魔法使えない
戦いの終わりが観客たちにも伝わったのか、徐々にグラウンドにいた生徒たちは散り始めていく。
「これであんたは晴れて三位ね」
「ああっ! レイスお前!」
赤髪__レイスと呼ばれた少女の一言に、タレックが恐ろしい形相で跳ね起きた。
「さ……ささっ三位。やだぞ三位なんて!」
「当たり前でしょ。あんたは二位だったんだから。私たちで一歩下がって二位と三位」
レイスはこともなげに言う。
「え、ちょっと待って」
ツバキは思わず口を挟んだ。
さも当然のように話が進んでいるが、色々とツバキの認識と違いがある。
「えっとまず、一位ってタレックの事だった気がするんだけど」
「二位よ。“実質”ってつけてたでしょ」
「あー……そういえば。そういうことだったんだ」
「二年生の魔法実技試験で、惜しくも僅差で私が 一位になってこいつは二位。その現実を受け入れられないあまり、適当言って逃げてるわけ」
「へぇ〜」
経緯の説明をする中、タレックは悔しさに顔を歪めながら、地面に転がって暴れていた。
まるで打ち上げられた魚のように、ピチピチと跳ね回っている。それをレイスは嘲笑うように見下している。
そしてツバキのもう一つの疑問……というより、
「あと、ちゃっかり俺が一位になってるみたいだけど……君は、いいの?」
今の話を聞く限り、二人が一位分下がって一位に入るのは、状況からして自分しかいなかった。
「ん? そりゃそうじゃない。さっきのリアローダーって魔法。学校内じゃ最高火力の一撃よ」
「そうなの?!」
あの時のツバキはそういうつもりで構えていなかった事もあり、どう反応すればいいかわからなかった。
「あのなっさけない不意打ちを防げるようなら、私も敵わないわ」
「あぁ……そっかあ」
そこに関しては納得するツバキだが、問題はそこではない。ぼーっと静まり返ったところに、思い出した様に説明を始めた。
「あ、いやでもだめだ俺。この学校に来といてなんだけど、魔法が使えないんだよ」
「……え?」
さも当然のように言い放ったその言葉は、のうたち回っていたタレックを正気に戻すほどだった。
グラウンドとその場にいた三人がぴたりと止まる。
「本気で言ってんのか。それ」
「うん。長くなるんだけど、訳あってここに通うことになったんだ」
「まじかぁ」
「まじ。だから俺は、ランク圏外っことにしといて」
ツバキは特に恥ずかしがることもなく、この場で赤裸々に告白した。
しかし、三人からすれば、そんな状態でどうやって編入できたのか。やましい理由を疑ってしまうほど、ツバキの存在は不自然だった。
目を細めてこちらを見つめる三人に、ツバキはそれを聞かれる前に先手を打った。
「あー……やっぱり、どうやってここに入ったかってなるよね」
小さく笑いながら、ツバキは説明を始めた。
「俺、最近までずっと家にこもって修行してたんだ。いざ学校に入ろうしたんだけど、行くアテがなくって、俺のじいちゃんが、校長先生に頼み込んだんだ」
「校長先生!?」
一体この二人の間にどのような関係があるのか。タレックが素っ頓狂な声を上げる。
「……一応、編入試験は受かったよ。けど、卒業の条件が、かなーり厄介でさ」
「条件……?」
マオが不安げに訊ねる。
「うん。超シンプル。“魔法を使うこと”。これが条件」
「え? そんなのでいいのかよ」
タレックが訝しげに眉を寄せる。
ツバキは小さく肩をすくめ、苦笑いを見せた。
「って思うじゃない。俺、困ったことに錬臓がないから、魔法が全く使えないんだ」
その一言に、ついに皆が言葉を失ってしまった。
一瞬、風が止まったような静寂が落ちる。
この世界における魔法と錬臓。生き物にはその二つがあって当然というもの。
ツバキという存在は、生まれつき片翼がない鳥のようなものだった。誰しもが当たり前に持つ一つの臓器がない。その事実の異常さに、周りは唖然としていた。
「錬臓が……ないん?」
マオが、信じられないといった声を漏らす。
「他の臓器はちゃんとあるよ。それだけ元からないんだよね」
ツバキは、特別重いことだとは思っていなかった。
それが当たり前だったのだから。
しかし周囲の反応は違う。タレックが、まるで地雷を踏んだかのような顔をして言う。
「けど、錬臓って、そういうもんじゃないだろ。んー。なんつーか、魔法も錬臓もずっとあるし、ない状態の話は、聞いた事がねぇ」
レイスも続けた。
「ええ。魔獣や普通の動物の錬臓だって、解体する時は一番最後に回さないと処理できないっていうわ」
「……そーうなんだ」
ツバキは、その話を聞きながら、言いようのない違和感を覚えていた。
錬臓という言葉だけが、異様に神聖視されている気がした。そういう世界観からすると、自分の存在はなにか矛盾しているのかもしれない。
「とりあえず……俺って結構特殊って事か」
自分の中で結論を一つだし、そこにタレックが苦い表情で言葉を紡いだ。
「でもよ、錬臓がないなら、いくら魔素があったところで魔法に変換できねぇわけで。……ツバキのその状態は、もう、言っちゃ悪いが詰んでるようにも思うんだよな」
「それは……実は思ってた」
特に返す言葉もない、この世のことわり。
しかし、レイスは一つフォローを入れた。
「でも、校長先生はそんなの分かってて入れたんじゃないの? だったら、きっと何か方法があるはずよ」
その横で、マオが不思議なことを言った。
「ツバキ君。一応聞いておくんやけど、魔法が使えたら良いんやな?」
「そうだよ。……どうして?」
「あ__いや、やっぱなんでもない」
「そっか」
魔法“が”というと、他の方法があるようなニュアンスに聞こえた。
しかし、咄嗟にはぐらかした彼女にそれ以上は聞かなかった。
それからは、魔法の話に限らず談笑をしていたが、ツバキがふと周囲を見渡した。
手合わせが終わり、人気のないグラウンドの物陰から、じっとこちらを見つめる視線があった。
「……あの子は」
ツバキが銀髪の少女に目を向けた。
それに対して、タレックは気まずそうに頭をぽりぽりとかいた。
「ん? ああ……リーゼって言うんだけど」
「うん」
「まだ俺、ほとんど喋ったことないんだよな。……けど、なんでもありの本気の戦いをすれば、間違いなく俺より強い。超すげーやつだぞ」
タレックの言葉は、彼女に対する純粋な賞賛があった。
「普段は無口でクールな子だけど、ちょっとシャイなところもあって可愛いのよ」
「へぇ〜。さっきちゃんと挨拶できてなかったんだよな。ちょっと行ってくる」
三人に言い残し、リーゼのいる物陰の方へ歩み寄った。