第20話:常凪の記憶(後編) 〜裏切りの真実〜
【前回までのあらすじ】
惨劇の舞台となった「常凪の里」。
源流は隠し部屋で瀕死の親友・藤堂を見つけ出すが、彼女の命の灯火は消えかけていた。
そこに現れたディネルースは、禁忌である「死霊術」による延命を提案する。
友との別れを惜しむあまり、悪魔の契約に頷いてしまった源流。術によって仮初の命を得た藤堂は、何も知らぬまま源流に微笑みかけるのだった。
数刻後。
見張りに立っていたサムライが、血相を変えて駆け寄ってきた。
「源流殿! アンドレア兵が戻ってまいりました! 騎馬隊です!」
「なにっ!?」
源流が刀を納める。
「敵の数は?」
「二千……いや、三千はいるかと!」
「すぐに発った方がよさそうね」
ディネルースが冷静に告げる。
源流は即断した。
「うむ。奥方と姫様を馬車へお連れしろ! 準備が出来次第、すぐに出発だ!」
走り去るサムライの背中を見つめながら、ディネルースが首を横に振った。
「馬車だと足が遅い。オウカに着く前に騎馬隊に追いつかれるわ。……私がここで時間を稼ぐ」
「何を言っておる! 一人でどうにかできる数ではない!」
「ここに来る前に言ったはずよ。私は貴方たちを助けると。……常凪の里に生き残りがいたなら、見捨てないと誓った」
ディネルースは源流を真っ直ぐに見つめた。
「私は貴方との約束を守る。だから……私が生きて戻っても戻らなくても、貴方は『アンドレア帝国包囲網』結成に力を貸しなさい」
その覚悟に、源流は言葉を失った。この女は、本気で同盟のために命を賭ける気なのか。
「……承知した。恩に着る」
「私も、ここに残るわ」
藤堂が進み出た。
「藤堂! お主まで拙者を困らせないでくれ!」
「足手まといなのは分かってる。でも……」
藤堂は頬を朱に染め、意を決したように言った。
「私は……貴方が好き。いえ……大好き!」
「ッ……!?」
突然の告白に、源流は赤面し、狼狽した。
「と、突然何を言い出すか!?」
「だから……アンデッドに成り果てる私を、貴方だけには見せたくないの」
藤堂の目には涙が溜まっていた。彼女はわかっていたのだ。魔法が解ければ、彼女はただの死体に戻るか、あるいは理性のない怪物になるかもしれないことを。
「拙者は構わない! お主が事切れるその日まで、そばに居させてくれ!」
「女心を分かってあげなさい、源流」
ディネルースが横槍を入れた。
「好きな人には、綺麗な自分だけを見せていたいものなのよ。……ここに残らせてあげなさい」
源流は拳を握りしめ、そしてゆっくりと開いた。
「……分かった」
サムライたちが奥方らを馬車に乗せる準備が整った。
藤堂は源流に向き直った。
「私はこの里で誰よりも強かった。手合わせできる歳になってから、一度も負けなかった。……貴方に会うまでは」
彼女は懐から、一振りの短刀を取り出した。
「貴方は私と互角に渡り合った、最初で最後の人。私が認めた、ただ一人の男性」
藤堂は短刀を差し出した。
「この短刀の号は『凪』。受け取って。この里ではね、武勇を認めた相手に短刀を贈る習わしがあるの。そして贈られた相手は、その短刀を肌身離さず持って、お守りにするんだ」
「……かたじけない」
源流は震える手で短刀を受け取った。鞘には美しい螺鈿細工が施されている。
「習わしか……。ならば、お主は拙者の短刀を受け取ってくれ。『暁』という名だ」
源流もまた、自身の懐剣を差し出した。
「ありがとう。……大事にする」
藤堂は涙を流しながら、満面の笑みでそれを受け取った。
「敵が迫っております!」
「行くぞ! 馬車の周囲を固めろ! 何としてもオウカまで守り切るぞ!」
源流は最後に一度だけ藤堂を振り返り、そして馬上の人となった。
「よろしく頼む、ディネルース殿」
「ええ、早く行きなさい」
◇
サムライたちが去り、黒煙の上がる常凪の里には、ディネルースと藤堂のみが残された。
藤堂は源流から贈られた短刀を胸に抱き、その温もりを確かめていた。
「いいものを見せてもらったわ」
ディネルースがつまらなそうに言う。
「……貴女は大切な人、いないの?」
「好きな男性ってことよね? いないわ。私に見合うだけの男が周りにいなくて。出来すぎる女というのも困ったものよね」
そう言う彼女の顔には、困惑の色など微塵もない。
地響きと共に、騎馬隊の音が大きくなってくる。
「貴女と共闘することになるなんて、思わなかった」
藤堂が刀を構える。
「どういう意味かしら?」
「私は武士。貴女はネクロゴンドのハイエルフ。生きる世界が違うもの」
「……ふふ。共闘できて光栄、ってことにしておくわ」
騎馬隊の先頭集団が姿を現した。赤い旗、赤い甲冑。間違いなく帝国軍だ。
「来たわよ」
藤堂が切っ先を向ける。
「ある程度時間を稼いだら、貴女は退いて。貴女まで心中する必要はないわ」
「……人は極限下でのみ本性が量れるというもの。貴方は心底、心が綺麗なのね」
騎馬隊が二人の前で停止した。
「……?」
攻撃してこないことに藤堂が怪訝な顔をする中、先頭の指揮官が馬から降り、ディネルースの前で片膝をついた。
そして、兜を外す。現れたのは、長い耳を持つハイエルフの女。
「ララノア、参上いたしました」
「……え?」
藤堂の手から刀が落ちそうになる。
「よくやったわ。源流たちは信じたでしょう。これでオウカは包囲網に加わる」
ディネルースが満足げに頷く。
「ど、どういうこと……!?」
藤堂が叫ぶ。
ディネルースはゆっくりと振り返り、冷酷な、それでいて歓喜に満ちた笑みを浮かべた。
「貴方の想像の通りよ。この里を襲ったのは帝国ではないの。……私たちよ」
藤堂の顔が引きつり、呼吸が止まる。
「どう、して……」
「帝国に対抗する組織を作るためね。オウカは他国から一目置かれた存在。そのオウカが私たちの組織に加われば、他の国も雪崩を打って追随する」
「それに、この一件は必ずアンドレアに影を落とすことになる」
ララノアが冷ややかに補足する。
「残虐非道、苛烈な王としてのイメージが広まれば、正義はこちらにあることになるわ」
「そんな……そんなことのために、みんなを……お父様を……!」
藤堂が絶叫し、ディネルースに斬りかかろうとする。
だが、死にかけの体では、もはや指一本動かすこともできなかった。
「そういうこと。この里は世界平和のための礎になるんだから、光栄に思いなさい」
ディネルースの手が、藤堂の顔にかかる。
「さあ、貴方はアンデッドとして、死ぬまで……いいえ、死んでも私に仕えなさい」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
常凪の里に、少女の絶望の悲鳴が響き渡った。
◇
源流の意識は、桜舞う戦場へと戻った。
手の中にある短刀。
あの日、藤堂から託された、彼女の魂そのもの。
(藤堂……。お主の元に、今参る……)
真実を知らぬまま、ディネルースの描いたシナリオ通りに帝国を憎み、戦い続けた男。
だが、彼に後悔はない。守るべきもののために振るった剣に、曇りは微塵もない。
「源流! まさか!」
アンドレアが叫び、手を伸ばす。
だが、源流の動きは迷いなく、そして速かった。
「……これぞ、我が武士道」
ドスッ。
源流は自身の腹に、深々と短刀を突き立てた。
一文字に切り裂く激痛。だが、彼の表情は晴れやかだった。
血を吐きながらも、彼は最後まで膝をつかず、誇り高く立ち続けた。
そして、舞い散る桜の花弁と共に、大木が倒れるように崩れ落ちた。
「……愚かな。だが、見事な男だった」
アンドレアは兜を脱ぎ、好敵手の死に静かに敬礼した。
「全軍、オウカを制圧! 収容所の兵士たちを解放せよ!」
ディネルースが描いた盤面の半分は、こうして完全に帝国の手に落ちた。
だが、その勝利の裏には、一人の武士の純愛と、あまりにも悲しい物語が埋もれていた。
【次回の予告】
「源流の無念、そして藤堂の涙。全ての因縁を断ち切る『報復』の時が来た!」
物語は再び、激動の現代へ。
源流が命を賭して守り抜いた誇りを胸に、帝国最強の戦力「四天王」がついに連邦の心臓部、白亜の巨塔を強襲します!
「あり得ません! 結界が突破されました!」
慢心する参謀ララノアに降り注ぐ、四属性の同時ブレス。常凪の里を地獄に変えた実行犯に、逃れられぬ因果応報の最期が訪れます。
しかし、瓦礫の山から現れたのは、全ての攻撃を無効化する伝説の水竜レヴィアタンと、無傷の女王ディネルース。
「個」の頂点に立つ孤独な女王に対し、四天王が示したのは、種族を超えた「結束」の一撃!
計算と理屈だけで支配してきた女が、計算外の熱量に飲み込まれる瞬間をお見逃しなく!
第21話は、明日の21時40分更新です!
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