第54話:その魔王は種を蒔く。~二周目のスローライフ~
【前回までのあらすじ】
進化した機械生命体の圧倒的な力の前に、人類軍は全滅した。
しかし、魔王マクマリスは死の瞬間に発動した禁術により、過去へと帰還する。
「未来の記憶」を持ったまま、会議の日へ戻った彼は、即座に歴史改変に着手。
悲劇を回避するため、ロイたちの旅に同行する、魔王による「強くてニューゲーム」が幕を開けた。
魔導飛行艇『アルゴス』が雲海を抜け、大陸西端のハーフリング領へと降下していく。
眼下に広がるのは、一面の黄金色。風に揺れる麦畑は、平和そのものの光景だ。
だが、舷窓からそれを見下ろすマクマリスの瞳には、全く別の光景が重なっていた。
(……ここだ。あの日、海から奴らが這い上がってきた場所)
美しい麦畑が、銀色の機械生命体に踏み荒らされ、紅蓮の炎に包まれる未来。
マクマリスは、フードの下で静かに拳を握りしめた。
「今回は踏ませはしない。一本の麦たりともな」
着陸した一行を出迎えたのは、やはりあの男だった。
泥だらけの作業着、小柄な体躯。ハーフリングの王、タフリン。
「客人は久しぶりだ。戦時下のため大したもてなしはできないが、ゆっくりされよ、異国の王子よ」
ロイにとっては一言一句違わぬ挨拶。
マクマリスは内心で安堵しつつも、この平和な日常が薄氷の上にあることを痛感していた。
◇
歓迎の宴は、村の公民館で開かれた。
採れたての野菜、焼きたてのパン。素朴だが生命力に溢れた料理が並ぶ。
「美味い! このカボチャの煮付け、最高だぜ!」
ドワーフのガガンは、ジョッキを片手に、テーブルの料理を次々と平らげていく。
その豪快すぎる食べっぷりに、マクマリスは呆れを通り越して感心していた。
(……ドワーフという種族に、好き嫌いという概念はないのか? よくもまあ、あんな量を……)
ふと、そんなどうでもいい疑問を抱いている自分自身に、マクマリスは驚いた。
かつての自分なら、このような下等種族の宴など見向きもしなかっただろう。だが、一度死線を潜り抜けた今、この騒がしさが少しだけ心地よかった。
視線を移すと、ロイがタフリンの横で、真剣な表情で話を聞いている。
王とは何か、民とは何か。タフリンの哲学を吸収しようとするその姿勢。
(学べ、ロイ。これからお前が背負うものは重い。今のうちに、その細い肩を鍛えておくことだ)
マクマリスはグラスを傾け、師のような眼差しで若き英雄を見守った。
◇
この地に降り立ってから数日が過ぎ、ロイが農作業に汗を流している裏で、マクマリスは動いた。
人気の少ない夜の森。彼は二人の魔族の密偵を呼び出した。
「次の目的地は、ネクロゴンドだ」
マクマリスの声は、氷のように冷徹だった。
「あそこを治めるダークエルフの長、アルフィリオン……奴は、我らの悲願である『反魂の術』の使い手だ。私が開発した術式以上に安定し、魂の定着率が高い」
密偵たちが頷く。
「では、彼を仲間に引き入れるので?」
「それが最善だ。だが、奴はディネルースに心酔している。一筋縄ではいかんかもしれん」
マクマリスは、前回の「絶叫」を思い出した。
瓦礫の山、首から上が吹き飛んだ死体。砕け散った希望。
あんな思いは二度とごめんだ。
「いいか、よく聞け」
マクマリスは二人に顔を近づけ、鬼気迫る形相で厳命した。
「もし交渉が決裂し、戦闘になった場合……あるいは、この先の戦いで奴が命を落とすようなことがあった場合」
「……は、はい」
「奴の『頭部』だけは、何があっても守り抜け。胴体などどうでもいい。脳だけは、傷一つ付けるな」
「と、頭部……ですか?」
「そうだ。貴様らの命に代えてもだ。……よいな?」
あまりの剣幕に、密偵たちは震え上がりながらも深く平伏した。
「ぎょ、御意!!」
◇
出発の日。
数日間の農作業ですっかり日に焼けたロイに、タフリンは一袋の麦の種を手渡した。
「迷った時は、思い出せ。どんな立派な理想も、まずは土を耕し、種を蒔かねば実らないということをな。焦るなよ、ロイ」
その言葉を聞きながら、マクマリスはタフリンを見た。
(……種を蒔く、か。確かにそうだ)
マクマリスもまた、今、未来への種を蒔いている最中なのだ。
潜水艇の開発、アルフィリオンの頭脳の確保、そしてロイの成長。
どれが芽を出し、未来を変える大樹となるかはまだ分からない。だが、蒔き続けねばならない。
『アルゴス』のエンジンが唸りを上げる。
「行くぞ。次は死の森だ」
マクマリスが密偵に変装し、フードを目深に被る。
船は上昇し、黄金色の畑が見る見るうちに小さくなっていく。
次にここへ戻ってくる時は、決して機械の軍勢になど踏ませはしない。
マクマリスは遠ざかる大地に、静かに誓った。
【次回の予告】
「綺麗な正義か、汚れた勝利か。」
ネクロゴンドで目にする数千のアンデッド兵。
死者を冒涜する光景に怒るシルフとは対照的に、マクマリスは冷徹に「戦力」として評価する。
そして、アルフィリオンとの危険な交渉。
一触即発の空気の中、マクマリスが狙うのは「アビス・ゴーレムのコア」。
魔王が、ロイたちに非情な現実を突きつける!
死者の軍団と、魔王の交渉術。
第55話は、明日の21時40分更新です!
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