第28話:その魔王は祈りに触れる。~桜の墓標と真実の刃~
【前回までのあらすじ】
迫りくる「空からの侵略者」の脅威に対抗するため、マクマリスら連合使節団は大陸へ渡り、覇王アンドレアと歴史的な同盟を結ぶ。
ドワーフの技術提携、水の都に残る「消えない結界」の謎を経て、一行はかつての激戦地・オウカへ。
復興が進む桜の里で、マクマリスは脳裏に直接響く「謎の声」を聞き、一人その源へと足を向けたのだった。
里外れの小高い丘。そこには、一際大きな桜の老木が立っていた。
その根元には、真新しい墓標が建てられ、二振りの刀――長刀と短刀――が供えられていた。
「私を呼んだのは、ここか……」
マクマリスが墓標を見下ろしていると、背後から凛とした女性の声が掛かった。
「ここは、オウカの先代長、源流様の墓標にございます」
振り返ると、そこには美しい着物を纏い、穏やかながらも芯の強さを感じさせる高貴な女性が佇んでいた。
「申し遅れました。私は現在、オウカの里長を務めております暁月と申します。……アンドレア軍の手で虐殺された『常凪の里』、最期の里長、暁月の娘にございます」
「マクマリスだ。エスペル島から視察に来ている」
「存じております。魔王様」
暁月は深々と頭を下げた。
「島の王たちが向こうにいるはずだ。里長がこんなところで油を売っていていいのか?」
「私は形式上の里長に過ぎません。実権は駐留軍の将軍が握っておりますゆえ、公務は彼らが行ってくれます」
そう言うと、暁月は持ってきた手桶から水を汲み、墓石にかけ、花を供え始めた。その所作には、迷いも媚びもない。
マクマリスは、彼女の言葉に引っかかりを覚えた。
「……今、アンドレア軍が虐殺したと言ったな?」
「はい、申しました」
暁月は花を生ける手を止めずに答えた。
「母と私以外は、みんな殺されました。父も、護衛の藤堂も……みんな」
(あのアンドレアが、非武装の里を虐殺することを許すはずがない……。現場の暴走か? いや、帝国の規律は厳格だ)
マクマリスが思考を巡らせていると、丘の下から武装した集団が現れた。
十名ほどのサムライたち。オウカの戦いで死にきれなかった生き残りのようだ。
先頭に立つ大柄な男――かつて施設長を務めていたサムライが、暁月に一振りの刀を差し出した。
「暁月殿、準備整いました。いつでも行けますぞ」
花を生け終わった暁月は、静かに立ち上がり、サムライたちに向き直って刀を受け取った。その瞳には、暗く冷たい炎が燃えていた。
マクマリスは眉をひそめた。
「興味本位で聞くが、何をしようとしている?」
「仇討ちです」
暁月は淡々と答えた。
「覇王アンドレアは、父と藤堂、オウカの源流様、そして里民たちの仇ですから」
「その人数でどうにかなると、本気で思っているのか?」
「思っていません。確実に殺されるでしょう」
「分かっているなら、やめておけ。無駄死にだ」
「無駄死にではありません」
暁月はマクマリスを真っ直ぐに見据えた。
「いかに生き、いかに死ぬか。それがサムライの矜持」
「矜持……プライドというやつか?」
「はい。サムライにとって、失敗や敗北よりも、己の仇に屈服して仕えることこそ恥。覇王への復讐が叶わずとも構いません。暁月の家名に泥を塗るくらいなら、名誉ある最期を望みます。……どうか、お止めにならないでください」
マクマリスは鼻で笑った。
(くだらない考えだ。死んで何になる? 生きてこそ、勝ってこそ意味がある。所詮、己の無力さ、弱さを美徳化させようとしているだけだ)
「貴様らがどうなろうと知ったことではない。好きにしろ」
マクマリスが突き放し、背を向けたその時だった。
再び彼をここに導いた「声」が響いた。
キィィィン……。
今度ははっきりと、墓前の短刀から響いてくる。悲痛な、叫びのような音色。
「今、声がしなかったか?」
「声? ……私は魔力がありませんので聞こえませんが」
暁月は不思議そうに墓前の短刀に視線を落とした。
「マクマリス様が魔法に明るいお方であれば、声の主はこの短刀かもしれません」
「どういうことだ?」
「常凪の里では、武勇を認めた相手に短刀を贈る風習がありました。贈り手の祈りが短刀に宿り、生涯に渡り守り刀として、贈られた者を守る。……そのような言い伝えがあります」
「ほう、魔族では考えられない風習だ」
「美しい風習だとは思いませんか?」
「すまないな。人間の美的感覚には疎くてな」
マクマリスがそっけなく返すと、暁月は悲しげに微笑んだ。
「魔族の方々は、大切な相手を想う気持ちはないのですか?」
「そもそも『大切』という感情がない。我々にあるのは損得と、力関係だけだ」
「それは……悲しゅうございますね」
「魔族は悲しむこともない」
取り付く島もないマクマリスに、暁月はそれでも語りかけた。
「でしたら、ご理解いただけるか分かりませんが……この短刀は、私たちの護衛をしておりました藤堂という女性武士が、源流様に贈ったものです。藤堂の祈りが、貴方様に聞こえたのかと思います。……魔族の方からしたら、くだらない話ですよね」
「残留思念ということか……それなら理解はできる」
マクマリスは墓前に屈み込んだ。
「この短刀、触れてもいいか?」
「ええ、どうぞ」
マクマリスが短刀の柄に手を触れた瞬間、奔流のようなイメージが脳内に流れ込んできた。
燃え盛る里。虐殺される人々。
そして、隠し部屋での密談。
『この里を襲ったのは帝国ではないの。……私たちよ』
『オウカを包囲網に加えるための生贄』
ディネルースの冷酷な声と、絶望の中で死んでいった藤堂という女の無念。
(……なるほど。読めたぞ)
マクマリスは手を離し、立ち上がった。全てが繋がった。
やはり、全ての糸を引いていたのはディネルースだったか。
そして、この短刀の贈り主――藤堂の魂は、暁月たちが「偽りの仇」に対して無駄死にしようとしているのを、必死に止めたがっているのだ。
「暁月殿」
「はい」
「真実を告げよう。……里を襲ったのはアンドレア軍ではない。ネクロゴンド軍だ。全てはディネルースの自作自演だ」
暁月が目を見開く。刀が手から滑り落ち、カランと音を立てた。
「自作自演……?」
「アンドレア帝国に対抗する勢力、『エレノア共和国連邦』を結成するための生贄だ。常凪の里の一件により、源流はアンドレアへの憎悪を募らせ、連邦結成に協力した。……巧妙なマッチポンプだな」
暁月の顔から血の気が引いていく。
「そんな……! では、源流様は連邦のために戦っていたのに、その連邦に私たちの祖国を焼かれ、友を殺されていたというのですか!?」
彼女はその場に崩れ落ちた。サムライたちがざわめき、動揺が広がる。
「欺かれたまま、仇の片棒を担がされ、命を賭して戦い死ぬなんて……! あまりにも……それこそ無駄死にじゃないですか!」
慟哭する暁月。
だが、マクマリスは静かに首を横に振った。
「そうでもない」
「え……?」
「この短刀に残された思念が教えてくれた。……自決した源流は、死の間際にディネルースの嘘をすべて悟っていたようだ」
マクマリスは、会ったこともない源流の最期に思いを馳せた。
『藤堂……。お主の元に、今参る……これぞ、我が武士道』
あの時、源流は悟ったのだ。自分たちが利用されていたことを。そして、この短刀に宿った藤堂の魂が、彼に真実を囁いたのかもしれない。
「短刀に宿った藤堂の想いが、源流の魂を最期にディネルースの支配から解き放ったのだ。彼はアンドレアに降伏せず、武士としての誇りを貫いて自決した」
マクマリスは、墓標の二振りの刀を見つめた。
「彼は『騙されたまま死んだ哀れな男』ではない。『真実を抱きしめて、愛する者の元へ旅立った勝者』だ」
暁月は両手で顔を覆い、声を上げて泣き崩れた。
それは悔し涙ではなく、救済の涙だった。
源流の魂が、汚されることなく逝ったことへの安堵。
見れば、サムライたちも肩を震わせている。復讐の炎は消え、代わりに深い悲しみと、ある種の納得が彼らを包んでいた。
そんな暁月を見つめるマクマリスの脳内に、再び声が響いた。
『……ありがとう。このご恩、必ずやお返しいたします』
澄んだ、女性の声だった。
「フン、魔王を利用するとは大した奴だ」
マクマリスは空に向かって呟いた。
「だが、残留思念の貴様が、どうやって恩を返すつもりだ?」
『ありがとう……必ずや……』
声は次第に遠ざかり、温かな風となって消えていった。
「……逝ったか。貴様の恩返し、気長に待つとしよう」
マクマリスは、魔族には似合わぬ穏やかな表情で、空を見上げた。
「幸せというものがどのようなものか分からんが、人間どもはこういう時、こう言うのだろう? ……源流と幸せにな」
暁月の泣き声と、風に舞う桜の花弁だけが残された。
マクマリスは踵を返し、使節団の元へと歩き出した。
(残留思念……武士としての精神力か、それとも『愛』とやらの力によるものか。……興味深い)
冷徹な計算だけで動いてきた魔王の中に、計算外の「何か」が小さく芽生えた瞬間だった。
この経験が、彼が今後下すであろう様々な決断――特に源流という男に対する処遇――に繋がっていくことになることを、本人は知る由もない。
◇
その夜、帝都アンドレアにて、使節団への盛大な歓迎パーティーが催された。
音楽と笑い声、煌びやかなドレスと軍服が交差する華やかな宴。
だが、その輪の中にマクマリスの姿はなかった。
「……始めようか」
帝都の郊外、戦争の犠牲者たちが敵味方問わず埋葬されている広大な合同墓地。
月明かりの下、マクマリスと二人の魔族の部下が、土を掘り返していた。
祝宴の喧騒とは無縁の、冷たい風が吹く場所。
「ありました、マクマリス様。……間違いありません」
部下が掘り当てたのは、豪奢な棺ではなく、簡素な墓標の下に埋められたダークエルフの遺体。
ネクロゴンドの長、アルフィリオンの亡骸だった。
「失礼するよ、天才死霊術師殿」
マクマリスは土にまみれたアルフィリオンの顔を見下ろした。
先日、部下が持ち帰った石板の破片。あれには「反魂の術」の基礎理論が記されていたが、肝心の「核」となる制御術式が欠けていた。
完全に解明し、実用化するためには、開発者本人の「頭脳」が必要だった。
「反魂の術……死者を蘇らせる禁断の秘術。これを完璧に扱えるようになれば、我々の戦力は無限になる」
マクマリスはアルフィリオンの額に手をかざし、詠唱を始めた。
「目覚めよ。ただし、魂無き人形として」
彼の目的は蘇生ではない。アルフィリオンの肉体と脳に残る知識情報を読み取り、自身の魔力で動く「擬似体」として再構築すること。
死人の口から、生前の知識を無理やり引き出す、冒涜的とも言える行為。
「……ウ……ア……」
土気色の肌をしたアルフィリオンの瞼が、ゆっくりと開いた。その瞳に光はない。
「成功だ。さあ、教えてもらおうか。貴様の技術の全てを」
マクマリスは満足げに笑うと、動く死体を闇に紛れさせ、何食わぬ顔でパーティー会場へと戻っていった。
世界を救うためなら、死者の眠りさえも利用する。
それが、魔王マクマリスの「正義」だった。
▼活動報告にて、残留思念に関するマクマリスの考察レポートを掲載しました。
ぜひご覧ください。考察レポートはこちらから。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3576499/
【次回の予告】
「亡霊たちの狂宴。……魔王は、禁断の『暴力装置』を起動する。」
人類との同盟を不服とする魔族たちが、ついにクーデターを起こす。
その裏で糸を引いていたのは、死んだはずの怨敵・ディネルースだった!
内乱によって絶体絶命の窮地に立たされたマクマリス。
彼が選んだ起死回生の一手は、かつて自身が葬った「最強の暴君」ガングダードの死体を、意思なき破壊兵器として目覚めさせることだった――。
魔界内乱。蘇る悪夢たち。
第29話は、明日の21時40分更新です!
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