藪の中(作:三田村 宙)
二階堂「……その、絶対的な事実の美しさが分からないのなら、まだまだ、あなたたちも、ひよっこ、ということね」
(その時、今まで静かに議論を聞いていた三田村が、すっと、ヘッドホンを外した)
三田村「……では、次は、私の番です」
二階堂「あら、三田村さん。私の、この完璧なプロットの後で、何を語るというのかしら。まさかとは思うけれど、また、宇宙人や、高次元生命体の話ではないでしょうね?」
三田村「いいえ。今回は、SFも、ファンタジーも、一切ありません。人間の感情という、最も信頼性の低いパラメータを、完全に排除し、現場に存在した、客観的な事実のみに基づいて、この事件の真相を、再構築します」
(三田村はそう言うと、タブレット端末の画面をタップし、一切の抑揚を排した声で、観測結果を報告し始めた)
***
藪の中
作:三田村 宙
若馬に語れる老馬の処世術
おい、若いの。
お前、さっきから、何をそんなに、びくびくしている。ああ、あの「二本足」か。気にすることはない。奴らは俺たちに、美味い草と、寝床をくれる、ただの奇妙な生き物だ。騒々しくて、面倒なことも多いがな。
お前に一つ、知恵を授けてやろう。奴らを御する、たった一つの極意だ。それはな、「奴らの事情など、一切、気にするな」ということだ。奴らが、何を喚こうが、何を嘆こうが、そんなものは、全て、風の音と同じ。お前は、ただ、お前の、腹を満たすことだけを、考えていればいい。
ふふ。俺が、なぜ、そんなことを知っているか、だと?
……そうだな。今日は、気分がいい。お前にだけ、特別に、俺の若い頃の武勇伝を、聞かせてやろう。俺が、どうやって、この世で最も美味いものを、手に入れたか。その、一部始終をな。
あれは、俺が、まだ若く、血気盛んだった頃のことだ。
俺は、一人の男を乗せていた。奴を、ここでは「いつもの荷物」とでも、呼んでおこうか。その「荷物」は、やけにプライドというやつが高くてな。俺の腹を蹴る力も、手綱を引く力も、人一倍、強かった。正直、気に食わない「荷物」だった。
その日、俺の背中にはもう一人、「軽い荷物」も乗っていた。女だ。そして、その女の荷物の中からは、たまらなく甘い、良い匂いがしていた。干し柿だ。天日で干された、あの蜜のように甘い果実。俺はその匂いを、ずっと覚えていた。いつか、あれを腹いっぱい、食ってやりたい、と。
そんなことを考えていると、前から別の、騒々しい「荷物」が現れた。都で噂の、何とかいう、泥棒だったらしい。どうでもいいことだがな。
新しい「荷物」と、いつもの「荷物」が、何か喚き合い始めた。女の甲高い、不快な周波数の音も、混じっている。うるさいこと、この上ない。俺はただ、早くこの面倒な時間が終わってくれればいいと、そう思っていた。
やがて、争いは藪の中へと移った。
そこで、俺は信じられない光景を見たのだ。
新しい「荷物」が、いつもの「荷物」を、木に縛り付けているではないか。そして、女をどこかへ連れて行ってしまった。
藪の中に、俺と、そして、木に縛られた「荷物」だけが残された。
俺は最初、何が起きたのか分からなかった。だが、すぐに気づいた。
――好機だ、と。
「いつもの荷物」が動けない。
そして、奴の鞍の脇に、あの甘い匂いのする干し柿の袋が、無防備にぶら下がっている。
俺は、ゆっくりと、それに近づいた。
「荷物」が何か呻いている。うるさい。俺は無視した。
俺の目的は、ただ一つ。あの干し柿だけだ。
だが、いざ袋に口を伸ばそうとすると、どうも、うまくいかない。鞍だの、手綱だの、色々なものが邪魔をする。腹立たしい。
俺は頭を袋に、ぐりぐりと、こすりつけた。蹄で邪魔な革の紐を蹴飛ばしてやった。
その時だ。
俺の蹄が、地面に落ちていた、何かきらりと光る、硬いものに当たった。小刀、というらしいな。どうでもいいが。
その硬いものが、俺の動きに合わせて跳ね上がった。そして奇妙なことに、木に縛られた「荷物」の胸のあたりに、こつんと当たった。
「荷物」が、びくりと、大きく震えた。そして、何か熱い、鉄の匂いのする赤い液体が、どろりと、流れ出してきた。
だが、そんなことは、俺の知ったことではない。
俺は、ただ夢中で、干し柿の袋に食らいついた。ああ、でも、まだ手綱が邪魔だ。俺は力任せに首を振って、それを引きちぎろうとした。
すると、どうだ。
先ほど「荷物」に当たった、あの硬いものが、手綱に引っかかっていたらしく、俺の動きに合わせて、「荷物」から、すぽり、と抜け落ちたではないか。
そして、「荷物」はそれきり、ぴくりとも動かなくなった。
……静かになった。
実に都合がいい。これで心置きなく、食事に集中できる。
俺はついに、袋を食い破った。
中から待ち望んでいた干し柿が、ころころと、こぼれ落ちてくる。
俺は、それを一つ、口に入れた。
……ああ。
なんという、美味。
太陽の光を一身に浴びた、凝縮された、生命の甘露。歯にねっとりと絡みつき、舌の上でとろけていく。この一口のために、俺は生まれてきたのだ。そう、確信できるほどの味だった。
俺は、夢中で、それを、食らった。
「荷物」が、どうなろうと、知ったことか。奴らの、喚き声も、涙も、憎しみも、この、干し柿の、圧倒的な、甘さの前では、何の、意味も、持たない。
俺は、食った。食い尽くした。
そして、腹が満たされた時、俺は満足して、その場を立ち去った。
後のことは、知らん。役人とかいう別の「二本足」が来て、何か騒いでいたようだがな。
……どうだ、若いの。分かったか。
これが、この世の真理だ。
奴らの複雑で面倒なしがらみなど、所詮は幻。本当に価値があるのは、腹を満たす甘い果実だけよ。
お前も覚えておくがいい。欲しいものがあるなら、ただそれを求めろ。周りの「荷物」がどうなろうと、一切気にするな。
それこそが、俺たち馬という気高い生き物の、あるべき姿なのだから。
***
(三田村、静かにタブレットの画面を消した。部室は、恐怖とも、呆れともつかない、異様な沈黙に支配されていた)
四方田「……うそでしょ……? あの、悲しくて、美しい、人間の、愛と憎しみの物語が……。ただの、馬の、おやつゲット大作戦だったなんて……! 愛が! 尊さが! 1グラムも、ないじゃないですか! むごすぎます!」
二階堂「……なるほど。全ての人間的動機を排除し、動物の、食欲という、ただ一点の行動原理と、物理的な偶然性だけで、事件の全てを再構築する。……思考実験としては、面白いわね。これなら、三者の証言が、食い違うのも、当然。なぜなら、誰も、真相を知らないのだから。……あまりにも、馬鹿げているけれど、奇妙な、説得力があるわ」
一ノ瀬「……もう、いや……」
(一ノ瀬は、机に突っ伏し、その肩を、小刻みに、震わせていた)
一ノ瀬「人間の、心の、業が……。誇りが、愛が、憎しみが……。ただの、馬の、食い意地……? 芥川先生……申し訳、ありませぬ……。私、もう、文学、辞める……」
三田村「……事実として、最もあり得るのは、この説です」
(三人の、三者三様の阿鼻叫喚を、三田村は全く意に介さなかった。ただ静かに、そして、どこか満足そうに呟いた)
三田村「なぜなら動物は、人間のように、見栄や体裁のために、嘘をつきませんから」
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議事録担当・書記(四方田)追記:
今日の活動、マジで、地獄だった……。部長が、本気で、泣きながら「文学辞める」って言い出しちゃった……。副部長は、なんか、逆に、感心してるし。
でも、馬が犯人って、一周回って、めっちゃ面白いと思うんだけどなー!
とりあえず、来週の活動までに、部長のメンタルが回復してますように! じゃないと、うちの部活、マジで、廃部になっちゃうよ!




