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注文の多い料理店(作:三田村 宙)

一ノ瀬「……玲の、あまりにも夢のない解釈……。頭が痛いわ……」


四方田「なんか、もうお腹いっぱいです……」


二階堂「ですが、三田村さん。あなた、私のプランを『矮小な常識に縛られている』と言いましたね。あなたの言う『宇宙的スケール』とやら、見せてもらいましょうか」


三田村「……はい。これは『料理』の記録ではありません。『捕食』のための、環境最適化プロセスです」


(三田村、タブレット端末の画面をスワイプし、一切の感情を排した声で、観測結果を報告し始めた)


***


注文の多い料理店

作:三田村 宙


『注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい』


 二人の紳士は、その奇妙な注意書きを読み、訝しんだ。

「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい、か。一体、何のつもりだ」

「まあ、進むしかあるまい。行こう」

 二人が次の扉――それは、金属ではなく、弾力のある未知の生体組織でできていた――に触れると、扉は虹彩のように収縮して開き、二人を内側へと誘った。

 中は、ぼんやりと青白く発光する菌類に覆われた、洞窟のような空間だった。そして、壁の一部が半透明に光り、文字を映し出していた。


『警告:高周波磁場発生エリア。当生体環境の恒常性維持のため、金属及び電子機器の帯同は、予期せぬ分子崩壊を誘発する可能性があります。指定の非伝導性ロッカーに格納してください』


「な、分子崩壊だと? 物騒なことが書いてあるな」

「何かの科学的な施設なのかもしれん。確かに、銃やナイフを持ったままでは危険だろう。置いていくのが賢明だ」

 二人は、その科学的で、有無を言わさぬ警告に、むしろ一種の信頼感を覚え、全ての金属類を指定されたロッカー――粘菌が集まってできた、奇妙な入れ物――に収めた。

 次の部屋は、眩しいほどの光に満ちていた。壁も床も、継ぎ目のない滑らかな素材でできている。


『検疫プロトコル・ステージ1:外界より持ち込まれた有機繊維及び付着した微生物は、当環境の生態系を汚染します。全ての衣服を脱ぎ、滅菌光を三十秒間浴びてください』


「検疫! やはり、ここはただの料理店ではない。最先端の研究所か何かだ!」

「なるほど、だから人里離れた山奥に……。面白い、実に興味深いじゃないか!」

 二人は、自分たちが何か特別な、選ばれた場所に足を踏み入れたのだという興奮を覚え、喜んで衣服を脱ぎ捨てた。ブザーと共に、部屋全体が青い光に満たされ、彼らの身体の隅々までを浄化していくようだった。

 三番目の部屋は、霧が立ち込めていた。甘く、心地よい香りが鼻腔をくすぐる。壁の文字が、霧の中にぼんやりと浮かんでいた。


『検疫プロトコル・ステージ2:大気適応。当環境の大気に含まれる特殊な酵素に対し、貴殿らの皮膚組織は過剰な拒絶反応を示す可能性があります。この「適合性ナノミスト」を全身に浴びることで、表皮細胞を保護し、安全な通行を保証します』


「なるほど、この霧そのものが、何かの薬品なのだな」

「うむ。確かに、少し肌がぴりぴりする。早く浴びてしまおう」

 二人は、部屋の中央にある噴射口から吹き出す、きめ細かなミストを、頭から爪先まで、夢中で浴びた。肌の刺激はすぐにおさまり、むしろ、しっとりとした保護膜に覆われたような、快適な感覚があった。

 四番目の部屋の床は、キラキラと輝く、白い結晶性の粉末で覆われていた。


『最終検疫:イオン・バリア形成。この結晶性粉末は、有害な静電気を中和し、貴殿らの身体にイオン性の保護膜を形成します。全身にまんべんなく擦り込み、ゲートを通過してください』


「イオン・バリア! すごいな、最先端だ!」

「これで、全ての検疫が完了というわけか。いよいよ、この施設の核心に近づけるのだな!」

 二人は、もはや何の疑いも抱いていなかった。知的好奇心と、選ばれた者だけが体験できるという優越感に満たされながら、彼らは、その科学的な響きを持つ粉末を、喜んで全身に擦り込んだ。

 最後のゲートを通過すると、そこは、広大な、ドーム状の空間だった。壁も床も、柔らかく、弾力のある肉のようなものでできており、全体が心臓のように、ゆっくりと脈打っている。部屋の中央には、熟れた果実のような、甘美な香りを放つ池があった。

 その時、彼らが入ってきたゲートが、音もなく閉じた。いや、閉じたのではない。壁と融合し、完全に消え失せたのだ。

「なっ……!?」

 初めて、二人の顔に、恐怖の色が浮かんだ。

 そして、ドームの壁全体に、巨大なメッセージが、燐光を発して浮かび上がった。


『環境適応プロセス、完了。

 対象サンプルに対し、第一段階消化酵素、及び、触媒の付着を確認。

 これより、タンパク質、アミノ酸、脂質の分解を開始します。


 ようこそ、我が消化器官へ。あなた方は、実に素晴らしい「栄養素」です』


「……え?」

「……消化、器官……?」

 全てを理解した時、既に手遅れだった。ドームの床が粘性を帯び、彼らの足を捕らえて離さない。壁からは、強力な消化液が、滝のように流れ出し始めた。

「うわあああああああああっ!」

「助けてくれええええええ!」

 二人の悲鳴は、巨大な生体捕食器官の中で、ただ虚しく反響し、そして、ゆっくりと、甘美な消化音の中へと溶けていった。


***


(三田村、静かにタブレットの画面を消した。部室は、恐怖とも呆れともつかない、異様な沈黙に支配されていた)


四方田「……うわああああん! こ、怖すぎます! レストランそのものが、巨大な宇宙生物だったってことですか!? 吸収されちゃうなんて、食べられるよりグロくてエグいじゃないですか! もうヤだ、夢に出ますよぉ!」


一ノ瀬「…………物語の体を成してはいるけれど……。これは……これはもう、宮沢賢治先生への冒涜とか、そういう次元を超えているわ……。ただただ、生命そのものへの冒涜よ……! 詩情が……詩情が、マイナスに振り切って、宇宙の果てまで行ってしまったわ……!」


二階堂「……生物学的捕食トラップ。各プロセスを『安全手順』と誤認させることで、獲物自らに下処理をさせる……。その論理構造は、認めざるを得ないほど、合理的で、完璧ね。被害者の心理状態に一切依存しない、絶対的な捕獲システム。……悔しいけど、私のプランの上位互換だわ」


(二階堂が、静かに敗北を認めた。その時、三人の視線が、最後の発表者である四方田に集まった)


一ノ瀬「……四方田さん」


四方田「は、はいっ!」


一ノ瀬「もう、論理も、SFも、お腹いっぱいよ……。お願いだから、最後は、ちゃんと『心』のある、救いのある話にしてちょうだいね……!」


四方田「ええええっ!? は、ハードルが、なんか、すごいことになってません!?」


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