第52話:その魔王は死を嗤(わら)う。~全滅の記録~
【前回までのあらすじ】
白亜の巨塔とアルゴス艦が陥落し、空に残る希望はロイただ一人。
地上では、撃墜された覇王アンドレアを魔王マクマリスが救出していた。
「チェックメイト」を宣言する魔王と、それを笑い飛ばす覇王。
魔界、人類。それぞれの最強が背中を預け合い、終わりの見えない銀色の波へと、最後の戦いを挑む。
白亜の巨塔、北側。
魔法剣士部隊は、隊長サイロスと副官シルフの超人的な奮闘により、かろうじて全滅を免れていた。だが、それも時間の問題だった。
南と東から雪崩れ込んできた機械生命体の大群が合流し、彼らを完全に包囲していたのだ。
「隊長! もう魔力が持ちません!」
「右翼、突破されます!」
悲鳴と共に、一人、また一人と同志たちが銀色の波に飲み込まれていく。
サイロスは雷を纏った剣で眼前の敵を薙ぎ払いながら、荒い息を吐いた。
「まずい……。このままじゃ押し切られる。何か策を考えなければ……」
その時だった。背中を預けていたシルフが、空を見上げて絶叫した。
「ロイーーッ!!」
サイロスが弾かれたように振り返ると、シルフの視線の先――鉛色の空から、白い巨体が落下していくのが見えた。
最後の希望だった白竜シャヴォンヌだ。
無数の敵に翼を食いちぎられ、鮮血を撒き散らす白い流星となって、地平の彼方へと墜落していく。
「嫌……嘘よ……!」
シルフの目から光が消え、膝から崩れ落ちる。
心の支えを失った彼女の隙を、無機質な殺意が見逃すはずもなかった。
目の前の銀色の影が跳躍する。鋭利なブレードが、無防備な彼女の首を狙って振り下ろされる。
「させないッ!!」
サイロスは叫び、雷光のごとく割り込んだ。
魔法剣を一閃させ、敵のコアを守るベールごと突き破り、破壊する。
「シルフ! 立つんだ! 最後まで諦めるな!」
サイロスが肩を揺さぶるが、シルフは両腕で自分を抱きしめ、ガタガタと震えているだけだった。
「ロイ……ガガン……長老……みんな、いなくなっちゃう……」
完全に戦意を喪失していた。
だが、機械生命体は待ってくれない。
キシャアアアッ!
数体の敵が同時に襲いかかる。
サイロスはシルフを背に庇い、必死に剣を振るった。
「やらせるか! 私の命に代えても、彼女だけは!」
しかし、多勢に無勢。サイロスの体にも無数の切り傷が刻まれていく。
その時、一体の機械生命体が、遠距離から胸部を展開し、予備動作に入ったのが見えた。狙いは――うずくまるシルフ。
高圧水流カッターだ。
(間に合わない――!)
サイロスは剣を捨て、シルフに向かって飛び込んだ。
「危ない!」
彼はシルフを抱きかかえるように覆い被さる。
シュッ。
水流がサイロスの背中の装甲を切り裂く。
だが、それだけではなかった。
その隙を突き、別の個体が背後からサイロスに肉薄していた。
ドスッ!
鈍く、重い音がした。
肉が裂け、骨が砕ける音。
地面に仰向けになっていたシルフは、呆然と見上げた。
自分に覆い被さるサイロスの胸から、銀色の無機質なブレードが突き出しているのを。
ポタリ、ポタリと、赤い血がシルフの頬に落ちる。
「サ、サイロス……!?」
サイロスは苦痛に顔を歪めながらも、シルフを見て微笑もうとした。
「逃げ……て……」
口からごぼりと血が溢れる。
「……ッ!」
サイロスは最期の力を振り絞り、自身の体を貫いた敵を道連れにするように立ち上がった。
落ちていた魔法剣を拾い上げ、雷を纏わせて敵のコアに突き立てる。
相打ち。敵が爆発する。
だが、その衝撃でよろめいた彼の体に、別の機械生命体のブレードがさらに突き刺さる。一本、二本……。
「シルフ……殿……。生き……て……」
彼の体から力が抜け、シルフの腕の中へと倒れ込む。
その瞳は、もう何も映していなかった。
「サイロス! 目を開けて! ねえ、約束したじゃない! 二人で旅に行くんでしょう!?」
シルフが泣き叫び、体を揺さぶる。だが、返事はない。
泣き崩れる彼女を取り囲むように、無数の赤い光――機械生命体の群れが迫っていた。
絶望が、彼女を飲み込んだ。
◇
戦場の後方。
そこには、鉄屑の山を築いた二人の王が立っていた。
だが、その動きは明らかに鈍っていた。
「ハァ……ハァ……!」
アンドレアの剣速が落ちる。雷の輝きも弱々しい。
どれだけ倒しただろうか。千か、万か。
周囲は機械生命体の残骸で山ができているが、それでも銀色の波は途切れることなく押し寄せてくる。
「そろそろ……限界のようだな」
マクマリスもまた、魔力が枯渇し、肩で息をしていた。眼鏡にはヒビが入り、マントはボロボロだ。
「泣き言を言うな……俺は、まだ……!」
アンドレアが咆哮し、大剣を高く振り上げた。
その、一瞬の隙だった。
アンドレアの足元、死角となる機械生命体の残骸の下から、半壊した個体が飛び出したのだ。
下半身を失いながらも稼働していたその個体は、最後の力で腕のブレードを突き出した。
ズプッ。
甲冑の隙間、脇腹の装甲の継ぎ目に、冷たい刃が深々と突き刺さった。
「が……っ……」
覇王の巨体が揺らぐ。
大剣が手から滑り落ち、地面に突き刺さる。
「アンドレア!」
マクマリスが指を弾き、空間魔法で敵を弾き飛ばすが、遅かった。
傷は深い。内臓を抉られている。
アンドレアは突き刺さった大剣を杖にして、なんとか踏ん張ろうとしたが、膝から崩れ落ちた。
口から大量の血が溢れる。
「……悪い……魔王……。先……に行くぞ……」
アンドレアはマクマリスを見上げ、ニヤリと笑おうとしたが、顔が引きつった。
「馬鹿者が。……貴様が倒れてどうする」
マクマリスの声が震えた。
「へっ……。後のことは……頼ん……だ……」
覇王の手が、マクマリスの腕を掴み、そして力なく滑り落ちた。
人類最強の男、覇王アンドレア。
その猛禽類のような瞳から光が消え、彼は動かなくなった。
大陸を統一した偉大なる王は、その身を鉄屑と血の泥濘に横たえた。
◇
戦場に立っているのは、マクマリスただ一人となった。
周りを見渡しても、動く仲間はいない。
ロイも、アンドレアも、四天王も、ヘギルも、アレフドリア十五世も、ゴンドラ王も。
全員が、銀色の波に飲まれた。
「……ふっ」
全方位を敵に囲まれた絶体絶命の状況で、マクマリスは自嘲気味に笑った。
「全滅、か。……私の計算通り、いや、計算以上の敗北だ」
ガシャガシャガシャッ……。
包囲網が狭まる。数万の刃が、最後の一人である彼に向けられていた。
死は避けられない。
だが、マクマリスの表情に恐怖はなかった。
彼は懐から、隠し持っていた「ある物」を取り出した。複雑な術式が刻まれた、記録用の魔導具だ。
彼は魔導具を強く握りしめ、魔力を込める。
「データは取れた。奴らの戦術、弱点、進化した機能、そして……『敗北の歴史』」
彼は迫りくる無機質な刃の群れを見据え、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
それは敗者の顔ではなく、未来の勝者の顔だった。
「この教訓は――『次』に活かさせてもらう」
ザシュッ!!
無数のブレードが、一斉にマクマリスの体を貫いた。
魔王の体は切り刻まれ、鮮血が舞う。
人類軍は敗北した。
それから間もなく、大陸は機械生命体に埋め尽くされ、文明の灯火は消えた。
……はずだった。
彼の最後の言葉が、ただの負け惜しみでなければ。
物語は、まだ終わっていないのかもしれない。
【次回の予告】
「さあ、歴史を修正するぞ。」
地獄の未来から生還したマクマリス。
会議室には、かつて散っていった王たちが生きて座っている。
感傷に浸る間もなく、彼は即座に「最適解」への行動を開始する。
前回は後手に回った「潜水艇」の開発指示。
そして、ロイたちと共に再び大陸へ。
「今度こそ、誰も死なせはしない」
その誓いと共に、魔王は二度目の旅路へ出発する!
逆行の果てに。魔王、二度目の世界へ挑む。
第53話は、明日の21時40分更新です!
◾️面白かったら下の☆☆☆☆☆で応援をお願いします! 次話執筆の励みになります!




