第二話②
まだ日も昇らない内に目が覚めた。
寝覚めとしてはそこそこといったところで、安い宿屋ながら中々に頑張っている部屋だった。
まだ星が見える程に暗いの街中を、馬車の集合場所を目指して歩く。
「早朝って言うかまだ深夜だな」
歩けない程では無いが念の為に魔術の光球を複数作り出し、周りに浮かべて視認性を確保する。
しばらく歩いていると、数名が屯しているのが見えた。
その傍に立てられている看板を見るに、ここが集合場所で間違いなさそうだ。
壁に背を預け腕輪から取り出した果物を朝食代わりに齧っていると、全身をローブで隠した奴が走って来た。
「あの……」
姿は隠れているが、高めの声からして女だろうか。
「なんだ?」
「ここは馬車の乗り場であってますか?」
「あってるよ」
「ほ……、よかった」
事情は分からないが、安心が出来たようでなにより。
しきりに周囲を警戒している所を見るに夜逃げだろうか、こういう不審人物は騎士団時代ならほぼ間違いなく話を聞いていた。
「おいこっちだ!」
声の方を見ると、なにやらガラの悪い男三人が向こうから走ってきているのが見える。
「定期馬車ってのは人気なんだな……、おっと」
不意にローブの女が身を寄せ、腕を掴んで来る。
「……なんだ友達か?」
「……」
返答は無い、だが周囲を警戒していた原因はほぼ間違いなくあいつらだろう。
少なくとも良い関係性では無さそうだ。
「おいお前ら、ここを女が通らなかったか」
「いや、知りませんけど」
馬車を待ちながら会話していた冒険者達に、男達の三人のうち二人が絡み始めた。
男達にはそれぞれ骸骨の刺青が刻まれていて、ギルドの人間だという事が分かりやすい。
賊達も似たような物を付けていたりするが、街中に出現することは滅多に無い。
「おいお前」
「ん?」
ギルドの一人が絡んできた。
武器は共通して剣を腰に下げ、防具など身を護る物は特に身に着けていない。
現状の人数は三人だけのようだが、後から応援が駆けつけるという事も考えられる。
「こっちに女が通らなかったか?」
俺の腕を掴む力が少し強くなる。
「それならさっき向こうに走ってったよ」
「本当だろうな?丁度そこの奴ぐらいな背丈の……、お前頭の取って見ろ」
「コイツは俺のツレだよ、少なくともアンタらが捜してるような奴ではねえさ」
ローブの女が掴んでいた腕を離させ、肩に手を回して抱き寄せる。
驚かせてしまったのか体を一瞬震わせたが、誤魔化す為だからこれくらい我慢して欲しい。
「良いから見せやがれ!」
荒々しく伸ばされた男の腕を叩き落とす。
「何興奮してんだよ、いきなり女性に触れてはいけませんて教えて貰わなかったか?」
「てめえ!」
軽い挑発を真に受けたのか、男は鼻息を荒げ腰の剣を引き抜いた。
「おいおい、街中でそんな物騒なモン抜くなよ」
いつでも迎撃出来るように腕輪を起動状態にしておき、気付かれない程度で全身に魔力を巡らせていく。
「おい何してんだ、……お前灰銀!」
「何だと!」
コイツが騒ぐせいで残りの二人が集まってしまった。
「騎士の野郎が何でここにいやがる!」
そしてこっちの顔を見るなり揃って剣を抜き払う。
「……騎士」
ローブの女がギリギリ聞こえる声量でポツリと呟く。
「俺がどこにいても別にいいだろ」
ちなみに灰銀と言うのは俺の通り名みたいなもので、誰が始めたか知らないがいつの間にそう呼ばれるようになっていた。
恐らくは髪や鎧の色から取って付けられたものなんだろうが、気恥ずかしいからあんまり呼ばれたくはない。
「今なら捕まえないでやっから、剣しまってどっか行きな」
既に逮捕権は無くなってるが、今も騎士だと勘違いしてくれるならそれを利用させてもらうとしよう。
「うるせえ!こちとらてめえがギルド長を捕まえてくれたせいで縄張り荒らされてんだぞ!」
酒場の店主が言っていたことは本当だったらしい、信じてないという訳では無いが面倒な話だ。
「知るかよ、お仲間同士仲良くしてろっての」
「何だとやっちまうぞコラァ!」
(こいつらいつもこれだ……)
ギルド員達はこめかみに青筋を浮かび上がらせ、剣を怒りで震わせ始める。
「……少し離れてな」
「……はい」
ローブの女が傍を離れた事を確認し、腕輪から円の盾を出現させ左腕に持ち、腰の剣を引き抜く。
「相手してやっからさっさと来い」
左手で上向きに手招きし挑発する。
この手の奴らは簡単に挑発に乗ってくれる、扱うのは楽だ。
「上等だコラァ!」
「やっちまえ!」
思惑通り挑発に乗り剣を振りかぶりながら近づいてくる二人、残りの一人は魔術による後方支援だろう。
「死ねえ!」
「やだよ」
一人目の大振りの剣に盾を叩きつけ弾き飛ばし土手っ腹に蹴りをぶち込んで沈め、すぐさま高く飛ぶと自分が居た場所を凶刃凶刃が通過する。
「何ィ!?」
落下する最中、空中で身体を回転させもう一人の男の側頭部に蹴りを打ち付け地面に引き倒す。
「雷鳥よ!紫電を纏いし鋭爪にて立ち塞がる者を掻き貫け!」
(おいおい雷属性の中級魔術とか街中で使うもんじゃねえぞ!)
「『エンチャント・エレクトロ』」
全身を雷の魔力で満たし身体を強化する、さらに盾に雷属性の魔力を纏わせる。
「『アヴィス・トルトルイ』!くたばりやがれ灰銀!」
魔術陣から雷の魔鳥が現れ羽ばたき、閃光と雷鳴を撒き散らし迫りくる。
「誰が死ぬかよ!」
一気に走り出し、盾を前方に全力で放り投げる。
「『シールドフォース』!」
盾は宙に留まると鮮やかな黄色に染まり、その姿が数倍の大きさになる。
巨大な盾はその身で雷鳥を受け止めると真球状に雷を放出し、ぶつかった雷鳥を呑み込みかき消した。
「馬鹿な、俺の魔術が……!」
雷球の真下を潜り、驚いているギルド員との距離を一気に詰める。
流石に街中で殺すの訳にはいかない為、雷の身体強化を解除する。
だが速度を落とすことはしない。
走りながら腕を引き、男の腹に拳を打ち込み吹き飛ばす。
男は空中で何回転もした後に、さらに地面を転がりようやく止まった。
「まったく……」
ギルド員たちの足を掴んで引き摺って一か所に纏め、腕輪から召喚した縄で纏めて縛り路地に蹴り込んでおく。
そのうち目覚める事だろう、骨の幾つかは折れてるだろうがこれも勉強代だ、あまり人に絡んではいけないというな。
「ありがうございました、騎士様」
転がった盾と手に持った剣を腕輪していると、ローブの女が傍に戻って来た。
「気にすんな、俺もこいつらに因縁みたいなものはあるからな」
ただ向こうから吹っ掛けられているだけではあるが。
こいつらもそうだが、ギルドの連中には散々喧嘩を売られたり仕事の邪魔をされたりと面倒だった。
喧嘩を買ってぶっ飛ばしていたら謹慎処分にさせられたこともあったが、一先ず今は騎士団時代の鬱憤が晴らせて清々した気持ちだ。
「あの、お名前を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「俺はリュートだ、まあ好きに呼んでれ、んでアンタは?」
「私の事はアヴェリアと呼んでください」
まあ偽名何だろうが、どうでも良いか。
「よろしくなアヴェリア」
「はい」
————
その後、定刻通りにやって来た馬車へ乗り込み目的地までの道を進んでいたんだが。
「なんで騎士がこの馬車使ってんだろ、意外と給料低いのかな?」
「知り合いが言ってたんだが、何でも騎士は支給品が無いし、装備は全部自腹で揃えてるらしいぜ」
「マジで?だから騎士なのに鎧着てないのか」
そんなことは無い。
任務の際に必要な物は支給されるし、申請すれば装備も経費で買える。
まあ高い装備を買おうとした時に、多少の小言を言われたりはするが。
あと別に騎士だからって一日中鎧を着込んでいる訳じゃない、休憩時間なんかもそんなの着込んでたら気が休まらなくてしょうがない。
「でも騎士の奴って貴族なんだろ?なら金の心配する必要無さそうなのにな」
「お前知らないのかよ、騎士団って人手不足なのか定期的に募集掛けてるぞ、今は平民出身でも騎士になれちまうんだよ」
「じゃあ俺も騎士になろっかな?」
「あっはっは!お前は顔で不採用だよバカ」
「誰が盗賊顔だこの野郎!」
二人組の冒険者が近くで冗談を言い合い大笑いをする、楽しい話題を提供できたならまあいいか。
とまあこんな感じで馬車が走り出してから永遠と騎士の話題が続いており、座席は柔らかく座りやすいというのに微妙に居心地が悪い。
「……」
ローブを被ったままのアヴェリアは未だに隣から離れようとはしない、空いてる席もあるというのにだ。
騎士であり自身を護ったという事から安全だと思われているのだろう、とはいっても元が付いているんだが。
まあ敢えて元騎士であると素性を明かす必要も無いし、今は勘違いさせたままでもいいか。
「……あれ?馬車止まったぞ?」
「なにかあったのかな」
「魔物でしょ?ほら準備して」
三人組の冒険者達が話し合いを始める、二人の少年は困惑半分といった所だが少女の表情は自身に満ち溢れている。
観察してみると装備は余り整っていない、最近旅を始めた新米冒険者といった所だろうか。
「すみません、魔物が出ましたので対処をお願いします」
馬車の前方の小窓から御者が顔を覗かせる。
なるほど、冒険者から金を取らないのは道中の脅威を取り除いて貰っているからか。
比較的に大型の馬車であることで単純に乗れる人数が増えるのと、積荷を増やし収益を増やすことができる。
さらに恩恵を受けようと馬車で着いてきている商人からは、傭兵や用心棒を雇うよりも格安で料金を受け取りさらに収益を増やす。
「魔物の名前と数は分かるか?」
一先ず剣と盾を取り出しながら御者に情報を聞く、ここらに出る魔物はたかが知れているとはいえ大事なことだ。
「はい、ホーンウルフが十体以上……、正確な数は分かりません」
「げ、ホーンウルフかよ……」
「文句言うなって、確かに面倒だけど」
二人組が渋い顔をしながら武器を取り出し馬車から降りていく。
確かにその表情になるのも分からなくはない。
ホーンウルフは群れで狩りを行う肉食性魔物で、捕食者側のクセに鋭い一本角を生やしている小賢しい奴らだ。
噛みつくだけじゃなく角を活かした突進もしてくる為、細心の注意を払った方が良い。
『グルルルルル……!』
普通この馬車を引くような大型の魔物を襲う事は無いはずだが、余程腹が減っていたんだろうか。
冒険者達に続き馬車を降りていくと、ホーンウルフが馬車を引く竜たちを取り囲んでいた。
竜の体格と頭上にある一対の角を警戒して、その隙を伺っているところだろうか。
その間に割り込もうとしたところ、二人組の片方に手で制された。
「騎士さんはそこで見てな、ここは俺達がやるぜ!」
「馬鹿大声出すな!」
その二人の大声に反応したホーンウルフ達がに狙いを変えたのか、こちら側へ一斉に飛び掛かってきた。
「ちょっ、ちょっともう!」
「まじかよ!」
「皆構えて!」
新米冒険者三人組は慌てながらもローンウルフを迎え撃っていく。
突然始まった戦闘だが、すぐに切り替える事が出来るのはいい判断力だ。
二人組は強気な宣言をしただけあって、魔物達を次々倒していく。
これならば確かにすぐに終わるだろう、とはいえ何もしないというのはどうにも落ち着かない。
「『フレアバースト』!」
魔術師の少女が群れの中心に炎の爆発を発生させる。
それは見事にホーンウルフ達を纏めて吹き飛ばしたが、その内の一体が馬車の方へ飛んできた。
「『アースガント』」
地属性の魔術を発動し地面から土の腕を生やし、飛んできた亡骸を受け止め地面に置く。
「ごめんなさーい!」
被害が出そうになった事を気付いたのか、魔術師の少女が戦闘中にも関わらず頭を下げる。
「後ろッ!」
その後ろで倒れていたホーンウルフの一匹が起き上がり、突進を始めた。
「えっ……」
腕輪から鉄杭を召喚し掴み投げ、雷魔を発動し加速させる。
雷速へ達した鉄杭は、魔術少女に襲いかかったホーンウルフの首を貫き樹木に縫い付けた。
「まったく、訓練じゃねえんだから……」
注意力が散漫散漫になるのは新人にはよくある事だが、早い内に直して欲しいもんだ。
騎士団時代にも調子に乗って痛い目を見た見習い騎士も山程いた。
しかも騎士なんて殆どが貴族の出身だから、変に自信のある奴が多かったもんで、そこの矯正が最初にやることだった。
「なにもせずにいるのもアレだしな、馬車に被害が出ないように守ってるか」
その後は、時々飛んでくる魔術を打ち消したり、油断をしがちな新米冒険者達を援護している内に戦闘は終わった。
ホーンウルフ
全長1.5m 体高70㎝
全身が毛皮で包まれた肉食性の四足魔物
肉食性でありながら頭部から一本角が伸びており、集団での突進によって獲物に傷を付け出血を狙う。
群れは雄雌の一対とその子供で構成され、8~12の群れで行動する。




