第18話:常凪の記憶(前編) 〜運命の邂逅〜
【前回までのあらすじ】
大陸全土を巻き込む大決戦が続く中、戦局は劇的な転換点を迎えていた。
北のネクロゴンドでは、ロイたちが死霊術師アルフィリオンを討ち、連邦の「不死の軍団」を無力化することに成功。
一方、南のオウカでは、覇王アンドレアと剣豪・源流が激突。技の極致を尽くした死闘の末、源流は武士としての誇りを守り、愛用の短刀で自らの命を絶とうとしていた。
南の盾を失い、追い詰められる連邦議長ディネルース。しかし、物語は今、戦いの発端となった「ある悲劇の記憶」へと遡る――。
オウカの街道を、数十騎の騎馬隊が土煙を上げて駆けていた。
先頭を行くのは、まだ若き日の源流。
その表情は焦燥に彩られていた。
「止まれッ!」
源流が手綱を引き、馬を急停止させる。
行く手を塞ぐように、一人の女が立っていたからだ。
透き通るような肌、長い耳。ハイエルフの女が、不敵な笑みを浮かべてこちらを見上げている。
「あなたが、オウカ一の剣豪と名高い源流ね」
女は品定めするように言った。
源流は馬上で眉をひそめる。
「……その姿、ネクロゴンドの長、ディネルース殿とお見受けした」
「あら、私のことをご存知とは嬉しいわ」
ディネルースはくすりと笑う。
「何用だ? 我らは急いでいる」
「一体、どこへ行こうとしているのかしら? その方向は戦場よ」
「お主には関係のないこと」
「友達のところでしょ?」
源流の目が鋭くなる。
「……」
「図星ね。でも、今から行っても無駄よ。『常凪の里』は、もう助からないわ」
ディネルースの言葉は冷徹だった。
帝国の急襲を受けた同盟国、常凪の里。源流の親友がいる場所。
「だとしても!」
源流は声を荒げた。
「常凪の里とオウカは同盟国。このまま見て見ぬフリなどできぬ! 一人でも助けることができるのであれば、行く価値はある! 邪魔だ、道を開けよ!」
源流が馬を進めようとすると、ディネルースは一歩も引かずに言った。
「だったら、私も同行するわ」
「……何故?」
「貴方はオウカの至宝。次の長は貴方だともっぱらの噂よ。こんな無謀な特攻で死なせるわけにはいかないわ」
ディネルースは真剣な眼差しを向けた。
「私こそ、死地に向かう貴方を見て見ぬフリなんてできなくてよ」
源流は怪訝な顔をした。
「……」
「信用できないようね?」
「お主の噂はいろいろと耳にしている故な」
ディネルースはわざとらしく困った顔をして肩をすくめた。
「ひどい言われようね。……わかったわ。本音を言う」
彼女の声のトーンが下がった。
「このままだと、各国は帝国に個別に撃破されると思わない? 私はこのまま覇王の好きにさせるつもりはないわ。手を組みましょう」
「……」
「今回、私は貴方たちを助ける。常凪の里に生き残りがいたなら、見捨てないと誓うわ。だから……貴方たちオウカは『アンドレア帝国包囲網』結成に力を貸しなさい」
「アンドレア帝国包囲網……?」
聞き慣れない言葉に源流が反応する。
ディネルースは手を差し伸べた。
「時間が惜しいんじゃなくて? 詳しいことは向かいながら話しましょ。私の魔法なら、少しは足しになるはずよ」
源流は迷った。だが、今は一刻を争う。ハイエルフの魔力があれば、助かる命があるかもしれない。
「……乗れ」
源流はディネルースの手を取り、自身の馬の後ろに乗せた。
「行くぞ! 遅れるな!」
サムライたちは再び駆け出した。
◇
馬上で風を切りながら、源流は背後の女に尋ねた。
「先ほどの話の続きだが、包囲網とはなんだ?」
源流の腰にしがみつくディネルースが、耳元で声を張り上げる。
「帝国に対抗するための組織を立ち上げるつもりよ。オウカとネクロゴンドだけじゃない。生き残っている全ての国に声をかけるつもり」
「そんなことが可能だと、本当に思っているのか?」
「可能よ。帝国はすべての国に宣戦布告をしたわ。どの国だって、この戦争は他人事ではないのよ。生き残るためには、手を結ぶ以外の選択肢はないわ」
「理屈はわかる。だが、お主の声に耳を傾ける者がいると思っているのかと問うている」
ネクロゴンドの悪評は大陸中に知れ渡っている。
ディネルースはフッと笑った。
「そういうこと。その点は心配いらないわ。……現に貴方は、私を馬に乗せたでしょう?」
「……」
一本取られた形だ。
「それにね、発案者は私ではなくてよ。水の都のエレノア様よ。少しは安心したかしら?」
「エレノア様……。確か、覇王の実の妹君……」
「そう。兄妹喧嘩にしては激しすぎると思わない? 彼女は本気で兄を止めたがっているわ」
エレノアの名が出れば、話の信憑性は変わる。彼女の平和への想いは各国に知られているからだ。
「包囲網に参加するかは、お主の働きを見た上で判断させていただく」
源流は前を見据えたまま言った。
「しっかりと捕まっておれ。速度を上げるぞ!」
「ええ、お手並み拝見といきましょうか」
ディネルースはその返答に満足し、背中で冷たい笑みを浮かべた。
「速度を上げろォ! 遅れをとるな!!」
源流の号令一下、サムライたちの馬団は黒煙を上げる常凪の里へ向けて、全速力で駆け抜けた。
◇
オウカのサムライたちが『常凪の里』に駆け込んだ時、彼らは我が目を疑い、絶句した。
そこには、かつて平和を願った美しい里の面影は微塵も残されていなかった。
家屋は焼かれ、黒い煙が空を覆っている。
道端には、逃げ惑ったであろう里民たちの物言わぬ骸が転がっていた。
背中から斬られた者、子供を庇って覆いかぶさるように絶命している母親、武器を持たぬ老人。
さらに、村の中央広場には、何人かの遺体が見せしめのように吊るされ、そこに帝国の象徴である『赤の旗』が巻きつけられていた。
「き、貴様ら……! 人間のすることかッ!!」
ある若手のサムライが嘔吐し、別の者は怒号を上げて刀を地面に突き立てた。
源流は愛刀『桜花』の柄を握りしめたまま、震える拳を必死に抑え込んでいた。
(これが……覇王のやり方だというのか……!)
「生存者を探せ!」
源流の声が響く。
「一人でもいい! 息のある者を見つけ出すのだ!」
「はっ!!」
サムライたちが散開する。源流は一人、里の長である暁月の屋敷へと馬を走らせた。
「絶望の淵で見つけた光。それは、最悪の『契約』への招待状だった。」
炎に包まれた常凪の里で、源流がついに再会した親友・藤堂。
主君の家族を守り抜き、血溜まりの中で力尽きようとする彼女を前に、源流は己の無力さに打ち震えます。
そこに差し伸べられた、ディネルースの「白く冷たい手」。
「死霊術を使えば、延命できるわ」
友を安らかに逝かせるか、禁忌を犯してでも言葉を交わす時間を買うか。
極限の選択を迫られた源流が下した決断は、二人の運命を、そして大陸の歴史を狂わせる「偽りの絆」の始まりでした。
死の淵から蘇った藤堂と、彼女を抱きしめる源流。
しかし、二人の背後で見守る女王の瞳には、一切の慈悲など宿っておらず――。
死霊の抱擁。美しき欺瞞の始まりを描く第19話は、明日の21時40分更新です!
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