第三話③
翌朝、久々に来たし見て周ろうかと街中を散策していると、何枚もの紙が張られた掲示板を見つけた。
「傭兵募集ね」
他の紙も大体同じ内容だ、どうやらこれは人材募集が出来る掲示板らしい。
「報酬は七千ガリアか、まあ、街中の警備ならこんくらいか」
二日は凌げるぐらいの金額だが、毎日依頼が張り出されるわけでも無いだろうし、これで生計を立てるのは厳しいな。
「小遣い稼ぎぐらいには丁度いいかもな、……ん?」
妙に低い位置に張られた紙を見てみると、他と同じように傭兵募集と書かれている。
「森への護衛で報酬は千ガリア、一食程度にしかならないな」
最低限の報酬、文字の拙さからして子供が貼った物だろうが、これじゃあ誰も引き受けないだろう。
紙を引き剥がしてそこに描かれた地図に従って待ち合わせ場所に行くと、依頼主らしき少年が立っていた。
「今日もダメだったら、僕一人でも……」
「戦う力が無いんなら、森には行かない方がいいぞ」
「へ!?あ、あの……」
「これを見て来たんだが、依頼主であってるか?」
戸惑う少年の前で紙を揺らして見せると、驚いたように大きく目を見開いた。
「……本当に来た」
「何だ、悪戯か」
「わー!!違いますー!」
からかってやろうと目の前を通り過ぎてやると、少年は慌てて懐から紙幣を取り出した。
「ちゃんと用意してます!これで宜しくお願いします!」
「冗談だよ、俺はリュートだ」
「ぼ、僕はライルです!」
どうでもいいけど、この絵面は子供から金を巻き上げた男みたいでなんかアレだな。
金を腕輪にしまって歩き出す。
「んじゃライル、取り敢えず森に連れていけばいいか?」
「はい、お願いします……!」
ライルを連れ、街を出て森を目す。
「所で森に行きたい理由てのは聞いても良いか?」
「はい、キュアポーションの材料が欲しくて」
ライルが背負ってた鞄から取り出した紙には、キュアポーションに必要な材料が絵も添えて記されていた。
そして紙の端の方には、変わった形の刻印がされている。
「ギルドにでも貰ったのか」
「はい、最初はお母さんの病気を治すのにキュアポーションを買いに言ったんです、でもそれを買うにはお金が足りないって言われて」
キュアポーションは服用することで体内の魔力を活性化させ、傷の修復を促進させる効果がある薬品だ。
基本の値段が約八千ガリアとかなり高価だが、その分性能も高い。
質が上がる程に値段も上がっていくが、良いものなら傷を数秒で塞いでしまうくらいだ。
「材料を持ってきたら無料で作ってやるってこの紙を貰ったんです、でも一人じゃ不安だから掲示板に依頼を出しました」
「そうか」
ギルドの奴からしたら体のいい追っ払い方法だったんだろうが、子供一人で森に突っ込もうとするなんて考えなかったんだろうな。
「さて、森に入るが休憩しなくても大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
額に少しの汗は見えるが顔色は良く特にふらつきも無い、このまま行ってしまっても良さそうだ。
「水はこまめに飲んどけよ」
「はい」
水筒に口を付けるライルの頭に手を乗せてから、先に森の中へ足を踏み入れて盾を召喚し左腕に装備する。
まだ日も高いところにあり木々の密度もそこまででもない為、肉食の魔物もそこまで活発では無いだろうが一応は警戒の度合いを高めておく。
「よし、行くぞ」
「はい!」
――
森に入ってしばらく。
「ありました!」
「よし、必要なのはあと一種類だな」
薬草取りは順調でキュアポーションの素材の内、五種類が集まった。
「このトコヤミソウ?ってどこにあるんでしょう」
ライルが紙に描かれた黒い花を指差し、首をかしげる。
「それか、じゃあ洞窟を探さないとな」
「洞窟……」
『トコヤミソウ』、黒い花弁を付けるのが特徴で、外の光が届かない場所でしか育たないと言われる珍しい薬草だ。
ライルと共に深めの洞窟を目指して森の中を進んで行くが、当然木々の密度が高く日の光が届きづらくなる。
流石に夜ほどでは無いが、魔物が活発になるには十分な暗さだ。
「グルルルル……!」
「ガウガウッ!」
四足の魔物、グレイウルフが見える範囲で五体。
『ダークボール』
闇属性の初級魔術を起動し黒の球体を複数発生させる。
「ま、魔物!リュートさん!」
ライルが服にしがみ付いてきて若干動き辛いが、どっかに逃げられるよりは護りやすい。
「離れるなよ」
「はい……」
闇の球を操作し周囲を旋回させながら、グレイウルフへと発射し頭部を呑み込ませる。
魔物達は暴れ出し闇を引き剥がそうとするも、前足はただ黒球を通過するだけで何も意味を成さない。
「行くぞ」
「あ、あれ、大丈夫なんですか……?」
「小型だったり知能が低めの魔物にはあれで十分だ」
『ダークボール』は初級の闇属性魔術だが、視覚嗅覚聴覚、いずれを頼りに動く対象ならこれで十分に有効だ。
術者の操作を離れても周囲の魔素を取り込み、対象に長時間張り付き続けるように改良してあるし、しばらくはこのまま大人しくしているだろう。
「すごい……」
(子供の前で血溜まりを作るのもアレだしな)
そうして魔物を無力化しながら進んでいると、茶色の岩肌が見えて来た。
岩壁の前で立ち止まり、手の平を当て魔力の波動を浸透させる。
「何をしてるんですか?」
「洞窟の入り口がどっちにあるかの調査だよ」
「そんな事が分かるんですか?」
「魔力を流すとな、物体の構造とかが分かるんだ」
「なるほど……」
たまに魔力を食う鉱石なんかがあって途切れたりもするが、向きをずらしてやればなんの問題も無く調べられる。
「暇な時にでもやってみな、魔力操作の良い練習になる」
「が、がんばります!」
魔術の扱いの巧い奴がこの技を使えば、魔物の正確な数や体格まで分かるらしい。
俺はそこまででは無いが、魔物の位置や大体の体格までは分かるようになった。
「近い入り口は左だな、行くぞ」
「あ、はいっ!」
岩壁から手を離し左手に歩き出すと、程なくして洞窟の入り口が見つかった。
大型だったり動きの早い魔物の気配は感じ取れないし、洞窟の危険性はそれほどでもないだろうが結構な深さがある、それなりの準備はしていくべきだろう。
「入る前にちょっと休憩するか」
「分かりました」
倒木に腰掛け装備していた盾と剣を腕輪に還元し、新たに小型の盾と刀身の短めの剣を召喚して装備する。
「リュートさんって色んな武器持ってるんですね」
「その方が状況に対応しやすいからな、余裕があるなら予備に別の武器を用意しとくと便利だぞ」
「なるほど、勉強になります」
洞窟の中は普通の剣だと振り回しづらいし、大きめの盾だと行動が制限されることもある。
戦い方を変えればいいだけではあるが、その事に気を使うくらいなら最初から状況に適した装備を選定した方が楽だ。
さらに角灯を二つ召喚して、中に油が残っている事を確認してから火を点ける。
「魔術の光を使うんじゃ無いんですね」
「魔力も無限じゃないんだ、こういう便利なもんを使って節約するのも大事だぞ」
魔力の消費量自体は大したこと無いが、それでも無駄に消費しないに越したことは無い。
「光を使いっぱなしでいざって時に魔力がありませんじゃ笑えないからな」
「た、確かに……」
こうして質問に答えてると、騎士団時代に訓練生を指導したことを思い出す。
「これはライルの分だ、火傷するなよ」
「ありがとうございます……!」
ライルにランタンを手渡し立ち上がる、そろそろ休憩は十分だろう。
――
「結構暗いですね……」
「足元に気を付けろよ、多少の傷なら治してやれるけど、母ちゃん助ける為に来たお前が大怪我しちゃ世話無いからな」
「は、はい!」
ライルの元気な返事が洞窟内に反響する。
「今回はいいけどあんまり洞窟の中で大声出さない方がいいぞ、寝てる魔物が起きるからな」
「え!あ……、すみません……」
小声で話を始めるライルに苦笑しながら洞窟の中を進んでいくと、微かにだが水音が聞こえてきた。
「こっちだな」
僅かな音を頼りに分かれ道を進んでいくと、段々と洞窟内が明るくなり小型の川が見え始めた。
つまりはトコヤミソウの咲く条件に適した場所が近いという事なんだが……。
「洞窟の中にも川って流れてるんですね、……あれ?あのキラキラ光ってるのってもしかして」
ライルが川に駆け寄ろうとしたところを服を掴んで引き止める。
「あうっ」
「眺めるだけにしときな」
「あれって魔結石ですよね?持ち帰っちゃ駄目なんですか?」
「確かに持ち帰れたらいい金になるだろうけどな、まあ見ときな」
人通りもあるだろう洞窟の大量の魔結石が、どうして持ち帰られる事も無くそのまま残されているのか。
「……?」
良く分からないといった表情のライルに見せるように腕輪から骨付き肉を一つ取り出し、飛沫が跳ねないように川にゆっくりと沈める。
「溶けちゃった……!」
川に沈んだ肉は数秒と保たず、骨すら残らず溶け消えてしまった。
「とまあこんな感じで身体を減らしたくないなら、触らないように気をつけろよ」
「は、はい!」
魔力の鎧を全身に纏えば中に入ることは出来るが、ブライトみたいな奴でもない限りあっという間に魔力が底を尽きるだろう。
正直この中に入って石拾いをするくらいなら、普通に魔物と戦って直接毟りとる方がよっぽど楽だし安全だ。
川にそって進んでたどり着いた場所は、かなりの広さがある空間だった。
「こんなに広いんだ……、それにすごく明るい」
「洞窟湖か、ここまでの初めて見たな」
洞窟湖の中には無数の魔結石達が様々な輝きを放ち、幻想的な景色を作り出している。
その岸辺には探していた薬草の最後の一種類、トコヤミソウが群生していた。
「あった!」
「落ちるなよー」
「はーい!」
ライルが落ちないように気を配りつつ、色鮮やかな湖面を眺める。
「景色は最高なのが本当に厄介なんだよな……」
美しい輝きを放つ透き通った湖、その正体は命を溶かし尽くす死の水だ。
水底に沈んだ魔結石の山は水を飲もうとして足を滑らせた魔物達の骸であり、欲深い者達を誘い込む餌であり、命を落とした者達の墓標だ。
「やけにでかいのが落ちてるな……」
死の湖に沈んだ石達の中に一際大きく輝きも強い魔結石が混じっているのが見える、距離はそこそこ離れていて水底から運び出すのは面倒そうだ。
「でかい龍でも落ちたか?いや、龍の鱗は頑丈だって聞くしな……」
龍の鱗は巨大な矛や高威力の魔力さえも通さないらしいが、この水に対しては例外だったとかだろうか?
それかまだ鱗の生え揃ってない若い個体だったか、それなら魔結石がここまで育っていないか……。
「集め終わりましたー!」
「よーし、じゃあ帰るか」
「はい!」
一先ずライルを家に送り届けたらまたここに戻って来よう。
ライルを連れて来た道を戻っていると、前方から粘性の高い水の塊が蠢きながら這いずって来ているのが見えた。
「なんだろうアレ」
「スライムだな、魔結石も水分もあるしそりゃ出るか」
「スライム?」
「知らないのか、アレも魔物だよ、一定の条件下になると発生するんだけどな」
腕輪から刃渡りの長い投げナイフを召喚する、あれくらいの大きさならこれだけで十分だろう。
「真ん中に石が見えるだろ?」
スライムの青い体内には赤い石が閉じ込められており、地面を這いずる度に絶えず移動している。
「本当だ、あれって魔結石ですよね?」
「そうだな、あれの傍に大量の液体と濃い魔素があればスライムが発生するんだ」
「そうなんだ……」
見た目通り水分の塊なスライムは乾燥に弱く炎天下に晒されると蒸発してしまう、そのため暗く湿気が多い場所に集まるという習性がある。
「あいつもここの川みたいに触れた物を溶かすから注意しろよ」
「わ、分かりました!」
流石に骨まで数秒で溶かしてしまう程では無いが、人間に取っては十分脅威であり気を付けるべきだ。
「そんで、周りの液体は魔力が塊になったみたいなもんでな」
右腕をスライムに向けて親指と人差指を立て、その間に雷の矢を作り出し発射する。
放った矢はスライムに深く突き刺さるが、分厚い水分の身体に取り込まれ消滅してしまった。
「あ、少しおっきくなった」
「中途半端な魔術は逆に餌になる、けど少し魔術に手を加えてやると」
再び雷の矢を作り出し、石を狙って発射する。
解き放たれた矢は瞬く間にスライムへい迫ると、水に囚われることもなく石を貫き破壊した。
「すごい……」
魔結石を砕かれたスライムの形は崩れ、水溜りへと変化してしまった。
「幾ら魔力の塊といってもそれより濃い魔力をぶつければ倒せるし、強い魔術が使えないなら物理的に対処することも出来る」
もう一体のスライムへナイフを投擲する。
刃は粘り気のある身体をさし貫き、魔結石を打ち砕いた。
「これはちょっと練習がいるけどな」
少し待ってから、ナイフを拾い水気を拭き取る。
「触って大丈夫なんですか……?」
「ああ、スライムが倒れると石が纏ってた液体は元の状態に戻るんだよ、今の奴はただの水だったな」
投げナイフの柄には魔物の皮が巻き付けられているが、特に溶けた部分も無く綺麗な状態のままだ。
死の水ではなく普通の水に戻ったってことは何処かにまともな水場があるって事だが、この状態になった川がある洞窟は大抵全ての水場は潰れている。
そして乾燥を恐れるスライムは発生した場所から遠くへ移動することは無い、つまりは死の水に変わったのはつい最近ということになる。
「リュートさん?」
「何でも無い、じゃあ街に帰るか」
なんにせよ今気にすることでも無いし、依頼が終わった後にでも調べに来ればいいか。




