第三話④
街に戻るとライルが深く頭を下げる
「本当にありがとうございました!僕、これからギルドに行ってきます!」
「どうせなら最後まで付き合うぞ」
「いいんですか……?」
「気にすんな、どうせ暇だからな」
子供一人で採取に行かせるような奴らだ、無料で作るなんて発言を撤回して金を請求しないとも限らない。
それに、個人的にもギルドがどんな仕事をしてるのか拝んでおきたい。
「ありがとうございます!」
「ああ、そのギルドの場所は近いのか?」
「ここから少し歩いた所にありますよ」
ライルを先頭に街中を歩く。
背負っているのがただの薬草とはいえ疲れもあるのか、ライルの足元が少しふらついている。
「重いなら少し持つか?」
「だ、だいじょうぶです……!これは、僕がやらないと……」
「だよな」
転ばないよう支える準備だけをしながら賑わう街中を眺めていると、ライルがふと足を止めた。
「着きました、ここです」
看板には『魔学工房』と刻まれ、尖った帽子と先の丸まった杖の刻印がされている。
建物は意外と綺麗にされているようだが、最近建てたのだろうか。
「え?あっリュートさん……!」
「邪魔するぞ」
中に入ると広めの空間に尖った黒い帽子に黒いローブの魔術師のような格好をしたのが、何やら魔術の実験らしき事をしていた。
「ん?なんだ依頼か?」
その内の一人が作業を止めて近づいてきた。
「ああ、こっちがな」
ライルの背中を押して前に出させる。
「あっあの、薬草を取ってきたのでキュアポーションをお願いします……!」
背中の膨れた布袋をおろして紐を解くと、詰まっていた薬草がこぼれ落ちた。
「ん?構わんが手数料が掛かるぞ、金持ってるのか?」
「え?でも、素材を持ってきたら無料でやってくれるって……」
「なんだそりゃ、誰がそんなこと言ったんだ」
「そ、そんな……」
男の反応と表情からして惚けてるって訳でも無さそうだが、話が伝わっていないって所だろうか。
「ライル、前に会った奴のこと覚えてるか?」
「えっと、赤髪で髪が長くって、あと眼鏡を掛けてました」
「赤髪眼鏡か」
全員の容姿を見てみるが、その特徴を持った奴はいない。
「あいつか……」
「なんだ、カプールがまたなんかやったのか」
話が聞こえたのか、後ろで作業をしていた黒ローブ達が集まってきた。
「しょうがねえやつだなほんと……」
この反応からしてギルド内でも問題児なんだろう。
カプールという奴の愚痴で溢れ始めたその時、赤髪眼鏡の男が何やら箱を持ってギルドの中に入ってきた。
「あ!この人です!」
「あん?……ってこの前のガキかよ、また来たのか」
赤髪眼鏡、カプールは心底面倒臭そうにライルを見て荷物を中央の机に置いた。
「カプール、どういうことかちゃんと説明してもらうぞ」
最初に対応をした男がカプールに詰め寄る。
「な、なんだよ……!こっちは仕事やってきたばっかだってのに」
「この少年に素材を持ってきたらキュアポーションを無料で作ると言ったそうだな」
「だったらなんだよ!ガキが金を持ってねえから交換条件を言ってやっただけだろ!」
カプールは逆上し詰め寄る男を押し退ける。
「お前作ったことあったっけ、てか何処で素材採れるか知らないって言ってたよな」
遠くで様子を見ていた男が問いかける。
「……だったらなんだよ、別に難しい工程なんか無いだろうが」
言い訳する事もないが反省する様子もない。
ガキには無理だと考えていたが、持ってきたら本当に作ってやるつもりではあったんだろう。
「折角ギルド長に拾ってもらったってのに、お前って奴は……」
「そ、それは関係ないだろ!」
ふと足音が聞こえ階段の方を見ると、水色の髪を長く伸ばした女が降りてきた。
「随分と賑やかだけど、なにかあったのかしら?」
「ギルド長!カプールの奴が子供に素材を持ってきたらキュアポーションをタダで作ると言ったみたいで!」
その答えを聞いた女は呆れた表情を僅かに見せると、ライルの元に歩み寄り頭を下げる。
「へ……?あの……」
「ごめんなさいね、組員に不手際があったみたいで、もちろん代金は要らないわ」
「い、いえ」
まさか素直に謝罪をするとは思わなかったが、手荒な事をしないで済むのならそれが一番いい。
「カプール、後で話があるわ」
「いや、その……」
さっきまでの態度はどこへやら、感情の消えたような冷たい顔を向けられたカプールはすっかり静かになってしまった。
ギルド長はライルに目線を合わせ微笑む。
「すぐに作るから、少し待ってて」
「は、はい……」
「あなた達、すぐに取り掛かるわよ」
「はい!」
ギルド員達は声を揃えて元気に返事をするが、自分達に飛び火しないようにでもしてるんだろう。
ギルド長の方は大声にイラッとしたのか、一瞬眉を潜めていたが。
「何照れてんだ?」
「て、てれてないです!」
照れてるライルをからかってやると顔をそらしてしまった。
「……チッ」
カプールが恨めしそうに舌打ちをしてライルを睨むと、建物の裏側に下がっていった。
「自分が招いた結果だってのに」
その後、適当な椅子に座って待っていると、大量の液体入り瓶が積まれた台車を運ぶギルド員とその長が戻ってきた。
「早かったな」
「当然よ、力を結集したもの」
幾ら運びやすい形態とはいえこれだけの量は流石に重いだろうし、台車が僅かに浮いているのは彼女なりの気遣いか。
「このキュアポーションは全て貴方の物よ、傷を治すもお金に変えるも自由にしていいわ」
「ありがとうございます……!」
「気にしないで、これはお詫びだから」
ギルドにも粋な事をする奴が居るんだな、とはいえもう少し気を使って欲しかったが。
「さ、行くぞライル」
「はい!ほんとうにありがとうございました」
「ええ、また依頼を待ってるわ」
台車を押してギルドの建物を出た瞬間に、キュアポーションを台車ごと丸々腕輪に収納する。
「えっ……?」
「キュアポーションってのは結構高いんだ、こんだけ持ってると狙われるぞ」
「そうなんですか……?」
俺がいる間は大丈夫だろうが、ライルみたいな子供が運んでたら格好の獲物だ。
「今回はタダで手に入ったが、普通に依頼したら一つ一万ガリアは請求されるだろうさ」
「いっ、一万!?」
自分で作成できれば金は掛からないんだが、特殊な技術が要求されるし時間が掛かるし、結局商人から仕入れるのが早いし結果的に安い。
「じゃ、じゃあ無料で作ってもらうような物では無いって事ですか……?」
「ま、お前が気にすることじゃ無いし、そんなことよりもさっさと薬を持って行ってやろうぜ」
「そうだった!速く帰らなきゃ!」
「おいおい、転ぶぞー」
急に走りだすライルを見失わないよう追い掛けると、段々と周りの建物が豪華な作りに変わってきた。
そしてライルはそれなりの大きさをした屋敷の中に一人で入っていってしまった。
「ポーションはこっちにあるってのに……」
後に続いて屋敷の中に入ると、薄暗い空間が広がっていた。
「まだ明るい時間帯とはいえ、明かりを消してるのか」
壁には若い騎士の肖像画が掛けられているが、この屋敷の主ってとこだろうか。
所々に台座が設置されているが、そのどれも何かが運び出されたような埃の跡が残っている。
この屋敷に住みながらも千ガリアしか用意できなかったり、キュアポーション一つの値段にライルが驚いている様子からして。
「没落した貴族……、いや、成り上がりの途中だったのか……?」
「リュートさんこっちです!」
「……俺が気にすることじゃないか」
階段を登ってライルに案内された部屋に入ると、ベッドに座るやせ細った女性と目があう。
「ええと、どなたですか……?」
困惑したような、そんな視線を向けられる。
どうやらライルは急いでいたあまり、何の説明もしていなかったらしい。
「この人はリュートさんっていって、薬草取りを手伝ってくれたんだ!」
「どうも」
「ライル……!?森には言っては駄目って言ったでしょ……!ゲホッゴホッ!」
「お母さん!大丈夫!?」
咳き込む母親の背中をライルが撫でる。
「はあ……はあ……」
「僕お医者様連れて来ます!」
そう言ってライルは部屋の外へ飛び出して行ってしまった。
「随分と信用されたもんだな……」
出会って僅かな時間しか経ってない人間を、病んだ母親と二人きりにさせるのか。
俺なら絶対に取らない選択肢だが、子供ならではなのか。
「あの……、リュートさん、と言いましたか……」
「無理して話さない方が良いんじゃないか」
「いえ、大丈夫ですから……」
ライルの母親はゆっくりと息を整える。
「あの子を護っていただきありがとうございました、なんとお礼をしたらよいか」
「頭を上げてくれ、礼ならとっくにライルから貰ってる」
病人に頭を下げさせるのはなんか悪いことをしてるみたいだから勘弁して欲しい。
「お礼ですか……?家にはお返しできるようなお金なんて……」
「後でライルに聞くと良いさ」
「はあ、わかりました……」
まさが千ガリアぽっちで俺が雇われたとは思うまい、まあ教えても面倒なことになるだろうし今はこれで納得してほしい。
――
「お母さん!お医者様連れてきたよ!」
ライルが勢いよく扉を開け白髪の老人と共に部屋へ戻ってきた。
「キュアポーションが手に入ったとお聞きしましたが、貴方は?」
「ライルに雇われた護衛だ、キュアポーションは……、これだな」
腕輪からキュアポーションを一つだけ召喚し、初老の男に手渡す。
「一応、確認させて頂きます」
「高いんだから割らないでくれよ?」
初老男は瓶を揺らしたり、覗き込んだりとキュアポーションの状態を確認している。
「……」
あの状況で偽物を渡すようなどうしようもないやつでは無いとは思いたいが、まあ調べるに越したことはないだろう。
「上等なキュアポーションですね、これで漸く取り掛かれます」
「見ただけで分かるもんなのか」
「私もこの道は長いですから、少しこちらを使わせて貰っても宜しいですか?」
「ええ、どうぞ」
初老男はライルの母親に確認を取ると机にキュアポーションを置き、手に下げていた鞄を置いて幾つかの紙の包を取り出して並べていく。
さらに小型の壺を取り出して机に置きそれの蓋を開けると、紙の包みを開き中に入っていた粉末を注ぎ込んでいった。
次にキュアポーションの蓋を開け中身を注ぎ込むと、壺の蓋を閉めた。
「リュートさん、あれってなんですか……?」
邪魔しないようにでもしてるのか、ライルが小声で問いかけてきた。
「あれは錬金壺だ、中に何かしらの素材を入れれば後は自動で錬金してくれるすげえやつだ」
「錬金……」
「完成いたしました、ではこちらをお飲みください」
初老の男は壺の中身を瓶に移すとライルの母親に手渡す、その液体は最初に見た青ではなく赤に染まっていた。
「これを飲めば私は元の状態に戻れるのですね?」
「ええ、確実に回復へ向かうでしょう」
ライルの母親はその言葉に頷きポーションを口を付ける、だが味はいまいちなのか眉を潜めている。
そして、そのまま一息で飲み干してしまった。
「……ふぅ」
「効果がはっきりと現れるまで少し時間が掛かります、まだ暫くは安静にしてください」
「ええ、ありがとうヒューヴァル」
初老男の名前はヒューヴァルと言うのか、前から親交がありそうだが贔屓の医者と言ったところか。
「では私はこれで、また何かあればお呼びください」
「じゃあ俺もこれで、ライル後でな」
部外者の俺もさっさ退いて家族だけにしてやった方がいいな。
「あ、はい!」
屋敷の扉を開いて外に出ると、前を歩くヒューヴァルが立ち止まる。
「まさか騎士の方が護衛として雇われているとは」
「俺が騎士なんて名乗ったか?」
「その形状の腕輪は騎士団でしか扱っていませんからね」
言われて自分の腕輪を眺めるが、なるほど、場所によっては隠した方が良いのかもしれないな。
「まあ現役の騎士じゃないから安心してくれ」
「……そうでしたか」
ヒューヴァルは安堵したかのようにほっと息を吐く。
騎士団に因縁でもあるんだろうか、まあそれよりもだ。
「この家に何があったか知ってるか?」
余計なお世話かもしれないがどうしても気になってしまう、騎士の家族なら余程の事にならなければ家財を売っての生活にはならないだろうに。
「……」
「話せないことならいいんだ、悪かった」
「……いえ、少し考え事をしていただけです」
どこか遠い地へ思いを馳せているような、懐かしむような表情を見せるヒューヴァル。
「トレントという騎士をご存知でしょうか?」
「知らないな」
「そうですか……、この屋敷の主であり、私も親しくさせて頂いていたお方でした」
てことはライルの父親か。
「騎士団に務めている知人から聞いた話では、ある任務の最中に行方を眩ませてしまったと」
それならこの屋敷の状況にも一応は納得できるが。
「その行方不明が起きたのは最近の事か?」
「いえ、一年程前の事です」
貴族の生活費がどれだけ掛かるかは知らないが、騎士の家族が一年そこらで家財を売り払うほどに困窮するものか?
そもそも残された家族が生活していく為の支援金が払われるはずだが、額自体は騎士の階級にもよるが。
「なんかきな臭いな」
「やはり貴方もそう感じますか」
確信は無い、だがライル家の状況は明らかにおかしい。
「ああ、俺の方で少し調べてみよう」
「宜しいのですか?」
「ま、知ったからにはな」
今の俺に何が出来るかは分からないが。
「ふふふ」
ヒューヴァルは口元を抑え、上品に笑い出す。
「なにかおもしろかったか?」
「いいえ、やはりトレント様によく似ているなと……」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
そのトレントって騎士がどんな奴なのかは知らないが、ヒューヴァルの表情からして悪い人間ではないんだろう。
なんだか自分で自分を良いやつだって思ってるみたいでなんかアレだが。
「では私はこれで、なにか怪我をするような事があれば何時でもいらしてください」
地図を受け取り腕輪にしまう。
「おいおい医者が怪我を望むなよ」
「そうでした」
ヒューヴァルの背中を見送っていると、ライルが玄関から飛び出してきた。
「あれ?ヒューヴァルさんはもう行っちゃいましたか?」
「ああ、んじゃ俺達も行くぞ」
「はい!」
機嫌の良さそうなライルを引き連れ、街の魔法道具屋にやって来た。
「キュアポーションなら一個二万ガリアで買い取るぞ」
「にっ、二万!?」
高く売れるもんだとは知ってたが、まさか定価の二倍以上の値が付くか。
「素材が不足でもしてるのか?」
「ああ、洞窟が死の水まみれになってからというものの、ギルドの連中が取りに行くのを渋っててよ」
確かに危険のは分かるが、死の水ってだけで洞窟に入らなくなるものか?
「なるほどね、所で後こんだけあるんだが、ちゃんと一個二万で買い取ってくれんだよな?」
腕輪から台車ごとキュアポーションを召喚してやると、店主の時間が止まってしまった。
顔の前で手を振るが、反応は帰ってこない。
「おーい」
暫く動き出した店主の表情は困惑で満ちていた。
「あ、あんた、こんだけのもん何処で手に入れたんだ?」
「噂の洞窟に素材取りに行ってギルドに作らせたんだよ、な?」
「は、はい!そうです!」
店主はライルの顔を一度見てからこっちを見る。
「子供を連れてったのか、てことは水が戻ってるのか?」
「いいや、骨付き肉がドロドロにするくらいには活発だったぞ」
「骨付き肉……?しかしまだ水がそのままならまだ稼げそうか」
店主の目つきが商人のそれに変わった。
「そこに素材は残ってるか?」
「人が来てないからか大量にあったぞ」
「……まだ稼ぐ気は無いか?」
「一応話を聞こうか」
ここで少しの小遣い稼ぎをしておくのも良いかもな。
「トコヤミソウを取ってきて欲しい、なるべく大量にな」
「ポーションじゃなくてか?」
「色んな事に使えるからな、単体でも人気が高いんだよ」
「ふーん……、分かったトコヤミソウだな」
「よろしく頼むぜ」
店主は一度店の裏に下がると、熱い紙幣の束を持ってきて台に置いた。
「これがキュアポーションの買取金だ、ぴったり百万ガリアだ」
「一応数えるぞ」
札束の中央を持ってパラパラ素早く捲っていくと、紙幣独特の油の匂いがした。
「手慣れてるな」
「ん?一応な」
紙幣を揃えてからライルに手招きをする。
「なんですか?」
ライルの顔の前に札束のを持っていき、端を持って百枚を一気に捲る。
「どうだ、これが百万の風だぞー」
「よ、良くわかんないです」
「悪趣味な事やってるなよ……」
店主に呆れられながら店を後にした。
「さて、飯でも買ってくか」
「ご飯ですか?」
「ああ、稼いだ金で母ちゃんに美味いもの買ってやりな」
「……はい!」
その後はライルに街を案内されながら、病み上がりでも食べることが出来る美味いものを幾つか買い出しライルの家へと戻ってきた。
「置くのはここでいいか?」
「はい、運んでくれてありがとうございます」
「気にすんなよ」
常温保存できる食品を机の上に並べていく、肉とかも買いたかったが冷蔵庫は現在故障しているらしい。
「後これ、無くすなよ?」
ライルの両手に札束を乗せると、強張った表情を見せた。
「外に金を持ち出すときには使う分だけな」
「は、はい」
「さて、これで依頼終了だ、後は頑張れよ」
「あ、ありがとうございました!」
「おう」
廊下を歩きながらこれからやるべき事を考える。
まずトコヤミソウを取りに行くのは何時でも行ける、だからこれは後回しでいい。
問題はライルの父親に関してだ、これは騎士に協力してもらう必要がある。
「クビになってなかったら直接乗り込んでやるんだけどなぁ」
トレントの友人、もしくは直の後輩が分かれば一番良いが、取り敢えずは聞き込みをするべきだな。
今日の所は宿に戻り休むことにした。




