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注文の多い料理店(作:四方田 萌)

一ノ瀬「……はぁ……。もう、SFはたくさんよ……。四方田さん、お願いだから……! これ以上私たちの心を抉らないで……! 光を……私たちに光を見せて……!」


四方田「はいっ! お任せください! 私の『注文の多い料理店』は、誰も傷つけません! そこにあるのは、真実の愛だけです! 題して、『注文の多い“関係性”』、始まります!」


(四方田、スマホをぎゅっと握りしめ、これが正義とばかりに、高らかに朗読を始めた)


***


注文の多い料理店

作:四方田 萌


『注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい』


 二人の紳士――鷹秋と春人は、その奇妙な注意書きを読んだ。

「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい、か。相変わらず、お前はもったいぶるのが好きだな、春人」

「うるさい、鷹秋。お前こそ、こんな怪しい店にずかずかと入ってきて。少しは慎重になったらどうだ」

 軽口を叩き合いながらも、二人の間には、長年のライバル関係から来る、ピリピリとした緊張感が漂っていた。二人は、次の扉を開けた。

 中は、静かな小部屋だった。そして、扉にはこう書かれていた。


『ここでは、偽りの仮面は不要です。社会的地位、プライド、建前……その重いコートを脱ぎ捨て、真の姿をさらけ出しなさい』


「ふん、面白いことを言う。おい春人、お前のその鉄壁のポーカーフェイスも、ここで脱いだらどうだ?」

 鷹秋が、挑発するように笑う。春人は、顔を赤らめ、そっぽを向きながら言った。

「……お前こそ、その自信過剰な上着を脱いだら、ただの男だろう」

 二人は、互いを牽制し合うように、ゆっくりと上着を脱ぎ、ハンガーにかけた。

 次の部屋は、さらに狭かった。そして、中央に一つだけ、乳白色のクリームが入った壺が置かれている。


『一人では、本当の自分は見えないもの。互いの肌に、この「真実を映す」クリームを塗り合いなさい。相手の素肌に触れた時、あなた自身の心が映し出されるでしょう』


「なっ……!?」

 春人は、絶句した。鷹秋は、面白そうににやりと笑う。

「やるしかないようだな。さあ、こちらを向け、春人」

「い、嫌だ! なぜ俺がお前に……!」

「店の命令だ。それとも、怖いのか? 俺に、心の内を読まれるのが」

 その言葉に、春人はぐっと唇を噛んだ。彼は、震える手でクリームをすくうと、鷹秋の頬に、そっとそれを塗り始めた。鷹秋の、日に焼けた、だが滑らかな肌。触れた指先から、熱が伝わってくるようだった。

「……終わりだ」

「いいや、まだだ。今度は、俺の番だ」

 鷹秋は、春人の腕を掴むと、その指についたクリームを、自らの指ですくい取った。そして、まるで慈しむかのように、春人の頬に、首筋に、ゆっくりとクリームを塗り広げていく。春人は、びくりと体を震わせた。鷹秋の大きな手が、自分の肌の上を滑る感覚に、心臓が早鐘を打っていた。

 三番目の部屋は、湯気の満ちた、小さな二人用の浴室だった。


『心の壁を溶かすのは、温かな湯と、素直な言葉。この「浄めの湯」に二人で浸かり、互いの背中を、この「誓いの塩」で清め合いなさい』


「……これは、さすがに……」

「店の命令だ、春人。覚悟を決めろ」

 二人は、ぎこちなく湯船に身を沈めた。狭い湯船の中で、膝と膝が、触れ合いそうになる。気まずい沈黙。やがて、鷹秋が、塩を手に取り、春人の背中に手を伸ばした。

「……お前は、いつもそうだ。一人で、何もかも背負い込んで」

 ごしごしと、少し乱暴に、だがどこか優しく背中を擦りながら、鷹秋が呟いた。

「……お前には、関係ないだろう」

「関係なくない。お前が苦しんでいるのを見るのは、気分が悪い」

「……勝手なことを言うな」

 春人の声は、震えていた。それは、怒りからか、それとも別の感情からか。

 全ての「注文」を終え、最後の扉の前に立った時、二人は、もう互いの顔をまともに見ることができなかった。扉には、こう書かれていた。


『さあ、全ての準備は整いました。あなた方が本当に「食べたかった」もの、そして、本当に「食べさせたかった」もの……それは、目の前にいる相手の「心」ではありませんか? 今こそ、本心を告げなさい』


 その言葉を読んだ瞬間、鷹秋が、春人の肩を掴んで、自分の方へと向かせた。

「……もう、我慢の限界だ」

「な、何を……」

「俺は、猟のためでも、名誉のためでもない! ただ、お前と共にいる口実が欲しくて、この山に来た! ずっと、お前の隣にいたかった! それだけだ!」

 鷹秋の、魂からの叫びだった。春人は、目を見開いたまま、動けない。

「……お前は……お前は、いつもそうだ……。勝手に、人の心に入ってきて、かき乱して……!」

 涙が、春人の瞳から、ぽろぽろとこぼれ落ちた。

「……俺だって……! 俺だって、ずっと……!」

 言葉は、続かなかった。鷹秋が、春人を力強く抱き寄せ、その唇を塞いだ。

 長い、長い口づけ。それは、二人が、長年隠し続けてきた想いの全てだった。


 ふと、二人が我に返ると、周りの景色が変わっていることに気づいた。殺風景だった部屋は、いつの間にか、美しい花々が咲き乱れる、穏やかな庭園となっていた。

 そして、目の前には、巨大な山猫が、満足そうににこにこと笑いながら、座っていた。

「ああ、素晴らしい……! 素晴らしいものを見せていただきましたぞ!」

 山猫は、深々と頷いた。

「これこそ、私が見たかった、最高のごちそうです。若いお二人の、通じ合ったばかりの、熱々で、甘くて、少ししょっぱい、その『想い』! ああ、お腹がいっぱいになりました! もう、あなた方を食べる必要はございません」

 山猫は、そう言うと、ぱん、と前足を一つ叩いた。

 次の瞬間、二人は、元の山の入り口に立っていた。服も、銃も、全て元通りになって。まるで、全てが夢であったかのように。

 二人は、顔を見合わせた。そして、どちらからともなく、そっと手を繋いだ。もう、離さない、と誓うように。


***


(四方田、朗読を終え、恍惚とした表情で、天を仰いでいる)


四方田「……どうですか……! これこそが、真実の愛! 山猫軒の正体は、二人の仲を取り持つための、巨大なカップリング厨だったんですよ! これ以上に尊い結末がありますか!?」


(しかし、部室は、生暖かい、なんとも言えない沈黙に包まれていた)


一ノ瀬「…………もう……何と言っていいのやら……。宮沢賢治先生も、まさかご自身の作品が、こんな……こんな、若者たちの愛の成就を手助けする、お節介な物語にされるとは、夢にも思わなかったでしょうね……。でも……まあ……誰も食べられなかっただけ、マシなのかしら……」


二階堂「……仮説は、一連の『注文』が、二人の登場人物の心理的障壁を取り除くための、一種のカウンセリング・プログラムであった、と。論理的というよりは、情緒的な飛躍が多いですが……一貫した目的の下にプロットが構成されている点は、評価できなくもありません。まあ、予想通り、というところね」


三田村「……観測完了。捕食イベントは、最終的に『萌え』という概念の情報摂取へと置換された。物理的捕食から、精神的・情報的捕食へのパラダイムシフト。システムの目的は、栄養摂取ではなく、関係性の成立そのものにあった。……理解の範疇を超えていますが、一つのモデルケースとして、記録しておきます」


一ノ瀬「はぁ……。とにかく、これで全員の発表が終わったわね。もう、疲れたわ……」


---

議事録担当・書記(四方田)追記:

というわけで、『山猫軒リベンジマッチ』、閉幕! やっぱり、最後は愛が勝つんですよ! ミステリーもSFもいいけど、一番強いのは『BL』ってことが、これで証明されましたね! あー、楽しかった! 次の議題も、楽しみだなっ!


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