第70話:その覇王は始まりを語る。~悲しき開戦理由と託された白竜~
【前回までのあらすじ】
休戦協定締結の夜に開かれた祝賀パーティ。
マクマリスは、人類反攻の鍵となる若き王子ロイを鍛え上げるため、最強の剣豪・源流に「剣術指南」を、帝国四天王には「竜騎士としての教育」を密かに依頼する。
その横柄な物言いに猛将ウルスヌスがブチギレて一触即発となるが、ヘギルが持ち込んだ豪快すぎる「ドワーフ式決戦料理」の乱入により、殺伐とした空気は一瞬で食欲と笑顔に飲み込まれた。
かつての敵味方が同じ肉を囲んで笑い合う束の間の宴の中、魔王はただ一人、ロイの成長と未来への勝利を確信するのだった――。
ガスピ湖へ向かう出発の朝。
帝都の空は高く澄み渡っていたが、風には微かに冷たさが混じっていた。
カーラが手綱を握るワイバーンの傍らで、覇王アンドレアは腕組みをし、巨岩のような威圧感を放ちながらロイを見下ろしていた。
「ロイ王子。これから会いに行く白竜シャヴォンヌは……亡き俺の妹、エレノアが乗っていたドラゴンだ」
「妹さん……ですか?」
ロイは驚きに目を見開いた。
「エレノアさんって、大会議室であなたが『ディネルース議長に殺された』とおっしゃっていた……」
「ああ。あの時は感情的になり、見苦しい姿を見せたな」
アンドレアはふっと視線を外し、遠くの空を見る目をした。その猛禽類のような瞳に、一瞬だけ兄としての柔らかな色が宿る。
「エレノアはドラゴンライダーであり……エレノア共和国連邦を立ち上げた初代議長でもあった」
「そんな……! 兄妹で争っていたということですか?」
信じがたい事実に絶句するロイに、アンドレアは苦渋の表情で深く頷いた。
「エレノアは争いが嫌いでな。あくまで対話で俺を止めようとした。対等な立場で話をするために、帝国に対抗しうる力を持つ連合組織を作ったのだ」
アンドレアは自嘲気味に口の端を歪めた。
「俺は聞く耳を持ってやれなかったが……あいつが連邦を立ち上げてからも、俺は次々と領土を拡大し続けたからな」
重い沈黙が流れる中、ロイは恐る恐る、けれど聞かねばならない問いを口にした。
「……一つ、聞いてもいいですか」
「なんだ」
「以前、オウカで源流さんから聞きました。泥沼の戦争を始めたのは、アンドレア王だと。……なぜですか? あなたは無闇に侵略をするような人には見えません」
アンドレアの表情が、にわかに険しくなった。
「……ディネルースだ」
吐き捨てるように、その名を口にする。
「あいつは元々、ネクロゴンドの長だった。ある時、友人のタフリンからきな臭い話を聞いた。『ネクロゴンドにアンデッドがいる』とな」
ロイはハッとした。
「アンデッド……! 白亜の巨塔で、マクマリスさんが言っていました。三百年前に死霊術の基礎理論を議長に教えたと!」
「……教えたのは魔王だったか」
アンドレアは忌々しげに舌打ちした。
「俺は大陸会議でディネルースを問い詰め、ネクロゴンドに視察団を派遣するよう訴えた。だが、証拠不十分で反対多数により否決された」
アンドレアは自身の胸を、甲冑の上から強く叩いた。
「だがな、俺はあいつに底知れぬ『黒いモノ』を感じていたんだ。今あいつを止めなければ、大陸中に多くの犠牲者が出ると確信した」
「だから……議長を止めるために戦争を?」
「そうだ。力尽くでも潰さねばならんとな。……俺の進撃は順調だった。だが、ちょうど今の領土くらいまで拡大した時だ。エレノアの悲報が届いた」
アンドレアの声が震え始めた。拳が強く握りしめられ、革手袋が軋む音がする。
「エレノアが死に、即座にディネルースが二代目の議長に就いた。するとどうだ、それまで対話を重んじていた連邦軍が、突如としてアンデッド兵を大量投入し、押し返してきたのだ。……あとはご覧の通りだ」
最愛の妹を殺され、その死を利用して台頭した巨悪。
(……悔しいだろうな、覇王)
ロイは、アンドレアの握りしめた拳が小刻みに震えているのに気づいた。ディネルースと手を組むという決断が、彼にとってどれほどの屈辱と忍耐を強いるものか、痛いほど伝わってきた。
「シャヴォンヌはエレノアの死後、誰とも契約せずにガスピ湖で眠り続けている。……シャヴォンヌに認められるということは、エレノアに認められるということでもある」
アンドレアはロイの肩に、ゴツゴツとした大きな手を置いた。
「心を強く持て。……頼んだぞ」
「はい!」
覇王のエールを胸に、ロイはカーラのワイバーンに飛び乗った。
そしてアンドレアは、ワイバーンを操るカーラにも声をかける。
「カーラ、くれぐれもよろしく頼むぞ」
カーラが竜上から凛々しく敬礼する。
「はっ! お任せください!」
カーラが手綱を引くと、ワイバーンは力強い羽ばたきと共に、空高く飛翔した。
◇
上空の風は強かった。
カーラが操るワイバーンの背で、ロイは風の音に負けないよう声を張り上げた。
「契約……つまり、ドラゴンに認められなければならないということ?」
「その通りよ」
手綱を握るカーラが振り返らずに答える。
「ドラゴンは誇り高い生き物。ただ強いだけの人間には背中を預けない。彼らは魂の色を見るの。契約には『試練』が必要で、その内容はドラゴンによって千差万別よ」
カーラは少し声を落として続けた。
「覇王様から聞いたと思うけど、これから会うのは、白竜シャヴォンヌ」
「アンドレア王の妹さんが乗っていたと聞きました」
「ええ。その通り。……でもね、シャヴォンヌは覇王様や私たち四天王が契約するドラゴンとは何かが違うの」
ロイが復唱する。
「何かが……違う?」
「会えば分かるわ。シャヴォンヌは人語を理解し、喋れるの」
「えっ!? ドラゴンが喋る!?」
ロイは驚いて身を乗り出した。
「正確には喋ると言うより、脳内に直接響いてくるという感じね。とにかく神話感がすごいのよ」
ロイは緊張で喉を鳴らした。
「僕で大丈夫なのかな……」
「魔王が未来で契約していたと言ってたじゃない? 自信を持ちなさい」
「まさか失敗しても……殺されたりしないですよね?」
カーラは少し考え、正直に言った。
「シャヴォンヌに限らず、ドラゴンの試練に失敗して無事に帰ってきた人はいないわね」
「そ、そんな……」
ロイの顔が青ざめる。
カーラがそれまでの明るい声色から、低いドスの利いたトーンに変えて付け加えた。
「仮にシャヴォンヌが見逃したとしても……私が許さない」
「えっ……い、今なんて?」
ロイが聞き返すが、カーラは答えず、いつもの明るい声色に戻して言った。
「さあ、着いたわよ。下降するからしっかりと捕まって!」
眼下には、鏡のように静まり返った巨大な湖――ガスピ湖が見えてきた。
ワイバーンは滑るように下降していく。
【次回の予告】
「時を超える竜の絆! そして勃発する『剛腕』vs『剣聖』の頂上決戦!」
ガスピ湖でついに白竜シャヴォンヌと対峙したロイ。
しかし、命がけの試練が待っていると思いきや……高位の竜は「別の世界線」の記憶を引き継いでいた!
前世から変わらぬロイの真っ直ぐな魂を認め、まさかの「試練免除」で契約成立!?
カーラが帯びていた物騒な「裏の密命」も、ロイの天然っぷりの前に不発に終わる。
一方、帝都の合同演習場では波乱の予感。
筋肉至上主義の四天王ウルスヌスのしごきを見たオウカの長・源流が、「あのような脳筋が上に立つとは」と痛烈批判!
覇王の鶴の一声により、急遽「帝国四天王の剛腕」vs「連邦最強の剣豪」というドリームマッチが実現することに!
時を超える白竜の誓いと、剛腕vs剣聖!
第71話は、明日の21時40分更新です!
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