第58話:その魔王は千里眼(チート)を使う。~鉄の都の商談~
【前回までのあらすじ】
桜の国オウカにて、剣聖・源流と対峙した一行。
源流の鋭い眼光に正体を見抜かれそうになりながらも、マクマリスはなんとか密偵を演じきる。
「頑固な彼は、生かしておくより死んでから利用する方がいい」
マクマリスは源流の遺体を「五体満足で回収せよ」と部下に命じ、冷徹な計算を胸に次の国へと旅立った。
桜の国オウカを離れた『アルゴス』は、北東の空を航行していた。
甲板で風を受けながら、マクマリスは船首の方角――次なる目的地を見据えていた。
「皆、聞いてくれ」
マクマリスが声をかけると、ロイたちが集まってきた。
「ドワーフ鉄鋼共和国の次に向かう目的地、水の都だが……あそこはディネルースが張った強力な結界によって護られた、難攻不落の要塞だ。内側からの許可がない限り、何人たりとも侵入できん」
「結界なら、解除する方法はあるはずよ」
シルフが自信ありげに反論する。
「私に任せてくれれば……」
だが、マクマリスは首を横に振った。
「普通の結界であればな。だが、あれは古代エルフの叡智を用いた特級品だ。私でもそう易々と解ける代物ではない」
「じゃあ、どうやって許可をもらうつもりですか?」
ロイが不安そうに尋ねる。力づくでの突破が不可能なら、手詰まりだ。
マクマリスは、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「今から向かう鉄鋼共和国に、ディネルースの側近、ララノアが来ている。彼女と取引をして、中に入れてもらう手筈だ」
「えっ?」
ロイが目を丸くする。
「どうしてララノアって人が、鉄鋼共和国にいることを知ってるんです?」
マクマリスはフードの奥で片目をつむり、人差し指を立ててみせた。
「ロイ、私は魔王だぞ? 千里眼くらい使えなくてどうする」
「せ、千里眼……!」
「それに、これくらいのことが分からなければ、貴様を補佐するために同行している意味がないだろう」
「さ、さすが魔王さん……!」
ロイは純粋に感心し、尊敬の眼差しを向ける。
マクマリスは内心で苦笑した。これは千里眼などではない。「一周目の記憶」という、残酷な未来の成果に過ぎないのだ。
「……それとな」
マクマリスは付け加えた。
「私は鉄鋼共和国のヘギルという王に、個人的に話したいことがある。しばらく席を外すが、気にするな。水の都に向けて発つまでには合流する」
「分かりました!」
無邪気なロイを見ながら、マクマリスは冷徹な計算を走らせていた。
ヘギル。金に汚いが腕は確かな男。彼をどう動かすかが、機械生命体に対抗する鍵となる。
◇
『アルゴス』は、黒い煤煙に覆われた巨大な工場地帯、ドワーフ鉄鋼共和国へと降り立った。
空を覆う煙突の群れ、絶え間なく響くプレス機の重低音。そこは、自然と共生する島国とは対極にある、鉄と欲望の都だった。
「ガハハ! よく来たな、珍しい客たちよ!」
高層ビルの最上階にある豪華なオフィス。
一行を出迎えたのは、ドワーフの伝統的な鎧ではなく、仕立ての良い高級スーツを着こなし、金色の歯を見せて笑う男――この国の「ボス」、ヘギルだった。
「てめぇ……!」
ガガンはヘギルを見るなり、顔を真っ赤にして激昂した。
「ドワーフが商人の面をしてんじゃねえ! 誇りはどこへやった!」
「誇りじゃ腹は膨れねえよ、田舎モン」
ヘギルは涼しい顔で極太の葉巻を吹かした。
ヘギルの案内で、一行は工場を視察することになった。
そこは、熱気と騒音の坩堝だった。
ベルトコンベアが流れ、巨大なアームが火花を散らして鉄を加工していく。
「す、すごい……! この生産ライン、完全に自動化されている!」
「見てくれ、この加工精度。夢のようだ!」
ガイアスの技術兵たちは、未来的な光景に興奮を隠せない。
一方で、ガガンは吐き捨てるように言った。
「こんなものは武器じゃねえ。ただの鉄クズだ。使い手の命を預かる覚悟がねえ……」
その視察の最中、密偵に扮したマクマリスが、喧騒に紛れてさりげなくヘギルに近づいた。
「ヘギル殿」
「あん? なんだ、あんた」
マクマリスは声を潜めた。
「……ガイアス王国では現在、深海を潜航できる船、潜水艇の開発を進めているのですが、水圧の問題で苦戦しておりまして」
「潜水艇だぁ?」
ヘギルは眉をひそめた。
「ええ。貴殿の技術力なら、作れるのではありませんか?」
ヘギルは鼻を鳴らし、葉巻の灰を落とした。
「ここは武器屋だぜ? そんなもん作ったことねえが……ま、金を弾むってなら考えてやらなくもねえ」
商売人の目が、値踏みするように光る。
「ただし、表向きは連邦の許可、つまりディネルース様の承認が必要だ。勝手な真似はできねえな」
「分かりました」
マクマリスは即答した。
「ディネルース様の方はこちらで何とかします。金に糸目はつけません、秘密裏に進めていただきたい」
あまりの好条件に、ヘギルは訝しげな顔をした。
「……しかし、なんで潜水艇なんて必要なんだ? いくらでも金を出すなんて、よっぽどのことだろ?」
マクマリスはフードの下で、冷ややかな笑みを浮かべた。
「よっぽどのことですが……商売人のあなた様は、いつも依頼主の詮索をされるので?」
ヘギルはハッとして、すぐにニカっと笑った。
「いやいや、失敬。金さえ貰えれば、潜水艇の使い道なんて興味はない。……今のは忘れてくれ」
「商談成立ですね」
「ああ。設計図引いて待ってるぜ」
二人は短く頷き合い、離れた。
マクマリスは確信した。この男は使える。金さえ積めば、地獄の底まで案内してくれる船だって作ってくれるだろう。
次なる一手。魔導砲の設計図を渡すタイミングを計りながら、マクマリスは工場の奥へと進んでいった。
【次回の予告】
「未来の貴様は天才だったぞ。」
鉄鋼共和国の夜。
マクマリスがヘギルに突きつけたのは、「彼自身の死に様」と「彼自身が描くはずだった未来の設計図」。
死の恐怖も、天才的な技術への好奇心には敵わない。
ヘギルは笑う。
「へっ、未来の俺はいい仕事をするじゃねえか」
そして一行は水の都へ。
冷徹な議長ディネルースとの交渉を前に、マクマリスがロイに告げる。
「信用はするな。だが、私がついている」
かつて魔界で殺し合った魔王と氷のように冷たい女が相まみえる!
未来からの設計図と、鉄屑の証明。
第59話は、明日の21時40分更新です!
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