と殺し屋を雇った他の被害者たちのおかげで、恋人の敵を討った――事件ファイル1番は悪くない空気ができて、処罰は除籍だけに留まりました。
裁判沙汰にならなかったのは、女子学生への暴行が貴族学校創立直後から行われていたことを有耶無耶にする為。被害者たちの家も加害者として訴えられたくなかったので、事件はあったが関係者間での示談で終わらせられました。




