第53話:その魔王は時を遡る。~死に戻りからの「強くてニューゲーム」~
【前回までのあらすじ】
進化した機械生命体の圧倒的な絶望の前に、人類軍は崩壊した。
サイロスとシルフは互いを庇って散り、覇王アンドレアも魔王に背中を預けて力尽きた。
全滅した戦場で、最後の一人となったマクマリス。
彼は敗北のデータを記録し、「次は勝つ」と不敵に笑って銀色の刃に貫かれた。
目を開けると、そこは静寂に包まれていた。
見覚えのある高い天井、格式高い調度品。窓から差し込む穏やかな日差しが、塵をキラキラと照らしている。
マクマリスは、自分がアレフ王国の迎賓室にある天蓋付きのベッドに横たわっていることを認識した。
「……戻った、か」
身体を起こそうとすると、衣服が湿って重い。
視線を落とせば、漆黒のマントと礼服はズタズタに切り裂かれ、ドス黒い液体でぐっしょりと濡れていた。機械生命体のオイルと、自身の血が混じり合った、未来の戦場の臭いが鼻をつく。
だが、その下の皮膚には傷一つない。滑らかで、生気に満ちている。
コンコン。
不意に、控えめだが硬いノックの音が響いた。
「マクマリス様、お目覚めでしょうか? 円卓の間に各国の指導者様がお揃いです」
入ってきたのは、供をしていた魔族の側近だった。
彼は主君の姿を見るなり、悲鳴を上げそうになって口元を押さえた。
「マ、マクマリス様!? そのお姿は……! 敵襲ですか!?」
「騒ぐな。……着替えを用意しろ」
マクマリスは口元を歪めた。鏡を見ずとも分かる。今の自分は、地獄から這い戻った亡者のような顔をしているだろう。
(成功だ。時空間操作術の禁じ手『時間逆行の印』。私の死をトリガーに発動する、最初で最後の賭けだったが……)
彼は右手を強く握りしめた。そこには、ひんやりとした硬い感触がある。
小さな記録用の魔導具。
未来で記録した、機械生命体の戦術、進化の過程、弱点、出現予測地点、そして――人類敗北の歴史。
「……フッ、ハハハ」
思わず、乾いた笑いが漏れた。勝てる。これがあれば、あの絶望を覆せる。
「マクマリス様……?」
側近が怯えたように声をかける。マクマリスは瞬時に真顔を作り、彼を見据えた。
「いや、なんでもない。……指導者が集まっていると言っていたが、今日は何の会議だ?」
「は、はい。大陸への使節団派遣を通達するとおっしゃっておりましたが……」
側近は主君の全身を覆う血糊を見て、言い淀んだ。
「失礼ながら、本当にお身体はよろしいので? 医者を……」
「貴様は私が悪そうに見えるのか?」
マクマリスが低い声で問うと、側近は背筋を伸ばして首を振った。
「い、いえ。滅相もございません! 以前にも増して、力が満ち溢れているように見受けられます!」
「ならば良い。急ぐぞ」
マクマリスは窓の外、平和なアレフの城下町を見やった。
あそこも、未来では燃え尽きた場所だ。
「歴史を書き換えに行かねばならん」
◇
新しい礼服に着替えたマクマリスは、円卓の間へと足を踏み入れた。
重厚な扉が開くと、そこには島の指導者たちが勢揃いしていた。
アレフドリア十五世、ガイアス王、トーザ王、ゴンドラ王、そしてクリアの長老。
(……生きている)
マクマリスの胸に、熱いものが込み上げた。
私を逃がすために結界を張って散った長老。桜の丘で敵を食い止め続け、退くことを拒んだゴンドラ王。そして、アルゴスと共に空に散ったガイアス王。
私を信頼し、老体を押して最後まで剣を振るっていたアレフドリア十五世も、今は健在だ。
「遅いぞ、魔王殿」
ゴンドラ王が太い声で言う。その不機嫌そうな声を聞くだけで、マクマリスは不思議な安堵感を覚えた。
「待たせたな。……少し、未来を見てきたものでな」
マクマリスが席に着きながら言うと、アレフドリア十五世が怪訝そうに眉を寄せた。
「未来とな? またご冗談を」
マクマリスは以前と同じように、だがより深刻で、重みのある口調で切り出した。
「諸君に問う。この海の向こうに何があるか」
そして彼は語った。大陸の情勢だけでなく、そのさらに先にある「真の脅威」について。
「すべてを喰らう異形の軍勢、機械生命体。奴らは慈悲を持たない。このままでは、我々は遠からず滅びる」
その迫真の説得力は、前回とは比べ物にならなかった。彼の目には、実際に地獄を見てきた者だけが宿す、底知れぬ深淵があったからだ。
王たちは息を呑み、魔王の言葉に聞き入っていた。
「ゆえに、大陸への使節団を編成する」
マクマリスは断言した。
「帝国か連邦か、どちらに味方するかではない。『戦争そのものを止めさせる』のだ。全人類が力を合わせねば、奴らの数は止められない」
◇
マクマリスは壁際に控えていた者たちに視線を送った。
「ロイ王子。私の首をとりに来た君の仲間たち――ガガン、シルフ、アレフとトーザの者たちを再び招集する。これで八名」
次にガイアス王に目を向ける。
「ガイアスからは、最新の魔導技術に精通した者を三名出してもらいたい」
「了解した。腕利きを選抜しよう」
マクマリスは全員を見渡した。
「我が配下からも二名加える。諜報と魔術に長けた、人の姿に近い穏健派の魔族だ。そして――」
一呼吸置き、彼は告げた。
「私も同行する」
会議室がざわめいた。椅子を鳴らす音が響く。
「魔王殿が自らか!?」
「ああ。ただし、魔王としてではない。魔族の密偵の一人として同行する。使節団に魔王がいるとなると、向こうも警戒して話が進まんからな」
アレフドリア十五世が顎を撫でながら納得する。
「確かに……魔王殿が人類と手を結ぶなど、向こうの人間には信じられぬだろうな」
ドーザ王が苦笑した。
「当然だ。正直なところ、私自身が未だに半信半疑なんだからな」
マクマリスはドーザ王を鋭く見据えた。
「信じようが信じまいが、奴らは来る。備えねば死ぬだけだ」
そしてマクマリスはロイを見た。まだあどけなさの残る、しかし芯の強さを秘めた少年。
「ロイ王子。君の負担を少しでも減らすため、参謀役が必要だろう? 総勢十四名。それが新しいチームだ」
「僕は……あなたを完全に信じたわけではありません」
ロイは真っ直ぐにマクマリスを見返した。
「でも……同行してくれるなら、心強いです!」
屈託のない笑顔。マクマリスは内心で苦笑した。この若者が、後にどれほどの修羅場を潜り抜け、どれほどの喪失を経験することになるかを知っているのは、この世界で自分だけなのだ。
◇
会議が終わった後、マクマリスはガイアス王を呼び止めた。
「ガイアス王。貴国の技術力を見込んで、一つ頼みがある」
「なんだろうか?」
「先日伝えていた空飛ぶ船の建造と並行して……『海の中を深く潜航できる船』の建造は可能か?」
ガイアス王は目を丸くした。
「潜水艇か……。小型のものならあるが、外洋の深海に耐えうるものとなると、作ったことがないな。水圧の問題もある。理論上は不可能ではないと思うが……」
「結構だ。開発に着手してくれ。予算ならいくらでも出す」
「ふむ……何か、海の底にあるのかね?」
「ああ。諸悪の根源がな」
マクマリスは海の方角を睨んだ。
前回、防壁をすり抜けられた最大の敗因は、敵の母船が海底にあったことだ。
(今度は待ってはいない。こちらから迎えに行ってやる)
◇
それから一ヶ月後。
ガイアスの港には、懐かしき魔導飛行艇『アルゴス』が停泊していた。
マクマリスにとっては「久しぶり」の、他の者にとっては「最新鋭」の翼だ。潮風がマントを揺らす。
「マクマリス殿」
見送りに来たガイアス王が、設計図を片手に歩み寄ってきた。
「例の潜水艇だが……やはり難航している。想定以上の水圧に耐える素材の選定に時間がかかりそうだ」
「構わん。今は『アルゴス』の完成を優先してくれたことに感謝する。潜水艇は引き続き頼む」
「うむ。必ず完成させてみせよう」
マクマリスは甲板に上がり、集まった十三人の仲間たち――ロイ、ガガン、シルフ、ガイアス兵、魔族の密偵、そして自分を含めた十四人の同志たちを見渡した。
彼らはまだ知らない。自分たちが一度は敗北し、死に絶えた未来があったことを。
「諸君」
マクマリスが声を張り上げた。
「我々の任務は、大陸の戦争を終わらせることだ。困難な道のりだが、必ず成し遂げられる」
マクマリスはフードを目深に被り、密偵に変装してみせた。
「私は魔王としてではなく、魔族の密偵として同行する。大陸の連中の前では、くれぐれも接し方に気をつけてくれ。……必要があれば、自ら正体を明かす」
彼は拳を握りしめ、心の中で誓った。
(今度こそ、誰も死なせはしない。アルフィリオンの脳も、覇王の命も、この世界の未来も……すべて私が守り抜く)
「出航だ!」
ゴオオオオオッ……!
エンジンが唸りを上げ、『アルゴス』がゆっくりと浮上する。
二度目の旅路。
未来の記憶を持つ魔王の指揮の下、歴史を変えるための戦いが、静かに幕を開けた。
【次回の予告】
「種を蒔く王子。脳を狙う魔王。」
大陸ハーフリング領での穏やかな宴。
ロイがタフリン王から未来への「種」を受け取るその裏で、マクマリスは冷徹な計算を巡らせていた。
次の目的地は死の森。標的は賢者アルフィリオン。
「交渉が決裂した場合、胴体はいらん。頭部だけ回収しろ」
最強の術師を確保するため、魔王が下した合理的かつ非情な命令とは?
平和な麦畑と、生首のオーダー。
第54話は、明日の21時40分更新です!
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