第9話:その竜騎士は真実を語る。~語られざる開戦の理由~
【前回までのあらすじ】
ついに連邦の首都「水の都」へと到達したロイたち。
しかし、議長ディネルースとの和平交渉は決裂。彼女はロイたちが「和平の切符」として運んできた荷物――ドワーフ製の新型魔導砲を使い、離水する『アルゴス』を容赦なく撃墜した。
炎に包まれ、制御を失った船が墜落したのは、皮肉にも連邦と敵対する「アンドレア帝国」の領土だった。裏切りと絶望の閃光に焼かれ、ロイの意識は暗転する。
意識が浮上する。
死の直前の轟音と衝撃が嘘のように、背中は驚くほどふかふかなベッドに包まれていた。
ロイはゆっくりと目を開けた。
「……ここは」
身体中に包帯が巻かれ、的確な処置が施されているのが分かった。
見回した個室は、王宮の一室と言われても信じるほどに格式高い家具で統一されている。そして、カーテン、絨毯、花瓶、そのすべてにワンポイントとして鮮やかな「赤」が使われていた。
「目が覚めた? 異国の王子様」
凛とした声に、ロイは勢いよく振り返った。
開け放たれた窓枠に、一人の女性が腰かけていた。
人間のように見えるが、その耳は人間よりも明らかに尖っている。しかし、シルフのような森のエルフほど長くはない。
「君は……」
「私はカーラ。覇王アンドレア様に仕える四天王が一人。竜を駆る者よ」
彼女は窓の外、墜落した『アルゴス』が黒い骸を晒しているであろう方向を一瞥した。
「あの魔導砲、見事な威力ね。あれだけの射程と破壊力……おそらく、帝国のドラゴン部隊対策でしょう。厄介なものを作ってくれたわ、連邦は」
ロイは、彼女の尖った耳から視線を外せずにいた。
「……エルフ、なのか?」
「ん? ああ、これ?」
カーラは自分の耳を軽くつまんだ。
「人間の父と、エルフの母。ハーフってやつ。珍しい?」
「いや、その……」
「ふふ。好きになる相手を、いちいち種族で判断するの? 面倒くさいわね」
ロイは慌てて本題に戻った。
「助けてくれたのか……? ありがとう。他の仲間は!?」
「ええ、もちろん。一人も欠けてないわ」
カーラは窓枠からひらりと降り立った。
「怪我はしているけれど、全員手当て済み。動けるなら、みんながいる階下へ案内する。ここは負傷兵が運び込まれる中央病院よ」
◇
カーラに連れられて階下へ向かう。
そこは、個室だった上階とは違い、野戦病院さながらの光景だった。
どのベッドも負傷兵で埋まり、数が足りずに床で手当てを受ける者もいる。だが、ロイが驚いたのはその多様性だった。
人間だけではない。ドワーフ、エルフ、オーク、中にはゴブリンの姿さえある。
「帝国は、種族や肌の色、性別で不平等に扱われることはないわ」
カーラは歩きながら説明した。
「評価基準はただ一つ、『力』があるかどうか。能力さえあれば、誰でも成り上がれる。元奴隷の将軍だっているくらいよ」
ロイの脳裏に、ネクロゴンドやオウカの風景が蘇る。
連邦は「自由」の名の下に、各種族をその「特性」で利用し、区別していた。だが、この帝国は、連邦以上に多種多様な種族が、ただ「帝国兵」として同じ場所で治療を受けている。
「……なぜ、連邦はこんな戦争を?」
ロイが問うと、カーラは足を止めた。
「勘違いしないで。戦争を仕掛けたのは、私たちよ」
カーラは、驚くべき戦争の起源を語り始めた。
「ハーフリング領は知ってる? 元々、帝国はあそこくらいの領土しかない小国だった。……覇王アンドレアは、ハーフリングのタフリン王と個人的に交友があってね。ある時、タフリン王から『北東の国境付近で屍人を目撃した』と相談を受けたそうよ」
それは、ロイがネクロゴンドで見た光景そのものだった。
「覇王は、五年に一度の大陸会議の席で、当時ネクロゴンドの長だったディネルースを詰問した。でも、証拠がない。他の国は『またアンドレアが騒いでる』と取り合わなかった」
「……」
「覇王は、ディネルースという女の危険性を本能で察知した。このままでは大陸全土が彼女の毒牙にかかると。だから、強硬手段に出た。……戦争よ。他国に武力侵攻してでも、ディネルースの息のかかった国を潰し、大陸を力ずくで統一する道を選んだの」
ロイは息を呑んだ。
「それが、帝国の……」
「ええ。破竹の勢いで領土を広げたわ。けれど、それに反発したのが、当時『水の都』の長だったエレノア様。彼女が残りの国に同盟を呼びかけ、発足したのが『エレノア共和国連邦』。彼女が初代議長よ」
「初代?」
「エレノア様は本気で和平を望んでいた。帝国とも対話を重ね、戦争終結に尽力したわ。……でも、志半ばで不慮の事故で命を落とした」
カーラは吐き捨てるように言った。
「もちろん、帝国はディネルースが仕組んだ暗殺だと踏んでいる。証拠はないけれどね。エレノア様が死に、都合よくディネルースがネクロゴンド代表を退き、二代目議長の座に就いた。そんな偶然、ある? それからよ、連邦が今のように強くなったのは」
連邦の正義も、帝国の正義も、根源は「ディネルース」という一点にあった。
「その後は知っての通り、戦線は拮抗。どちらも決め手を欠いたまま、血だけが流れ続けている」
◇
話の終わりに、大きな病室の扉が開かれた。
そこには、ベッドや床で手当てを受けながらも、確かに息をしている仲間たちの姿があった。
シルフ、ガイアスの技術兵たち、アレフ、ドーザの騎士たち、そして、あの魔族の密偵までもが。
「みんな……生きてる……」
安堵と、別の感情がこみ上げてきた。
「……ごめん。僕が……僕があんな荷物を運ぶと決めたから……!」
ロイの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
自分の甘さが、判断ミスが、このかけがえのない仲間たちを死の淵に追いやった。その罪の意識が、ロイを苛んだ。
「なに泣き言を言ってやがる、若造!」
その時、部屋の奥から、腕を吊ったガガンが戻ってきた。彼は隣の部屋で、動けるようになった負傷兵たちに「リハビリ」と称して稽古をつけていた帰りだった。
ガガンはロイの前に立つと、吊っていない方の腕で、その背中を力任せに叩いた。
「ゴフッ!?」
「泣く暇があったら、次はどうするか考えろ! 生きてんだ、俺たちは!」
それは、不器用なドワーフなりの、最大限のエールだった。
カーラは、その光景を壁に寄りかかって静かに見ていたが、やがて踵を返した。
「怪我がある程度良くなったら、また顔を出すわ。……覇王アンドレア様が、貴方たちに会いたがっている」
そう言い残し、彼女は去っていった。
アンドレア帝国、四天王カーラ。そして、覇王アンドレア。
ロイは、自分が信じてきた「正義」が音を立てて崩れ、本物の「現実」と向き合わねばならないことを、痛感していた。
【次回の予告】
墜落したロイたちを待ち受けていたのは、赤き巨城に座す絶対的王者、覇王アンドレア。
そして、その傍らには、ロイたちを陥れた「ボス」ヘギルの姿が……!
一行は遂に、大陸最強のカリスマ、覇王アンドレアとの謁見へ――。
第10話は明日の21時40分更新です!
◾️面白かったら下の☆☆☆☆☆で応援をお願いします!次話執筆の励みになります!




