第32話:その魔王は故郷を捨てる。~鋼鉄の捕食者と燃える島~
【前回までのあらすじ】
平和の象徴であるはずの防壁を越え、海から現れた「機械生命体」。
ガイアス王国は瞬く間に壊滅し、エスペル島の全戦力を結集したドーザ砂漠での防衛戦も、無限に湧き出る敵の物量に飲み込まれていく。
倒しても蘇る銀色の波を前に、マクマリスは自らの計算が現実のものとなったことを悟るのだった。
ドーザが陥落し、銀色の波は東のアレフ王国へと迫っていた。
その正門前に、マクマリスは一人立っていた。
「……やれやれ。私の失態とはいえ、まさかこの私が、下等生物どもを守るために命を張ることになるとはな」
彼は懐からアビス・ゴーレムのコアの欠片を取り出した。
「来い、ガングダード!」
大地を割り、先代魔王のゴーレムが出現する。さらに、自身がストックしていた全アンデッドを召喚した。
「さて、どの程度、時間を稼げるか……」
マクマリスを視認した数千の機械生命体が、一斉に押し寄せる。
その波に向けて、マクマリスの古代時空間操作術が唸る。
「空間破壊魔法、ディメンション・ブレイク!」
空間ごと押し寄せた数千の機械生命体が一瞬でねじ切られる。
しかし、後続は機械生命体の残骸を乗り越え、次々と銀色の波となって迫ってくる。
「アンデッドどもは私の左右を警戒しろ! ガングダードは私が動きを封じた奴らを切り刻め!」
マクマリスが魔法を詠唱する。
「時間停止魔法、クロノ・スタシス!」
前面広範囲にわたって停止した時間の空間を作ると、ガングダードの剛腕が数千、数万の敵を粉砕していく。
まさに一騎当千。
マクマリスは叫ぶ。
「ここから先は通さん!」
◇
アレフ王国の船着場は、この世の終わりのような喧騒に包まれていた。
三隻の巨大な魔導飛行艇『アルゴス』のエンジンが重低音を響かせ、周囲の空気を震わせている。
タラップの周辺には、我先にと乗り込もうとする避難民たちが溢れかえり、それを制止する兵士たちの怒号が飛び交っていた。
「押し合うな! 順序よくだ!」
「私の子供がまだあっちに!」
「早く乗せてくれ! 奴らが来るぞ!」
その混乱の最中、煤と脂汗にまみれたアレフ騎士長が、アレフドリア十五世の元へ駆け寄ってきた。
「国王陛下! 報告します!」
騎士長は息を切らしながら、戦場の方角を指差した。
「魔王様が……マクマリス殿が、敵本隊との交戦を開始されました!」
「始まったか……」
アレフドリア十五世は、遠くから響いてくる地響きのような爆発音に耳を澄ませた。
眉間の皺が深くなる。
「予想よりも進軍速度が早い。マクマリス殿が稼げる時間はそう長くはないぞ。……早く発たねばな」
王は騎士長に向き直り、鋭い眼光で問うた。
「状況を報告せよ。まだ乗れるか?」
騎士長は悔しげに顔を歪め、首を横に振った。
「……無念ですが。三隻ともに定員を超過しており、これ以上は一人たりとも乗せられそうにありません」
「……そうか」
王の視線の先では、満員の船内に入りきれなかった人々が、絶望的な表情で泣き崩れていた。
「……仕方あるまい」
アレフドリア十五世は、血を吐くような思いで決断を下そうとした。
「ハッチを閉めよ。これ以上の滞在は、既に乗った者たちの命まで危険に晒す」
「父上、待ってください!」
その悲痛な命令を遮るように、ロイが声を張り上げた。
「まだ手はあります! あそこを見てください!」
ロイが指差したのは、ドックの端に積まれていた、軍需物資輸送用の大型コンテナだった。無骨な鉄の塊だが、中は空洞だ。
「あそこにあるコンテナに、乗せられるだけ乗せるんです!」
「何だと……?」
騎士長がコンテナを見やり、素早く計算する。
「確かに……あのサイズであれば、詰め込めば八十人程度なら乗せられるかもしれませんが……」
アレフドリア十五世が怪訝そうに尋ねる。
「だがロイよ、乗せてどうするつもりだ? アルゴスの積載量は限界だぞ。牽引する余力などない」
「船じゃありません」
ロイは背後に控える純白の巨体を見上げた。
「シャヴォンヌで運ぶんです。……できるよね、シャヴォンヌ?」
ロイの問いかけに応えるように、白竜シャヴォンヌが静かに瞼を開いた。
そのサファイアのような瞳が、王と騎士長、そして怯える民衆を見据える。
『主よ、愚問です』
美しくも力強い思念の声が、その場にいる全員の脳裏に直接響き渡った。
『できる限り、命を救いましょう。コンテナ二基、ワイヤーで固定してください。私が運びます』
「二基もか……!」
騎士長が驚きの声を上げる。鉄のコンテナ二つに加え、中に乗る百六十人近い人間の重さ。それを抱えて飛行するなど、並のドラゴンでは不可能だ。
「しかし、それでもまだ乗り切れない者がいる場合は……」
シャヴォンヌは鼻を鳴らし、長い首を伸ばして民衆に近づけた。
『その時は、私の背を貸しましょう。鱗にしがみつく覚悟がある者だけ、乗りなさい』
その言葉に、絶望の縁にいた人々の目に光が戻った。
「乗れるぞ! まだ助かるぞ!」
「急げ! コンテナへ走れ!」
アレフドリア十五世は、逞しく成長した息子と、その相棒である誇り高き竜を見つめ、深く頷いた。
「……よく言った。頼んだぞ、シャヴォンヌよ」
王はマントを翻し、全軍に向けて号令を発した。
「総員、離陸準備! 生存者を一人残らず連れて行くぞ! アルゴス、発進!!」
エンジンの轟音が唸りを上げ、人類の希望を乗せた船団が、ゆっくりと空へと舞い上がった。
◇
マクマリスは戦場で歯を食いしばっていた。
(アルゴスが浮上を始めたか。もうしばらく持ち堪えられるかどうか……)
その時、ガングダードの絶叫がこだました。
「ウオオオオッ!」
マクマリスが振り返ると、ガングダードが無数の機械生命体に群がられていた。
魔界で「金剛破壊」と恐れられた、触れただけで全てを粉砕する特異体質をもって次々と敵を破壊していくが、一機破壊すれば二機が、二機破壊すれば四機がしがみつき、装甲を食い破られていく。
最強のゴーレムも、圧倒的な数の暴力の前には無力だった。
(アンデッドどもも残り少ない……このままガングダードが押し切られたら終わりだ)
「重量破壊魔法、グラビティ・コラプス!」
マクマリスはガングダードを救援すべく、重力魔法で群がる敵をまとめて押し潰し爆発させる。
しかし、意識がガングダードに向き、自身に一瞬の隙が生まれた。
死角から数機の機械生命体が飛び出し、鋭利なブレードがマクマリスに迫る。
「しまっ……」
死を覚悟したその時。
キィィィン!!
幾重もの光の障壁が、マクマリスを包み込んだ。
「なっ!?」
振り返ると、クリアの長老と数名のエルフの術者たちが、血を流しながら杖を掲げていた。
「長老……なぜ……」
「行きなされ、魔王殿。……貴殿の知識は、この星に必要なものじゃ」
長老は微笑んだ。その笑顔は、どこまでも穏やかだった。
「ここは我らが食い止める。あの船に乗って、大陸で……未来を紡いでくだされ」
「……すまない……!」
マクマリスは長老たちの覚悟を汲み、転移魔法を発動させた。
光に包まれながら、彼は浮上を始めた『アルゴス』の甲板へと飛んだ。
◇
ゴオオオオオッ……。
三隻のアルゴス級戦艦、そしてコンテナを吊り下げたシャヴォンヌが、重力より逃れるように空へと舞い上がった。
甲板には、マクマリス、ロイ、ガガン、シルフ。そしてアレフドリア十五世、ガイアス王、ゴンドラ王。
彼らは眼下の光景に言葉を失っていた。
美しかったエスペル島が、銀色に覆い尽くされ、紅蓮の炎に包まれている。
アレフの城が、ドーザの砂漠が、クリアの森が、ゴンドラの山が、燃えている。
マクマリスを逃がした長老たちの結界も、銀色の波に飲まれ、フッと消滅した。
「あぁ……なんてことだ……」
ロイが崩れ落ちる。
隣に立つマクマリスは、無表情のまま、しかし握りしめた拳から血を流していた。
(低俗な者どもに命を救われるとは……。許せ、長老)
「……私の予知通り、事が進んでしまっている」
マクマリスは絞り出すように言った。
「奴らは止まらない。次は大陸だ。……急ぐぞ、アンドレアの元へ」
絶望と、わずかな希望を乗せて。
船は黒煙を突き抜け、遥か彼方の大陸を目指した。
故郷を失った彼らの、本当のサバイバルが始まろうとしていた。
【次回の予告】
「箱舟は着いた。だが、安息はない。」
黒煙を上げながら帝都に滑り込む戦艦アルゴス。
故郷を追われた人々を迎えたのは、かつて復讐に燃えていた女・暁月だった。
マクマリスがもたらした「ある報告」が、彼女の呪縛を解き放つ。
そして開かれる緊急軍事会議。
明かされる機械生命体の正体と、海底の無限生産工場という絶望的な推測。
残された猶予はあと一週間。
凍りつく会議室で、覇王アンドレアだけが不敵な笑みを浮かべていた。
帝都着陸。復讐の終わりと、開戦の狼煙。
第33話は、明日の21時40分更新です!
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