第74話:その老魔導師は女帝の逆鱗を撫でる。~紅葉の森に散る火花~
【前回までのあらすじ】
源流の究極の斬撃『波紋断ち』によって右腕を斬り落とされた帝国四天王ウルスヌス。しかし剛腕の熊は痛がるどころか歓喜の笑声を上げ、自身の腕を拾って意気揚々と医務室へ向かうという規格外の狂戦士ぶりを見せつけた。
その直後、上空には白竜シャヴォンヌと見事に契約を果たしたロイが帰還する。
かつて最愛の妹が乗っていた竜を見上げ、密かに涙を流す覇王アンドレア。その姿を見た源流は、オウカの『常凪の里』での虐殺の真実を問い詰める。覇王は帝国の長として全ての責任を被る覚悟を見せ、二人は「機械生命体を倒した後に殺し合う」という、奇妙な約束と絆を交わすのだった――。
帝都の郊外に広がる『紅葉の森』。
一年中、燃えるような紅葉が枝を彩るその森は、帝国に仕えるエルフたちの居住区である。
木漏れ日が差し込む広場でシルフは、帝国魔法剣士部隊隊長のサイロスから『属性付与』の指導を受けていた。
「イメージしてください、シルフ殿」
サイロスが真面目な顔で手本を見せる。彼の指先から放たれた魔力が、空中に見えない軌跡を描く。
「矢に直接魔力を込めるのではなく、魔力の『道筋』を空中に描き、そこを矢になぞらせてくぐらせる感覚です。そうすれば、飛ぶほどに威力が乗ります」
「魔力の道筋を描いて、なぞらせる……。うーん、難しいわね」
シルフは手元の弓を見つめ、ふうっとため息をついた。
「大丈夫です。貴方なら、絶対にものにできます。焦らずいきましょう」
「ありがとう。頑張る!」
シルフが顔を上げ、満面の笑みで感謝を伝えた。
だが、シルフは少し前からあることに気づいていた。
サイロスは優しい言葉をかけてくれるのだが、先ほどからずっと彼女の顔を見ず、あさっての方向の木々ばかりを見て話しているのだ。
「……ねぇ、サイロス。気になってることがあるんだけど……聞いてもいいかな?」
「な、なんですか!?」
サイロスがビクッと肩を揺らす。
「さっきからずっと、向こうの木を見て話してるじゃない。向こうに何かあるの? それとも……」
シルフは少し不安げに上目遣いになった。
「もしかして……私のこと、嫌ってる?」
「そ、それは絶対にありませんッ!!」
サイロスは全力で否定したが、やはり顔は真っ赤にして横を向いたままだ。
「もう。この集落では、ちゃんと相手の目を見て話しなさいって教わらないのかしら……」
シルフが唇を尖らせた、その時。
「もちろん、教えていますとも」
背後から、穏やかな声が響いた。
振り返ると、エルフ部隊の長老スーリンディアが、杖をついて微笑んでいた。
「ただ、サイロスは貴方が『眩しすぎて』直視できないのでしょうな。純情な奴め」
「長老!? な、何を言うんですか! わ、私は別にそんな……!」
サイロスが両手で顔を覆い、慌てふためく。
しかし、サイロスはすぐにスーリンディアの後ろに立つ小柄な老人の存在に気づき、弾かれたように直立不動の姿勢をとった。そして、ビシッと敬礼する。
その老人は、帝国四天王の一角であり、宮廷魔導師長と戦略魔法部隊隊長を兼務する重鎮、ザルティムだった。
「フォフォフォ。堅苦しい挨拶はなしじゃ、サイロス。楽にせよ」
ザルティムが長く白い髭を撫でながら、好々爺の笑みを浮かべる。
「ザルティム様は、これから忙しくなる我々魔法部隊のために、直々に激励にお越しくださったのだ」
「あ、ありがとうございます!」
サイロスの声が裏返る。先ほどまでのしどろもどろなエルフとは大違いの緊張ぶりだ。
ザルティムはシルフの方へ歩み寄った。
「エスペル島から来たエルフとは、お主じゃな。話には聞いとったが……これまた、随分とべっぴんさんじゃのう」
「えっ、いえ、そんな……」
シルフが照れて謙遜すると、横からサイロスが「私もそう思います!」と大きな声で叫び、再びスーリンディアに呆れられた。
「シルフよ。ザルティム様は、我々魔法部隊の総隊長を務めておられるお方なのだよ」
「えっ? スーリンディア様が一番偉いのではなかったのですね」
「フォフォフォ。わしの隊長なんて肩書きだけじゃ。スーリンディアが現場で色々とやってくれるおかげで、わしはこうして楽させてもらっとるわい」
ザルティムはシルフの弓に視線を落とした。
「して、お嬢ちゃん。エンチャントの方はどうじゃ?」
「はい……頭では分かっても、魔力の制御がとても難しくて」
ザルティムは優しく頷いた。
「よいか、魔法は『一属性に特化』した方が身につくのが早い。こたびの敵は雷に弱いという。ならば、雷のエンチャントのみに集中せよ。他の属性は、戦いが終わってから改めて学べばよい」
「はいっ」
シルフが素直に頷く。
「ザルティム様は炎を極めたお方でな。火属性の魔法において、この大陸で右に出る者はいないと言われているのだよ」
スーリンディアの言葉に、シルフは目を輝かせた。
「そうなんですね……! すごい……」
「なあに。一つの属性に特化した方が極めやすいだけの話じゃよ。スーリンディアのように、何でも器用にそつなくこなす方が、わしはよっぽど凄いと思うがの」
「いえ、私は器用貧乏というやつです」
スーリンディアが苦笑した時、広場の方からエルフたちのざわめきが聞こえてきた。
「ん? 向こうが騒がしいな。失礼」
スーリンディアが杖を突きながら広場へ向かうと、そこには場違いなほど華やかな青いドレスを纏った連邦議長ディネルースと、側近のララノアの姿があった。
「これはディネルース議長。このような森の奥へ、いかがなさいましたか?」
スーリンディアが警戒しつつも恭しく尋ねる。
「晩餐会も終わったことだし、さっさと水の都に戻りたかったのだけれどね。アルフィリオンが『帝国の墓地の視察をしたい』なんて不気味なことを言い出して、別行動してるのよ。だから……ただの時間潰しね」
ディネルースは退屈そうに扇子を開いた。
「そうでしたか。では、心ゆくまでごゆっくりとおくつろぎください」
「同胞の集落であれば、多少は楽しめるかと思ったのだけれど……随分と質素な暮らしをしているわね。帝国の待遇が知れるわ」
「誰かと思えば、ディネルースの嬢ちゃんではないか」
遅れてやってきたザルティムが、朗らかに声をかけた。
ディネルースは彼を一瞥し、つまらなそうに目を細めた。
「あら、ザルティム爺。こんな所で会えるなんて嬉しいわ」
「フォフォフォ、嘘が下手じゃの。……ところで、一つ聞いておきたかったことがあっての」
「私に? 何かしら」
「休戦協定の会談の席でのことじゃ。あの大立ち回り……ウルスヌスを、本気で消す気だったのかね?」
ザルティムの目が、スッと細まる。
「当たり前じゃない」
ディネルースは悪びれもせずに言い放った。
「私をコケにしていい生物は、この世にいないのよ。あの熊は命拾いしたのだから、間に入ったマクマリスに感謝するべきね」
「フォフォフォ」
ザルティムが笑う。
「魔王殿が止めずとも、わしとこのスーリンディアで防いでおったわ」
「ふふっ」
ディネルースも笑い返した。
「貴方たちが? 冗談よしてよ。ザルティム爺はもういい歳なんだから、無理しちゃダメよ。腰が砕けるわ」
「ハイエルフは年齢不詳じゃからな。見た目だけで判断すれば二十代後半じゃが……中身は、ディネルース『婆や』の可能性もあると思っておるがの」
ピキッ。
ディネルースの笑顔が凍りついた。
「……婆や? 失礼ね」
彼女は扇子をパチンと閉じた。
「だったら、お望み通り、もう一度やってあげるわ。……できるものなら防いでみなさいな」
「ディネルース様、お待ちください。休戦協定が締結されております」
ララノアが慌てて制止に入るが、ディネルースは手を上げてそれを遮った。
「大丈夫よ。これは実戦形式の『演習』よ。……そうよね、爺?」
「もちろんじゃ、ばあばよ」
ザルティムは杖を構え、スーリンディアに目配せをした。
スーリンディアはすぐさま周囲のエルフたちに、大きく距離を取るよう指示を出した。
【次回の予告】
「『絶対零度』vs『竜語詠唱』! 激突する氷と炎、そして空を舞う希望の白き翼!」
エルフの若者たちが見守る中、ディネルースの無慈悲な極大魔法『絶対零度』と、ザルティムの失われた超常スキル『竜語詠唱』が真っ向から激突!
表向きは「魔法の講義」として引き分けた二人だったが、氷の女王の底知れぬ実力は、歴戦の大魔導師の腕に密かな、しかし深い爪痕を残していた……。
不穏な冷気が漂う紅葉の森。その空気を一掃したのは、天から降り注ぐ巨大な咆哮!
見事に試練を乗り越えたロイと白竜シャヴォンヌの帰還が、長年エレノアを想い続けてきた老魔導師の瞳に熱い涙を呼び覚ます。
氷結と極炎の演習、そして希望の白き翼。
第75話は、明日の21時40分更新です!
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