第16話:その死霊術師は闇に散る。~崩れ去る「芸術」~
【前回までのあらすじ】
ついに、大陸の命運を分かつ最大級の決戦が始まった。
「赤」を掲げる覇王アンドレアの帝国軍は、六頭のドラゴンと、新生『アルゴス』を伴い、熱狂の咆哮と共に進撃を開始する。
一方、それを迎撃する連邦議長ディネルースは、冷徹な微笑みを浮かべ、水の都に張り巡らせた「蜘蛛の巣」へと敵を誘い込む。
オウカでは剣豪・源流が、北の森では死霊術師アルフィリオンが、それぞれの刃を研ぎ澄ませて待つ中、大陸全土を揺るがす激突の火蓋が切られた。
白亜の巨塔、管制室。
ララノアは、巨大な監視水晶に映し出される光景に、薄い笑みを浮かべていた。
「来ましたわ。『アルゴス』、単騎で突っ込んできます」
水晶には、ドワーフ製の無骨なシールドを前面に押し立て、まっすぐ水の都に向かってくる空飛ぶ船の姿が映し出されていた。
「愚か者め。本当に囮になるとは」
ララノアの隣で、オペレーターが冷静に報告する。
「前面の陽動部隊に向けて、獣人族の混成軍団も進軍開始。予定通りです」
「結構。では、お出迎えと参りましょう」
ララノアは、魔導砲の管制席に向かって優雅に手を上げた。
「――撃ちなさい」
白亜の巨塔が唸りを上げ、蓄積された魔力が一点に収束する。
閃光。
極太のビームが『アルゴス』を直撃し、視界が白く染まった。
「……ふん。盾ごと消し飛んだか」
ララノアがそう呟いた瞬間、爆炎の中から鋼鉄の船体が再び姿を現した。
船首のシールドは赤熱し、一部が溶解しているものの、健在だ。
「ほう、耐えましたか。敵の技術も、なかなか捨てたものではありませんね」
だが、ララノアは慌てない。全ては想定通り。
「獣人部隊、全軍突撃! あの鉄クズの足を止めなさい! 魔導砲は次弾装填。砲塔をオウカ方面へ」
彼女の意識は、すでに眼前の囮ではなく、南で繰り広げられるであろう「本命」の戦場へと向いていた。
『アルゴス』の操縦桿を握るのが、裏切り者ヘギル本人であることなど、知る由もなかった。
◇
時を同じくして、北のネクロゴンド。
ダークエルフの長、アルフィリオンは、自身の工房である地下大聖堂で、水晶越しに戦況を眺め、ほくそ笑んでいた。
使い魔の蝙蝠がもたらした情報――「アンドレア本隊、オウカへ侵入」――に、彼は上機嫌だった。
「かかったな、アンドレア! 源流のサムライ共と我がアンデッド第一軍団が、貴様らの足を止める。そして……」
彼の意識は、遥か南、ワーウルフ領の北東に「既に潜伏させている」第二軍団へと向いていた。
「貴様らが源流と第一軍団に気を取られている間に、我が精鋭(第二軍団)が背後から貴様らの内臓を食い破る!」
彼の工房は、この決戦における司令塔であり、同時に、オウカへ送り込むための更なる予備兵力を生み出し続ける生産拠点でもあった。
「完璧だ、ディネルース様の作戦は! さあ、勝利の祝杯のために、もう一体、傑作を仕上げるとしよう……」
彼が新たな死体に手をかけ、魔力を注ぎ込もうとした、その瞬間だった。
ゴオオオオオオッ!!
工房の天井が、突如として崩落した。
ステンドグラスを突き破り、降り注いだのは光。死霊術師が最も忌み嫌う、純白の浄化のブレスだった。
「馬鹿な!? なぜだ!?」
粉塵の中から現れたのは、白き翼。白竜シャヴォンヌ。
そして、その背から舞い降りる、かつて見知った顔ぶれ。
「ロイ……王子だと!?」
アルフィリオンは瞬時に理解した。
「あり得ない……。この森の東は、ヘギルの国だ。なぜ、あそこを通過できた……!? あの金歯豚、武器を提供するばかりか、上空まで開放してたか!」
だが、怒りに震える彼の前に、容赦なく敵が迫る。
「アルフィリオン! お前の悪行もここまでだ!」
ロイが叫ぶ。
「笑わせるな、小僧!」
アルフィリオンが杖を掲げると、床の魔法陣からどす黒い霧が噴き出した。
「我が芸術の前にひれ伏せ! アビス・ゴーレム!」
ズズズズズ……!
召喚されたのは、人の背丈の倍はある巨大な怪物だった。死体を継ぎ接ぎした醜悪な肉体だが、その表皮は鋼鉄よりも硬質化しており、胸部には赤黒く脈動するコアが埋め込まれている。
「グルルルルァァァッ!!」
ゴーレムが咆哮と共に重い腕を振り下ろす。
ドォォン!!
床に大穴が開き、石礫が散弾のように飛び散った。
「あんなパンチをもろに食らったらひとたまりもないぞ!」
ガイアス兵たちが散開し、距離を取りながら魔導銃を一斉射撃する。だが、弾丸はゴーレムの皮膚に当たると、カンカンと軽い音を立てて弾かれた。ゴーレムは何食わぬ顔で歩を進める。
「足元がお留守ですよ!」
ゴーレムが腕を振り上げた瞬間、魔族の密偵たちが素早く懐に潜り込んだ。
彼らは手にしたナイフでゴーレムの両足を切り刻む。
「さっさと倒れなさい!」
だが、ゴーレムは動じない。それどころか、煩わしい羽虫を払うかのように、魔族の一人を巨大な手で鷲掴みにした。
「ぐっ……放せ!」
「握りつぶせ!」
アルフィリオンが叫ぶ。
「うおおおおッ、助太刀するぜぇッ!!」
横合いからガガンが飛び出した。その手には、ヘギルが打った特注の戦斧が握られている。
「オラァッ!!」
渾身の一撃。斧から放たれた衝撃波が、魔族を掴んでいたゴーレムの腕を直撃した。
バキィッ!!
「グオッ!?」
腕が肘から先でひしゃげ、魔族が解放される。
「助かりました……!」
珍しく素直に礼を言う魔族に、ガガンはニカっと笑った。
「いいってことよ! 借りは高いぞ!」
だが、ゴーレムのもう片方の腕が、隙だらけのガガンを襲う。
「ガガン!」
ヒュオッ!
シルフの放った炎を纏った矢が、正確にゴーレムの腕の関節に突き刺さり、爆発した。
動きが止まるゴーレム。
「今だ!」
上空からロイが急降下し、シャヴォンヌの勢いを乗せた一撃で、ゴーレムの首を刎ね飛ばした。
ドサリ。
巨体が崩れ落ちる。
「やったか……!」
「ふははははは。無駄だ」
アルフィリオンの余裕の笑い声が響く。
見れば、切断された首や腕、切り刻まれた足の傷口から黒い霧が溢れ出し、瞬く間に肉体が再生していくではないか。
「なんだと!?」
「我がアビス・ゴーレムは不死身。何度斬ろうが蘇る!」
完全に再生したゴーレムが、再び立ち上がる。絶望的な光景に、兵士たちがたじろぐ。
だが、シルフの目は鋭く光っていた。
「……あの胸にあるコアだわ。再生の魔力があそこから供給されている。私があそこを射抜く! 誰か隙を作って!」
「任せろ!」
ガイアス兵たちが再び魔導銃を連射し、アレフの騎士やドーザの戦士、そして魔族の密偵たちが四方八方から牽制攻撃を仕掛ける。
ゴーレムが苛立ち、兵士たちに向かって重い腕を振り下ろそうとした。
「そこだァッ! うおおおッ、邪魔だァッ!!」
ガガンが正面から突っ込んだ。
振り下ろされる剛腕に対し、ガガンは戦斧を振り抜く。
ヘギルの魔導回路が唸りを上げ、青白い光が奔流となって噴き出した。
ドォォォォォン!!
刃が触れることなく、凄まじい衝撃波がゴーレムの胸部装甲を内部から粉々に弾き飛ばした。
「今だ、シルフ!」
「貫け!」
シルフが満を持して放った矢は、紅蓮の炎を纏い、露出したコアを正確に射抜いた。
カッッ!!
「グ、オ、オ……オオオオオオッ!!」
アビス・ゴーレムは断末魔と共に内部から崩壊し、爆発四散した。
「な、なんだと……あの武器は……!」
アルフィリオンが狼狽する。最強の矛と盾が、ドワーフの技術とエルフの技によって破られたのだ。
「次はお前の番だ!」
ロイがシャヴォンヌの背から一気に距離を詰め、アルフィリオンに斬りかかる。
「小賢しい!」
アルフィリオンは闇の魔弾を連射して応戦するが、ロイの剣技は以前とは比べ物にならないほど洗練され、速い。シャヴォンヌの契約による身体強化が、彼を人外の領域へと引き上げていた。
「終わりだァァァーーーッ!!」
ロイの剣が、アルフィリオンの指揮杖を弾き飛ばす。
「やめろ……やめてくれ……。我が芸術が……私のアンデッドたちが……!」
アルフィリオンは、崩れ落ちる工房を見上げ、最期の瞬間まで己の作品の完成を夢見ていた。
「完成させるのだ……永遠の……兵士を……」
「眠れ。今度こそ、安らかに」
ロイの剣が一閃し、ダークエルフの長は光の中に崩れ落ちた。
ロイは工房の最奥に鎮座する魔力炉心に向かって剣を振り上げる。
「もう、誰も死者をもてあそぶな!」
一刀両断。
コアが破壊され、ネクロゴンドのアンデッドを生み出す魔力供給が、完全に断たれた。
その事実は、まだ水の都のディネルースも、オウカで戦う源流も、知らない。
【次回の予告】
桜舞い散るオウカの戦場で、大陸最強の「力」と「技」が激突します。
絶対的な勝利を確信していた剣豪・源流。しかし、その背後を支えるはずのアンデッド兵たちが、突如として塵となって消え去る――。
敗北を悟った源流が、武士としての誇りを守るために選んだ「最後の儀式」とは――。
第17話は、明日の21時40分更新です!
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