第31話:その魔王は空を見上げる。~死角からの銀色~
【前回までのあらすじ】
魔界の内乱は、マクマリスの冷徹な勝利で幕を閉じた。
黒幕であったディネルースと水竜レヴィアタンを、先代魔王のゴーレムと時空魔法によって葬り去ったのだ。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
乱戦の中、対「侵略者」の切り札となるはずだった「反魂の術」の鍵――アルフィリオンの頭脳が永遠に失われたのだ。
時は流れ、運命の「あの日」が訪れる。
魔界での内乱を鎮圧してから数ヶ月。
エスペル島は、大陸との技術提携により急速な発展を遂げていた。
ガイアス沖では、ヘギルから届いた設計図とガイアスの精密加工技術を融合させた「新型魔導砲」と「魔導防壁」の建設が急ピッチで進められていた。
「おい、あそこを見ろ! 魔導砲の取り付け位置、あと数ミリ右だ!」
ガイアス兵とゴンドラのドワーフ兵が、巨大な足場の上で声を掛け合う。
海上にそびえ立つ壁は、島の安全を保障する新たな象徴となるはずだった。
だが、その時は唐突に訪れた。
空ではない。監視の目が届かない、暗い海の底から。
ザパァァァァッ!!
突如、防壁の内側の海面が沸騰したかのように泡立った。
「なんだ!? 魚の群れか!?」
作業員が覗き込んだ瞬間、銀色の影が海面を割り、足場へと飛び移ってきた。
それは一見すると人型のようだが、全身が滑らかな金属質の外殻に覆われていた。目鼻はなく、ただ無機質な光の点滅があるのみ。
だが、その動きには生物特有のしなやかさと、明確な殺意があった。
「機械……生命体……?」
誰かが呟いたのが、最期の言葉となった。
機械生命体の腕が瞬時に鋭利なブレードに変形し、作業員を一瞬で両断した。
「敵襲! 敵襲ゥゥゥ!!」
警報が鳴り響くが、もう遅い。奴らは海中を自在に泳ぎ、防壁の下を潜り抜け、ガイアスの海岸線へと無数に上陸を開始していた。
マクマリスの敗因は、空ばかりを警戒していたことだった。
彼らが設置した魔導砲は、全て「壁の外側」と「上空」に向けられていた。内側に侵入された今、それらは無用の長物でしかなかった。
◇
アレフ王国にいたマクマリスは敵襲の報を聞き、急ぎ司令室に向かっていた。
廊下でロイが合流する。
「マクマリスさん、状況は!?」
「よくないな。敵は海の中から来た。壁と魔導砲が意味を成していない」
マクマリスの表情は険しい。
「海の中!? 敵はいつの間にこの星に?」
「分からん。ずっと前から海底に潜伏していたのかもしれん……」
司令室に入ったマクマリスは、即座に魔導通信機を起動した。
「私はこれから、各国に指示を出す。ロイ、直ちにガイアスへ飛んでくれ」
「単騎で、ですか?」
「ああ。ガイアス王を見つけて、救助しろ」
ロイが息を呑む。
「ガイアス王国を……見捨てるつもりですか?」
「ガイアスは恐らく、もう駄目だ。間に合わない」
マクマリスは冷徹に告げた。
「ドーザに全戦力を集結して迎撃体制を構築する。魔界からも魔王軍を動かす。急げ!」
「……分かりました。シャヴォンヌで行きます!」
ロイは踵を返し、テラスへと走った。
◇
ガイアス王国は、地獄絵図と化していた。
「撃て! 撃ち続けろ!!」
ガイアス王の号令の下、機械化部隊が一斉に魔導銃を乱射する。
だが、機械生命体たちは弾幕をものともせず、異常な速度で距離を詰めてきた。
「ひっ、止まらな……ギャアアアッ!」
奴らは感情を持たなかった。
逃げ惑う女、泣き叫ぶ子供、足の悪い老人。区別などない。ただの「有機物」として、効率的に、淡々と切り刻んでいく。
鮮血が飛び散り、ガイアスの美しい街並みが瞬く間に炎と悲鳴に包まれる。
「くそっ、空からも来るぞ!」
上空から飛来した翼を持つ個体が、避難民の列に突っ込む。
そこへ、白き閃光が走った。
「やらせるかぁッ!」
ロイとシャヴォンヌだ。ブレスで飛行型を焼き払うが、地上の惨劇には手が届かない。数が多すぎるのだ。
「なんて数だ……。マクマリスさんの言っていた通り、もうガイアスは……」
ロイが絶望しかけた時、地上で指揮を執るガイアスの将軍が空に向かって大声を上げた。
「ロイ! 王を連れて逃げろ!!」
将軍が王の居場所を指差しながら叫ぶ。彼自身もまた、機械の刃に囲まれつつあった。
シャヴォンヌの背から、ロイはガイアス王を見つけた。王は自ら銃を取り、最後まで民を守ろうとしていた。
「王よ! ここはもう駄目だ!」
ロイが降下し、王の手を掴もうとする。
「放せ! 私だけ逃げるわけには……!」
「生きて再起を図るんだ! あなたの知識が、人類には必要なんだ!」
「ぐっ……!」
ロイは半ば無理やり王を竜の背に乗せ、断腸の思いで燃え盛るガイアスを後にした。
◇
ガイアスを食い尽くした銀色の波は、東の砂漠の国ドーザへと雪崩れ込んだ。
ドーザ兵が必死に応戦する中、ガイアスの南に位置する古城から、魔王軍の軍勢が加勢に現れた。
「人間どもに貸しを作るのは癪だが、あの銀色のヤツらは気に食わん!」
魔族と人間が背中合わせで戦う、かつてない共闘。
さらにアレフにいたマクマリスは、即座に全軍に指示を飛ばした。
『戦力を分散させるな! ゴンドラ、クリアの全戦力をドーザへ集結させろ! アレフ軍も向かわせる! そこで食い止めるんだ!』
ドワーフの重装歩兵、エルフの魔法部隊、アレフの騎士団。エスペル島が持つ戦力の全てが、砂漠の戦場に集結した。
だが、それは「焼石に水」ですらなかった。
海から無限に湧き出る機械生命体。倒しても倒しても、その屍を乗り越えて次なる個体が現れる。
「キリがねぇ……!」
「魔力が……尽きる……」
統制は瞬く間に乱れ、仲間たちが次々と銀色の波に飲まれていく。
◇
魔導通信網で戦況を見ていたマクマリスは、冷や汗を流していた。
(……計算外だ。数が違いすぎる。このままでは全滅する)
彼の判断は早かった。
『総員に通達! 作戦変更! 防衛戦を中止し、撤退する!』
マクマリスの声が戦場に響く。
『私が殿を務める! 動ける者は「アルゴス」級一番艦、二番艦、三番艦に乗れるだけ乗れ! アンドレア帝国へ退避するんだ!』
隣にいたアレフドリア十五世が色めき立った。
「マクマリス殿、正気か!? 貴殿を残して退避などできるわけなかろう。ここは私の国だ」
「この敗戦は私の判断ミスが招いた結果だ。私が責任を取るのは当然のこと」
「しかし……」
「それに私には転移魔法がある。アルゴスが飛び立つまで時間を稼ぐだけだ。貴様らのために命を張るつもりなど毛頭ない」
マクマリスは冷たく言い放ったが、その目には覚悟の色があった。
「……分かった。死ぬでないぞ」
「当然だ。王よ、早く行ってくれ。貴殿が行かなければ、この国の者は動かない」
アレフドリア十五世がマクマリスのそばを離れると、マクマリスは魔導通信網でロイに声をかけた。
『ロイ、聞こえるか。ゴンドラ王やクリアの長老の姿は見えるか?』
前線で戦っていたロイは、耳を疑った。
「敵の数が多すぎて、地上は全く……いや、待って! ゴンドラ王を視認した。ガガンやシルフも一緒だ。……島を、本当に捨てるのか!?」
『そうだ! 命があれば再起できる! 急げロイ! ガガンとシルフたちだけでもいい。回収しろ!』
ロイはシャヴォンヌを急降下させ、白竜のブレスで周囲の機械生命体を焼き払う。
そこでは、ガガンとシルフが、傷ついたゴンドラ王を守りながら必死に戦っていた。
「乗るんだ! 撤退だ!」
「馬鹿野郎! 背中を見せて逃げられるか! 俺はここで死ぬ!」
ガガンが叫ぶが、ロイは彼の胸ぐらを掴み、怒鳴りつけた。
「犬死にするな! 俺たちは今、生きてるんだ! 生き抜いて、次をどうするか考えろ! そう言ったのはお前だろ、ガガン!」
ロイは泣き叫ぶガガンと、憔悴したシルフ、ゴンドラ王を無理やり乗せ、アルゴスへと向かった。
▼活動報告にて、機械生命体の進軍ルート、エスペル島連合の迎撃ルートを公開しています。
ぜひご覧ください。地図はこちらから。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3577461/
【次回の予告】
「全軍撤退。……我々は、故郷(エスペル島)を捨てる。」
圧倒的な物量差を前に、マクマリスが下した苦渋の決断。
それは防衛の放棄と、大陸への脱出だった。
責任を負い、たった一人で殿を務める魔王。
彼が最後に召喚したのは、最強の矛・ガングダード。
迫りくる銀色の波。尽きかける魔力。
死の淵に立たされたマクマリスを救ったのは、計算外の「優しき光」だった。
燃え落ちる島を背に、箱舟は悲しみの空へと飛び立つ――。
魔王の殿。託された未来。
第32話は、明日の21時40分更新です!
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