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即興短編

パイソンカマムシとは何だったのか

 樹海の中を進む偵察船はぬるい音を立てていた。

 操縦士のイワンがウォッカを呷りながら、言う。


「どうしてどいつもこいつもパイソンカマムシが好きなんだろうな?」

 

 俺は後部座席で、ぬらぬらとした液体に濡れた樹木の葉が流れていくのを眺めながら、イワンに答える。


「酒を飲みながら操縦するのはやめろ」


「いいだろ。ここは地球じゃねぇんだ。何より自動操縦だぜ? 俺の仕事は何かあった時に──」


 その何かが早速あった。


 目の前に巨大なシダの若芽のような気持ち悪いシィナ蟲が突如として出現した。鬱陶しい目で『飲み足りない』とでも言うように恨みがましい口を開けると、百本の足で駄々をこねるように、偵察船に攻撃をかましてきた。


「なんてこった……」


 樹海の腐葉土深く沈められたコックピットの中で、俺はイワンに言った。


「大丈夫か、イワン。言わんこっちゃない」


「大丈夫だ……。だが、俺がシラフだったとしても今のは避けられねぇぜ」


 イワンは呑気に笑う。酒で危機感が麻痺してやがる。


 辺りは静まり返っていた。


 静か過ぎた。


「……?」

 

 俺は気づいた。この静寂は、異様だ。

 虫の音も聞こえないなんて、普通じゃない。


「イワン……」

「なんだ……?」


 イワンも異変に気づいたらしい。操縦パネルに手を置いたまま、正面を注視していた。その目が徐々に見開かれる。俺もそれに倣った。

 巨大な蛇のような蟲がそこにいた。全長十メートルはあるだろうか? まるで動物のように四足歩行で地面を這い回り、こちらへ近づいて来る……。

 俺たちを食べるつもりか?

 いや、違うな……これは……?


「パイソンカマムシだ!」


 噂にはもちろん聞いていたが、見るのは初めてだった。新緑のブナの葉のような色を背中に湛え、青い光を浮かべた目をこちらに向けている。


 俺たちは正直な言葉を口にした。


「きも……」

「きんも……!」


 それは今まで見た中でももっとも気持ちの悪い蟲だった。

 蟲が支配するこの惑星で、様々なきもい蟲を見て来たが、比べ物にならなかった。

 なぜ……植民地開拓者たちの間で、これがあんなにも人気があるのか、気が知れなかった。


 イワンが焦った声をあげる。

「……チッ! 故障したようだ! バッテリー・パックに異常だ!」


 偵察船は動かない。

 俺たちはしかし、捕食される不安だけは抱いていなかった。

 遭遇した者の話によると、パイソンカマムシは──


 パイソンカマムシは目の前まで近づいて来ると、俺たちに手を振った。


『やぁ!』


 パイソンカマムシは、そう言った。


 確かにそう言った。


 イワンが訝し気な表情で俺に聞く。


「なぁ、いま何か言ったか?」

「いや……何も」


 そう答えた俺は、否応なしに思い出さざるを得なかった。これまでに遭遇した数々の異星の蟲たちのことを。

 どの蟲も、攻撃をしてくることはあっても、俺たちを殺そうとはしなかった。その様子はまるで敵を排除するというよりは、うるさい隣人に苦情を言いに怒鳴り込んでくるのに似ていた。

 それどころかまるで人懐っこい犬のように身を擦り寄せてくることさえあった。

 

 そうして、俺はこれまでずっと後回しにして来た疑問を口にした。


「なぁ……イワン」

「なんだ? 今それどころじゃ──」

「どうしてこの惑星の蟲たちは……俺たちとコミュニケーションを取ろうとするんだろうな……?」

 イワンはぽかんとした表情で俺を見た。そしてまた目の前のパイソンカマムシに向き直ると、目の前の蟲がその疑問に答えた。


『それはね』

 パイソンカマムシが言った。

『僕たちが君たちを愛しているからさ』


 偵察船のコックピットは静寂に包まれた。

 イワンがおずおずと聞く。

「え? おわり?」

「いや……続きがあるぜ」


 パイソンカマムシは『僕たちが君たちを愛しているからさ』と言った後、こうも言った。

『僕たちは君たちのことが知りたいんだ』

 そして、偵察船へ向けていた目を自らの側へ向けると、腹ばいになって地面に伏せ、こう続けた。


『この惑星のことを教えてあげよう!  どうか一緒に来てくれないかな?』と……。


 俺はイワンに言う。

「……この星って、蟲たちが支配してるんじゃなかったのか?」


 イワンはすべてを理解したように、笑っていた。

「どうやらそうじゃなかったんだ。ここは『誰でも参加OKの星』だったのさ! 俺たちも楽しもうぜ!」


 パイソンカマムシは俺たちに『こっちだよ!』とでも言っているのだろうか?  俺たちに手を振るような動作をしながら、森の中を前進し始める。

 俺たちは偵察船を下りると、楽しそうに尻尾を振って前を歩いていくパイソンカマムシについて行った。


 パイソンカマムシが森の中を進んでいく。俺たちもその後ろに続く。

 ほどなくすると、地面から突き出した巨大な岩に突き当たった。その岩は樹海の中にあって一際異彩を放っていた。まるでこの惑星の重力に抗ってまで天へ伸びようとしているかのようだ。


 パイソンカマムシは岩の表面を這い上がると、その上に飛び乗った。そして俺たちに手招きをする。『ここへ来て』と言っているようだった。

 俺とイワンは顔を見合わせると、互いに頷きあい、その岩へとよじ登る。


 パイソンカマムシは巨大な岩の頂上まで登ると、そこで俺たちを待っていた。そしてまた腹ばいになると、地面に伏せる。『この上に乗って』とでも言っているのだろうか?


  俺たちはそれに従った。


 すると、俺たちの身体が、浮き上がった。


「うぉ……!」

「うおぉ……!?」


 パイソンカマムシは俺たちを背中に乗せて、ゆっくりと飛び上がった。パイソンカマムシは空を飛べたのだ。巨大な蟲の背中に乗り、俺とイワンは飛んでいった。赤い異星の空の下を──どこまでも、どこまでも行けそうな気持ちに反して、基地まで送り届けてくれると、パイソンカマムシは着地した。


「お帰りー」

「わー! パイソンカマムシじゃん! 久しぶり!」

「お帰り、二人とも。パイソンカマムシに会ったんだね?」


 パイソンカマムシは青い目の光でウィンクをすると、俺たちに聞いた。

『この星のことがわかったかい?』


 俺たちは答えていた。

「あぁ、わかったよ」

「コロンさんによろしく」


 イワンが口にしたその名前を、俺は知らなかった。おそらくはイワン自身も知らないだろう。初めて聞く名前なのに、俺もその存在をよく知っていたからだ。


 それはこの惑星の神の名だった。


 蟲しかいないこの惑星で、しかしそれは人間の姿をしていた。見たこともないはずのその神の容姿を、俺たちはよく知っていた。緑色の長い髪の、美しい女神だった。


「コロン神……」

 俺は飛んでいくパイソンカマムシの背中に手を振りながら、呟いていた。

「ありがとう……。こんな素晴らしい惑星を作ってくれて」


 俺たちは、この惑星で、蟲たちと仲良くやっていくだろう。

 蟲が嫌いなやつらも、不思議にパイソンカマムシのことが大好きなんだ。




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コロンさまが『酒祭り』を開催中です
― 新着の感想 ―
読ませていただきました。 なんだ?この世界観は?読後の清涼感を覚えずにはいられません(笑)。 すべての生き物はかつてひとつだった・・・ゆえに皆仲間、バイソンカマムシも勿論・・・。 この惑星はゆーと…
やさCせかい
♪ファ〜… 神降臨でございまむし。 よくぞおいでくださいまむし。 この星の事、わかりまむしか?にっこり。 さあ、もっとお飲みください。 酔えば酔うほど目が覚めまむしよ。 幸せな人よ。 この星の秘密…
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