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『第一回・雲隠チャレンジ』

日付:20XX年某月某日

場所:文芸部部室

議題:『源氏物語』における「雲隠」の謎について

出席者:一ノ瀬詩織(部長)、二階堂玲(副部長)、三田村宙、四方田萌


---


一ノ瀬「さて、本日の活動として取り上げるのは、日本の文学史、いえ、世界の文学史に燦然と輝く至宝、『源氏物語』よ!」


(一ノ瀬、テーブルの中央に分厚い本を数冊、厳かに積み上げる)


四方田「おー、源氏物語! 主人公の光源氏が、いろんな女性と恋しまくる話ですよね? 授業でやりました!」


一ノ瀬「その通りよ、四方田さん。光源氏の栄華と苦悩、そして彼を取り巻く女性たちの生き様を描いた、平安時代が生んだ最高のエンターテイメント! ……けれど、この長大な物語には、一つだけ、奇妙な“空白”が存在するの」


二階堂「空白、ですか?」


一ノ瀬「ええ。全五十四帖から成るこの物語には、第四十帖『幻』と第四十二帖『匂宮』の間に、本来あるべき巻の“名前”だけが伝わっているわ。その名も、『雲隠』」


四方田「くもがくれ……? なんだか意味深なタイトルですね」


一ノ瀬「そう。そしてこの『雲隠』は、その名があるだけで、本文が一切伝わっていないのよ。物語が、完全に途切れているの」


三田村「……意図的な、情報欠損」


一ノ瀬「それに対する通説的見解はこうよ。『雲隠』は、主人公・光源氏の“死”を描いた巻だったのだろう、と。そして、あまりに完璧な主人公の死を描くことは、作者である紫式部にとって忍びなく、また読者に与える衝撃も大きすぎる。だからこそ、あえて“書かない”ことで、その死を表現したのではないか……というのが、最もロマンチックで、美しい解釈とされているわ」


(一ノ瀬、うっとりと目を細め、遥か平安の世に思いを馳せる)


二階堂「……あの、部長。その解釈、少しロマンチックに過ぎませんか?」


一ノ瀬「え?」


二階堂「作者が書かなかった、なんていう情緒的な理由よりも、単純に“紛失”したとか、あるいは政治的な理由で時の権力者に“検閲・破棄”させられた、と考える方が、よほど現実的だと思いますけど。ミステリーで言うなら、重要な証拠が隠滅されたのと同じ状況ですよ」


四方田「えーっ! ていうか、主人公の死ぬ場面が、まるっとないってことですか!? それって、最終回直前で打ち切りになった漫画みたいなもんじゃないですか! 読者はざわつきますよ、絶対! 『先生の次回作にご期待ください』じゃねーよ! ってなります!」


三田村「……本文データだけが、別次元に転送された、という可能性も。あるいは、我々のいるこの世界線が、そもそも『雲隠』を観測できないように定められている、とか」


一ノ瀬「ふふふ……。みんな、素晴らしいわ。現実的な消失、読者の需要、そしてSF的な消失……。通説を鵜呑みにせず、自分たちの視点で謎を見つめる……。それこそが、我が文芸部の真髄!」


(一ノ瀬、パン! と柏手を打ち、部員たちを見回す)


一ノ瀬「ならば! 答えがないのなら、私たちが創ればいいのよ!」


四方田「え?」


一ノ瀬「題して、『第一回・雲隠チャレンジ』! 紫式部が描かなかった、あるいは失われた『雲隠』の巻を、各自、自由な発想で執筆する! そして、一週間後のこの時間、この部室で発表会を行う! これを、今回の我々の活動とするわ!」


二階堂「はぁ……また部長の壮大な思いつきですか。それで、何をどう書けと?」


一ノ瀬「ええ、何でもアリよ! 二階堂さんは、光源氏の死の真相に迫る本格ミステリーを書いてもいいし……」


二階堂「……光源氏の死因を探る、ですか。毒殺、密室殺人…。ふむ、そう考えると、少しは面白そうですね」


四方田「えー! 書くんですか!? ヤバい、面白そう! じゃあ私は、光源氏が実は死んでなくて、身分を捨てて一番愛した人と駆け落ちする、みたいなハッピーエンドルート書いちゃおっかな~! 尊い!」


三田村「……了解。コードネーム『ヒカル・ゲンジ』。彼の最後のミッションは、月の帝国からの侵略者を、己の命と引き換えに退けることだった……。その記録を」


一ノ瀬「いいわ、いいわよ、みんな! 悲劇、ミステリー、恋愛、SF! なんでもあり! 私はもちろん、紫式部の魂を我が身に宿し、史実と文献に基づいた、最も格調高い悲劇として『雲隠』を再現してみせるわ! さあ、創作開始よ!」


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議事録担当・書記(四方田)追記:

今日のまとめ→来週、部室で光源氏が殺されたり駆け落ちしたり宇宙人と戦ったりするらしい。うちの部活、カオスで最高(笑)。


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