第37話:その魔王は慈悲を垂れる。~鋼の秘書官~
【前回までのあらすじ】
白亜の巨塔にて、マクマリスは覇王アンドレアに「剣聖・源流の遺体をアンデッド化する」という非情な決断を告げ、苦渋の承諾を得る。
その後、単独で塔の内部を調査した彼は、地下深くに隠された「第十三特別研究棟」を発見。
非人道的な人体実験の痕跡が残るその場所で、マクマリスは暗闇の奥から響く「何か」の物音を耳にするのだった。
開かれた扉の隙間から中を覗く。
手術台のような台座に、一人の女性が座っていた。
淡い水色のショートボブに、片眼鏡。
ディネルースの秘書官、ララノアだ。
彼女は、自身の右足の太ももから下を露わにし、工具で弄っていた。
そこにあるのは肉ではなく、複雑な魔導回路と金属骨格が剥き出しになった「機械の脚」だった。
(……義体か)
マクマリスがわざと足音を立てて部屋に入ると、ララノアは弾かれたように顔を上げ、傍らにあった魔導銃をひっ掴んで銃口を向けた。
「誰!?」
侵入者の顔を見て、彼女の目が凍りつく。
「……魔王、か」
「その物騒な物を下ろせ」
マクマリスは両手を広げて見せた。
「その整備中の体で、私とやり合うつもりか?」
ララノアは一瞬逡巡したが、すぐに銃を下ろし、テーブルに置いた。勝算がないことを悟ったのだろう。
「……賢明な判断だ。まさか、貴様まで生き延びていたとはな」
「貴様『まで』?」
ララノアが眉をひそめる。
「連邦と帝国の戦争で、ディネルースは死んでいなかった」
「っ! ディネルース様が生きているの!?」
ララノアが身を乗り出す。その瞳に、狂信的な光が宿る。
「もう死んでいる。……私が殺した」
マクマリスが淡々と告げると、ララノアの表情が凍りつき、再び手が魔導銃へと伸びた。
「早まるな」
マクマリスの低い声が、彼女の動きを縫い止める。
「ディネルースをやったのは、奴が私を殺そうとしたからだ。私は他の魔族と違い、快楽のために殺しはしない。……貴様が有用なら、殺す理由はない」
「……」
ララノアの手が止まる。
「貴様の命にも興味はない。興味があるのは、この研究施設だ」
マクマリスはカプセルの方を顎でしゃくった。
「あっちで洗脳や恐怖心の除去を行っていたようだが、実用化はできていたのか?」
ララノアは口を閉ざし、睨みつける。
マクマリスは掌にパチパチと魔力を練り上げた。
「……質問に答えないのであれば、殺す」
本気の殺気が、冷たい部屋の温度をさらに下げる。
ララノアは観念したように息を吐いた。
「……重犯罪者や戦争捕虜を被験者として、人体実験を繰り返していたけれど……実用化はできていないわ。精神が崩壊するか、廃人になるかのどちらかよ」
「そうか。実験データは残っているか?」
「ええ、あるわよ。あそこの棚の赤いファイルに全て記録してあるわ。……どうしようっていうの?」
マクマリスは棚へ歩きながら答えた。
「胸糞悪い実験ではあるが、完成できれば、アンデッドのように使い勝手がいい兵士ができる。非常に有用だ」
「……こんな非人道的な実験を有用だなんて、さすがは魔王様ね」
ララノアが軽蔑の眼差しを向ける。
「人道主義者であれば、死霊術など使わんよ」
ファイルを回収したマクマリスは、ララノアの脚を見た。
「その体、義体化していたようだな?」
「ええ。身体の四十%を魔導義体に置換しているわ。魔導義体化実験の一環よ」
「幹部の貴様がなぜやる? それこそ末端の兵士や、捕虜を使えばいい話だ」
ララノアは自嘲気味に笑った。
「当初はそうしていたわ。でも実験は失敗続き。適合せずに拒絶反応で死ぬか、魔力暴走で爆発するか……。ディネルース様から『成果を出せ』と圧力を受けて、仕方なく私が被験体になったのよ」
彼女は金属の脚を撫でた。
「無事に成功したからよかったわ。もっとも、成功例は後にも先にも私だけだけど」
「狙いはなんだ? 戦力増強か?」
「痛覚遮断と出力強化が目的よ。恐怖を感じず、生身の限界を超えた力を出せる兵士……それがディネルース様の望みだった」
「……魔導義体は強度は高いが、メンテナンス性が悪い。生身の治癒力を捨ててまで機械化するのは、長期戦においてコスト高だ」
マクマリスは冷徹に評価した。
「だが、即戦力を揃えるという意味では合理的かもしれん」
ララノアは、別の棚から青いファイルを抜き出し、マクマリスに差し出した。
「この研究結果も必要? 私の義体の設計図と、適合データの記録よ」
「……いいだろう。受け取っておこう」
マクマリスはそれも懐にしまった。
用は済んだ。マクマリスはララノアに背を向け、出口へと歩き出した。
「この塔の上や外には帝国兵がたくさんいる。見つかれば即座に処刑だろうな」
そして、足を止め、振り返ることなく言った。
「それと……機械生命体という、宇宙からやってきた侵略者が、一週間以内にこの大陸にやってくる」
「えっ……?」
ララノアが目を見開く。
「エスペル島の王子様が言ってた話……本当だったわけ!?」
「ああ。奴らは慈悲を持たない。全てを喰らい尽くす」
マクマリスは扉を開け、最後に告げた。
「さっさと壊れた所を直して、逃げることだ。……逃げ場所があるならばな」
扉が閉まる。
残されたララノアは、静寂の中で呆然と座り込んでいたが、やがて震える手で工具を握り直した。
生き残るために。
【次回の予告】
「死してなお、守りたいものがある。……魔王は、禁忌の扉を叩く。」
オウカの丘で、マクマリスが暁月に突きつけた残酷な要求。
それは、オウカの先代長にして暁月の育ての父・源流の遺体を「アンデッド」として戦力化することだった。
泣き叫び拒絶する彼女に、魔王がかけた不器用すぎる「説得」とは?
一方、工場でヘギルに新兵器の設計図を強要するマクマリス。
「今すぐ書け。さもなくば殺して脳から奪う」
その焦りは、勝利への執念か、それとも敗北を見越した「遺言」なのか――?
墓前の誓いと、天才への脅迫状。
第38話は、明日の21時40分更新です!
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