第24話:魔王の起源(前編) 〜魔界の異端児〜
【前回までのあらすじ】
三つの戦場での完全勝利により、大陸戦争はついに終結した。
覇王アンドレアは国境なき「真の統一」を宣言し、ロイと未来への共闘を誓い合う。
大陸が平和と祝勝ムードに包まれる一方、その裏ではマクマリスの密偵たちが、瓦礫の下から禁断の技術「反魂の術」を密かに回収していた。
英雄たちはそれぞれの想いと、世界を揺るがす「お土産」を抱え、故郷エスペル島へと凱旋する。
ガイアス王国、王立図書館の地下書庫。
薄暗い明かりの中、魔王マクマリスは古びた羊皮紙をめくっていた。ロイたちが決戦の準備に奔走している間、彼はこの国に残る「魔王復活」に関する記述を読み漁っていたのだ。
「……ふん。人間どもの記録は主観的で当てにならんな」
記述には、三百年前の魔王が「封印」されたとある。だが、マクマリスは知っている。あれは封印などではない。ただの自滅と、その後の権力闘争の結果だ。
ページをめくる手が止まる。そこに記された先代魔王の名――「ガングダード」。
その名を見た瞬間、マクマリスの意識は、埃っぽい書庫から、血と硫黄の匂いが立ち込める三百年前の魔界へと引き戻された。
◇
三百年前、魔界。
マクマリスの居城は、他の魔族たちの城に比べれば質素で、どこか研究室のような静けさに包まれていた。
そこへ、伝令の魔族が転がり込んできた。
「マクマリス様! 急報です! ガングダード王が……人間どもの連合軍に敗れ、這う這うの体で帰還されました!」
その場にいた側近たちが色めき立つ。
「なんと! あの暴虐の王が人間に後れを取るとは!」
「マクマリス様、好機です! 魔界の王は実力主義。王を倒した者が次の王となるのが掟。手負いの今なら、我らでもガングダードの首を獲れます!」
側近たちの目は血走っていた。長年、ガングダードの圧政と、「苦痛の聖歌隊」による粛清に怯えてきた彼らにとって、これは千載一遇のチャンスに見えた。
だが、マクマリスは自身の爪を弄びながら、冷ややかに首を横に振った。
「却下だ。我々は動かない」
「な、なぜですか!?」
「頭を冷やせ。我々『マクマリス派』は、魔界ではどう見られている?」
マクマリスは問いかけた。
彼は魔族の本能である闘争を嫌い、古代魔術――とりわけ時空間操作や死霊術といった搦め手の研究に没頭していた。そのため、武力を尊ぶ魔界の主流派からは「陰気な異端者」と蔑まれていた。
「我々の勢力は小さい。仮に今、私がガングダードを殺したとして、他の有力な軍団長たちが私に従うか? いや、総出で私を潰しに来るだろう。『卑怯な火事場泥棒』という大義名分を掲げてな」
マクマリスは立ち上がり、窓の外に広がる赤い荒野を見つめた。
「今の私には、魔界中を敵に回して跳ね除けるほどの力はない。……今は、地盤を固める時だ」
ガングダードは二百年前の即位以来、恐怖政治を敷いてきた。逆らう者は「苦痛の聖歌隊」によって公開拷問され、その悲鳴を楽器代わりに演奏されるという狂気の宴の餌食となった。その結果、彼には表立って逆らう者がいなくなり、最大派閥を築き上げた。
だが、今回の敗戦でその神話は崩れた。
「ガングダードの求心力は地に落ちた。奴を見限る者が出てくる。……ガングダード派から引き抜けそうな有能な魔族をリストアップしろ。特に、魔法や技術に明るい者をな」
「は、はい!」
「それと、今回の遠征で死んだ同胞の死体……できる限り回収してこい」
マクマリスの瞳が怪しく光った。
「死人は文句を言わない。そして裏切らない。我が軍の兵力として再利用させてもらう」
◇
マクマリスの予想通り、ガングダードの帰還直後から、魔王の座を狙う野心的な魔族たちが次々と反乱を起こした。
しかし、腐っても魔王。ガングダードは瀕死の重傷を負いながらも、その圧倒的な暴力で刺客たちをすべて返り討ちにした。
そして数日後、中央広場にて、反乱分子の公開処刑が行われた。
「ギャアアアアアッ!!」
「ヒギイイイイッ!!」
「苦痛の聖歌隊」が奏でる、断末魔の交響曲。広場は血の海と化していた。
その特等席に、全身に包帯を巻いた巨躯の魔王、ガングダードが座っていた。
そこへ、マクマリスが供も連れずにふらりと現れた。
「……チッ。陰気な研究者風情が、何の用だ?」
ガングダードがギロリとマクマリスを睨む。
「テメェも俺様の首を獲りに来たか?」
マクマリスは恭しく一礼した。
「滅相もございません。私はただの研究者。武力での王位になど興味はありません」
「フン、腰抜けめ」
マクマリスは表情を変えずに尋ねた。
「ただ、知的好奇心としてお伺いしたい。……魔界最強の貴方様が、なぜ人間ごときに後れを取ったのですか?」
その問いに、ガングダードの顔が憎悪に歪んだ。
「……結束だ」
「結束?」
「ああ。下等種族どもが、種族の垣根を越えて一致団結しやがった。数だけの烏合の衆なら踏み潰せたが……アレフの王とかいう奴が、全体を一つにまとめ上げやがった」
ガングダードは忌々しそうに傷口をさすった。
「極めつけは、精鋭による別働隊だ。八人の小賢しい鼠どもが、正面決戦の裏をかいて俺様の居城に直接乗り込んできやがった。……個の力なら俺様が上だったが、奴らの連携は完璧だった」
「なるほど……。結束と、裏をかく少数精鋭、ですか」
マクマリスはその言葉を脳裏に刻み込んだ。それは三百年後、彼自身が人間たちと対峙する際の教本となった。
「次はねぇぞ。傷が癒えれば、人間どもを皆殺しにしてやる」
ガングダードが吼える。
マクマリスは内心で冷ややかに笑った。
(次などない。貴様の時代はここで終わりだ)
「ええ、ご武運を」
◇
処刑が終わり、広場には無数の「動かぬ魔族」が放置されていた。
ガングダードが去った後、マクマリスは部下たちに合図を送った。
「回収しろ。新鮮な素材だ」
闇に紛れて死体を回収し、マクマリスは自室で死霊術の儀式を行った。
「蘇れ。我が忠実なる兵隊よ」
紫色の魔力が死体に宿り、かつてガングダードに牙を剥いた猛者たちが、虚ろな目をして立ち上がる。
「ククク……。生前は言うことを聞かぬ荒くれ者も、死ねばこれほど従順とはな」
こうしてマクマリスは、誰にも気づかれることなく、着々と己の勢力を拡大していった。
【次回の予告】
「暴力の時代は終わった。……私がもたらすのは『管理された恐怖』だ」
三百年前、魔界闘技場で行われた世紀の決闘。
「陰気な研究者」マクマリス対「最強の暴君」ガングダード。
誰もがガングダードの圧勝を予想したその戦いで、マクマリスが見せたのは魔法の力だけではありませんでした。
圧倒的な暴力を前に、彼が張り巡らせた見えざる罠。
そして、ガングダードが最後に聞いたのは、自身が愛した「苦痛の聖歌隊」による皮肉な鎮魂歌……。
暴君の断末魔、新魔王マクマリスの戴冠を描く第25話は、明日の21時40分更新です!
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