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筋肉vs魔法

 4月9日金曜日 11時42分

 カレストロ魔法学校、グラウンド。


 黄色い砂の大地に、ツバキとタレック。互いの視線が交わる。

 制服越しにも伝わる筋肉の厚みは、まるで己の姿を映した鏡のようだった。


「編入生だってのに、強い奴いっぱいの三年A組に入ったんだ。すげぇの期待してるぜ!」


 グラウンドには、二人を取り囲むようにして大勢の生徒たちが見物に集まっていた。


 腰を低く構えるタレック。

 それに合わせてツバキもまた、構えた。

 左手を前に構え、右手を腰に添える。賢者から幾度となく叩き込まれた戦いの姿勢。


「ふぅ……」


 軽く息を吐きながらツバキは重心を落とす。

 だが、その身にはわずかに迷いが残っていた。


 そうこうしているうちに戦いが始まる。

 生徒のざわめきは静寂に変わり、緊張を漂わせる。

 最初にそれを打ち破ったのは、タレックだった。


「たぁっ!」


 正面から躊躇なく踏み込む。

 突き出された右ストレート。それをツバキは、屈むだけで回避した。

 飛び込んだ勢いで地面に転がったタレックは、すぐさま立ち上がり、背後から連打を仕掛ける。

 その気配に反応し、ツバキは即座に身を翻した。


「だららららぁ!」


 拳による怒涛の連打。

 残像が残るほどのスピードだが、ツバキは音もなく後退し、首の角度ひとつでそれらを軽々と躱していく。

 一歩踏み出すたび、靴底すら鳴らさず、完璧に間合いをコントロールしていた。


「守ってるだけかぁ!」


 ひたすら回避行動に徹していたツバキだが、一瞬の隙をみて、ふと右手を上に掲げる__


「っ?!」


 それをみたタレックが、突然目を見開いて後方に跳んだ。


「……俺が引いた?」


 あの動きに何を感じたのか、タレックは、自分の手を呆然と見つめていた。

 だが、その困惑した表情はすぐににやけ顔に変わる。


「へへっ……あんたすげぇな。あんだけやって一発もあたんねぇし、妙な感じだ。どうしたもんかな」


 ただ立っているだけなのに、ツバキから隙が見えない。

 このまま突っ込んでも勝ち目はない__タレックは即座に判断し、奥の手に出た。


「そっちがまだ動かねぇんなら……こうだ」


 目を閉じる。

 意識を沈め、静かな暗闇の中、黒い扉を思い浮かべる。

 そして__開く。

 タレックの瞼が、静かに持ち上がった。


「“ヴェリサルベ”!」

「ん?」


 その言葉を“唱えた”その瞬間、タレックの輪郭が揺らいだ。次の瞬間には空気ごと消えた。まるで空間に吸い込まれるような光景だった。


「魔法……!?」


 トルモ以外が使う魔法を、今初めてみた。

 そしてその周囲では、生徒たちがどよめいている。


「もうそれ使うんだ」

「二位さんの本気だ……」


 声が聞こえた方に視線がいく。

 おそらく、もっと後半に切る切り札に近いものなのだろう。それを今、こんな序盤から出してきた。

 そしてその声の中には、ほんの一握りの生徒が、その異様さに気づいているようだ。


「やっぱり変よね……あの魔法」


 赤いロングヘアをたなびかせ、冷静に戦いを見守る少女。

 そして、その隣。


「魔法陣も出てこーへんし、なんなんやろな」


 ボリュームのある水色の髪をふわりと携える、特徴的な喋りの少女。

 異質な魔法を使うタレックを相手にどう出るのか、不安と期待が混ざっていた。


 タレックの魔法ヴェリサルベは、完全に存在ごとどこかに消えていた。

 いない気配に、ツバキは全神経を集中させた。

 右か、左か、背後か。

 目を閉じ、空気の揺れに意識を研ぎ澄ます。

 微かな風の流れ、わずかな重み。

 次に現れるのは__


 バキッ!


「__下?!」


 地面が割れ、ツバキの顎目掛けて何かが打ち上がった。

 咄嗟に顎を上げて回避したそれは、タレックではなく光の弾。電流を帯びたその輝きに、目を奪われ__ながら、


「後ろ」


 意識は死角に反応した。

 バチバチと弾ける電流が、空気を焼きながら一直線に迫ってきた。


「“リアローダー”!!!」


 怒号と共に、雷を纏った拳がツバキを貫かんと襲いかかる。__が、


 ガドッ!!


「なあっ……?!」


 拳は熱く迸りながら、ツバキの手の中であっさりと止まった。

 雷の熱と衝撃を乗せた渾身の一撃。

 それが、何の抵抗もなく、手の中で静止している。


「マジかよぉ……全然効いてねぇ……」


 タレックの拳は震え、電流は激しくスパークしていた。

 それでも、ツバキには痛みすら届いていない様子だった。


「はぁ……はぁ……かっ!」

「あっ!」


 タレックの身体から、ビリビリと弾けるような音と共に電流が散った。

 力尽きた体がその場に崩れ落ちる。


「……必殺技を耐えやがった」

「まだ魔法使ってないわよ!」

「何もんだアイツ」


 周囲は騒然としていた。

 自称ナンバーワンの攻撃を全て見切り、派手にかました電撃魔法ですらかすり傷一つとしてつけられていない。

 その現実が入って来ないまま、空気は騒然としていた。


 ***


 グラウンドの外、校舎三階廊下の窓越しにその戦いを覗く二人の目があった。


「やはりとんでもない力を秘めていますね。彼は」


 白いオールバックの上背のある男。

 彼は小さく微笑みながら、戦いの末を見ていた。

 その隣に教師がもう一人。


「しかし、ツバキ君は魔法が使えないのでしょう? A組に入れてしまって本当に良かったのですか? 校長先生」


 ツバキが編入した三年A組で担任を務めている教師だった。

 魔法学校に通う学生として、ツバキはあり得ない性質を持っている。それを分かっていて受け入れた校長は、どう考えても普通ではない。


「……一応、魔法理論は満点でしたよ?」

「それは確かにすごいですけど、でも__このクラスで私もどこまでサポートしてやれるか」


 言葉を続けようとした担任に、校長が割って入った。


「彼はどうも、独りよがりなところがあるようですからね。それを乗り越えさえすれば、きっと大丈夫です」

「魔法と、独りよがり……どう関係があるのですか」

「いずれわかりますよ。ヤクマ先生」


 ヤクマと呼ばれた担任の教師は、その言葉を、意味を理解できないまま、なんとか飲み込んだ。


 ***


 ツバキはタレックから発する焦げ臭い匂いを感じながら、頭を支えて介抱していたが、自分にできる治療がなかった。

 魔法が使えたら……などと、瞬間的によぎる言葉に耳を貸す暇もなく、


「誰か……治癒魔法使える人いない?!」


 周りの生徒たちに助けを求めるのだ。

 しかしみんなはまだこの事態に頭が追いついていない様子。そんな中、こちらに駆け寄ってくる影が2つあった。


「うちに任せて!」

「マオちゃん。いけそう?」


 呼びかけに応じたのは、タレックの魔法に疑問を呈していた、柔らかな水色の髪を揺らす少女__マオと呼ばれた少女。そして、その後ろには、鮮やかな赤髪をたなびかせた少女も続いていた。

 マオは迷いのない動きでタレックの額に手をかざすと、軽くため息を漏らした。


「見栄張ってやりすぎるんやからもう……」


 手のひらとタレックの額の間に、白く輝く魔法陣が浮かび上がる。

 そこから溢れ出したのは、黒く渦巻く螺旋__毒素を実体化させたような、不穏な魔力だった。


「ふぅ……」


 マオの瞳に、一瞬だけ緊張の色が走る。

 だが次の瞬間、魔法陣が静かに回転を始めた。

 黒い渦は吸い込まれるように収束し、白光がそれを押し潰していく。

 光と闇が混じり合いながら、タレックの体へと溶け込んでいく。


「“ヒール”」


 マオが静かに呟くと、柔らかな光がタレックを包み込んだ。

 肌に走っていたビリビリとした痙攣が、みるみる収まっていく。


「うっ……この、ゾワゾワ」


 タレックが目を覚ました。

 ぼんやりとした瞳で空を見上げる。


「マオちゃんが治してくれたんだな……さんきゅー」

「どういたしまして」


 マオは微笑みながら、手を引っ込めた。

 タレックは仰向けのまま、空を眺めながらふっと息を吐く。


「はぁ……。悔しいなぁ。未完成な魔法だけど、あんな簡単に止められたんじゃあ俺、兄ちゃんに顔向け出来ねぇや」

「タレック、兄ちゃんいるんだ」


 ツバキが、隣に腰を下ろして言った。


「ああ。俺の憧れだよ。さっきの魔法は兄ちゃんが考えたんだ。すげぇカッコよくってさ、よく教えてもらってたんだけど、完成する前にどっか行っちまった」


 語りながら、タレックはどこか遠くを見るような目をしていた。


「そっか。みつかるといいね。兄ちゃん」


 ツバキもまた、穏やかに言葉を返す。

 ほんのりと漂ってきた哀愁が、静かに二人の間を満たしていた。

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