第60話:その魔王は敗北を語る。~崩壊した未来図~
【前回までのあらすじ】
鉄と欲望の国にて、ドワーフ王ヘギルと対峙したマクマリス。
彼はついに正体を明かし、ヘギルに「未来の死」と「彼自身が作るはずだった最強兵器の設計図」を突きつける。
死の恐怖すらねじ伏せる技術者魂に火をつけ、人類の火力を底上げした魔王は、ララノアの手引きにより、次なる難所「水の都」へと舵を切った。
巨大な湖に浮かぶ要塞都市、「水の都」。
その象徴である白亜の巨塔の基部に設けられた港に、魔導飛行艇『アルゴス』が静かに着水した。水飛沫が、陽光を反射してきらきらと輝く。
タラップが下ろされると、待ち構えていたララノアが手際よく指示を飛ばした。
「作業員、配置につきなさい! ドワーフ製のコンテナを搬出します。慎重に、かつ迅速に!」
港はすぐに活気づいた。クレーンが唸りを上げ、ヘギルが開発した新型魔導砲の試作機が運び出されていく。
「おお……! ここの港湾設備も興味深い!」
同行していたガイアスの技術兵たちが、目を輝かせて身を乗り出した。
「あの魔力リフトの構造、ぜひ近くで見学させてくれ!」
「ええ、構いませんわ。ただし邪魔はしないで」
ララノアは呆れつつも許可を出した。
その喧騒の陰で、フードを目深に被ったマクマリスは、同行していた二人の密偵に近づいた。
「……おい」
「はっ」
「せっかくだ。お前たちも見物してくるといい」
表向きは労いの言葉。だが、すれ違いざまに囁かれた声は、氷のように冷たかった。
(……例の『紋章』を入手しろ)
密偵たちの肩がわずかに跳ねる。
(万が一、交渉が決裂すれば、今運び出している魔導砲は我々に牙を剥くことになる。今後の侵入のために、結界の鍵を確保しておけ)
「……御意」
密偵たちは目配せし、作業員や技術兵の人混みに紛れて姿を消した。
マクマリスは口元だけで笑みを作り、フードを深く被り直した。
最悪の事態――ディネルースとの決裂と戦闘。そのための保険は打った。
「参りましょう」
ララノアに促され、ロイたちがリフトへと向かう。
マクマリスはその背中を追った。心臓の鼓動が、わずかに速まる。
ここが正念場だ。
◇
リフトは音もなく上昇し、最上階の広間へと到着した。
扉が開いた瞬間、肌を刺すような冷気と、圧倒的な魔力の圧が押し寄せた。
壁一面がガラス張りになった「天覧の間」。
眼下に広がる美しい湖を背景に、水で作られた玉座にその女性は座っていた。
エレノア共和国連邦議長、ハイエルフのディネルース。
透き通るような肌、感情を読ませない氷の瞳。組まれた長い脚。
彼女は、入ってきた一行を一瞥もしないまま、グラスの縁を指でなぞっていた。
「ようこそ、異界の旅人たちよ。ララノアから話は聞いているわ」
鈴を転がすような、しかし温度のない声。
ロイが一歩前に出た。拳を握りしめ、勇気を振り絞る。
「議長! 僕たちがここに来たのは、世界の危機を伝え、団結を訴えるためです!」
ロイは熱弁を振るった。
宇宙からの侵略者、機械生命体の恐怖。そして人類が一つにならなければ、勝ち目がないこと。
だが、ディネルースは退屈そうに頬杖をつき、冷ややかな微笑を浮かべただけだった。
「休戦? ありえないわね。アンドレアは私の敵よ」
「ですが……!」
「悪い話ではないはずよ。生き残りたければ、私に協力なさい」
ディネルースは優雅に立ち上がり、水面を滑るようにロイへと歩み寄った。
そして、ロイの手を優しく、しかし拒絶を許さない強さで取った。
「一緒に力を合わせて、覇王が始めたこの下らない戦争を終わらせましょう? そうすれば……私が、貴方たちの祖国を必ず守ってあげるわ」
甘い毒のような誘い。
マクマリスはフードの下で目を細めた。
前回と同じだ。彼女は自分の支配下に置くことでしか、他者との共存を認めない。対等な同盟など、彼女の辞書にはないのだ。
◇
(……頃合いか)
マクマリスは、膠着した空気の中、静かに進み出た。
そして、被っていたフードをバサリと下ろした。
「相変わらずだな、ディネルース。自分の庭に囲い込まねば気が済まない性分は」
露わになった魔王の素顔。禍々しい角と、知的な瞳。
「ま、魔王……!?」
ララノアが息を呑み、戦闘態勢を取ろうとする。
だが、ディネルースは驚きもしなかった。
まるで、待ち人が来たかのように目を細める。
「あら、マクマリスじゃない。変装して近づくなんて水臭いわね」
「私が堂々と顔を出せば、結界を開けてくれたとでもいうのか?」
「ええ、もちろんよ。貴方は特別。いつでもフリーパスだわ」
二人の間に流れる、奇妙な親愛と緊張感。
ロイたちは戸惑い、言葉を失っている。
マクマリスはディネルースの目の前に立ち、本題に入った。
「単刀直入に言おう。今、ロイが言ったことは真実だ。私が彼に教えた」
「貴方が?」
「ああ。……見ろ」
マクマリスは懐から魔導具を取り出し、空中にビジョンを投影した。
それは、地獄の記録。
海を埋め尽くす銀色の波。燃え盛るオウカの丘。そして、殺戮の限りを尽くす機械生命体。
最後に映し出されたのは、無残に崩れ落ち、湖へと沈んでいく白亜の巨塔の姿だった。
ディネルースは目を細め、映像を食い入るように見つめた。
「……なるほど。精巧な幻術ではないわね。事実なのは分かったわ」
彼女は顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
「でも、奇妙ね。ここには絶対防御の結界がある。貴方たちが死んでも、私だけは助かるはず」
彼女は崩壊した塔の映像を指差した。
「なぜ、私の塔が崩れ落ちているのかしら? 結界が破られるなんて、ありえないわ」
「フン、貴様だけ助かって、どうする?」
マクマリスは呆れたように声を荒げた。
「ネクロゴンドは? オウカは? ここ以外、何も残らないぞ。辺り一面、敵だらけの世界で、貴様一人が玉座に座って何になる?」
ディネルースの声のトーンが低くなる。氷点下の威圧感が放たれる。
「……私の質問に答えなさい、マクマリス。未来を観測したその予知で、私はどうなっているの?」
マクマリスは、真っ直ぐに彼女を見据えて告げた。
「これは未来の予知ではない。私が体験してきた、世界の『実際の映像』だ」
「実際の……映像?」
ディネルースの瞳が揺れる。
「私は、『貴様のいない世界』で、ここにいるロイや覇王と共闘し……一度、敗北している」
その言葉は、重く、深く、広間に響き渡った。
時間という概念を超えた魔王の告白に、氷の女王の仮面が初めて微かにひび割れた。
【次回の予告】
マクマリスが明かす「未来の敗北」と「時間逆行」の事実。
当初は鼻で笑っていたディネルースだったが、その瞳に宿る真実の深淵を覗き込み、ついに陥落する。
「いいわ。協力してあげる。……報酬は『時間逆行の印』よ」
そして語られる、三百年前の衝撃の真実。
先代魔王ガングダードを倒した「伝説の八人の英雄」。
その正体とは?
氷解、語られる真実。
第61話は、明日の21時40分更新です!
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