第57話:その魔王は死を予約する。~桜の剣豪と未来の傀儡~
【前回までのあらすじ】
桜舞う国・オウカに到着した一行。
マクマリスはそこで、一周目で救えず、感謝されながら死なせてしまった女性・暁月と再会する。
「今度は見捨てない」
思わず漏れた贖罪の言葉を、ロイに「恋」だと勘違いされながらも、魔王は悲劇の回避を誓うのだった。
案内されたのは、枯山水の庭園を臨む静謐な茶室だった。
源流は正座し、流れるような所作で茶を点て始めた。
湯気が立ち上り、抹茶の香りが冷たい空気に溶けていく。
張り詰めた沈黙の中、密偵に扮したマクマリスが口を開いた。
「源流殿。一つ、不躾ながらお伺いしたい」
「申してみよ」
「貴殿ほどの武人が、なぜ……拷問と死体利用を是とする連邦側に与しているのですかな?」
源流は茶筅を動かす手を止めず、水面のように静かな声で答えた。
「泥沼の戦争を始めたのは、帝国の覇王アンドレアゆえ」
「覇王にも、彼なりの大義があったのでは?」
「大義とて、先に剣を抜き、他国を侵略してよい道理にはならぬ」
源流は茶碗をマクマリスの前に置いた。
「武士道とは、守るための剣。侵略者に加担することはできぬ」
その頑固なまでの正義感に、マクマリスは内心で苦笑した。
(親友を殺した張本人に仕えているというのに、融通の利かない男だ)
だが、その愚直さが彼を強くしているのも事実だろう。
(この先、私が真実を告げた時……この鋼のような信念がどう折れ、どう生まれ変わるか。見ものだな)
マクマリスが茶碗に手を伸ばした、その時だった。
――ギャアアアアアッ!!
茶室の静寂を切り裂く、獣の咆哮のような絶叫が響き渡った。
源流は眉一つ動かさなかったが、ロイたちの顔色が変わる。
(ほう……)
マクマリスは茶をすすりながら、冷静に分析した。
(部下からの報告には聞いていたが、なかなかの悲鳴だ。我が魔界の『苦痛の聖歌隊』にも引けを取らない美声だな)
マクマリスがそんな不謹慎な感想を抱いている間に、ロイとガガンがたまらず立ち上がった。
「今の声は!? まさか……!」
「拷問か!? やめさせねえと!」
彼らは源流の制止も聞かずに、悲鳴の聞こえた庭の奥にある別棟へと走り出した。
◇
マクマリスが遅れて別棟――拷問施設へと足を踏み入れると、そこはすでに火薬庫のような状態だった。
鉄格子の向こうに広がる凄惨な光景に激昂したロイやアレフの騎士たちが剣を抜き、対する施設のサムライたちも一斉に抜刀し、殺気を放っている。
「どけ! その人を解放しろ!」
「部外者が。斬られたくなければ引け!」
怒号と金属音が交錯する寸前だ。
(やれやれ。血の気の多いことだ)
マクマリスはフードの下で小さく溜息をついた。
(ここで騒ぎを起こせば、ディネルースとの交渉どころではない。全てが水泡に帰す)
彼は掌を袖の中に隠し、密かに魔力を練り上げた。
無詠唱の衝撃魔法で、双方の武器を弾き飛ばし、強引に場を収めるつもりだった。だが、ふと別の考えが頭をよぎる。
(……待てよ。これは好機か?)
あのサムライの長、源流。
覇王アンドレアと渡り合ったという男の実力を、少し揺さぶって試してみるのも悪くない。
(もし収拾がつかなくなれば、その時は真実を突きつけて黙らせるまでよ)
マクマリスは目を細め、指先に攻撃魔法の魔力を収束させた。
その、刹那。
「――やめよ」
凛とした声が、張り詰めた空気を凍りつかせた。
音もなく、風もなく。
いつの間にか現れた源流が、ロイたちとサムライの間に割って入っていた。
「げ、源流殿……!」
サムライの一人が声を上げる。
源流は静かに、しかし雷鳴のような威圧感を持って一喝した。
「刀を納めよ。……我が国で、客人に刃を向けるなど恥を知れ」
その一言で、殺気立っていたサムライたちが萎縮し、慌てて刀を鞘に納め、その場に平伏した。
絶対的な統率力。
ロイもまた、源流の放つ静かな気迫に圧倒され、仲間たちに剣を収めるよう目配せした。
場が鎮まったのを確認すると、源流はゆっくりと振り返り、入り口付近に立っていたマクマリスの方へと向き直った。
その鋭い眼光が、フードの奥にあるマクマリスの瞳を正確に射抜いた。
「……其処な御仁」
源流の節くれだった手が、愛刀の鯉口に触れる。
チャリ、と微かな金属音が鳴っただけで、マクマリスの肌が粟立った。
「随分と……禍々しい気をお持ちだ」
源流は距離を詰めず、ただ見据えるだけでマクマリスを拘束する。
「ただの密偵ではあるまい。……相当の手練れとお見受けする」
(……ッ!)
マクマリスは冷や汗が流れるのを感じた。
魔力を込めたのは、ほんの一瞬。しかも袖の中で隠蔽していたはずだ。
この男は、それを正確に感知し、さらにその奥にある「魔王」としての底知れなさまで見抜こうとしているのか。
(これが剣聖の勘、というやつか。……厄介だな)
マクマリスは瞬時に掌の魔力を霧散させ、わざとらしく肩をすくめてみせた。
声色を、卑屈で軽いものに変える。
「買い被りですな、源流殿。……私はただの、中間管理職の密偵ですよ」
マクマリスは頭をかきながら、へらへらと笑った。
「名はマクと申します。上司の使い走りで、胃の痛い毎日を送るしがない男です。……護身用の魔道具を少し持っている程度でして」
源流は、じっとマクマリスを凝視していた。
その視線は、マクマリスの魂の形まで探ろうとするかのように鋭かったが、やがてふっと殺気を消した。
「……そうか。無礼を許せ」
源流は鯉口から手を離した。
(見逃されたか、あるいは泳がされたか……)
源流は今度はロイに向き直り、静かに、しかし厳しく告げた。
「……見苦しいものを見せた。だが、これが戦争だ。綺麗事だけで人は守れん」
彼は牢獄の中で呻く捕虜たちを一瞥した。
「それを理解できぬなら、早々に立ち去るがいい。……この国は、貴殿らのような光の住人がいていい場所ではない」
その背中には、汚れ役を引き受ける覚悟と、隠しきれない悲哀が滲んでいた。
◇
源流の配慮もあり、一行はそれ以上のトラブルなく解放され、城下の外れに停泊していた『アルゴス』へと戻った。
出航の準備が進む甲板。
マクマリスは、船縁にもたれてオウカの街並みを見つめていた。
そこへ、二人の魔族の密偵が音もなく近づいてくる。
「マクマリス様。……いかがなさいましたか?」
マクマリスは視線を外さずに、小声で命じた。
「あのサムライ……源流のことだ」
密偵たちが緊張する。
「はっ」
「この先の機械生命体との戦いで、もし奴が死ぬことがあれば……死体は確実に回収しろ」
密偵の一人が問う。
「ネクロゴンドの長と同じく、頭部を、でしょうか?」
「いや」
マクマリスは首を横に振った。
「奴の場合は、五体満足が良い。あの神速の剣技は、脳だけでなく、鍛え上げられた肉体に染み付いているものだ」
マクマリスは、先ほど対峙した時の戦慄を思い出していた。
「アンデッドではなく、アルフィリオンの持つコアを使って『ゴーレム』として起動させれば……相当な戦力になる」
(惜しい男だが、あの頑固な性格だ。生きたまま味方にするのは骨が折れる)
マクマリスは冷徹な計算を弾き出した。
(……死んでからの方が、使い勝手は良さそうだ)
彼はフードを直し、仲間たちの方へ向き直った。
そこには、いつもの頼れる参謀の顔があった。
「よし、出航だ! 次はここから北東、『ドワーフ鉄鋼共和国』へ向かう! 水の都はそのあとだ!」
ゴオオオオッ……!
魔導エンジンが唸りを上げ、『アルゴス』が大量の桜吹雪を巻き上げて浮上する。
眼下に広がる美しい桃色の国。
そこに住む最強の剣豪に「死の予約」を入れ、マクマリスは次なる目的地を見据えた。
欲望と鉄の国。そして因縁の「魔導砲」が生まれた場所へ。
マクマリスの歴史改変の旅は、まだ終わらない。
【次回の予告】
「魔王のスキル:千里眼(※中身はただの一周目の記憶)。」
難攻不落の「水の都」へ入るため、マクマリスが示した攻略ルートは完璧だった。
「なぜ知っているの?」と驚くロイに、彼は不敵に笑う。
「魔王だからな(二周目だからな)」
そして煤煙の街で始まった、ドワーフ王ヘギルとの裏取引。
マクマリスが金に糸目をつけず発注した、深海へ挑むための「船」とは?
鉄と欲望の国。魔王、未来を買う。
第58話は、明日の21時40分更新です!
◾️面白かったら下の☆☆☆☆☆で応援をお願いします! 次話執筆の励みになります!




