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注文の多い料理店(作:二階堂 玲)

二階堂「では、続けますね。私のプランに必要なのは、被害者の虚栄心ではありません。……ほんの少しの『好奇心』と、『自分は賢い』という、ありふれた自負心。それだけで、十分です」


(二階堂、ノートパソコンの画面に視線を落とし、淡々とした口調で語り始めた)


***


注文の多い料理店

作:二階堂 玲


『注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい』


 二人の紳士は、その奇妙な注意書きを読み、眉をひそめた。

「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい、か。随分と、もったいぶった店だな」

「ふん、主人はよほどの変わり者か、あるいは我々の知性を試しているのかもしれん。面白い、受けて立とうじゃないか」

 二人は、黄金の把手を捻り、次の部屋へと足を踏み入れた。

 そこは、書斎のような、重厚な雰囲気の部屋だった。革張りの椅子が置かれ、壁には難解そうな書物が並んでいる。そして、次の扉には、こう記されていた。


『ようこそ、挑戦者よ。この先へ進むには、汝の「力」をここに示されたし。ただし、我らが求めるは、知性という名の力なり。無粋な鉄塊は、隣の箱へ』


「ほう、挑戦者、か。これは面白い。我々を試すつもりのようだ」

「無粋な鉄塊、とは鉄砲のことだろう。よろしい。そんなものに頼らずとも、我々の知性でこの謎を解き明かしてやろう」

 二人は、自分たちが試されているのだと理解し、むしろ愉しげに、猟銃と弾丸を指示された木箱へと収めた。

 次の扉を開けると、そこはがらんとした、石造りの部屋だった。壁には、天秤の絵が描かれている。


『挑戦者は、皆、平等であるべし。社会的地位という名の鎧を脱ぎ、思考の妨げとなる装飾品を外されよ。純粋な知性のみが、次の扉を開く鍵となる』


「なるほど。役職や財産といったものではなく、我々自身の価値を問うているのだな」

「高尚な精神だ。気に入った。ここで、上着も時計も脱ぎ、対等な挑戦者として臨もう」

 二人は、お互いのプライドをかけてこの奇妙な謎解きに挑むことを決意し、衣服を脱ぎ捨て、用意されていた簡素な一枚布を腰に巻いただけの、裸同然の姿となった。

 三番目の部屋は、薄暗く、湿った土の匂いがした。壁際には、白、黄、黒と、三つの色の粘土がそれぞれ壺に入って置かれている。壁には、謎めいた言葉が書かれていた。


『森の賢者は、肌で思考する。我らが森の恵み――「大地の知恵(白土)」「太陽の祝福(黄土)」「深淵の思考(黒土)」――の中から、真の「守り」となるものをその身に纏え。誤った選択は、汝を森の迷子とするだろう』


「謎解きか! いよいよ面白くなってきたじゃないか!」

「ふむ。黄色は毒草、黒は腐敗を連想させる。消去法で考えれば、答えは『白』だ。純粋と知性の色。これこそが、賢者の守りとなるに違いない」

「同感だ。単純な引っ掛け問題だな」

 二人は、自らの明察に満足しながら、迷うことなく白い粘土――それは、実にきめ細かく、上質な小麦粉に香草を混ぜたものだった――を、その全身にまんべんなく塗りたくった。べたつくこともなく、肌はさらりとして、心地よかった。

 四番目の部屋は、湯気で満ちた蒸し風呂のような場所だった。中央には、二つの石の鉢が置かれ、それぞれに真っ白な結晶が山盛りになっている。


『賢者の最後の試練。「浄化の白き結晶」か、「甘美なる白き誘惑」か。真の覚醒を促すは、どちらか一つ。その結晶を、全身に擦り込むべし』


「浄化か、誘惑か。これも分かりやすい。我々が求めるのは、俗な甘さではない。精神を高めるための、浄化だ」

「ああ。それに、先ほどの粘土を落とすのにも、こちらの方が都合がいいだろう」

 一人が、甘美なる誘惑、と書かれた鉢の結晶を少し舐めてみた。

「……む、これは砂糖だな。やはり、もう一方が正解だ」

 二人は、迷うことなく「浄化の白き結晶」――すなわち、天然の岩塩――を手に取り、粘土の塗られた肌の上から、ごしごしと擦り込み始めた。塩は、粘土と混じり合い、絶妙な具合に肌に馴染んでいく。

 全ての試練を終えたと思った二人が最後の扉を開けると、そこは真っ暗な、長い廊下だった。突き当たりに、一つの扉が見える。その扉には、非常に複雑な、パズルのような鍵が取り付けられていた。そして、扉の横には、最後のメッセージが掲げられていた。


『見事、全ての試練を乗り越えし者よ。最後の扉を開けるがいい。その先には、この謎を仕掛けた「主」が、汝らを称えるための晩餐を用意して待っているだろう』


「やったぞ! ついに最終問題だ!」

「主人が直々に出迎える晩餐、か。我々の知性への、最高の賛辞というわけだ。さあ、早くこの鍵を開けてしまおう!」

 二人は、夢中になって、その複雑なパズル錠に取り掛かった。ああでもない、こうでもないと、知恵を絞り、一時間ほどが経過しただろうか。

 カチリ、と。重々しい音を立てて、ついに錠が開いた。

「開いたぞ!」

「我々の勝ちだ!」

 二人は、歓声を上げ、意気揚々とその重い鉄の扉を押し開けた。

 その瞬間だった。

 扉の向こうは、出口ではなかった。そこは、燃え盛る炎が真っ赤に揺らめく、巨大な窯の内部だったのだ。

「な……!?」

 驚く間もなく、二人の背後から、今まで気配すらなかった、毛むくじゃらの巨大な手が伸びてきて、二人を窯の中へと突き飛ばした。

「ぎゃあああああっ!」

 扉が、ゴウ、と地響きのような音を立てて閉まる。鉄の格子窓から、青い目を爛々と輝かせた巨大な山猫が、にやりと笑って言った。

「ようこそ、賢い紳士諸君。あなた方が、今宵の晩餐のメインディッシュです。下ごしらえにご協力いただき、まことにありがとうございました」

 熱風と絶望の中、二人の意識は、急速に薄れていった。


***


(二階堂、静かにパソコンを閉じた。部室は、先ほどとは違う種類の、冷ややかな沈黙に満たされている)


二階堂「……以上よ。被害者に『自分は賢い』『自分はゲームを攻略している』と錯覚させることで、警戒心を完全に無力化する。これが、私の導き出した、完璧な心理的密室です」


一ノ瀬「……なんて、なんて陰湿な罠なの……! 私の『おもてなし』には、まだ真心があったというのに! あなたのやり方は……人の知的好奇心とプライドという、最も尊い部分を利用した、あまりにも冷徹な罠だわ! でも……でも、悔しいけれど……完璧よ……!」


四方田「うわー……。自分たちが賢いと思って進んでいったら、実は、自分で自分の味付けを選んでただけってことですか……? それ、一番タチが悪いやつじゃないですか! ひどい! トラウマもののクソゲーですよ、それ!」


三田村「……対象に選択の自由を与えているように見せかけ、全ての選択肢が単一の望ましい結果に収束するよう設計されたシステム。ゲーミフィケーションを利用した、典型的なダークパターンです。論理的破綻は、認められません。……ですが」


(三田村、少し間を置いて、続けた)


三田村「……ですが、そのロジックは、地球の、この惑星の、あまりに矮小な常識に縛られている。本当の『料理』とは、そういうものではありません」


二階堂「なんですって……?」


三田村「……次は、私の番です。皆さんに、宇宙的スケールでの、真の『調理』とは何かをお見せします」


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