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3.《拳闘鬼》

 どうしてこうなってしまったのか。

 どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのか。


 肌寒い夜空の下、乱暴に縄で縛られ、そう悲観する。


 今日はいつもと変わらない日だった。


 鳥のさえずりと眩しい日差しで目を覚ます。

 両親と三人で朝食を食べ、お父さんが畑に行くのを見送った。

 お母さんの家事を手伝い、たまに村の子どもたちと遊ぶ。

 すると、いつの間にか日が沈んでいて、お父さんが帰ってくる。

 昼間に起こった些細な出来事を話しながら食卓を囲む。

 そして、みんなに「おやすみ」と言って、ベッドに入った。


 そう。今日は何でもない一日。

 目を覚ませばまた同じことの繰り返す。十五年間、変わることなかったように。

 そして、家事を手伝ったり、遊んだり、みんなとご飯を食べたり、退屈だけど充実した日常が待っていた……はずだった。



 けど、そうはならなかった。

 あたしを目覚めさせたのは鳥のさえずりではなく、村の人たちの悲鳴。

 あたしを照らすのは朝日ではなく、村を燃やす炎の明かり。

 あたしのそばにいるのは家族ではなく、品のない笑顔を浮かべた男たちだった。


 その場で男たちに縄で縛られると、靴を履かせてもらう時間も与えられず、寝間着のまま村の真ん中の広場に投げ捨てられた。

 広場にはあたしと同じように縛られた村の人たちが集められていた。その中にはお父さんやお母さんもいる。

 あたしは芋虫のように身体をくねらせて、みんなのところに身を寄せる。


「あなた、無事だったのね。良かったわ」


 お母さんが近くに来ると、あたしの頭を自分の頬で擦りつける。

 もし縛られてなかったら、頭を撫でてくれたのだろうか?


「ねえ。あの人たちは誰なの?」


 あたしの問いに、お父さんが小声で答えてくれた。


「あいつらは盗賊だ。確か《血染め鴉》とか言っていたな」


「《血染め鴉》?」


「帝都近くで荒らし回っていた盗賊団で、多くの村を襲っては金品や食料を奪っていくと聞いたことがある。まさかこんな辺鄙なところに現れるとは……」


「あたしたち、どうなるの?」


 お父さんは黙ってしまった。

 あたしたちを怖がらせないためにあえて口にはしなかったのだろう。

 一応聞いてみたけど、あたしは何も知らない子どもじゃない。

 だって盗賊の名前にその答えが出てるじゃないか。



「ここにいるので全部です!」


 二〇人ぐらいいる中から棍棒を担いだ男が、広場の中央で陣取っている大男に駆け寄ってそう報告し、大男は「ふむ」と応える。

 身長は二メートルを超え、それと同じぐらいの長さの大きな剣を背中に背負っていた。

 素人のあたしが見ても、あの大男がこの盗賊団のリーダーだとわかる。オーラが全然違う。


「金目のものは大してなかったですが、倉庫に食料がたんまり保管されていやしたぜ。これで一月はどうにかなります。寂れた村だと期待してませんでしたが、とんだ収穫だ」


「そうか。全部荷車に乗せろ」


「へい、すぐに!」


 棍棒の男に指示を出すと、大男は広場の演説台にドスンと腰を下ろした。

 それと同時に槍を担いだ細身の男が大男に近づく。


「それで(かしら)、こいつらはどうします? 結構上玉も混じってるんで、人買いにでも売りゃそれなりの金になりますぜ」


 槍の男はあたしたちを指さした。

 大男はあたしたちに目もくれず、判断を下した。


「全員殺せ」


「え? いいんですか?」


「ああ。食料を運び出すのに手間がかかる。その上、こいつらを連れ回す余裕はない」


「でも流石にただ殺すだけというのももったいねえ気もしますが……」


 槍の男、いや大男を除く盗賊全員があたしたちに妙な視線を向ける。

 いままで向けられたことのない、背筋が凍るような気持ちの悪い視線だ。


「仕方ねえ奴らだ。だったらここで全員済ましちまえ」


 その言葉を聞くやいなや、盗賊の歓喜の声や口笛が鳴り響く。

 建物を燃やす炎と相まって、お祭りが開かれたかと勘違いするような賑わい。

 ただあたしたち村人は楽しくともなんともない。

 これがお祭りだとしたら、神様のお供えになる役目はあたしたちなのだ。


「ただし持ち帰りは許さん! ヤったらすぐに始末しろ!」


「わかってますよ。おいてめえら! 頭のご厚意に甘えさせて貰おうじゃねえか!」


『おおおおおおおおお!!』


「いいか! 犯すなら焼けてねえ建物の中でやれ! 殺るならそこの草むらでやっちまえ! 間違えても犯してる横で殺すんじゃねえぞ!」


『へい!』


 盗賊たちは我先にとあたしたちに迫りくる。

 オオカミに追い詰められたウサギってこんな感じなのかな?


 そんな中であたしの腕をさっきの槍男の手が掴む。


「お前は俺がかわいがってやるからな、お嬢ちゃん」


「いや! 放して! お父さん、お母さん助けて!」


「おいやめろ! 娘に手を出すな!」


 お父さんが槍男の腕に体当たりする。

 けど、男に蹴られて飛ばされてしまった。いくら畑仕事で鍛えられているお父さんでも縄で縛られていては何もできない。


「安心しろ! お前の娘の処女は俺が大切に貰ってやっからよ、お・と・お・さ・ま!」


「いやああああ! た、助けてぇ!」


 槍男はあたしを焼け残っているあたしの家に向かって、引きずり込もうとした。



 そんな時だった。


「ぐはぁ!」


 一人の男があたしの家の壁に飛び込み、大きな穴を開けた。

 いや、自分から飛び込むというより、誰かに投げ込まれたようなかんじだ。


 その光景を見て、槍男は面倒そうに頭をかきむしる。


「何してんだ? てめえは倉の食料運んでただろ? 盛りついてんのは分かるが、ヤるなら全部運び終えてからにしろ。まったくアクロバティックなことしやがって……」


「ち、違う……殴り、込み、だ……」


「はあ? 殴り込み? 四〇人見張り立てておいて、殴り込みできるわけ……」


 槍男はあたしから手を放すと、壁に突っ込んだ男を強引に引きずり出す。

 その男は手に棍棒を持っていた。あの大男に報告をしていた奴だ。

 棍棒の男の鼻は大きくへっこんでいて、大量の鼻血を出していた。

 それはまるで何かで殴られたかのように。


 棍棒の男が飛んできた方に視線を向け、血相を変えた。

 そこには何人もの武装した男たちが倒れていたのだ。


「なんだありゃ。確か見張りをしていた奴らじゃ……頭!」


「言われなくても分かっている」


 どっしり腰掛けていたはずの大男は大剣を手にし、臨戦態勢を取っていた。

 槍男や浮かれていた他の盗賊たちも慌てて自分の得物を手にして、臨戦態勢を取る。


「おい! 隠れてないで出てきやがれ!」


 威嚇するように森林の陰へ呼びかける槍男。


 すると一人の人影が森林の奥から姿を現した。

 古びてすり切れたローブを全身にまとい、頭をフードで隠しているから顔が見えない。

 身長は一六〇センチもなく、ローブの上でも分かるぐらい華奢。

 もしかしたら、あたしよりも年下かも。


「貴様、何者だ? ここにいるってことはただのガキじゃねえだろ」


 ”頭”と呼ばれていた大男が大剣を構え、地に響くような声でローブの子に問いかける。

 確かにこんなところにこんな小さな子がいるのは普通ではない。

 もちろんこの村の子ではない。広場にいた子どもで全員だった。

 他の村の子が迷って来たというのも考えにくい。一番近いところでも人の足で一日はかかるとお父さんが言っていたし。

 じゃあ、一体……。


 すると、そのローブの子がフードを親指で少し上げ、大きな瞳を輝かせて大男をじーっと見つめる。

 そして、ローブの中から一枚の紙を取り出すと、その紙面と大男の姿、何度も視線を往復させる。


「あ! やっと見つけた!」


 彼は大男を指さすと、隠されたお菓子を見つけた子どものように無邪気な声を張り上げた。

 武器を向けられているという殺伐としたこの場に決して似つかわしくない反応に、盗賊たちも少しだけ戸惑っているように見えた。

 そんなことも気にせず、ローブの子は頭を隠していたフードを思いっきり取り払った。


 初めて明らかになった彼の面容に、あたしは思わず心を奪われてしまった。

 透き通るような白い肌、艶やかで幻想的に輝く銀色の髪、宝石を思わせるような淡い水色の瞳、そして幼さが少し残る可憐な顔立ち。

 あたしが今まで見た人たちの中で断トツに素敵な人物が目の前にいた。

 惜しむらくは身にまとっているローブが使い尽くされてボロボロだということ。それと全体的に小さいことかな。

 もう少し大きくて、身なりを整えてくれたら、あたしの理想の王子様だったのに。

 銀髪の少年の姿に驚いたのはあたしだけではないはず。

 捕まっている村の人たち、特に若い女の人は今にも荒くれ者たちに襲われそうな状況を忘れ、彼の姿に目を輝かせていた。


 けど、盗賊たちは違う。

 銀髪の少年が自分たちの頭領に放った「見つけた」という言葉が気になるようだ。


「見つけたってどういうことだ?」


 大男の問いに対し、少年はさっきまで大男と見比べていた紙を再びローブの中にしまいながら答える。


「探してたんだよ。

 大剣を得物にしている大男”レイドル・ヒューズマン”を頭領に、それぞれが悪名を轟かせる盗賊たちが八〇以上も集まり組織された、人殺しをも厭わない極悪非道の大盗賊団、その名も《血染め鴉》。

 それって君たちのことで合ってるよね?」


「ああ。俺たちは《血染め鴉》、その頭領のレイドル・ヒューズマンとは俺のことだ」


「やっぱりそうだったんだ! よかった」


「よかった、だと?」


 少年の反応に大男レイドルは顔をしかめた。

 それもそのはず。

 彼らは人の命をなんとも思っていない大規模の盗賊団。

 そんな人たちと遭遇すれば恐怖し、絶望するのが普通の反応。今のあたしたちのように。

 

 でも、この年端もいかないであろう少年は彼らのことを知っていながら、自分の意思で探し、遭遇したことを心の底から喜んでいる。

 とてもまともな人間の思考とは思えない。


「お前、何の用だ? まさか入団希望か? 生憎《血染め鴉》は仲良しごっこ集団じゃない。てめえみたいなガキを入れるつもりはねえ」


「あはは。それこそまさかだよ。こんな薄汚い集団に入るほどボクは落ちぶれてはいない。

君たちを探していたのは帝国からある依頼を受けたからだよ」


「依頼?」


 少年は身にまとっていたローブを掴み、思いっきり宙に投げ飛ばした。

 現れたのは少年の全貌。

 革のブーツにへそが見えるぐらい丈の短いシャツに、ショートパンツと黒いタイツ。

 大きめの荷物袋を背負い、胸には茶色い皮の防具、両手の甲に皮の手袋、腰にはベルトに提げられたナイフが一本装備されている。

 そして、使い込まれた装備の中で左腕に着けられた金のリングが一際輝いていた。

 

「金のリング……まさか!」


「そう! ボクの名前はレイン・アークライツ! 第一級代行者さ!

今から君たちを一網打尽にする! 覚悟しろ、悪党ども!」


 レインと名乗った銀髪の少年はレイドルを指さし、物語に登場するような正義の英雄を彷彿させるポースを決める。


 代行者とは、いろんな人からの依頼を受け、代行することを仕事にしている人たちのこと。外の世界について疎い村の子どもでも知っている、それこそ誰もが一度なってみたいと憧れる職業の一つだ。

 その中でも第一級といえば、代行者の中でも実力がある人しかなることができない、とにかく凄い人だ。

 とてもこんな小さな子どもがなれるとは思えない。

 それは盗賊たちも同じのようだ。

 レインに指さされているレイドルも目を大きく見開いていた。


「代行者、だと? しかも、第一級? こんなガキが……」


「あのさ、さっきからガキガキ言ってくるけど、これでもボクは十八歳、れっきとした大人なんだ。お酒だってたくさん飲んでいるんだからね。まあ確かに見た目は幼く見える自覚はあるけど、そこまで言われたら流石に傷つくよ」


「ふん。それは失礼しました、第一級様。それでお仲間はどこに隠れているんだ?」


「仲間? 何のことかな?」


「とぼけるな。いくら第一級とはいえ、大人数を捕らえるのに一人なわけないだろ。差し詰めお前は斥候、いやおとり役といったところか。お前に気を向けている隙にこの村を包囲するという魂胆だろうが、考えが甘いな」


「ああ、そういうことか。そんなに警戒する必要はないよ。ここにいる代行者はボク一人なんだから」


「はあ? 相手が武装した大規模の盗賊団と知っていながら一人で十分だと? 報酬を独占したいがあまり、判断を誤ったか?」


「別に間違ってはないと思うよ? だって、君たちぐらいならボク一人で十分だから」


「ずいぶんとなめられたものだな。だが、やはりお前は判断を誤っている。お前一人を始末すれば事が済むんだからな」


 突然だった。

 レインの後ろの陰から二人の男が飛び出てきたのだ。

 どうやらレイドルと話に気を取られている隙に、背後に回っていたのだろう。

 二人はレインに向けて剣を大きく振りかぶった。


「死ねや、くそガキ!」


 汚い罵声と共に、二本の剣が思いっきり振り落とされる。

 けど、振り落とされた先にはレインの姿はなかった。

 男たちはその状況に狼狽し、辺りを見渡す。

 そして、何の前触れもなく意識を失い、その場で膝から崩れ落ちた。

 彼らの背後には姿を消していたレインが突きの構えをとって立っていた。


「いきなり斬りかかるだなんてひどいな。ここに来る前にも森の中でいろんな人と会ったけど、ボクを見るなり問答無用で襲いかかってきたんだよ。ボクはただ道を聞こうとしただけなのに。あれ、君の部下だよね? まずは人とコミュニケーションを取るようにちゃんと教育しといてよ」


「ちっ! まともに見張りもできねえのか、役立たずどもが……。お前ら、このガキを先にかたづけろ! お楽しみはその後だ!」


『おおおお!!』


 レイドルの一声を合図に、槍男を含む村全体に散らばっていた盗賊たちがレインを取り囲むように集まる。その数、二〇人を超える。

 そして、それぞれの武器でレインに襲いかかる。

 けど、レインは自分に向かってくる刃を無駄のない動きで交わす。

 隙を見せた盗賊に打撃を加える。防具の上から殴っているはずなのに、たった一発のパンチで意識を飛ばしていた。とても華奢な腕から放たれているとは思えない。


 レインが自分を囲んでいた盗賊たち全員を倒すのに一〇分もかからなかった。

 彼は傷を負うどころか、息切れもしていない。まるでさっきの戦闘が準備体操の一つでしかなかったかのようだった。


「さすがは第一級だ。腕の金のリングもただの飾りではないということだな」


「あれ? もしかしてまだボクのこと疑ってたのかな?」


「中には偽のエージェントリングを見せて、ハッタリをかます奴もいるからな。だが、さっきの戦いぶりを見てようやく納得した。お前は本物だ」


「それはどうも。理解してくれただけで嬉しいよ」


「どうだ? 俺たちの仲間にならないか? なに、代行者が盗賊に身を落とすなんてよく聞く話だ」


「そういえば君も元は代行者だったんだっけ?」


「ああ。お前と違って、第三級だったがな。

 一〇年前、仕事中に一般人の親子を斬り殺し、代行者の身分を剥奪された。魔獣討伐に割り込んできた奴らが悪いというのにまともに聞こうともしねえ。危うく投獄されそうになったのを命からがら逃げ出して今に至るというわけだ。

 だが、今となってはまったく後悔してねえ。むしろ代行者のときより自由で、実入りも桁違いに上がった。これほどいいもんはねえぞ?」


「さっきも言ったけど、君たちの仲間になる気はない。収入が上がるというところは実に興味深いが、その前に代行者としてやらなくてはいけないことがあるからね」


「ほう。()()()()()()でも目指すのか? 俺も若い頃は目指したものだが、あんなのになれるのは人間として型が外れた奴ばかりだ。なったところで……」


「違う。もっと現実的なものだ」


「現実的?」


「……まああれだ。大きな借りがあるんだよ」


 レインは何かを思い出したのように大きなため息をついた。

 なにか代行者協会というところに助けられた恩でもあるのかな?


「ずいぶんと義理堅いんだな。こいつは勧誘しても時間の無駄だなようだ。……仕方ない。ここでお前を殺す」


 レイドルは巨大な剣をレインに向けて構える。

 自分より大きな剣を軽々と片手で持つ姿から、あたしのような素人でも強いとわかる。

 そんな状況でもレインは表情を変えず、戦闘の構えをとった。


「一応聞いておくけど、おとなしくボクに捕まるつもりは?」


「捕まれば縛り首になるのは決まっている。それと知って捕まるはずないだろ!」


 レイルドは大剣を自分の左側へ振りかぶり、思いっきり真横へなぎ払った。

 轟音と共に風の速さで走る刀身から強風が放たれ、大量の土煙が村全体に舞う。

 家を燃やしていた炎が一気に消火された。

 あんな攻撃を受けたら、レインのように小さく華奢な身体なんて真っ二つになるだろう。


「案外あっけなかったな。まあ第一級とはいえガキはガキ。当然の結果か。さて、あいつらの楽しみを奪って申し訳ないが、村人全員を皆殺しにして……」


「ふう。凄い大技だな。飛ばされるかと思ったよ」


 レイルドが大剣を肩に担ぎ、あたしたちの元に向かおうとした時、土煙の中から聞き覚えのある少年の声が聞こえた。

 土煙が晴れて、視界がはっきり見えるようになると、そこには手で肩の埃を払うレインの姿があった。


「お前、何故生きている? 確かにこの手で斬り殺したはずだが……」


 目を見開き、尋ねるレイルド。

 そんな彼に対し、レインは小首をかしげながら答えた。


「斬れるはずないだろ? その剣じゃこっちまで届かないんだから」


「んなはずねえだろ。この刃渡りで届かないわけが……?!」


 そこでレイルドは自分の剣の異変に気づく。

 さっきまで二メートルを優に超えていた刀身の剣先が折れていた。


「いつの間に……」


「さっき振り回したときに思いっきり殴ったら簡単に折れた」


 よく見てみると、レインの足下に大剣の剣先が地面に落ちていた。

 その分厚さは一〇センチほど。その鉄の塊をあの一瞬で、しかもあの小さな拳で折れるとは思えない。


「でも力が落ちてるな。前は跡も残らないぐらい粉々にできたはずなのに」


 レインは不満げな表情で自分の右拳を見つめていた。

 あれだけのことをして、一体何が不満だというのだろうか?

 代行者は向上心が人一倍強いと聞いたことがあるけど、あたし達凡人には理解できない。


「俺の剣をたやすく折るとは。なるほど。お前が《拳闘鬼(けんとうき)》か?」


「へえ。その名前、君みたいな盗賊にも知られてるんだ」


 《拳闘鬼》

 将来代行者になることを夢見る村の男の子がその名前を口にしていたのを思い出した。

 銀髪をなびかせ、徒手空拳でいかなる敵も打ち負かす鬼。

 レインの姿は確かにその特徴と合致している。

 てっきり歴戦をくぐり抜けたおじいさんかと思っていたけど、まさかこんな小さな子どもとは……。


「噂の《拳闘鬼》だったら、俺の部下を一度に倒せたのもわかる。そうとわかりゃ手は抜けねえな」


「へえ。一度剣を折られているというのに、まだボクに剣で挑もうというの? 過去の過ちからちゃんと学んだ方がいいんじゃないかな?」


「学んださ。折られるより速くぶん回せばいいだけのことだ。幸い、折れてさっきより軽くなったことだしな」


 レイドルが再び折れた剣を構える。それに合わせるよう、レインも戦闘の構えをとる。

 さっきと違い、二人の眼差しは真剣そのものだった。


「…………行くぞ」


 レイドルの巨体が勢いよく前に突き出された。

 そして、レインとの距離を一メートル以下まで縮めると剣を上に振りかぶり、間髪入れず振り下ろした。その速さはさっきの横払いの比ではない。

 刀身が地面に叩きつけられた衝撃で周囲全体に強烈な衝撃波が広がる。


(さすがにこれじゃ……)


 その光景を見ていた誰もが銀髪の少年の死を覚悟していた。


 けど、それが杞憂だったとみんな気づいた。

 剣を振り落としたレイルドの懐にレインの姿があった。


「これが…《拳闘鬼》の…力、か。まさに、鬼……」


 小さくつぶやくと、レイルドの巨体は地鳴りをならし背後に倒れた。



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