魔法学校に編入
きっかけはささいなものだった。
一心不乱に修行に明け暮れていたとある日。
テレビのついたリビングにて、その足が、画面の前で止まった。
つい最近まで、かなりの修行を課していたツバキ。
食事も重力室が中で済ますようになり、一階に上がるのも風呂に入る時ぐらいのものだった。
「今は、朝か……」
ふと、こうしてリビングに立ち寄ったのも、随分と久しぶりな気がした。
何気なしにCMを見ていた。中高向けの、塾のCM。
それに出てくる制服姿の人物に、目を奪われていた。
「……今って何年だっけ」
そんな疑問が、沸いた。
カレンダーを覗いた。
そして、彼の時が止まった。
2020年 11月14日
「…………え」
目の前の現実に、理解が追いつかなかった。
自分はもう、十七歳。本来であれば、高校二年生を過ごしている年齢になる。
「まじか……まじか」
ツバキの顔は、一気に青ざめる。
慌ててトルモのもとへ駆け込んだ。
「トルモさん! 俺、学校に行きたいです!」
「え……? そんなに重要かの」
いつも通りの調子で返すトルモだったが、ツバキは珍しく語気を強めた。
「どうしても! 高校は卒業したいんです! 前の世界ではできなかったから。そもそも、俺が修行してたのは強く生きるためです。外に出なかったら、修行してる意味もないじゃないじゃないですか!」
その真っ直ぐな訴えに、トルモは目を丸くした。
「……なるほど。そこまで言うなら、探してみようかの。少し待っておれ」
こうして、義務教育を受けていないツバキが編入できる学校を、トルモは片っ端から調べ上げた。
そしてようやく、たったひとつだけ通える場所が見つかる。
手続き、適性試験、必要な書類……ツバキはすべてを一気に片付けた。
そして、時は2021年 4月9日金曜日
「なーんであんなに夢中になってたんだろ」
ぽつりと呟き、ツバキは一つ首をかしげた。
そして迷うことなく、風を切るように玄関の扉を開け放つ。
いつぶりだろうか。まともに外の景色を目にするのは。
頬をかすめる風が冷たく、それでいてどこか懐かしかった。
この家が建つ山は、年中吹雪が吹き荒れる。標高は高く、空気は薄い。窓の向こうにはいつも霧のような雪の幕がかかっていて、その先に何があるのか__ツバキは、いつの間にか考える気すらしてこなかった。
斜面は急で、踏み外せば命はない。目印もない、冷たさだけが支配する白の世界。
ツバキはその絶壁を、迷うことなく踏み切った。
一度の跳躍で、彼は山を飛び越えた。
空気が変わる。圧が抜け、風が違う。
標高が下がるごとに、重く張りついていた冷気が剥がれ落ちていく。
視界に差し込んだ朝日が、何年も忘れていたまぶしさを連れ戻してきた。
ツバキは目を細めて、その光を正面から受け止める。
「すぅー……はぁ……」
冷えた空気が喉を通り、肺を満たす。
高山の薄い空気に慣れきった身体にとって、ここは天国のようだった。酸素が濃い。それだけで全身の細胞が活性化していくのが感じられた。
ツバキは目を閉じ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ後、ゆっくりと吐き出した。
「っし。行くかぁ」
目を開け、地平を見据える。
一歩目は、ただの歩み。だがすぐに、速度は跳ね上がる。
瞬く間にツバキの姿は、朝露に濡れた草原へと溶けていった。
この世界の大地は、不思議なほど前の世界とよく似ていた。
六つの大陸に別れ、ちょうどツバキがいる土地は、前の世界でいうところの、日本の土地だ。
この世界では“サッポウ”という名前の国。
その西部には、かつて大阪市があったあたりに建てられた巨大な壁の都市、“カレストロ”がある。
そしてツバキが向かう魔法学校は、その都市の中心にそびえるビル群の中にあった。
「えっと、今日から三年A組でお世話になるツバキです! 短い間だけど、みんなよろしく!」
ごく一般的な学校の教室。ファンタジーからは程遠い風景の前方。黒板のすぐ前で、ツバキは朝からハキハキと、元気よく自己紹介した。
大きな拍手が教室に響き、ツバキの編入は、快く受け入れられたようであった。
__ただ一人を除いて。ではあったが。
ツバキを唯一受け入れてくれたこの魔法学校。それがここ、私立カレストロ魔法学校である。
この学校は、魔法医療・研究・ギルドなど、魔法職への登竜門として知られ、通常の高校で学習する内容に加え、魔法の知識や技術も身につけることができる。
「それじゃあツバキ君は、あそこの空いてる席。そこに座って」
「はーい」
中央最後尾の席を案内され、久々の空気を感じながら指定の席へ向かう。それまでの周りの視線は実に不思議なものだった。周りでもヒソヒソと話をしている様子も見られ、何やら普通ではない事を悟る。
席についたツバキは、右の生徒に軽く挨拶し、次に左の生徒にも挨拶__といったところで、なにやらただならぬオーラを感じた。
「おはよう。よろしくね」
この左の生徒。灰色のツインテールが特徴的な少女だが、その目はまるで、化け物を見るようだった。目を大きく見開き、あんぐりと自分の目を見ている。恐怖と驚愕が混ざったようなそんな様子に、思わず声をかける。
「……だ、大丈夫?」
固まったまま反応がない。何か言おうとしたのか、口がプルプルと震え出したその時、
「それじゃあ始業式が始まるから、みんな廊下に並んでー」
そこに担任の指示が入り、少女はハッとして去ってしまう。その間もツバキから視線を外す事なく、彼女は廊下へ出ていった。
心当たりのない感情の眼差し。あまりの怯えように動揺したが、呆けている場合ではない。ツバキも急いで順番に並び、体育館へと向かった。
その放課後、帰ろうとしたところに、声をかけられた。
「なあ、ちょっといいか?」
呼び掛けに、ツバキは振り返る。
声をかけてきたのは、金髪の男子だった。
短いながらも整えられたヘアスタイルに、明るい緋色の目は、興味津々に輝やいていた。
「俺はタレック。この学校の実質ナンバーワンってことでよろしくぅ!」
「ん? よ、よろしくぅ!」
“実質”という言葉が気になり反応が遅れつつ、ツバキも同じ明るさで返事をした。
「いきなりでなんだが、時間あるか?」
そう言う彼の周りには、これから帰ろうと支度を済ませ、複数の集まりができている。それらが一斉に、ツバキとタレックの会話に注目した。
「あるよ」
「なら、頼みは一つ__」
タレックは、大きく息を吸い、
「俺と手合わせしてくれ!」
勢いよく頭を下げた。
それを周りは、まるでわかっていたようにざわつき始めた。
「おいおいいきなりやんのか」
「どんな魔法使うんだろうね」
周囲の声がひそひそと飛び交う教室。
登校早々にして、驚愕の視線を向けていた銀髪の少女も、今度は強く睨みつけていた。
突然の申し込み。少しだけ目を右往左往とさせ__そして、うなずく。
「いいよ。どこでやるの?」
「しゃぁ!」
その声は少し抑え気味になったが、対するタレックはハイテンションで跳ねた。
「グラウンド! 俺、先に行って待ってっからな! 対戦ありがとう!」
深々と頭を下げ、大はしゃぎで教室を飛び出していくタレック。
怒涛の展開に、ツバキは呆然と彼の背中を見送った。
「あー、ここに来て早々、タレックが悪いな」
不意に声をかけられ、ツバキは顔を上げた。
教室の前方で集まっていた数人のうちの一人が、苦笑を浮かべていた。
「あいつは相当な戦闘狂でな。初対面だろうと、構わず勝負をふっかけるんだよ。下級生にはやらないけど、同学年は全員一回はやってる。まあ、あいつなりの挨拶ってやつ」
その言葉で、教室に漂っていたざわめきの理由がようやく繋がった。
ツバキは小さく頷き、決心する。
「そっか。そういうことなら、ちゃんと答えてあげないと。ありがとう」
そうしてツバキが教室を出ると、誰に言われるでもなく、その背を追う者が現れた。
見物しようとする生徒たちが次々と列を作り、グラウンドへ向かう行列が静かに延びていく。
“謎の編入生”ツバキ。
その力を一目見ようとする期待と興味が、学校中を巻き込んでいった。