4.《拳闘姫》
やっちゃったなあ。
ボクが村に到着した時にはもう建物のほとんどが燃やされていた。
しかも、広場に村人達が集められているし、何人かは怪我を負ってるし。
本当は新しい被害が出る前に片付けたかったんだけど。
まさか拠点を帝都近郊からこんな辺境に移動させてるとは思わなかった。
たまたまこの近くで盗賊の被害が出ているという噂話を他の代行者から聞かなかったら気づかなかった。
というか、そんな情報があるなら代協からいって欲しかったんだけど?!
絶対情報入ってたよね?
ミーアさんも受付してるんだから、代行者から話聞いたり、報告書に書いてあったりしてるよ!
本当だったら数日で終わらせるはずだったのに、結局一〇日もかかった。
おかげで余裕を持って用意してた消耗品全部使い切っちゃったし、食料も全部食べちゃった。もしあと二日見つからなかったら、諦めなければならなかったところだった。
それで依頼失敗のペナルティ払わなけりゃならないって、もう損しかないじゃん!
いくら捜索も代行者の仕事のうちだといっても、代協なら少しぐらい情報援助してくれたっていいじゃないか!
帰ったら、ミーアさん、いやシド支部長に文句言ってやる!
けど、肝心の《血染め鴉》。あっさりと倒してしまったなあ。
依頼書には元代行者がほとんどを占める強者揃いの集団で、特に頭領のレイルド・ヒューマンは大きな剣を使う荒くれ者とか書いてあったから、手応えがあるかと期待してたんだ。
けど、それほどでもなかった。
森で警備していた盗賊たちは装備が良くて数が多いだけで、肝心の戦闘スキルは低い。せっかくいい武器持ってるのに、宝の持ち腐れだよ。
本命のレドルドと手合わせしたら、ただ大剣をめっちゃ速く振れるだけで、特に凝った技を出すわけでもいない。まるで大イノシシを相手にしてるみたいだった。
この前戦ったアーマード・ドラゴンの方が考えて戦っていたよ?
まあ最上級魔獣と比較するのはかわいそうだけどね。
けど、捜索に手間と時間をかけただけに拍子抜けだ。
とにかく依頼は達成した。
ほとんどの建物は全焼したみたいだけど、倉庫と中にある食料や木材は無事で、一週間もすれば十分立て直せるみたい。
村の人に死亡者も盗賊にいたずらされた人もいないみたいから、結果オーライかな?
「レイン殿、この度はお助けいただきありがとうございます」
齢六十歳ぐらいの男の人がボクに御礼を告げた。彼がこの村の長だと言ってたな。
「いいですよ。ボクはただ仕事を全うしただけです」
「いえいえ。それでも我らの命が救われたのは事実。どうかこの村でゆっくりしていただければ……と言いたいところですが、寝泊まりできるところはすべて焼き払われておりまして」
「気にしないでください」
「あの、少しお話があるのですが……」
村長がアイコンタクトを送ると、村人の一人が大きな革袋をボクの目の前に持ってきた。
「これは?」
「村の者が蓄えていたものを集めました。どうぞお納めください」
村を危機から守った場合、報酬とは別に村から謝礼が出ることはよくあることだ。
しかし、依頼書に特別な記載がない限り、報酬以外の謝礼を受け取ることは代行者協会の規定で禁止されている。
別に村からの完全な善意で受け取るなら問題ない。
けど、悪質な代行者の中には自分から謝礼を求めるケースがあり、それが問題になったことがあり、数十年前に完全禁止となった。もしバレたら、受け取った謝礼の一〇倍のペナルティを払わなければならない。
特に、今回のように国が依頼者の場合、代協だけでなく国の法律で裁かれることもある。その中でも帝国は罰則が厳しく、場合によっては無期限の強制労働が課される。
「ごめんなさい。規則で受け取れないので……」
「ご安心ください。このことは口外いたしません」
「そういうことじゃなくてですね……」
「第一級様には少ないとは思いますが、一〇万ベーラほど……」
「一〇万?!」
それって、今回ボクの手元に入ってくる手取りと同じじゃないか!
これだけあれば打ち上げの時に少し贅沢しても許される! エールも飲み放題だ!
欲しい! 正直欲しい、けど……。
「やっぱりだめです。お気持ちだけ受け取ります」
「そうですか。残念ですが、仕方ありません」
一〇万ベーラがボクの目の前から去って行く。
惜しいことをした。
けど、バレた時の罰則が怖い。
大丈夫だと思うかもしれないけど、かなりの確率で代行者協会にバレる。それで一年間に数十人の違反者が処罰されているのだ。
報告書作成のための情報集めが一段落ついた頃、いつの間にか朝日が昇っていた。
そういえば、レイドルと戦った時には山際が少し明るかったなあ。昨日の夜から一睡もしてないから眠いよ。
今すぐ眠りたいけど、事後処理をしている村人達の前で一人休息するのは気まずい。
《血染め鴉》を引き取りに近くの衛兵隊が来るらしいから、それに立ち会って彼らと一緒に隣町に向かおう。そこで安宿をとってゆっくり眠ろう。
「あの……ちょっといい?」
大きなあくびをしていると、誰かがボクの肩をトントンと叩いた。
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
秋の麦畑のような黄金色の髪に赤い瞳。身長はボクより少し高いぐらいかな?
盗賊の一人に襲われたのか、全身が土で薄汚れていたけど、大きな怪我がないようだ。
「君は?」
「アタシはメイって言うの。よろしくね」
「よろしく。それでボクに何の用かな?」
「別に用があるってわけじゃないんだけど、少し話がしたくて……」
メイが頬を染めながらボクを見つめていると、その光景を見ていた村の子ども達が集まってきた。
「君、強いね。あんな剣を振り回す大男を倒せるなんて。さすがは《拳闘鬼》! 鬼みたいに強ぇ!」
「あんな堅そうな鎧にパンチして痛くねえのか?」
「腕の金ピカ、エージェント・リングだろ? 触らせろよ!」
「その銀の髪サラサラしてるね? 手入れってどうしてるの?」
彼らは目を輝かせてボクに迫りくる。
ボクより大きい子も多いから、押しつぶされそうだ。
…………屈辱。
あまり実感がないけど、代協がボクに与えられた二つ名は大陸全土に知れ渡っているらしい。
特に男の子は強い英雄というものに憧れを抱くものらしく、二つ名の主がボクであると知った途端、刺激に飢えた青年が興味本位で近づいてきて、過去の魔獣退治や野盗討伐の話を聞きたがる。
それは決してボクに限ったことでなく、上級の代行者全般にいえる。
この気持ちはよくわかる。
ボクも昔は、村に代行者が来た時は男の子達と一緒に彼らの冒険譚を聞いて、胸を躍らせたものさ。
けど、ボクの場合は少し系統が違う。
男の子以上に女の子が積極的に近づいてくるんだ。
最初にボクへ話しかけたメイっていう子も、後で迫ってきた女の子達も、男の子とは違う感情を抱いているように見える。
「君ってどんな子がタイプ? 年上とかどうかな?」
「アタシって今はちんちくりんって言われるけど、大きくなったらとってもかわいくなる予定だから……」
「代行者をやめてうちに嫁ぐっていう選択肢ないかな?」
「恋人とかいる? いるよね? けど、代行者って恋人をすぐに変えるってお母さんが言ってたような……」
「ねえ、うちに泊まっていかない? 台所は使えないけど、まだアタシの部屋が残ってるから、二人で……」
うん。確実にボクのことを男だと勘違いしているね。なんなら何人かボクを襲おうとしている娘もいるね。
前にも言ったけど、ボクは女だ。しかし、男によく間違われる。
それはボク自身にも問題があると自覚している。
そりゃ村にいた時は髪を伸ばしていたし、代行者になる前は街の女の子に負けないぐらいのおしゃれをしていた。
けど、リングリフ支部を訪れて代行者登録を頼んだ途端、ロビーは爆笑の渦に飲み込まれた。
あの時、ボクをあざ笑った彼らの声は今になっても頭から離れない。
ボクは悔しくて、支部を飛び出し、その日中に髪をバッサリ切って、男物用の服を買いそろえて、一人称も”アタシ”から”ボク”に変えた。
再び代協のロビーに向かった。
すっかり変わったボクの姿を見て、唖然としていたミーアさんの顔を今でも忘れない。
まあ男に間違われるのは、ある意味でボク自身の意図に叶った形になった。
当初はそれほど気にすることもなかったし、いちいち否定もしなかった。
むしろ今回みたいに女の子にキャーキャー言われるのもまんざらでもなかった。
けど、一ヶ月ぐらい経った頃、ボクの心の奥に押し込めていた乙女心が突如悲鳴を上げた。
ボクだって女の子。
男にネバちっこい視線を向けられたくはないし、夜のお誘いなんてされたら身の毛もよだつけど、女の子として見られたい。「かっこいい」より「かわいい」や「きれい」と言われたいんだ。
ここで否定をしようが、焼け石に水かもしれないけど、いつもの説明をする。
「君たちは勘違いしているようだね。ボクは女なんだ」
……………。
男の子は「マジかよ」と無言で訴え、女の子に至ってはさっきまで紅潮していた表情が思いっきり冷え切る。
わかってたよ。こうなることぐらい。今まで何度も経験しているから。
けど、そこまでひかれるといくら何でも傷つくわ。
もうついでだから、もう一つの勘違いを訂正しておく。
「それとよく間違われるんだけどさ、ボクの二つ名だけど《拳闘鬼》じゃなくて《拳闘姫》だから。鬼じゃなくて姫のほうだから」
そう。ボクが代協から与えられた二つ名は《拳闘姫》。
発音が似ているから、これまた間違われる。
きっと《血染め鴉》のメンバー全員が勘違いしていただろう。
本当は《拳闘鬼》の方を与えられる予定だった。
せめて二つ名だけでもかわいいのがいいとシド支部長に泣きついたら、渋々受け入れてくれた。
口にすればどっちでも変わらないけど、そこだけはこだわっているんだ。
これだけでは絶対譲らない。
みんなはどうでもいいと思っているかもしれないけど、これはボクにとって最後の抗いなのだ。
「へ、へえ。そうだよね。レインさんは美人だし、お姫様って感じだよね。うん、わかるわかるぅ」
「鬼だなんて失礼だよねぇ」
そんな感情のこもってない声で言われても嬉しくない! むしろ悲しくなるわ!
さっきまでボクの経歴や恋人の有無に向けられていた興味は、ボクの身体に移された。
彼らの目線は顔から思いっきり下に移動する。
言いたいことはわかるよ。
「女の子なのにぺったんこ」とか「もしかしてアレがついてなのかな」とか思っているんでしょ?
胸は戦闘の邪魔にならないようサラシでぎゅうぎゅうに締め付けてるんだ。ほどけば君たち以上のモノは持っている。だから、哀れむような目で見るな!
それに男特有のアレはついていない。だから、実際に触って確かめようとするな!
まったく。どうして一仕事し終えた後に、こんな惨めな思いをしなければならないのか。
「えっと……レインさんのおかげでアタシ達は助かったんだ! 本当に感謝してる」
「俺、絶対レイン兄……姉ちゃんみたいな代行者になるぜ! そして悪い奴らを倒すんだ!」
「アタシ達を助けてくれてありがとう、レインさん!」
ボクがショックを受けていたことに気づいたのか、再びボクを持ち上げようとしてくれる子ども達。
あからさまに気を遣われているのが少し心苦しいが、ボクへの憧れや感謝の気持ちは偽りのない本心だというのはわかる。
ボクが代行者になった理由。
それは自分の腕で誰かを助けることができることをしたい、ということだ。
今では多額の借金に追われ、日々の生きる糧を手に入れるために依頼を引き受けている面もあるが、初心の動機は決して忘れたことはないし、今でも代行者を続ける原動力の一つとなっている。
「また何かあったら、レイン・アークライツ指名で依頼を出してくれ。今度はすぐに駆けつけてあげるからさ」
「報酬はそれなりの額をもらうけどね」とつけ加えそうになったが、さすがに大人げないし、格好がつかなくなると思ったので飲み込んだ。