第68話:その魔王は未来(希望)を託す。~偽りの祝宴と理由なき執着~
【前回までのあらすじ】
深海へ潜る潜水艇の装甲素材。それが眠る「ガスピ湖」は、人間を憎む気高き白竜シャヴォンヌの聖域だった。
覇王アンドレアすら手出しできないその竜との交渉役に、マクマリスは若き王子ロイを指名する。「未来の彼は、白竜と契約した」という事実と、ロイの決意を宿した瞳に、覇王もこれを受諾。
潜水艇や新兵器の開発、戦力増強の布石が次々と打たれる中、ついに覇王と女王の手で休戦条約が署名された。
後に『マクマリスの円卓協定』と呼ばれる、人類が破滅に抗うために一つに団結した歴史的瞬間である。
歴史的な休戦条約が締結されたその夜。
アンドレア城の大広間では、公式な祝賀レセプションが催されていた。
クリスタルのシャンデリアが煌めき、極上のワインと料理が並べられているが、会場を支配していたのは華やかさよりも緊張感だった。
昨日まで殺し合っていた者たちがグラスを片手に探り合う、儀礼的で冷ややかな「顔合わせ」の場。
その喧騒から逃れるように、一人の男がテラスに出ていた。
オウカの長、源流。
彼は手すりに寄りかかり、夜空に浮かぶ月を無言で見上げていた。
「失礼。……祝宴は苦手のようだな」
背後から声をかけたのは、マクマリスだった。
源流はゆっくりと振り返り、魔王の姿を認めると、ふっと視線を月に戻した。
「……魔王殿か。休戦したとはいえ、帝国は我が宿敵。彼らと共に酒を酌み交わす気になどなれぬよ」
「宿敵、か……」
マクマリスは内心で独りごちた。
(今ここで、真の敵はディネルースだと種明かしをすれば、この男はその場で女狐を斬りかねん。……今は戦力的に、どちらが欠けるのも惜しい。まだ黙っておく方が得策か)
マクマリスは源流の隣に立った。
「わざわざここまで出てきて、拙者に何用か?」
「ロイのことできた。……彼に、剣術を指南してもらえないか?」
源流は片眉を上げた。
「ロイ……。白竜と契約しに行くという、異国の地の王子だな? ……断る」
「なぜだ? この戦いに勝つために、個々の戦力強化は欠かせない要素だ」
「拙者はサムライ以外に指導はせん。それが流儀だ」
源流の声は頑なだった。
マクマリスは一歩下がり、深く頭を下げた。
「今は緊急事態だ。そこをどうか、曲げて頼む」
源流が目を見開いた。
「……魔王殿が、人間のために頭を垂れるとは。……何故、そこまであの若者に入れ込む?」
「ロイは……前の世界で白竜を駆り、ドラゴンライダーとして大きな戦力になったからだ」
「それは答えになっていない」
源流は鋭く指摘した。
「ドラゴンライダーは何もロイ王子だけではないだろう。覇王も四天王も同じく竜を駆る。戦力という観点だけなら、彼らで事足りるはずだ」
「……」
マクマリスは言葉に詰まった。
(確かにそうだ。なぜ私はロイの成長に固執する? 四天王レベルの実力者なら他にもいる。合理的ではない)
改めて問われると、自分でも明確な理由が分からなかった。ただ、あの真っ直ぐな瞳が、絶望的な未来を切り拓く鍵になるような気がしてならないのだ。
「……では、お主は帝国の四天王に対しても、そこまで熱を上げられるのか?」
源流がさらに問う。
マクマリスは正直に答えた。
「……分からん。私自身、なぜロイに入れ込むのか説明がつかん。だが……ロイの成長が勝敗を決する。なぜかそう確信しているのだ」
源流はマクマリスの横顔をじっと見つめた。そこにあるのは、魔王としての傲慢さではなく、世界を救おうとする者としての迷いと真摯さだった。
「……魔王としての直感が、そう思わせているのかもしれんな」
源流はしばらく月を見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「……よかろう。あの若者が無事に白竜との契約を済ませたならば、拙者の元によこせ。あの者が特別な存在になりえるのかどうか……拙者が見極めよう」
「感謝する」
マクマリスは安堵し、踵を返そうとしたが、足を止めて付け加えた。
「それと……暁月のことだが」
「……娘を知っているのか?」
源流の声に警戒の色が混じる。
「ああ。……今回の戦い、娘を戦場に出さないでくれ」
「言われるまでもない」
源流は即答した。
「あの子に武器を持たせる気はない。……しかし、なぜ魔王殿がそのようなことを?」
「今回は……生きていてほしいと思ったまでだ」
マクマリスは夜風にマントをなびかせた。
「ロイと同じ、理由は……分からん」
魔王はそのまま広間へと戻っていった。
残された源流は、空になったグラスを見つめ、微かに口元を緩めた。
「……不思議な御仁だ」
◇
広間の中央では、無数のフラッシュが焚かれていた。
帝国の報道陣の前で、覇王アンドレアと連邦議長ディネルースが握手を交わしているのだ。歴史的瞬間の演出である。
「覇王、カメラの前なのよ。少しは笑ったらどう?」
満面の笑みで握手をするディネルースが、歯の間から囁く。
「お前はよく笑えるな……。俺と写真を撮るのが嫌じゃないのか?」
アンドレアは引きつった笑顔とも言えない表情で返す。
「こんな汗臭くてむさ苦しい男と写真なんて、嫌に決まってるじゃない。でもね、私は社交的なのよ。こういう写真は笑顔で応じるものよ」
「フン。俺は好き好んで休戦したわけじゃない。必要に迫られて応じただけだ。笑う気にはなれん」
「男って、いくつになってもお子様ね」
そんなトップ同士の腹の探り合いを、遠巻きに四天王とアルフィリオン、ララノアが見守っていた。
カーラがシャンパングラス片手に、隣のウルスヌスをつつく。
「ねぇ、あっちのネクロゴンドの長……アルフィリオンって、顔だけはいいと思わない?」
ウルスヌスは、陰気なオーラを放つダークエルフを見て顔をしかめた。
「はぁ? あんな陰気野郎のどこがいいんだよ。お前、センス悪いぞ」
「うっさいなー。じゃあ、あんたのセンスはどうなのよ?」
ウルスヌスは腕を組み、会場を見回した。
「俺はそうだなー……」
彼の視線が、中央で微笑むハイエルフの美女に止まる。
「やっぱこの中だと、ディネルースが一番っしょ」
「はぁー!?」
カーラが素っ頓狂な声を上げた。
「あんたこそセンスないじゃん! あんな性悪女! 阿婆擦れよ!?」
「うるせえな、中身は知らねえけど、見た目は超美人だろうが。お前より百倍綺麗だっつーの」
「あんた、絶対目が腐ってる! ザルティム、こいつの目を魔法で治療したげてよ!」
話を振られた老魔導師ザルティムは、フォフォフォと笑った。
「まあ、わしもディネルース殿は美人さんだと思うがの」
「爺さん! 話が分かるじゃねーか!」
ウルスヌスがザルティムの肩をバンと叩く。
「……男ってやつは」
カーラが呆れて天を仰ぐ横で、ララノアが無表情のまま、シャンパンを一気飲みしていた。
【次回の予告】
「魔王に喧嘩を売る筋肉熊と、空気を読まない飯テロ職人!」
胃が痛くなるような公式レセプションも中盤。
ロイの教育係を四天王に頼むマクマリスだったが、言い方が気に入らないウルスヌスが一触即発の喧嘩を売ってくる!
あわや魔王vs四天王の殺し合い……というタイミングで乱入してきたのは、ドワーフ印の「美味すぎる豪快料理」の数々だった!
食欲の前には敵も味方もなし!
和やかな空気に包まれる中、マクマリスは一人、談笑するロイを見つめながら勝利への確信を深める。
宴の乱入者と、魔王の確信。
第69話は、明日の21時40分更新です!
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