第26話:「英雄」と呼んではいけない。~消えた八人と魔王の密命~
【前回までのあらすじ】
時は遡り、三百年前の魔界。
宇宙からの「捕食者」の来訪を予知した若きマクマリスは、復讐のみに固執する先代魔王ガングダードとの決別を選ぶ。
圧倒的な暴力を前に、彼が選んだ武器は「知略」と「空間魔法」。
見えざる罠で暴君を葬り去ったマクマリスは、世界を守るために魔王の玉座へと就いた。
そして時は流れ、現代――。大陸での使命を終えたロイたちが、懐かしき故郷・エスペル島へと帰還する。
アレフ王国の空に、巨大な影が落ちた。
人々が見上げると、そこには満身創痍ながらも誇らしげに浮遊する鋼鉄の船『アルゴス』と、それに寄り添うように飛翔する神話の生物――白竜シャヴォンヌの姿があった。
「ドラゴンだ! 本物のドラゴンだぞ!」
「王子が帰ってきた! 伝説を連れて帰ってきたんだ!」
歓声は波のように広がり、アレフ城下は興奮の坩堝と化した。
かつてエスペル島には存在しなかった「空の王者」の降臨。それは、ロイたちの旅がただの外交ではなく、世界の理に触れる壮大な冒険であったことを物語っていた。
城の円卓の間には、島の指導者たちが一堂に会していた。
ロイは、旅の一部始終を報告した。
連邦の繁栄の裏にあった死体利用や拷問という闇。
覇王アンドレアが戦争を仕掛けた真の理由。
そして、白竜シャヴォンヌとの契約と、覇王との共闘に至った経緯。
「……なるほど。死体利用や拷問は善行とは言えぬが、連邦の言い分も一理ある。大陸の戦争は、善悪では割り切れぬものがあったということか」
トーザの王が深く頷く。
「そして、ロイ王子がその均衡を破り、覇王に未来を託す決断をしたと」
報告を聞き終えた指導者たちは、ロイを見る目を一変させていた。そこにいるのは、出発前の頼りなげな若者ではなく、大陸の命運を左右した一人の「英雄」だった。
◇
会議が一息ついたところで、マクマリスが窓の外の喧騒に目を向け、ロイに話しかけた。
「城下町の熱狂ぶりを見たか? まるで世界を救った英雄のような騒ぎぶりだ。人間とはつくづく奇妙な生き物よ」
しかし、その言葉を聞いた瞬間、場の空気が凍りついた。
魔族以外の指導者たちが、一斉に暗い表情をして押し黙ったのだ。
「ん? どうした? 何か変な事を言ったか?」
マクマリスが眉をひそめる。
ロイが頭をかきながら、無理した笑顔を見せた。
「マクマリスさん……あまり縁起でもないこと言わないでください……」
「縁起でもない?」
アレフドリア十五世が重い口を開いた。
「マクマリス殿。……三百年前にこの島を救った、我がアレフ出身の二人の英雄は失踪したのだ。アレフだけではない。ドーザの戦士も、ゴンドラ、クリア、ガイアスも……勇者は全員消えた」
「消えただと!?」
マクマリスが驚愕する。
ドーザ代表が沈痛な面持ちで続く。
「彼らに何があったのかは、誰も知らない。この世界に嫌気がさして世捨て人になったのかもしれんし、あるいは神隠しにあったのか……」
「……先代魔王が、魔界に拉致したのではあるまいな?」
ゴンドラ王が、疑いの目をマクマリスに向けた。
マクマリスは腕を組み、思考を巡らせた。
(魔界大戦で敗れたガングダードは、確かに人類への復讐を考えていた。しかし、仮にもガングダードを倒した連中だ。そう易々と拉致などできるはずがない)
(それに拉致してくれば、魔界中で騒ぎになっていたはずだ……まさか、ディネルースか? いや、まさかな……)
マクマリスの脳裏に、かつて死霊術を教えたハイエルフの顔がよぎる。だが、今の段階では確証はない。
「何を黙っておる? 図星か!」
ゴンドラ王がいきり立つ。
マクマリスは静かに、だが断固として否定した。
「英雄失踪の件に、魔界は絡んでいない。ガングダードを倒すほどの大物を拉致したとなれば、私の耳に入らないはずがない」
「ゴンドラ王、そう怒りなさるな。マクマリス殿を責めても仕方なかろうて」
クリアの長老が宥める。
「その通りだ。マクマリス殿は今や、我々の味方なのだぞ」
ガイアス王も助け舟を出した。ゴンドラ王は不満げに鼻を鳴らし、椅子に座り直した。
アレフドリア十五世が締めくくるように言った。
「真相は闇の中だが……この島を救った八人の英雄が、魔界大戦後に忽然と姿をくらませたのは事実」
「以来、この島では『英雄』『勇者』という称号は、不吉なものの象徴となってしまったのだ。悪気がないのは分かっておるが、ロイたちに言ってくださるな」
「……覚えておくとしよう」
マクマリスは頷き、そして立ち上がって話題を切り替えた。
「さて、話を戻すぞ。大陸の情勢は落ち着いた。だが、我々の本番はこれからだ」
マクマリスは地図を広げ、ガイアス沖を指し示した。
「現在、ここに巨大な魔導防壁を建設中だ。ゆくゆくは上空を含め、エスペル島全体をドーム状に覆う巨大シェルターにする計画を進めている」
「島全体を!? なんという規模だ……」
アレフドリア十五世が絶句する。
「『宇宙からの客』を迎えるには、それくらいの備えが必要だ。そのために、近いうちに覇王アンドレアと面会し、大陸の資源と技術の共有を要請するつもりだ」
マクマリスはロイたちを見渡した。
「君たちの働きのおかげで、交渉の土台はできた。……ご苦労だった。まずは長旅の疲れを癒やすがいい」
◇
会議の後、マクマリスは人払いをし、別室にて魔族の密偵二人を呼び出した。
「……で? 土産はあるのか?」
「はっ。こちらを」
密偵たちは、ネクロゴンドから持ち帰った戦利品を差し出した。
焼け焦げた石板の破片と、妖しく脈動するアビス・ゴーレムのコアの欠片。
マクマリスが石板に目を通す。
「ほう……。アルフィリオンめ、私の理論をベースに、魂の定着率をここまで高めていたとはな。『反魂の術』の実用レベルでの安定化……これは大きな収穫だ」
マクマリスは満足げに頷いた。
「よくやった。お前たちの献身に感謝する。早速魔界へ運び、解析班に回せ。奴らが来る前に、我々の『戦力』も底上げが必要だからな」
「御意!」
◇
城の喧騒を離れ、ロイは母の眠る墓地を訪れていた。
「母さん。ただいま」
ロイは墓石に語りかけた。
「シャヴォンヌの試練の中で、母さんに会ったよ。とても幸せな夢だった。……でも、僕は現実を選んで帰ってきた。守るべき人たちがいるから」
「……良い顔になったな、ロイ」
背後から、アレフドリア十五世が現れた。
「父上」
「出発する前は、ただの理想を語る子供だと思っていた。だが今は、背負うべきものの重さを知る、男の顔をしている」
王は不器用に息子の肩を叩いた。
「誇りに思うぞ。……おかえり」
「はい……ただいま戻りました、父上」
◇
ゴンドラ王国では、ガガンが王に謁見していた。
「王よ、こいつを見てくれ」
ガガンは、ヘギルから託された特注の戦斧を掲げた。魔力を帯びた刃が、薄暗い洞窟の中で青白く輝く。
「大陸のドワーフ、ヘギルが打った最高傑作だ。特殊な魔導回路が埋め込まれ、周囲に漂う魔力を吸収し衝撃波に変える」
ゴンドラ王はその斧を手に取り、職人の目で見つめた。
「……見事だ。実利と美学が同居している。会ったこともないが、凄まじい腕の職人がいたものだ」
「ああ。俺たちはこいつから、技術だけでなく『魂』を学ばなきゃならねえ。王よ、国の職人を総動員して、こいつに負けない武器をこしらえ、全兵士に配備してくれ。来るべき戦いに備えて!」
「うむ。ドワーフの意地、見せてやろうぞ!」
◇
一方、クリアの森では。
シルフが長老の前に立ち、サイロス直伝の「魔法弓」を披露していた。
ヒュオッ!
放たれた矢が空中で炎を纏い、標的の大岩を粉砕する。
「なんと……。エルフの弓に、このような破壊力を付与するとは」
「大陸で出会った同胞、サイロスから教わりました。長老、どうかこの技を皆に広める許可を。森を閉ざすだけでは、これからの脅威は防げません」
長老は深く頷いた。
「よかろう。新しい風を、この森にも取り入れようではないか」
◇
ガイアス王国では、帰還した技術兵たちが王に報告を行っていた。
「王よ、これをご覧ください!」
彼らは『アルゴス』の船首に取り付けられたシールドを指し示した。
「ドワーフ鉄鋼共和国の技術です。魔導砲の直撃に耐えうるこの複合装甲、そしてエネルギー分散回路……我々の想像を遥かに超えています」
ガイアス王は、その傷だらけだが堅牢な盾を見上げ、唸った。
「鉄鋼共和国、か。商売上手なだけでなく、確かな技術を持っているようだな」
王はマクマリスのいる城の方角を見やった。
「マクマリス殿が大陸へ渡る際、私も同行しよう。その国を直に視察し、技術提携を結ぶ必要がある。……世界を守る盾を作るためにな」
それぞれの種族が、大陸で得たものを持ち帰り、次なる戦いへと備え始める。
エスペル島は今、未曾有の結束力で一つになろうとしていた。
【次回の予告】
「空からの絶望に抗うため、地上最強の二人が手を結ぶ!」
迫りくる未知の敵という脅威。
対抗策を講じるため、魔王マクマリスはついに覇王アンドレアとの歴史的会談に臨みます。
ドワーフの火力とガイアスの技術が融合し、人類反撃の準備は着々と進んでいく。
しかし、視察に訪れた旧激戦地には、不可解な謎が残されていました。
主を失ってもなお消えない「水の都」の絶対結界。
そして、桜舞うオウカの地で、魔王の脳裏に直接響く「謎の声」。
死地から呼ぶのは、怨念か、それとも――。
魔王と覇王。桜の木の下で呼ぶ声。
第27話は、明日の21時40分更新です!
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