第四章 影を掬う
午前10時。
県警本部の記録保管室。
厚い鉄扉が閉じられるたび、古い紙の匂いと乾いた空気が混じり合う。
久遠刑事は、棚番号C-17の引き出しから一つのバインダーを取り出した。
クリーム色の厚紙には、S58・未解決/水沢朱里と印字されている。
事案番号と管理印が押された紙封筒が数枚、ホッチキスで綴じられていた。
昭和58年7月15日 午後10時頃
水沢朱里(7歳)所在不明との届出あり。
家族による捜索及び通報。
翌16日午前8時、村内川沿い(通称・蛍沢)にて遺体発見。
発見現場:蛍沢下流 約30メートル地点
体位:仰向け、両腕開き
損傷:頸部圧痕なし、腹部切開(直径約6センチ)。
臓器一部欠損。
死因:失血性ショック
推定死亡時刻:15日午後8時〜9時頃
現場付近より血痕反応複数。刃物の特定至らず。
遺体周囲に発光昆虫(蛍)多数死骸、指輪(OK刻印有)確認。
久遠は静かにバインダーを閉じると、上着のポケットから小さな透明袋を取り出した。
中には今朝拾い上げた指輪が入っている。
金属の表面は泥を落としてもなお鈍く曇り、年月を経たような深い傷が幾筋も走っていた。
光の角度を変えると、刻まれた文字が再び浮かび上がった。
“O” “K”
久遠はまじまじと見つめた。
——水沢朱里、名前のどこにもOとKを含まない。
「真白透、お前は何を知っている....。」
思わず声が漏れた。
棚の奥で、蛍光灯が微かに鳴った。
記録保管室は静まり返っている。
だが久遠の耳には、遠くで水の音がしていた。




