殺害予告×2
「やぁ……」
顔を覗かせるように、ゆっくりと声をかけた。
教室でのあまりに大きなリアクションの通り、やはり警戒しているのか、鋭い目つきでツバキを睨み付けていた。
「さっきはなんか、驚かせちゃってごめんね。俺、ツバキ」
「……知ってるさ」
「よろしく……。じゃあ」
硬い返答。ツバキもつられて硬い笑みを浮かべ、踵を返しかけた瞬間、
「待て」
低く、氷のような制止が背中を叩いた。
ツバキは、その緊張感ある声に、恐る恐る振り返る。
「どうしたの」
「…………来い」
リーゼはそれだけを告げ、グラウンドの外へ歩き去る。
理由はわからない。しかし、追わない選択肢はなかった。
そうしてたどり着いたのは、人の気配のない校舎裏。
乾いた風が砂粒を跳ね、二人の影を細く擦り減らしていた。
「貴様……ツバキで間違いないな?」
「そうだよ」
真剣な問いかけに、ツバキは目をぱちくりとしながら答えた。
__その瞬間
「っ?!」
答えた刹那、喉元で白い光が弾けた。
白い一閃__凝縮された魔力の刃が、頸動脈に触れた。
思わず、冷や汗が流れた。
「探す手間が省けたぞ。“世界の破壊者”!」
リーゼの瞳が燃えている。
意味がわからないまま、ツバキは静かに息を吐き、刀身を見下ろした。
「……それ、下ろそうか。人に向けるものじゃないよ」
「黙れ! 私は見たぞ……貴様の手で、未来が真っ白になって消えるのを!」
「え?」
言葉の意味を飲み込めなかった。
「未来が消える……? えっと、どういうこと?」
全く心当たりのない怒りだが、彼女のその感情は、間違いなく本物だった。震える瞳や歯を食いしばる様からは、恨みや憎しみがはっきりと伝わってくる。
「今から十ヶ月後に貴様は__」
と、リーゼが言いかけたその瞬間だった。
__そこに、誰かがやってくる。
「ん?」
「……誰だ」
ツバキとリーゼは、互いに同じ“虚空”を見つめた。
誰もいないはずの校舎裏。だがしかし、二人はその存在を確かにキャッチしていた。
「へぇ……やっぱり僕のこと、見えるんだ」
誰もいない空間から、幼い声。
周囲の温度が一気に数度下がる。
透明な人影が揺らぎ、徐々に輪郭を帯びる。
小柄な白髪の少年が現れた。病衣を思わせる白装束、深紅の双眸__
その“圧”を前に、周囲が不自然なほどに静かになった。
風だけが静かに草木を揺らす中、リーゼの肩が震え始める。
「あ……」
彼女はツバキに向けていた刃を解いて、少年から恐る恐る距離を置いた。
たったの一言の言葉__この存在そのものに重圧を感じているようだった。
「二人揃って“魔力感知”ってやつ? すごいね」
「なに……貴様もなのか?」
驚いていたリーゼは、なぜかツバキの方を見て眉を顰めた。
ツバキは臆することなく、目の前にいる少年に対し、冷静に声をかけた。
「俺はツバキ。君は」
「ほう。僕の存在を感じておきながら、怯えないのか。面白いね君。僕も名乗ってあげるよ」
少年は鼻で笑いながら、二人を見据えた。
「フェクター。そう名付けられている」
赤い眼光を見たリーゼは膝を折り、呆然と震えていた。
そんな彼女を見かねたツバキは、彼女を庇うように一歩前へ出た。
「フェクター君か。よろしくね」
含みのある言い回しに構うことなく、ツバキは淡々と挨拶を交わす。警戒の色は保ったままだ。
「それで、今日はどうしたの」
「危険因子たちを排除しにきた」
まるで大したことないような言い様。
瞬間、ツバキの目が鋭く、フェクターの目線と交わった。
「どういうこと」
「君たちは二人とも、イレギュラーだ」
聴き馴染みのない言葉に、ツバキの眉間が寄る。
「リーゼ。君は本来ないはずの記憶を持っているね」
「……っ?!」
リーゼは激しく動揺していた。ただでさえフェクターの圧に怯えていた彼女だ。慄いて声が出なかった。
「そしてツバキ。君はもっともっとおかしい。__一体、どこからやってきた」
「俺のこと、知ってるの?」
「知らないから聞いてるんだけど……まぁいいや。死ぬ前に覚えておいて」
少年は喋りながら、全身が白光に包まれ、一点へと凝縮していく。
空気がねじれ、烈風が土埃を巻き上げる。
彼は眩い光を放つ“光球”に姿を変え、宙へ飛んだ。
打ち上がった光と共に弾けた強い風に、二人は咄嗟に腕で視界を覆った。
「世界はイレギュラーを許さない。安寧の犠牲になれ……」
__空がガラスのように割れた。
まばゆい亀裂から降る白光が雲を焼き、瞬時に昼を塗り替える。
半呼吸遅れて、雷鳴とも爆撃ともつかぬ轟音が地を揺らした。突風が吹きつけ、校舎の窓ガラスが悲鳴のように震える。
やがて光が収束し、影が降る。
四階建ての校舎を真横に並べても足りない翼幅。銀白の鱗が陽を弾き、眼窩に灯る雷が雲底を照らす。
空気そのものが、龍の質量を量りかねて唸りを上げた。
「グオオオオオオォっ!!!」
「りゅ、龍……?!」
ツバキの声が掠れた時、過呼吸のような息遣いが聞こえて振り返った。
「もう……ダメだ。おしまいだ……」
「リーゼ!」
両手を地面に突き、俯くリーゼの姿。
肩で息をする彼女にツバキが身を屈めた。
__その瞬間、銀爪が翻った。
「__っ!」
鉤爪で体を捕まれ、その身は一気に宙へ舞い上がった。
地面があっという間に遠ざかっていく。
振り払おうと龍の鉤爪に手を置いたツバキだったが、その手が止まった。
「……殺される」
同じく鉤爪に捕らえられたリーゼ。あまりの恐怖で抵抗する意思も見せなかった。
すでに、常人が落ちてしまえば助からない高度に達している。下手に振り払ってバランスを崩せば、リーゼが危ない。
ツバキは振り払う手を止め、震えていた彼女の体を、そっと抱き寄せた。
「大丈夫。絶対に大丈夫だから」
次第にカレストロを囲う黒い壁が下へ流れる。
都市を飛び出し、二人は人の手が届かない、大自然の光景が広がる緑地へと連れ去られた。
「え…………。嘘だろ嘘だろ!」
グラウンドでツバキを待っていた三人は、その一部始終を目の当たりにしていた。
「レイスは通報しとけ! 俺は先生に伝えてくる!」
「言われなくても!」
「わ、私も!」
校舎へ走るタレックとマオ。
始業式早々、衝撃の連続に頭が追いついていなかった。