プロローグ
村に帰省した青年**真白 透**は、祖母の葬儀のため十年ぶりに蛍沢を訪れる。
夜、蛍を見に行った川辺で女性の遺体を発見する。
彼女の周囲には異様なほど蛍が群がり、光が赤く濁っていた。
村に響くのは蛙の声と、風の音だけ。
静寂の中で、何かが少しずつ壊れていく——。
風が止まった。
川の音も、草の擦れる音も、夜の中へ沈んでいった。
蛍沢の空には、無数の光が浮かんでいる。
生きているものと、もう死んでいるもの。
その区別は、誰にもつかない。
真白透は、膝をついて光の群れを見つめていた。
掌の上で、ひとつの蛍がまだ光っている。羽は濡れ、足は動かない。
それでも、身体の奥に小さな灯が残っている。
「——死んでも、しばらくは光る。」と、昔祖母が言っていた。
透は笑った。
口の中に、鉄の味が広がる。
自分の掌に血がついている。
川面に映る赤い光が揺れた。
蛍の光と混ざり合い、どちらが命の残り火なのか、もうわからなかった。
誰もいない夜道に、ただ光だけが残る。
透は静かに呟く。
「まだ、光っている。」
その声に応えるように、蛍たちは一斉に瞬いた。
まるで、誰かの祈りを引き継ぐように。
あるいは、罪を照らし続けるように。
風が戻ってきたとき、蛍の光は少しずつ消えていった。
けれど、透の掌の中のひとつだけは、まだ淡く光り続けていた。




