第三話
新米冒険者三人組と別れ、今日泊まる為の宿屋を一室借りてから街を適当にふらつく。
ここには任務で何回か寄った事もあるし、地図もある程度は頭に入ってる。
「さてと、これからどうすっかな」
傭兵や用心棒をやるにしても、まずは雇い主を見つけなければどうしようもない。
「どっかに戦力不足で困ってる貴族か商人でも転がってねえかなー」
なんて元騎士らしくない呟きをしながら街を見渡していると、ある立て看板が視界に入ってきた。
「就労斡旋所か……、そういや後輩がそんなのもあるって言ってたな」
後輩の話だと中央付近にある噴水広場の近くにあるらしいが、まさか俺がその知識を役立てる日が来るとは思わなかった。
「噴水があそこだから、アレか」
割れかけた大きな卵の絵が描かれた看板、その下にある別の看板に刻まれた就労斡旋所の文字
。
その周辺には様々な出で立ちをした人々が列をなしている。
正直この人数の後に続くのは面倒だが、仕事の伝手が無い以上は大人しく混じった方がいいだろうし仕方ない。
「これをどうぞ」
「?」
適当な列でしばらく待っていると、斡旋所の職員らしき人物に木板と、それと同じ大きさの紙、そして筆を手渡された。
どうやらこれに自分の情報を書けという事らしい。
「名前、歳、使える魔術、経歴ね……」
名前はリュート=アルテア、歳は二十一歳。
魔術に関しては一応全属性使えるが、戦闘で多用する雷土闇の三つで良いか。
経歴は騎士団に所属していたと書くべきなんだろうが、辞めることになった理由が理由だしどうするべきか。
元騎士というだけで就職には有利だと誰かが言っていたが、暴力でクビになった場合もそれは変わらないんだろうか。
「んー、まあいいか」
項目に元ソラリス騎士団とだけ書いておく、まあ細かい部隊名なんかはいいだろう。
しばらくは働かなくても良いだけの金はあるし、仕事が見つからなかったらそこまでだ。
そうこうしている内に、いつの間にか自分の番がやってきたらしい。
「続いての方どうぞ」
穏やかそうな眼鏡の男の方へ歩き、透明な仕切り板が設置された向かい側の席に座る。
「まずは用紙をこちらにお願いします」
「ああ」
透明な壁の下に開けられた穴へ、板ごと紙を通す。
「俺が出来る仕事がねえだとっ!」
突然男の怒鳴り声が聞こえ、左側へ視線を向けると数人を挟んだ席で、全身に刺青を刻まれた髪の無い男が叫んでいた。
「ですから……!こちらに用意したお仕事でしたら受けられますと何度も言ってますでしょう……!」
「なんで俺が溝漁りなんかしなくちゃなんねえんだよ!」
どうやら受けられる仕事が少ないと怒っているらしい。
男は椅子を蹴飛ばし、机に脚を乗せ透明な壁を殴りつけるが、罅すら入っていない。
「頑丈なんだな、これ」
「へ?あっはい、そうですね……」
軽く壁に触れてみるとひんやりとして気持ちがいい。
僅かに魔力の流れを感じるのは、恐らく壁を魔術で強化しているからだろう。
「今すぐ責任者呼びやがれ!」
何故仕事が少ないのか、鏡で自分を見ればよく分かるだろうに。
奴の身体中に刻まれた線状の刺青は、やばい罪を犯した者が入れられるものであり、それが全身に入ってるって事は相当やって来てるってことなんだが。
どうしてまともな仕事が受けられると思ってるんだろうか。
それこそギルドの連中なら拾ってくれそうなもんだが。
「止めてこようか?」
騒いでる男を指さして聞いてみるが、職員は首を横に振る。
「いいえ、既に守衛を呼んでいますので、心配には及びません」
「そりゃなにより」
他の職員や一般人に危害を加えようとするなら動くつもりだが、大丈夫って言うのなら一先ず行く末を見守っておこう。
気取られない程度の魔力を練りながら男を眺めていると、逆側から重量を感じる足音が聞こえてきた。
「うわ……」
振り返ると、白を基調とした鎧に青い十字模様が走った三人の全身鎧が駆け付けてきていた。
「守衛って騎士かよ……」
てっきり傭兵でも雇ってるのかと思っていたが、騎士が配置されて所を見るに、どうやらここは国の直営らしい。
「なんだてめえら!さっさと責任者呼べってんだよ!」
「貴様!大人しくせんと叩き出すぞ!」
騎士の一人が男の肩を掴み抑えようとするが、男は抵抗し近場の椅子を蹴り飛ばした。
「てめえら騎士なんかに俺が従うとでも思ってんのか!」
そういって腰の剣に手を掛けるが、騎士の一人がその腕を掴み抜刀を防ぎながら懐に入り込み、男の両足の内側に片足を引っ掛け押し倒した。
「立て!」
残りの二人が男に手錠を掛けて無理やり立たせると、何処かへ連れて行ってしまった。
「やるなぁ、あの騎士」
あの技自体は騎士団で習う中でも初歩的な物だが、実戦で流れるように繰り出せるのは日頃から熱心に鍛練を重ねている証だ。
「あの……」
「ん?ああ悪い、それで俺が出来そうな仕事はありそうか?」
そう言えば俺も仕事を探しに来てたんだった。
「書かれている内容は事実ですか?」
職員の表情は驚きと疑いの半々といった具合だ。
「そうだけど、証明が必要か?」
「出来ればそうして頂けると助かります」
「まあそりゃそうか」
経歴を語るだけなら誰でも出来るしな、それにしても騎士の証か……。
訓練生から騎士団所属になった時に支給されたあれでいいかな、他で見た事も無いし多分いけるはず。
腕輪を起動し十字の形を模したナイフを召喚し、机の上に置いて壁の下を滑らせる。
「それは騎士になった時に貰ったもんだが、見たことあるか?」
「はい、私には騎士の友人がいますので」
それなら話は早そうだ。
「では、拝見します」
そう言ってわざわざ白い手袋を両手に嵌めると、丁寧にナイフを持ち上げ拡大鏡で観察を始める。
随分と丁寧な扱いだが、客の私物だしこんなもんか
鞘から引き抜き刃を露出させると、職員の表情がやや厳しい物になった。
「随分と使い込まれているのですね……」
「そりゃ貰ってからずっと使ってるしな」
「……これは儀礼用であり、通常時に使ってはいけないと聞いているのですが」
「まあな、だから新米時代はめちゃくちゃ怒られた、普通に使ってたけど」
切れ味も刀身の形状もいい感じで持ち手も握りやすくて使いやすいんだから、こんな良いものは逆に使わない方が失礼だろうさ。
それに多分鍛冶師もこのナイフを観賞するだけよりも、実際に使ってくれた方が嬉しいと思う筈だ。
「……ありがとうございます、ではこちらはお返ししますね」
帰って来たナイフを腕輪で軽く小突き収納する。
「信じるんだな」
「嘘を付いているようには見えませんでしたので」
ナイフを調べるってのは建前で、真意は俺の反応を見たかったって感じだな。
「現在アルテア様にご紹介できるお仕事はこちらになります」
そういって職員が持ち出したのは、山のような紙の束だった。
「そんなにあんのか……」
余りの選択肢の多さに軽く引いた、騎士の肩書ってのは思ってたよりずっと価値が高いらしい。
「もちろんこれもごく一部です、何かご希望などはありますか?」
希望ね、取り敢えずよっぽど暇だったり過酷過ぎたりしなければなんでもいいが。
「やっぱ戦闘関係かな、書類仕事ってのは性に合わないし」
「戦闘でしたら……、傭兵やギルド、民間の警備などですね」
職員は紙束から小さな紙束を抽出すると、壁の下を通らせる。
紙束を持ち上げて本のように捲っていくが、これと言って目ぼしい仕事は無い。
どれも給金は騎士団時代の半分にも満たないってのは別に良いんだが、大半がギルドってのが微妙な所だ。
「んー……」
特に入りたい所も無いし、いっそ自分で立ち上げた方が早いし楽かもしれないな。
とはいえ傭兵家業を始めるにもまずは伝手が必要だろうし、適当な所に入って依頼を受けて人脈を広げてからでも遅くは無いか。
「ん?」
そんな事を考えながら紙を捲り続けていると、ある一枚が目に留まった。
「なにか気になる事でもありましたか?」
「ああ、この『派遣騎士』ってのは」
仕事内容を見た感じ護衛や魔物討伐が主で、これといって目立つ物では無いが。
騎士だった俺からすると、この『派遣騎士』って単語は引っかかる。
「そちらは元騎士である方が運営されているギルドですね、民間人の護衛や施設の警備などが主な職務内容ですね」
よりにもよってこの二単語が並ぶとは、まあここは無いな。
「あの、どうかなさいましたか……?」
「いや何でも」
元騎士がギルドねぇ……、個人の自由だけども良くやるわ。
「じゃあこれにするかな」
「傭兵団『民の盾』ですね、只今紹介状を発行いたしますので、少々お待ち下さい」
そういうと職員は紙を二枚取り出し筆を走らせる、そしてそれぞれを別の封筒にしまいうと、蝋を垂らし印を押して封を閉じる。
片方を机の端に置いてある台座の上にかざすと、魔法陣が現れ次の瞬間には封筒が消え去った。
これは確か腕輪と同じ空間魔法を用いた魔道具だったはず、離れた所との物資取引をする事が代物だ。
いずれは人間の転移も出来るようになると言われてるが、それがどれだけ先になるかは研究者達の頑張り次第だ。
「ではこちらが紹介状と現地までの地図でございます」
「ありがとう」
二つを持って席から立ち上がる。
「職運を祈っています、お次の方どうぞ」
職運ね、仕事環境も運次第ってか。
建物を出て、近くにあった適当な酒場へ入り席に着く。
「いらっしゃいませー、ご注文は何にしますか?」
「店のおすすめと、この冷やし搾り果汁っていうのを頼もうかな」
「かしこまりましたー」
従業員が置いていった水をどかして、斡旋所で貰った地図を机に広げる。
「へー、結構描き込まれてんな」
生息する魔物やその行動範囲、道中で休憩出来る安全な場所に、近隣村の位置まで細かく書き込まれている。
斡旋所と傭兵の所のどっちが用意したかは知らないが、多少は信頼できそうだ。
「専用の馬車もあるって事は、それなりにでかいとこなのか?」
徒歩で行けない距離では無いが、紹介状を見せれば無料で乗せてくれるらしいし馬車で向かった方がいいか。
「なんか最近居心地悪いよな」
「分かるわー、裏道にも騎士の奴らがうろつくようになったしよ」
二つ隣の席に座るいかにもギルド員って感じな装いをした三人が騎士について悪態付いてるが、やっぱこの街でも関係は良くないらしい。
「新団長様のお達しだろうぜ、張り切ってるのか知らねえが迷惑だなほんと」
「その新しい騎士団長様を前に見かけたんだがよ、ありゃいい女だぜ?」
「そういや俺は見たことねえなそいつ、今度顔を拝みに行ってやるか」
「知り合いが言ってたんだけどよ、騎士団長に選んでもらう為に権力者と寝たらしいぜ?じゃなきゃ普通は女なんて団長に選ばれる訳ねえってよ」
なにやら好き勝手言われているが。
確かに騎士団に女性団長が誕生した前例は無く、謂わばこれは快挙と呼べる程の事なんだが、世間にはこんな風に言われるか。
それにしてもここの騎士団長は変わってたのか。
前にこの街へ来た時に前任の顔を見た事があるがそこまで老けてもなかったし、歳による引退って訳でも無さそうだが何かあったんだろうか。
「おまたせしましたー、こちらホーンボアの鉄板焼きと、冷やし絞り果汁でーす」
地図を腕輪に収納すると、肉の塊が乗った鉄板と鮮やかな色をした飲み物が目の前に置かれた。
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞー」
営業用の笑顔を見せて従業員が裏へと下がっていった。
鉄板の温度は高温に保たれているのか肉の焼ける音がずっと聞こえている、熱さを保つ為だろうが早めに食べないと焦げ付いてしまいそうだ。
――
「中々だったな」
酒場で腹を満たし宿へ帰る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
流石にこの時間帯になると人通りも減り、賑やかだった街並みは影を潜めている。
とはいえ街灯は点いてるし、歩き辛いって程でもないが……。
「……はあ、本当に」
剣を抜き払い後方から飛来した矢を弾き落とし、盾を召喚して上からの剣による斬撃を受け流しながら、回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
「……っ!」
剣を持った黒い影は空中で体勢を立て直すと、腹を抑えながら地面に着地する。
強めに蹴ったが、悲鳴すら上げないとは中々訓練されてるらしい。
「世の中も随分と物騒になったもんだよな」
前方後方合わせて四つの影が現れ、それぞれ武器を構える。
「お前ら何もんだ?」
返事代わりに帰って来た矢と魔術を弾き、切り割き、剣を影達に突き付ける。
「答える義理なんかねえか」




