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1.一流の代行者

「ちょっとミーアさん! これ、どういうことだ!」


 多種多様な老若男女が雑踏する木造の広いロビーにボクの抗議の声が鳴り響いた。

 みんなの目線が一斉にボクに集まる。

 一般人ならこの視線に耐えきれず、声を潜めるところ。周知のあまり、立ち去るかもしれない。


 けど、ボクは決して引いたりしない!

 周知に負けて引いてしまっては決定的な死活問題になるからだ。


 そうだ。ここで感情的になれば相手の思うツボ。

 相手の空気に流されれば負けは確実。そう経験して、学んだじゃないか。

 まずは冷静になれ。そして順序立てて話をするべきなんだ。

 ボクは一度大きく深呼吸し、目の前の受付嬢ミーアさんに問いただす。


「ミーアさん。ボクはね、アーマードドラゴンの依頼をこなしたんだ。そこは理解しているね?」


「はい。承っています」


「今回の依頼の報告書も、アレイス辺境伯の受領書も出した。証拠のアーマードドラゴンの角の一部も提出した」


「はい。確かに受け取りました」


「もしかして不備があったのかな? なんだったら報告書も作り直すし、サインが足りないならアレイス領に行く。角で証拠にならないなら、牙でも爪でも肉片でも取ってくるよ。もう騎士団が回収してるかもしれないけど、今から行けば少し分けてくれるかも……」


「その必要はありません。書類も証拠もバッチリですから」


 ボクの問いにミーアさんは最高級の笑顔を一切崩すことなく、答えていく。

 さすがは癖の強い連中が多い代行者を毎日対応しているだけのことがある。侮りがたい肝の据わりようだ。


 けど、ボクも一流の代行者。

 どんな手練れであろうと一歩も退いたりはしない。


「ボクには何の不備もなかった。そういうことでいいね?」


「はい。依頼達成報告を疎かにされる方たちに見習わせたいほどの完璧な報告、毎度ありがとうございます」


 健気さを含んだ笑顔を絶やさないさん。

 これが多くの無頼漢どもを黙らせ、ニヤけさせる噂の”ミーア・スマイル”か。

 まあ、そんなのボクには何の効果もないけどね。


「じゃあ最後の質問……」


 ボクは受付のテーブルの上の書類の隣にもう一枚の書類をたたきつける。

 それは今回達成した依頼の詳細が書かれた、依頼書である。

 その中の最も重要な項目を指さす。



「今回の依頼報酬、めっちゃ減らされてるんだけど、これどういうこと?!」


――――――――


 はあ。またか。

 このやりとり、何度目だろう? 少なくとも五〇回は軽く超えてるよね?

 本当にいい加減、理解して欲しいな。


 多種多様・千差万別の依頼を受けて代行する職業、”代行者(エージェント)”。

 大陸全土に三万人以上いると言われている代行者を管理しているのが代行者協会、通称”代協”だ。

 私ミーア・アイルがこの代協リングリフ支部の職員になってかれこれ五年になる。

 

 代行者には本当にいろんな人がいる。

 筋肉隆々の戦士、自身より大きな杖を携える魔導士、気品のある法衣をまとった聖職者。

 だれもかれもが歴戦をくくり抜けた猛者ばかり。

 代行者の最高位ランクである”第一級代行者”であれば、一般人でもそうであると識別できるような威圧感、オーラをまとっている。


 ”レイン・アークライツ”

 現在進行形で私が対応している目の前の代行者がその一人である。

 銀のショートヘアに淡い水色の瞳。華奢で小柄な、今年十八歳になる拳闘士。だれがどう見たって代行者とは思えない。

 十七歳という若さで第一級代行者になった彼は単独で様々な困難な依頼をこなしてきた。

 二〇体以上のオークの群れの一斉討伐、複数の国をまたぐ大盗賊団の壊滅、新しくできたダンジョンの初達成など。

 今回のアーマードドラゴン討伐だって本来はパーティを組んで数ヶ月かけて対処するような依頼のはずだが、それを彼は十日間、しかもほぼ無傷で達成してしまった。

 前途有望、名実ともに若手トップの代行者である。



 そんな若手トップの彼が、今私の前で喚いている。

 なんて情けない。第一級代行者の証である左腕の金のエージェント・リングが泣いているようにみえた。


 レイン君が不満に思っているのは本来の依頼報酬額と、支給明細書に記された支給金額が違うということ。

 今回の依頼の報酬は一千万ベーラ。依頼書にもそう明記されている。

 一方、支給明細書に記されているのは十万ベール。

 本来の一パーセントだ。


 まあ不満なのはわかる。

 もし、私の今月の手取りが給与の百分の一だったら、さすがに上司に抗議する。年甲斐もなく泣きながら抗議する。

 死に直面している代行者であればなおさらだろう。


 ただ、私たち代協は鬼でも悪魔でもない。

 これだけ天引きしたのにはちゃんとした理由があるのだ。

 しかも、彼はその理由を知っているはずだ。


 私は今まで何度もそうしたように、支給明細書をさしながら丁寧に説明する。

 自慢のスマイルを崩さないように。


「レイン君、あなたは代行者協会に借金がありますよね? その返済分を今回の依頼報酬から天引きさせていただきました。残りの額が十万ベーラです。ご理解いただけましたか?」


「ぬ……!」


 痛いところを的確に突かれたレイン君は、苦虫を噛みつぶしたような苦悶の表情を浮かべる。

 この表情も何度も見た。何なら離れて暮らしている両親の顔よりも見ている気がする。

 

 そう。彼は自覚している。そして、依頼を受ける時点で依頼報酬を全額受け取れないことも理解しているはず。

 それでも報酬受取時には毎回こうやって抗議してくる。

 もうリングリフ支部の恒例行事みたいになっている。

 ロビーにいる代行者の人たちも「またか」という、半ばあきれた視線を向けてくる。

 あなたたちは見てるだけだからいいかもしれないけど、この対応をしなきゃいけない私たちの身にもなって欲しいんだけど!

 というか、他の受付の人! 見てないで代わって欲しいんだけど!


「理解していただけたのであれば、お引き取りを……」


「で、でもさ! 報酬の九十九パーセントってさすがに引きすぎじゃないかな? 前回は半額ぐらいだったじゃん!」


 まだ粘るか! 流石にしつこいよ?!

 おもちゃをねだる子どものように床でジタバタするレイン君。

 レイン君とは彼が代行者登録した時からだから、もう四年間の付き合いになる。

 感情的になると子どもっぽくなったり、往生際が悪いのは出会った頃と全く変わっていない。

 仕方ない。納得してくれるか分からないけど、もう少し対応してあげるか。

 こういうときは彼の母親になりきり、優しく諭すように対応するのがコツだ。


「あのね、レイン君? 君が代行者になって今年で何年目か分かる?」


「ぐすんっ。もう四年になるのかな?」


 涙と鼻水でグチョグチョに濡れた顔を両手で拭いながら、立ち上がるレイン君。

 そこには第一級代行者の威厳は残っていない。

 ただ怒りの感情を出し切ったおかげか、少し冷静になってるみたいだ。


「そう。正確には三日前、つまり君がアーマードドラゴン討伐に勤しんでいる最中に四年目を迎えたの」


「そうだったんだ。頭では理解してたけど、実感がわかないね」


「そうね。レイン君と出会ったのが昨日のことのよう。

 それでね、代協の債務規定では代行者登録して三年目までは返済にある程度の融通が利いていたの。

 けど、四年目を迎えたレイン君にはその融通が利かなくなった。これから一〇万ベーラを残して、残りが返済に充てられるようになるわ」


「…………」


 絶句している。


 仕事上、任務中に再起不能な怪我を負ったりパーティの仲間が命を落としたりして、魂が抜けたような状態になる代行者の姿を何度も見た。


 そんな彼らに劣らない顔をしている。

 私は今までそんな経験をしたことがないから分からないかもしれないが、借金返済はそれほどまでに人を絶望に貶めるものなのだろうか。


「そんな話、聞いてないよ……」


 弱々しい声でそう呟いた。

 この数分で老けたかな?


「そんなことはない。確かに契約書にも明記していたはずだ」


 この可哀想な少年にどんな言葉をかけようか、今まで鍛え上げた接客スキルを駆使し考え込んでいる私の背後、受付の奥から渋い男性の声が聞こえた。

 年の頃は五〇ほどの紳士服をきっちりと着こなす紳士。どこかの貴族の執事を思わせる容貌。しかし、右額から胸元にまでひかれた巨大な傷跡がそのすべてを帳消しにしてしまう。

 彼こそ、この代行者協会リングリフ支部の支部長”シド・クイアーツ”だ。


 シド支部長を目にしたレイン君はあからさまに嫌な顔を見せる。

 レイン君はこの泣き落としが通じない元代行者の支部長が昔から苦手なのだ。


「レイン、あまりうちの職員をいじめんでくれんかね? 毎度毎度埒のない文句を言われては彼女の仕事に支障をきたす」


「いじめるなんてとんでもない。むしろ虐められているのはボクの方です」


「それは借金返済のことを言っているのかね? ”借りた者は返す”そんな常識を君のご両親やリアーナ殿は教えていないのかな?」


「もちろんお金は返しますよ? けど、これはあんまりですよ。せっかく命がけで頑張ったのに、ほとんど持って行っちゃうなんて……」


「いいかね。君が今抱えているのは三億ベーラ。その額を今までのペースで返せると思っているのかね?」


「ぬぬっ……」


 三億ベーラ。

 何度聞いても背筋に冷や汗が流れるほどの借金額だ。

 帝国の一年の軍事費とほぼ同様のお金を、この少年はたった一人、しかも三年足らずで使ってしまったのだ。

 もう浪費癖とかの次元ではない。


「それにだ。一〇万ベーラで不満だと君は言ったが、これだけあれば三人家族が半年普通の暮らしをすることができる。それを君は……」


「分かってます。でも、代行者はいろいろと入り用なんです。宿代とか、武器の修繕とか、遠征費だとか……。一〇万なんてすぐに吹っ飛んじゃいますよ。シド支部長なら分かるでしょ?」


「宿がなければ野宿すればいい。素手で戦う君に武器はいらん。遠征するなら徒歩で迎う。

 節約する方法はいくらでもある。資金をうまくやり繰りするのも代行者の腕だ。

 それにもし金がなくなれば、次の依頼を受ければいい。第一級への依頼書は山のようにあるからね」


 そう言って支部長が事務室の奥に積まれていた書類の山を私の目の前に置く。一気に視界が埋め尽くされてしまった。

 そのすべてが第一級代行者向けの依頼書。

 高いスキルに、豊富な経験、それに代協お墨付きという信頼性。

 そんな彼らは大陸全土、国境を越えて引く手あまたなのだ。


「さあ好きなものを選びたまえ。これだけの人が君の力を借りたがっている」


「あの、ボクやっと大仕事を終えて、さっき帰ってきたばかりなんですけど……」


「多額債務者の君に依頼を断る権利があるとでも思っているのかね?」


「でも、まだ報酬の話が……」


「でも、じゃない! 男なら覚悟を決めろ!」


 現役時代を彷彿とさせるオーラむき出しにし、カウンターを叩く支部長。

 やめてください、支部長!

 あなたの圧にロビーの代行者の皆さんや他の職員が怖がってます! 何より隣にいる私が一番怖いんですから!

 いや、一番怖いのは支部長の怒りを一身にぶつけられたレイン君か。

 腰を抜かし、床にぺたんと座り込むレイン君は今にもあふれんばかりに涙をため込んでいた。数多の修羅場をくぐり抜けた彼がこれほど恐れるとは……。


 けど、レイン君はこわばる身体を酷使し、渾身の一言を放つ。




「ぼ、ボクは女です!」




 ……そう。

 レイン・アークライツは花も恥じらう年頃の女の子だ。

 彼女と出会って早四年。

 その口調や風貌から、未だに彼女を少年と間違えてしまう。


 ”少年”とか”彼”とか言ってごめんなさい。

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