第25話:魔王の起源(後編) 〜修羅の道〜
【前回までのあらすじ】
舞台は三百年前の魔界。
人間との戦争に敗れ、手負いで帰還した先代魔王ガングダードは人間界への復讐に執着していた。
自身の享楽と復讐しか頭にない暴君に、魔界の未来は託せない。
マクマリスは絶対強者である暴君への反逆を決意し、己の勢力を拡大していく。
ガングダードが人間界から敗走してから数ヶ月。
マクマリスは、自身の研究の結晶である「時空間観測所」に籠もっていた。古代魔術の一つ「未来予知」を応用し、魔界の行く末を計算していたのだ。
「……マクマリス様、観測結果が出ました」
部下の震える声に、マクマリスはデータを覗き込んだ。そこに示されていたのは、魔界の内乱でも、人間界からの侵攻でもない。
「外宇宙からの捕食者……。奴らが魔界を喰らい尽くす未来か」
あまりに絶望的な未来。だが、マクマリスは冷静だった。
彼はその足で、傷を癒やしているガングダードの元へ向かった。
「ガングダード王。魔界に未曾有の危機が迫っています。人間と争っている場合ではありません。直ちに防衛体制を……」
「黙れェッ!!」
ガングダードは聞く耳を持たなかった。
「宇宙だァ? そんな寝言より、人間どもへの復讐だ! 俺様の体に傷をつけた猿どもを皆殺しにする、それだけだ!」
視野狭窄。復讐心に囚われた王に、種族を守る資格はないと、マクマリスはこの時確信した。
◇
マクマリスは動いた。
ガングダード派に次ぐ勢力を誇る「アズモ派」と「ベルゼブ派」の長に接触し、極秘の会合を開いたのだ。
席上、マクマリスは観測データを示し、ガングダード体制では魔界が滅びることを論理的に説いた。
「……話は分かった。だが、貴殿の派閥は小さい」
アズモが葉巻をくゆらせながら言う。
「我らがガングダードに反旗を翻すには、相応の大義名分が必要だ」
ベルゼブも頷く。
「条件を出そう、マクマリス。貴殿がガングダードに『一対一の決闘』を申し込み、勝利せよ」
決闘――それは魔界古来の掟。個と個の戦いであれば、派閥の規模は関係ない。そして、もし「異端の研究者」と侮られているマクマリスが「最強の暴君」を倒せば、その衝撃は魔界全土をひれ伏させるに十分だ。
「我ら両派が立会人となれば、決闘の正当性は保証される。……やれるか?」
マクマリスは眼鏡の位置を直し、静かに答えた。
「……承知した。魔界の未来のため、この手を汚そう」
◇
数日後、魔界闘技場。
マクマリス派、ガングダード派、そして立会人のアズモ・ベルゼブ派が見守る中、異例の決闘が始まった。
「ガハハ! 研究者風情が俺様に喧嘩を売るとはな! 良い度胸だ!」
ガングダードが、マクマリスの背丈ほどもある巨大な大剣を、まるで小枝のように軽々と振り回しながら問う。
「しかし、テメェは武力での王位に興味はないって言ってたよな? どういう風の吹き回しだ?」
対するマクマリスは、細身の杖を握りしめ、静かに答えた。
「興味はない。しかし、復讐心に囚われ、周りが見えていない貴様に王の資格はない」
「資格がないだと?」
ガングダードの顔から笑みが消え、凶暴な殺気が膨れ上がる。
「魔界の王の資格はな……強いかどうか、それだけだ!」
ドォォォォン!!
ガングダードが地面を蹴ると同時に、巨体が砲弾のようにマクマリスへ肉薄した。
振り下ろされる大剣。その速度は質量の概念を無視している。
「シールド!」
マクマリスは瞬時に多重魔法障壁を展開し、頭上で大剣を受け止める。
「無駄だァァァーーーッ!」
ガングダードがさらに力を込めると、何重にも張り巡らされた障壁がガラス細工のように砕け散った。
「くっ……転移!」
マクマリスは間一髪、後方へと転移する。
直後、ガングダードの大剣が地面を叩き、闘技場の岩盤が粉々に粉砕された。衝撃波だけで観客席の防壁が揺れる。
(あんなものが当たれば、ひとたまりもない……!)
「フン、どうだ? これでも資格がないか!」
土煙を切り裂き、ガングダードが再び迫る。大剣を竜巻のように振り回しながら距離を詰めてくる。
マクマリスは次から次へと魔法障壁を張り、あるいは重力魔法でガングダードの動きを制限しようとするが、全て力任せに破壊されていく。
「速い……!」
再び転移魔法で距離を取ろうとした瞬間、今度はガングダードの反応が勝った。
「逃がすかよ!」
転移の予備動作を見切ったガングダードの左手が伸び、マクマリスの首を鷲掴みにした。
「っ……!」
万力のような握力で首を締め上げられ、マクマリスは声にならない悲鳴を上げる。
「このまま握りつぶしてもいいが、こんな一方的な戦いじゃ、せっかく集まった観客たちが楽しめないだろう。なぁ、アズモよ?」
ガングダードは余裕の笑みで、貴賓席に座るアズモを睨みつけた。
「こうしよう。この研究者をやった後だが……次はテメェがここに立ちやがれ」
アズモが顔を引きつらせる中、ガングダードの注意が一瞬逸れた。
その隙をマクマリスは見逃さなかった。
(……来い、死者たちよ!)
地面から無数の腕が伸び、以前ガングダードに反逆して殺された猛者たちのアンデッドが這い出した。彼らは一斉にガングダードの左手に群がり、噛みつき、爪を立てる。
「チッ、鬱陶しい!」
ガングダードが手を離した隙に、マクマリスは転移魔法で距離を取る。
「消えろ、雑魚ども!」
ガングダードが大剣を一閃させると、群がっていたアンデッドたちは瞬く間に肉片となって吹き飛ばされた。
(……まだ私の死霊術では、生前の力を引き出しきれないか)
マクマリスは荒い息を吐きながら、無残に散らばったアンデッドたちを見た。
(ならば、奴を倒す方法は一つしかない)
マクマリスは杖を構え直し、最後の戦術を脳内で構築した。
その後も、戦いは一方的だった。
ガングダードの圧倒的な怪力とスピードに、マクマリスは防戦一方。魔法障壁は相変わらず次々と砕かれ、徐々に闘技場の隅、断崖絶壁の方へと追い詰められていく。
「どうした! 口ほどにもねえぞ!」
ガングダードの強烈な蹴りが鳩尾に入り、マクマリスは数メートル吹き飛ばされ、遂に膝をついた。杖が手から離れる。
「終わりだ、雑魚が!」
ガングダードは勝利を確信した。目の前の男はもう動けない。
彼は大剣を振り上げ、トドメを刺すべく不用意に距離を詰めた。
彼の目は、目の前の獲物の首しか見ていなかった。視野が狭い――それこそが、マクマリスが待っていた瞬間だった。
「……かかったな」
マクマリスが指をパチンと鳴らす。
ガングダードが踏み込んだその空間には、逃げ回っていた間に既に目に見えぬ「印」が刻まれていたのだ。
古代時空間操作術の一つ、空間破壊魔法――『ディメンション・ブレイク』。
「なっ……!?」
ガングダードの足元の空間が、まるで鏡が割れるようにヒビ割れ、砕け散った。
物理的な防御も、強靭な肉体も関係ない。座標そのものがズレ、ねじ切られる絶対不可避の領域。
「グアアアアアアアッ!?」
絶叫が響く。
空間ごとねじ切られ、ガングダードの右脚と左腕が消失していた。
バランスを失った巨体が、無様に地面を転がる。
「貴様は強かった。だが、前しか見ていなかったのが敗因だ」
マクマリスは杖を拾い上げ、冷徹に見下ろした。
◇
勝負は決した。
立ち上がれないガングダードを取り囲んだのは、彼自身が組織した「苦痛の聖歌隊」だった。
「演奏を始めよ。……曲目は、前王への鎮魂歌だ」
皮肉にも、自身が愛した拷問部隊の手によって公開処刑されるガングダード。その断末魔が響く中、アズモとベルゼブが高らかに宣言した。
「勝者、マクマリス! 新たなる魔王の誕生だ!」
歓声と悲鳴が入り混じる中、マクマリスは玉座への階段を登った。
それは、ただの権力欲ではない。迫りくる「捕食者」から魔界を守るための、修羅の道の始まりだった。
◇
――現在。ガイアス王立図書館。
マクマリスは古文書をパタンと閉じ、現実へと戻った。
あの時、ガングダードを倒した戦術。それは「相手の視野の狭さを突き、予期せぬ罠に嵌める」というものだった。
そして今、彼は人間たちと共に、かつて自分を絶望させた「捕食者」に立ち向かおうとしている。
「……さて。三百年前の教訓、活かせたかな」
彼は窓の外、決戦へと向かうロイたちの空を見上げ、薄く笑みを浮かべた。
過去の勝利も、敗北も、全てはこの未来のためにあったのだと信じて。
【次回の予告】
新章突入!
大陸戦争が終わり、エスペル島に凱旋する英雄たち。
新章の幕開けを描く第26話は、明日の21時40分更新です!
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