第二話④
「時期に街へ到着します、ここまでありがとうございました」
窓に掛けられた日除けの帳を捲ると、大都市特有の高い外壁と中央に建てられた塔が視界に入って来た。
「日暮れ前に到着か、宿は問題無く取れそうだな……」
最初の方に魔物が少し襲ってきたぐらいで、それからは随分と平和な馬車旅だった。
「んぇ?デュオールに着いたのか……?」
目を覚ましたティガが身体を伸ばし、欠伸をしながら帳を捲って窓の外を覗く。
「もう正門の前だぞ」
「……あっ師匠!おはようございます!」
目が覚めていきなり喧しい奴だ。
「おはよう、ぐっすり眠れたみたいだな」
「逆に師匠はなんで寝てないんすか、昨日あれだけやりあったのに」
「あれくらいの訓練なら騎士団時代に死ぬほどやったしな、慣れだよ慣れ」
訓練生時代には地獄の百連戦ってのもやらされたことがあったが、あれは流石にきつかった。
あれのお陰でちょっとやそっとじゃ疲れない体力も手に入れたし、まあ今となっちゃあいい思い出だ。
「すごいっすねぇ騎士って……」
ティガの師匠呼びは訓練に付き合っている内に、いつの間にかそうなってた。
弟子を取ったつもりも無いし取れるほど上等な人間じゃないが、訂正する事でもないし別に良いか。
「んぅ……、ティガうるさいわよ……」
ティガの大声でラムが目を覚ましたようだ。
ふと寝ぼけ眼のラムと目が合うと、彼女は僅かに目を見開いたまま表情が固まってしまった。
「……」
「おはよう、涎垂れてるぞ」
「ぇ゙っ……」
ラムの顔は段々と赤く染まり出し、両手で覆い隠されてしまった。
「うぅ……!、おっ、はよ……ゴザイマス……!」
口が塞がった影響で何を喋ってるのかよく分からないが、多分朝の挨拶だろう。
「着いたか」
身体に伝わる僅かな衝撃で、馬車が無事に停車した事が分かった。
「先に降りるぞ」
窓の外を覗いて扉の前に誰も居ないことを確認してから、扉を開けて舗装された石の地面に足を付ける。
「賑やかなもんだな」
周りを見渡せば様々な所から来たであろう人々が、街の中へ向かっているのが見える。
「ほら」
「あ、ありがとうございます……!」
ラムの手を取り馬車から降りるのを手伝う。
後に続くアヴェリアにも手を伸ばすと、慣れたように手を置き降りて来た。
「どうも、手慣れているのですね」
「令嬢の護衛をする機会も多かったからな、職業病みたいなもんだ」
アヴェリアの手を離してから腕輪を起動し、剣を召喚して腰の剣帯に差す。
「では私はこれで」
「ああ、じゃあな」
アヴェリアは綺麗な一礼を見せると、街の中へ早歩きで消えていった。
「……絶対普通の階級じゃないよなぁ」
随分焦ってるように見えるが、ギルドの連中に追われてたし、まあ訳ありなんだろう。
「なんていうか騎士っぽいなー」
「騎士っぽいではなく騎士だろう」
ティガとトリィ、そして冒険者二人組が続くと、商人が席から降りて帽子を外しながら頭を下げる。
「ここまでありがとうございました、またのご利用お待ちしております」
「はい!宜しくお願いします!」
「あざまーす」
ラムとティガが軽く頭を下げている。
商人は再び馬車へ乗り込むと、そのまま街の奥へと消えていく。
荷物の積み下ろしと、休憩ってとこだろう。
「俺達はこれからギルドに向かいますけど、師匠はどうするんすか?」
「俺は宿取って適当に散歩すっかな、今は特にやることもないし」
当面の間を不自由なく過ごせる金もあるし、仕事に関してはどっか傭兵募集でもしてる所に行けばいい。
「そういやなんでわざわざこの街へ来たんだ?ギルドならあっちにもいっぱいあったろ」
「俺はどこでも良かったんすけど、ラムが」
「あの街のギルドの人達なんか怖くって、視線もいやらしかったし……」
ラムは不快そうに顔を歪めながらも、自らの身体を抱き締める。
「そりゃ可哀想に、でもギルドってどこもそんなんばっかじゃねえか?」
隙あらば喧嘩吹っ掛けてきたり仕事の邪魔をしてくるような奴らだ、何をしたっておかしくない。
「流石にあそこ迄ひどいのは見た事がありませんよ、僕の姉が務めているギルドは穏やかですし」
「穏やかねぇ……」
あの連中が大人しくにこやかに働いてる姿なんて、全く思い浮かばない。
「ていうか師匠ってギルドの事嫌いなんすか?」
「滅茶苦茶嫌いだ」
色んなギルドと接して来たが、好きになる要素が全く思い浮かばないし、本当はこの未来ある若者達がギルドに入る事も全力で止めたい気分だ。
「うーん、そっかぁ」
「私もちょっと嫌いになりかけてるし、しょうがないと思います……」
「あの街では騎士の方々がよく絡まれていましたからね、その感情の理解はできます」
これからギルド員になる事を目指してる三人に言うべき言葉じゃ無かったな、嘘つく意味もないし後悔もしてないが。
「まあ、お前達の事は好きなままだから安心してくれ、ギルドに入ってもな」
あくまであいつらみたいにならなければだけど、その未来が来ることのない事を祈ろう。
「へへへ」
照れくさそうに頭を掻くティガ。
「す、好き……」
顔を真っ赤にして俯くラム。
「それは良かったです」
僅かに口元の端を緩ませるトリィ。
なんともまあ個性的な面子が揃ったもんだ、だからこそ相性がいいのかもしれないな。
「じゃあ俺達ギルドに行ってくるっすね」
「ちょっと待った、ギルドに入る時も面接ってあるのか?」
「……?ええ、基本的にはあるらしいですが」
まあそりゃそうか。
「ティガ、ちょっとこっち来てデコ出しな」
「え?なんすか?」
困惑しながらも。ティガは言われるがまま髪を掻き上げて額を見せる。
「新たな出会いの記念ってやつだ」
人差し指をティガの額に当て、ある魔術を起動し魔術陣を指と額の隙間に出現させる。
「……へ?」
その魔術陣はティガの肩幅程に大きくなると、ゆっくりと全身を通過していく。
「あれ、あったかい」
そして足元まで達した魔術陣は、一際輝くとその場で消滅した。
「師匠これなんすか?」
「髪触ったり服とか身体の匂い嗅いでみな」
ティガは未だに訳が分からないといった感じで自身の髪を触り、同時に袖に鼻を付ける。
「あれ?なんかサラサラしてる……?しかもなんかめちゃくちゃ良い匂いする!」
「!」
「その魔術は……」
ティガの反応にラムは言葉を失い、トリィはその表情を驚愕に染める。
「これは長期遠征任務の後に思いついた魔術なんだが」
ラムの前へ一歩踏み出し人差し指を見せると、気恥ずかしそうにしながらも前髪を少しだけ掻き分け額を見せる。
「効果としては髪や身体や服の汚れを浄化して、身体の表面にある水分と油分を調節し、ついでに香り付けって所だな」
ラムの額に指を当て、さっきと同じように魔術を起動する。
「ティガに分かりやすく言うなら、しっかりとお湯と石鹸で全身を洗って、ついでに服の洗濯もした時と同じ事が起こる魔術だな」
「おお!じゃあ師匠がずっといい匂いだったのはこれのお蔭なんすね!」
「まあな」
ラムを包んでいた魔術陣が消えると二つに結んでいた髪が更なる輝きを増し、衣服に付いていた土などの汚れが消え去った。
「旅の中じゃ諦めるしか無いって思ってたのに……」
ラムは自身の髪や肌をしきりに撫でると、泣きそうな表情になってしまった。
「良い贈り物だろ?」
「すごく!」
これまでで一番嬉しそうな表情だ。
遠征任務中に実験として試させてもらったら同僚達もかなり喜んでたな、特に女性陣には泣きながら感謝された。
俺も汚いのはあまり好きじゃないが、彼女達にとってはかなり重要な事なんだろう。
そういやこの魔術を開発してからといったものの、任務の同行要請が一段と増えたっけか。
「喜んでもらえたんなら何よりだ」
同様にトリィの額に人差し指を当て魔術を起動する。
「魔術の改良だけでなく、魔術の発明まで出来るなんて……、あなたは賢者に匹敵する人なのかもしれませんね」
「趣味みたいなもんだし賢者は言い過ぎだっての」
腕輪からの羊皮紙を三枚取り出し、浄化の魔術陣を刻んでいく。
「ほれ、覚えたら燃やせよ」
「い、いいんですか!?」
「別に覚えられて困る魔術じゃないしな」
戦闘用の魔術ならともかく、日常生活にちょっと役立つ程度のこれならどれだけ広がろうが別にどうでもいい。
「でも俺が教えたって言うなよ?七賢者商会に怒られちゃうからな」
「え?なんでっすか?」
「あいつら商売敵には厳しいからな、俺は別に稼ぐつもりも無いけど」
「……なるほど、分かりました」
『七賢者商会』
現代の魔術の基礎を作り上げた、七賢者達の子孫が集まって作った商会だ。
七賢者の叡智を本に纏めて魔術書を作り世界中に売る事で莫大な富を得て、今では世界でも有数の地位を築きあげている。
「独自の魔術書を売った商会が潰されたって、私聞いた事あります」
「そんな感じでこええ所なのさ」
「やっぱし怖いすね、大人の世界は」
事件の真相はさておいて、厄介毎に巻き込まれるのは遠慮しときたい。
「バレなきゃなんの問題もないさ、じゃあ、面接がんばって来いよ」
「はいっす!世話になりました師匠!」
ティガが深く頭を下げると、後に続いてラムとトリィが頭を下げる。
「短い間でしたけど、ご一緒出来て嬉しかったです……!」
「また、修行よろしくお願いします」
「おう、またな」




