融合した力
「ゲホッゲホッ……ニコ!」
喉を焼く水蒸気に咳き込みながら、セリナは杖先を紅龍の背へ向けた。岩に叩きつけられる音だけが届く。姿は見えないが、状況の悪さはわかる。
【ERROR……ERROR……】
耳慣れない機械の声が洞窟に反響した。白い霧の奥で、赤い光がぼんやり滲む。
次の瞬間、蒸気が渦を巻いて吹き飛ぶ。熱風に目を覆い、セリナはその“元凶”を見た。
「……なに、あれ」
人影。白銀の鎧が人を模し赤い複眼がこちらを切る。輝きは鈍く、縫い目のあたりが錆のようにくすんでいる。
「すげぇ。まだ上があったんだ」
背後でタレックが息を呑む。
「知らないわよ……あんな変身」
セリナは短く返した。自分でも知らないものを、知らないと言うしかない。
***
「グゥゥゥ……」
紅龍がじりじり後ずさる。セルディーらしき鎧は、等間隔の足音で静かに詰めた。
龍の左の鉤爪が横薙ぎに滑る。当たれば吹き飛ぶはずの一撃__
ガキンッ!
片腕だけで受けた。金属の鳴きが短く響き、複眼が微動だにしない。反射した赤が龍の目を震わせ、
ドゴォッ! バコッ!
刹那、右の拳が鼻を抉り、怯んだ頬の隙へ左が捩じ込まれる。無駄のない二拍。巨体の倒れる動きだけがスローモーションに見えた。
「ガァァァア!!!」
紅龍が仰向けに崩れる。セルディーは腹に足を置き、ただ見下ろす。炎の髭は上がらない。それでも龍は咄嗟にブレスを吐いた。
回避しない。至近で灼熱を受ける。炎は左右に割れて停滞し、三つ数える前にしぼむ。
銀の輪郭が何事もなかったように現れ、正面の銀が二手に展開して翼板を作るのが見えた。
「…………」
セルディーがバックルの上部に拳を添え、一度だけ叩く。
【ERROR……ERROR……】
火花。黒い煙。バックルは悲鳴のような音を上げながら、赤い脈を四肢と複眼へ伸ばす。鎧は、満ちるのを待っているだけに見えた。
蹴る。龍の腹から跳ねて舞い上がり、空中で一回転。軌道を真下へ折る。右足のつま先を杭にして、落とす。
「ガァ…………」
抵抗する力はもうない。杭が刺さった瞬間、洞窟の底が赤で爆ぜ、風が一斉に背中を押した。
__そして、静かになった。
「すごい……あんな力があったなんて」
初めて見たセルディーの姿と力。
これまでの魔獣のような風貌だった体が、今では人が纏う鎧になっていた。
爆炎の中からセルディーが歩いてくる。赤い複眼はこちらを見据えている。
しかし、なにやら様子がおかしい。
戦いは終わったというのに、歩みや視線から緊張の色が抜けていない。
「ニ、ニコ?」
歩み寄ろうとした瞬間、獲物に切り替わるようにセルディーが急加速した。
「危ない!」
迫り来る水飛沫。その横から腕に衝撃が走る。リーゼに抱えられ、すんでのところでかわした。
しばらくの低空飛行ののち、橋上の隊列へ滑り戻った。
「ニコレスさんとフェクター……変なんです。二人ともずっと苦しんでます」
「なんですって……?!」
セルディーの赤い目はこちらを逃さない。
ただ不気味に、低く構えていた。
「……正気じゃないみたいね。急いでニコの変身を解くわよ」
「どうやって」
リーゼの投げた質問に答えたのは、隣でずっと洞窟を照らし続けているエルリオだった。
「なんとか動きを止めて、あの腰に巻いてるドライバーを外す」
「外すって……近づかないとだめですよね」
「適当な力じゃ外れねぇからな。覚悟きめねぇと。……おいお前ら! 自然系の魔法は使えるか?!」
エルリオが背後に向けて放った言葉は、タレックとレイスに届いた。
「私はいけます!」
「自分も、少しなら」
その返事を聞いて、エルリオは一呼吸置く。
赤い複眼の奥。彼女をいち早く救うべく、頭をフル回転させる。
「よし。作戦を考えた!」
待機する全員に声を叩きつける。
キャップを被り直し、洞窟を照らしていた右手の光を沈めた。
途端に訪れる暗闇の中、大急ぎで場所を変え、作戦を練るのだった。
***
「おいマオちゃん? 足が止まってるぞ」
「ご、ごめん」
ギルドの面々が戦う洞窟から少し離れ、三年A組は岩肌の斜面を歩いていた。
マオが背後を気にして足を止める。
クラスの先頭を歩いていたアスタも足を止めてマオに呼びかけた。
「みんなが心配か」
「う、うん……」
「生半可な覚悟で残ったわけじゃないでしょ。俺らは出口を目指すぞ。リーゼのメモが本当ならそんなに遠くないだろうし」
動き出そうとする一同だが、マオはそれでも足がすくんでいた。
「うちも、やっぱり戦う」
「えぇ? そういうのはできる人らに任せて__」
「できんねん! ちゃんとすれば……」
アスタにはマオが何に悩んでいるのか、はっきりと分からなかった。
……何かを隠している。ということ以外は。
「危ないよ!」
「ゴールを目指すのも仕事なんだから」
「無理しなくても……」
周りの生徒も止めようと声をかけていたが、アスタが大きく息を吐いて、マオの前に立った。
「……どうするの。行くの? 行かないの? 俺らも止まってる場合じゃない。はっきり決めて」
ゆっくりと言葉を紡ぎながらも、少し圧をかけて決断を迫った。
マオは目を右往左往とさせ、強く瞑る。口もすぼめて一大決心をする様に目を見開いた。
「……行ってくる!」
それからの動きは早かった。足場の悪い坂を跳ねる様に降りていく。
「意外と動けるんだよなぁあいつ……。はぁ。俺らも進みますか」
名前をつけるとすれば、セルディーフェクターフォームってやつです