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6.二者一択

「ちょうどうってつけのがありますよ」


 昼頃リングリフ支部で依頼達成報告の手続きをしつつ、ダンジョン関係の依頼がないか相談したところ、ミーアさんが持ち前のミーア・スマイルを浮かべ、ある新しい依頼書を机の上に置いた。


「昨晩遅くだったのですが、ダンジョンに入ってほしいと依頼が来ました。

 ここから北に数キロ離れたところに《アルノル迷宮》という比較的小規模 のダンジョンがあるのですが、そこに魔獣が新しく棲みついていると報告がありまして」


「事実確認およびその魔獣の討伐をしてほしいと。

 でも、みんな受けたがりそうなのに、よく朝の貼り出しで残ったね」


 ダンジョン探索は思わぬ副産物が手に入る可能性がある人気の依頼だ。

 毎日朝八時に行われる貼り出しでこの依頼書が出れば、誰もが飛びつきそうなものだけど。


「こちら第一級宛の依頼で、掲示板に出してないんですよ」


 依頼書を見ると、紙面には第一級宛であることを示す印が押されていた。

 しかも、依頼人の欄には帝国騎士団の印が押されている。

 こういった依頼は国の重要機密に関わることが多いため、貼り出しせずに受付で管理されることが多い。


「こっちで管理してるということはかなりヤバい内容なのかな?」


 ミーアさんは周りをキョロキョロと見渡すと、小さく手招きして僕の耳元で囁く。


「この依頼が来る一月前に帝国の騎士団の小隊が調査のためダンジョンに潜入したのですが、まだ誰一人生還していないそうなんです。

 そんなことを国民や他国に知られては帝国の威信に関わるから、内密に処理してほしいと」


 帝国の騎士団は大陸全土のどの国と比べても優秀であると評判だ。

 個人の戦闘技術もさることながら、組織全体の統制がとれている。

 一〇人程度の小隊といえども、かなりの戦力と言っても差し支えはないだろう。

 そんな彼らが一月経っても帰ってこないとなると、その新しく棲みついた魔獣はなかなか手強いものかもしれない。


「書いてないけど、もし騎士団が生きていたら、密かに彼らを救出するのも依頼の内に入っているんだね?」


「お察しが早くて助かります……」

 

 ただ魔獣を倒すだけならさほど苦労はしないけど、それに救出が加われば難易度は急激に上がる。

 負傷した重装備の十人ぐらいの大人となれば尚更だ。

 これは確かに第一級が受けるに相応しい依頼内容だ。


「でも、それだけ高難度の依頼ならブライトンさんやガフノフさんが黙ってないだろ?」


 ブライトン・ダレイアとガフノフ・ダレイア。

 二人はダンジョン探索だけで第一級に上り詰めたドワーフ族の探索者兄弟だ。

 彼らのダンジョン熱は凄まじいもので、攻略難度の高いダンジョンの依頼があると聞けば、真っ先に手を挙げて、掻っ攫ってしまうほどだ。

 もし横取りしようものなら、探索中の冒険譚を彼らの満足のいくまで語らなければならない。最低でも一晩はかかるだろう。

 僕が第一級に昇格して一度もダンジョン探索依頼を受けなかった原因の一つのがダレイア兄弟の存在もあるだろう。


「だ、大丈夫なのでは、な、ないですか……」


 なぜだろう?

 突然ミーアさんが目を合わせてくれない。それどころか、大量の冷や汗をかいている。


「……まさか、彼らに話してないとか?」


「……………てへっ!」


 さすがはミーアさん。

 ごまかし方がかわいいなぁ。

 …………でも


「てへっ、じゃないよ!

 あのふたりの面倒臭さはミーアさんが一番知ってるはずだろ!」


「だってダレイアさんたちってダンジョン攻略したら、町中に触れ回らないと気がすまないじゃないの!

 それで今回の依頼内容が周知されたら、代協の信用がガタ落ちになるのよ!」


 ミーアさんが涙目で僕の腕を掴む。

 敬語じゃなくなったあたり、かなり切羽詰まってるらしい。


「だからといって、僕が犠牲になれっていうのか?!

 申し訳ないけど、今回の件は見なかったことにしてくれ!」


「お願いだよぉ!

 他所が出してるのにうちからも一人出さないと面子が立たないからレインにやらせろ、と支部長が言ってたの! もう決定事項なの!」


 端からこの依頼を僕に押し付ける気だったのか。シド支部長め!


「もし断られたら、私の支部内での立場が、人事評価が危ないの!

 私とレイン君の仲じゃない! 助けてよぉ!」


「なんやかんや言って、やっぱり自分の保身のためじゃないか!

 そんなことに僕を巻き込むな!

 ダレイアさんたちに目をつけられるなんてまっぴらだ!

 絶対受けないからね!」


「ぐぬぬ。こうなったら、あの手を使うしかない。本当はこんなことしたくなかったけど……」


 そう言って、ミーアさんが取り出したのは新たな依頼書。

 それを机の上に置くと、彼女はフフフと邪悪な笑い声を漏らす。

 いつものミーア・スマイルじゃない。


「そ、それは……?」


「ミラーナ商会様からレイン君への指名依頼です。

 これだけ言えば分かるわよね?」


「ミラーナ、商会……?!」


 ミラーナ商会とは、リングリフを本拠地に、大陸全土の都市に支店を置く商会の一つだ。

 ただ彼らが扱うものというのが特殊で。

 簡単に言えば、裸の男と女があんなことやこんなことをする姿を記録した特殊な水晶だ。

 客はそれを買って、専用の魔道具にはめ込むことで記録した映像を観ることができる。


 ミラーナ商会は近年開発された技術を一般庶民が気軽に買えるよう改良し、普及させた、かなりやり手の商会だ。

 特に性的興味を持ち始めた若者たちから多くの支持を受けているらしい。


 どうしてその商会が僕に指名依頼を出したか。

 まだ駆け出しの代行者だった頃、お金がなかった僕は、気の迷いでよく依頼内容を読まずに、ミラーナ商会が出していた依頼を受けてしまった。僕はてっきり商品運送の護衛の仕事と勘違いしていたんだ。(なぜ代協の掲示板に堂々と掲示されていたのか今でも不思議だけど)

 けど、実際指定された場所に向かうといきなり服を脱がされて、ベッドの上で手足を固定されて、全身をこちょこちょ……。

 いや、もう思い出しただけで悶え死にそうになる。


 そうして撮影され、売り出された映像は思いのほか評判が良く、歴代で五本の指に入るぐらいの売り上げをたたき出した。僕のリアクションが特に好評だったらしい。

 僕の顔は特殊な技術で隠されているから世間に知られなかったことが不幸中の幸いだ。三〇〇万ベーラの報酬も貰えたし。

 それ以降、ミラーナ商会から僕指名の依頼が出されることになったんだ。


 つまり、ミーアさんが最終兵器のように手にしている依頼書にはそういう系の依頼が書かれているということだ。


「今までは私の一存で保留にしていたの。

 あの時のレイン君、数日間依頼を受けられないぐらい衰弱していて可哀想だったし。

 それにレイン君は第一級代行者といっても年頃の女の子。もうあんな酷い目に遭わせたくないから。

 今まで口にしなかったけど、君の事を本当の妹のように大事に思ってるのよ」


「ミーアさん……」


「でも、今回の依頼を受けないと駄々をこねるなら、代わりにこのミラーナ商会の依頼を受理するわ!

 知ってる? 指名依頼を断るにはそれなりのお金が必要になるのよ。

 万年金欠の上、多額の借金を抱えるレイン君に払えるかしら?」


「さっきの感動を返せ!

 というか、やり方が卑怯だよ!

 それが妹のように思っている相手にすることか!」


「好きに言いなさい!

 今回はリングリフ支部と私の今後がかかっているの!

 手段なんて選んでいられないわ!

 さあ、おとなしくダンジョンに入るのか、また恥ずかしい思いをするのか、今ここで決めなさい!」


「ぐぬぬぬ……」


 机に並べられた二枚の依頼書。

 この二つから選ばなくてはならないとすれば、もう答えは決まっている。


「……ダンジョンの方でお願いします」


「承りました!」


 ミーアさんがいつものスマイルでダンジョン探索の依頼書に了承印をポンと押した。


 もう二度とあんな地獄を受けるつもりはない。

 確実に地獄を見るぐらいならダレイア兄弟にバレないよう、密かに依頼をこなす方がまだ希望の光がある。

 それに元々ダンジョン探索の依頼を求めていたのだから結果オーライだ。

 一応、鼻歌交じりに事務処理をするミーアさんに「絶対ダレイア兄弟には言わないでね!」と強く念押しした。


「そういえば、さっき他所からも人を出すって言ってたけど」


「はい。《アルノル迷宮》付近の都市、ダライアスとフラハーバの支部から一人づつ第一級代行者を出すことになっています。

 どのような方かはまだ情報が届いていないのでわかりませんが、両支部ともそれぞれのトップクラスを選出すると意気込んでいるらしいですよ。

 なんせ帝国騎士団直々の依頼ですからね」


「支部のトップクラスか。それは楽しみだ」


「今日中に他の支部と連絡して詳細なことを決めるので、明日の朝八時にまたこちらに来てください」


「朝の八時だね。わかったよ」


「今日はゆっくり休んでくださいね」


 最後に《血染め鴉》討伐の報酬を受け取り、支部を後にした。


 ちなみに、今回の収入は予想通りの一〇万ベーラだった。

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