第61話:その魔王は禁忌(とき)を売る。~三百年前の共犯者~
【前回までのあらすじ】
水の都「白亜の巨塔」にて、冷徹な支配者ディネルースと対峙した一行。
ロイの和平交渉を一蹴し、逆に服従を迫る彼女に対し、マクマリスはついに「魔王」としての正体を明かす。
「貴様も死ぬぞ」
彼が突きつけたのは、塔が崩壊する「未来の敗北」の映像だった。
「私が……いない世界? ……敗北?」
ディネルースの表情が曇った。
グラスを持つ指先が微かに震え、中のワインがさざ波を立てる。
「どういうことかしら」
「言葉通りの意味だ」
マクマリスは淡々と、しかし重く告げた。
「貴様は覇王アンドレアとの戦いに敗れ、機械生命体がこの大陸を埋め尽くす前に……死んでいるのだ」
(……実際には、その後アズモらと結託して私の首を取りに来たが、その恥辱まで言う必要はあるまい)
マクマリスは余計な情報を飲み込み、ただ「敗北と死」という事実だけを突きつけた。
(私が……敗れる? この私が? あの野蛮な覇王ごときに?)
ディネルースのプライドが、猛烈な拒絶反応を示す。
「ありえないわ。私が負けるなんて。貴方、私を愚弄しに来たの?」
「信じるか信じないかは、貴様次第だ」
マクマリスは一歩踏み出し、自身の魔力を開放した。
「だが、私は現に、ここにいる」
ディネルースはマクマリスの瞳を覗き込み、そしてハッと息を呑んだ。
その身に纏う魔力の質が、通常の時間の流れとは異なる歪みを帯びている。そして何より、彼の瞳の奥にある「未来の記憶」という底知れぬ深淵。
「……まさか、時間逆行!?」
彼女の声が裏返った。
「あの禁じ手中の禁じ手、理論上は可能でも誰も成功させたことのない時空間操作の奥義を……完成させていたというの?」
「その通りだ。一度も試したことがなかったが、賭けに勝った」
マクマリスは不敵に笑った。
ディネルースは沈黙し、思考を高速で巡らせた。
(マクマリスが、そんなどうでもいい嘘をつくために、わざわざ敵地であるここに来るとは思えない。……全て真実だとすれば)
彼女の中の魔法研究者としての好奇心が、疼き始めた。時を遡る魔術、未来の知識。それは大陸の覇権以上に魅力的な「力」だ。
「……私が協力すれば、その機械生命体とやらには勝てるというの?」
彼女は試すように問うた。
マクマリスは即答を避けた。
「それは分からん」
「はあ?」
「機械生命体は、戦いの中で学習し、短期間で『進化』する能力を備えているからな」
「進化? 機械なのに?」
「プログラムをより効率的なものに書き換える、アップデートのようなものだと考えている」
マクマリスは苦々しげに説明した。
「つまり――時間をかければかけるほど、奴らは強くなり、戦況は不利になる。短期決戦で決着をつける以外に勝算はない」
「……もちろん、作戦は考えているんでしょうね?」
「もちろん考えている。……はっきり言って、勝てるかは分からん。だが、貴様が協力してくれれば、勝率は格段に上がることは確かだ」
魔王は深く頭を下げると、プライドをかなぐり捨てて懇願した。
「頼むから、力を貸せ。ディネルース」
「……」
ディネルースは呆れたように、しかしどこか楽しげに笑った。
「魔王が頭を下げるなんて、笑えるわね。魔族としてのプライドはないわけ?」
「プライド? そんなものは前世に置いてきた」
マクマリスは顔を上げ、射抜くような視線を返した。
「勝つため、世界を救うためなら、手段は選ばん。泥水をすすってでも生き残る」
その凄絶な覚悟が、ディネルースに伝わった。
彼女はグラスを置き、優雅に脚を組み替えた。
「……いいでしょう。協力してあげるわ」
彼女は妖艶に微笑み、マクマリスを指差した。
「でも、条件があるわ。その『時間逆行の印』……私にも授けなさい」
◇
「ま、待ってください!」
二人の空気についていけず、呆然としていたロイが、慌てて割って入った。
「マクマリスさん! ディネルース議長と知り合いなんですか!? どうしてそんな……魔族とエルフは敵対関係にある種族じゃないですか!」
マクマリスはロイに向き直り、肩をすくめた。
「ああ、三百年ほど前に会っている。当時、彼女は死霊術に興味があり、研究の第一人者である私に接触してきたのだ」
「えっ……」
「基礎理論を教えてやったが……なかなかの才能だったよ」
ディネルースが言葉を継ぐ。
「その見返りに、私は『伝説の勇者』の一名に扮して、当時の魔王ガングダード討伐に協力してあげたのよ」
「は……?」
ロイは絶句した。口をパクパクさせ、言葉が出てこない。
三百年前、先祖たちが魔王を倒した伝説の戦い。その裏に、連邦のトップ(当時はネクロゴンドの長)の手引きがあったというのか。
「つまり、貴方たちのエスペル島を救ったのは私よ。感謝してほしいわね」
ディネルースが悪戯っぽくウインクする。
「私は貴方の国で言うところの、え・い・ゆ・う、よ?」
「ガングダードの求心力を低下させ、魔王の座から引きずり下ろすために私が仕組んだことだ」
マクマリスが補足する。
「あの時は、機械生命体のことなど知る由もなかったがな……。まさか三百年後に、またこうして手を組むことになるとは」
そして、彼はディネルースに視線を戻し、鋭い眼光を向けた。
「話のついでに、一つ聞いておきたいことがある」
「なにかしら?」
「ガングダードを退けた八人の英雄のうち、貴様を除く七人が、戦後忽然と姿を消したらしい。……その失踪に、貴様が絡んではいまいな?」
ディネルースは表情一つ変えずに答えた。
「まさか。当時の私は、貴方から教わった死霊術の研究に没頭していたのよ? そんな暇はないわ」
マクマリスは彼女を凝視した。
「……そうか」
(『失踪』という言葉に反応がない。興味がないのか。……あるいは、何かを完璧に隠しているのか)
疑念は残るが、今はそれを追求する時ではない。
「そんなことより、私の条件は呑むのかしら?」
ディネルースが催促する。
「いいだろう。協力すれば、時空間操作術『時間逆行の印』を貴様に付与する」
マクマリスは頷いた。
「……ただし、授けるのは敵を退けた後だ。前金では渡さん」
「フフ、信用ないわね。……まあいいわ、交渉成立ね」
ディネルースは満足げに頷くと、控えていたララノアに指示を出した。
「ララノア、全軍に停戦命令を出しなさい。そしてアンドレアに使者を送るのよ」
彼女は窓の外、広がる空を見上げた。
そこには、まだ見ぬ脅威と、新しい未来が待っている。
「共通の敵を倒すまで、戦争は休止よ」
歴史の歯車が、大きく音を立てて動き始めた。
かつて魔界で殺し合った二人の支配者が手を組み、人類最強の布陣が完成しようとしていた。
【次回の予告】
「貴様の『裏帳簿』、修正しておいたぞ。」
水の都で忙殺されるララノアの前に現れたマクマリス。
彼が差し出したのは、彼女の頭痛の種である「ディネルースの浪費」を解決する完璧な予算案だった。
「な、なぜ国家機密を……!?」
驚く彼女に、マクマリスは涼しい顔で嘘をつく。
「前の世界で聞いたからな」
さらに、彼女が秘密にしていた「魔導義体研究」にも協力を申し出、極めつけに渡したプレゼントとは?
秘書官を攻略する日。
第62話は、明日の21時40分更新です!
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